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2010年10月

2010年10月31日 (日)

「シュラフ」か、「スリーピングバッグ」か

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数日前のスタジオ撮影。
このときに撮影したアイテムは、キャンプ用の寝具でした。
要するに、「寝袋」。
こいつをカタカナでいうと、シュラフ。いや、スリーピングバッグ?
なんと表現すればいいんだろうかと、いつも悩みます。

シュラフっていうのは、昔から登山道具にはよく使われているドイツ語で、
スリーピングバッグは、いうまでもなく英語。
日本語で「寝袋」っていっちゃえば簡単なんだけど、
雑誌の誌面ではカタカナやアルファベットで表記しなければならないことも多く
(本文中はともかく、特集名とか、見出しとか)
そんなときに、「シュラフ」と「スリーピングバッグ」のどちらを使うべきか、悩ましいところ。
アウトドアギアに使われる外国語は、いまやドイツ語よりも英語が優勢とはいえ、
「スリーピングバッグ」じゃ、書くのにも話すのにも長すぎるんですよね。
かといって、「シュラフ」は簡潔だけど、今ではなんか違うような。
だから、僕はできるだけ「寝袋」という表現で済ませるようにしています。
日本語はいちばんわかりやすくて、やっぱりいいな。

ギアに対しての「どちらを使うか問題」は他にも多く、ドイツ語と英語のあいだには
「ザイル/ロープ」、「アイゼン/クランポン」、「ピッケル/アイスアックス」、
「コッヘル/クッカー」とか、いろいろあるんです。
でも、「岩と雪」の世界は、まだまだドイツ語が優勢ですね。
とはいえ、「ハーケン」はフランス語の「ピトン」に取って代わられつつあったりして。

同じ英語でも「バーナー/ストーブ」のどちらを使うかという問題もあり、
僕は「ストーブ」だとあまりアウトドアに詳しくない人は
暖房器具と思われるかもしれないと考え、
それよりは調理器具をイメージしやすい「バーナー」にしています。
「コンロ」という人もいるんですが、やっぱり違うからなあ。

しかし、このような問題でいちばん大きいのが
「ザック」か「バックパック」か、ということ。
僕は書く雑誌に合わせて使い分けていて、
『山と渓谷』のような老舗雑誌では「ザック」、
若い人がメインの『ピークス』などでは「バックパック」なのですが、
『ビーパル』のような雑誌では微妙なところです。

個人的には、完全に「バックパック」。
「ザック」のほうが簡単に発音できるけれども、これは気分の問題。
僕の山を歩く&登るスタイルは、
縦(高さ)に移動していくイメージの「アルピニスト」的なものではなく、
横(長さ)に移動していく「バックパッカー」であると、自分では思っています。
だから「バックパッカー」という言葉と
親和性の高い「バックパック」を使いたくなるんです。

言葉は本当に難しいです。

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2010年10月30日 (土)

登山家・野口健さんの取材

あったはずだと探してみたら、やはりあった。
標高5200m地点にある「エベレスト・ベースキャンプ」の風景。
以前、僕はそのベースキャンプまで歩いたことがあるのですが、
途中でデジカメをなくしてしまい、わずかにフィルムで撮ったもの以外の
ほとんどのデータが手元にないのです。

ともあれ、下の写真がベースキャンプの遠景。
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僕はここまで歩く途中、「野口健・清掃登山隊」のスタッフと知り合いになり、
ベースキャンプに張ってある登山隊のテントを訪ねました。2003年のこと。

「清掃」そして「ゴミの搬出」に関して、
打ち合わせをしているスタッフとシェルパのみなさん。
Fh020026
正確に言うとゴミではなく、回収した「人間の排泄物」を
どうやって下界におろすかのミーティングでした。
あんな汚いものを背負っておろすのですから、頭が下がります。
僕なんて、この標高で高山病になっていて、
自分が歩くだけでも精一杯だったのですから。
本気でエベレストを清掃しようという気持ちが伝わってきました。

両端のお二人が清掃登山隊のスタッフ。
忙しいなか、僕にお茶をご馳走してくれました。
たんなる無職の男(当時)に対して、とてもやさしかったですよ。
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さて、前振りが長かったですが、
今回、その隊長である野口健さんに取材を行ないました。
僕がベースキャンプにいたとき、
野口さんは首都のカトマンドゥにおりていたので会うことはなかったのだけど、
取材としては今回が2回目です。以前は、「ソトコト」という雑誌で。
今回もアウトドア雑誌ではない、とある雑誌。
発売になったら、ご紹介します。
すでに文字数があまりないのがわかっているので、何をどのように書くか難しいけど。

ヒマラヤだけでなく、富士山の清掃登山、
都レンジャーの立ち上げ、シェルパ基金の設立、
太平洋戦争のときの遺骨回収、直近では物議をかもす このタイミングでの
「センカク(尖閣)モグラを守る会」の発足など、
野口さんのこれまでの行動に関しては、大きな評価がなされています。
でも、「出る杭は打たれる」日本では、
あまりよく思っていない人もいないわけではありません。
とくに古い体質が残る、一部の日本登山界では。

僕も清掃登山の様子を見たり、本人に会う前は、
正直なところ、本当はどういう人なのか把握しかねていたんです。
だけど、今はかなり理解できてきました。
野口さんは裏表がなくて、正直な生き方をしているんだな、と。
性格が素直ではない僕は、わりと斜めからモノゴトを見るのですが、
野口さんにはこのまま頑張ってもらいたいと、心から思ってます。
こういう人がいないと、世の中が動かないんですから。

取材のあと、浦和で行なわれた講演会も拝聴。
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仕事があったので、残念ながら僕は途中で退出。
しかしまあ話術に長けていて、面白かったですよ。
ちなみに、インタビューの場も同じ調子でした。

そういえば、ベースキャンプでお茶をご馳走になった話をしたら、
「あそこまで荷物を運ぶことを考えたら、一杯2000円の価値はあるよ!」だって。
たしかにとても熱くて、うまいお茶でした。

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2010年10月29日 (金)

「WILD THINGS by 1 ziles」

10月1日から開催されていたのに、
今になってやっと、あるエキシビションに行ってきました。
アウトドアブランド「ワイルドシングス」の世界が理解できる
「WILD THINGS by 1 ziles」です。

会場は、原宿にある人気アパレルショップ「ミスターハリウッド」の一角というか
階段と3階部分。現行の商品の多くは、その場で販売もされています。

こちらが階段。
1階から1本のザイル(ziles)が延びていて、
壁にはワイルドシングスの世界を象徴する写真がずらり。
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ワイルドシングスは、日本ではけっこうファッション的に扱われることが多いのですが、
いうまでもなく本格的なモノづくりを行なっていて、
先鋭的なアスリートへのサポートも行なっています。
ここに飾られている写真にも、アイディタロッド(世界最長の犬ぞりレース)に出場した
マッシャーなどの姿が見られます。

3階はこんな感じで、1本のザイルを長々と連ねて商品の展示に利用しています。
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左にいるのは、中目黒の「バンブーシュート」の甲斐くん。
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ワイルドシングスの日本代理店はソーズカンパニーという会社で、
そのソーズカンパニーが開いたお店が、バンブーシュートなわけです。
甲斐くんは、僕の飲み友達でもあります。
この「WILD THINGS by 1 ziles」は、甲斐くんとスタイリストの本間良二くん、
そして会場となったミスターハリウッドの尾花大輔さんの3人で企画したもの。
僕は尾花さんとは面識がないものの、
本間くんとは以前、ファッション誌を作っていたとき、
何度もいっしょに仕事をしたことがあります。
あれからぜんぜん会っていないけど、元気かな。

もはや10月31日までしか開催されていないのですが、
もしも原宿に出かける方がいらっしゃれば、ぜひ見に行ってみてください。
ミスターハリウッドは表参道ヒルズ裏の
住宅地っぽい場所にあってかなりわかりにくいけれど、
おしゃれな青年の後をついていくと、きっとたどり着けますよ。

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2010年10月27日 (水)

「浄水器」のこと

先日、コメント欄から質問を受けた浄水器について。
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僕が持っているのは、このカタダインというメーカーの「ミニセラミックフィルター」。
これひとつのみ。
しかも、「持っている」のであって、「使っている」のではありません。
というのも、僕の山の歩き方だと、アウトドアではほとんど使用する機会がないんです。

じつはこれ、現在は僕のアウトドア用具とは別の場所に保管されているくらいで、
それは「災害用グッズ」のなか。使わなくなった大型バッグのなかに、
これまたあまり使わないテントや寝袋とともにしまわれています。
大地震なんかが起きたときは、その大型バッグを持って避難し、
うちの近所にある大きな池の水を利用しようと思っているのです。

さて、水の汚染には大きく分けて2種あり、
ひとつは「生物的」なもの。細菌とか寄生虫のようなものですね。
もうひとつは「化学的」なもので、日本でよくあるのは硫黄の化合物など。

このうち化学的な汚染を処理するのはかなり厄介なので、
僕はもとからそういう水は食事や飲み水には使いません。
そもそも、そういう化学的に汚れた水は日本にはあまりないし、
あったとしても、そう遠くないところに化学的に汚れていない水場もあるものですから。

で、生物的な汚染が考えられる水。
僕は日本の山の水で腹を壊したことはなく、
例えば沢で水を汲むとき、上方に山小屋や登山道がなければ
ほとんどそのまま使ってしまいます。
汚染が考えられるときには、基本的に「煮沸」で処理。
安全な水が入手できるかどうかわからないときは、多めに燃料を持っていっています。
だから、わざわざ浄水器を持っていくことはないのです。
浄水器はけっこう扱いが面倒だったり、持ち運びが面倒だったり、
はたまたポンプを押すために体力勝負だったりするので、
沸騰させて殺菌するほうが確実で簡単だという判断です。

ところで、最近、水の問題で困った場所といえば、北海道の「知床」。
北海道にはキタキツネが媒介するエキノコックスという寄生虫が山中にはびこっていて、
「生水は飲まない」ことが大前提です。
エキノコックス(の卵)が体内に入ると、体内で増殖して肝臓を犯していき、
しかし自覚症状がないままに10年、20年経ち、
発見されたときは手遅れということが多いという、かなり恐ろしい寄生虫なのです。
僕はこの知床でも、基本は煮沸でした。

しかし、煮沸の難点はノドが乾いたときに「冷たい水」が飲めないこと。
せっかくの山の冷たい水が、どうしても生ぬるくなります。
そんなわけで、以前から欲しいと思っているのが、以下の「ステリペン」です。
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こんなやつ。日本ではエイアンドエフが取り扱ってます。
ボトルの水を紫外線で無菌化するので(所要時間数分)、水は冷たいまま。
でも高価だから(1万円台後半)、購入に踏み切れず、まだ持っていないのです。

これを初めて見たのは、5年前にカナダのアルゴンキンという湖沼地帯を
1週間ほどカヌーで旅したとき。その画期性に驚きました。
紫外線の殺菌効果は有名だけど、こんな小さなアウトドア用が発売されるとは。
たしか、その翌年に日本でも発売されたのではなかったかと思います。

僕は体が鈍感だからか、こんな調子ですが、
「山を歩きながら、冷たい水を飲みたい」という人には
ステリペンがよいかと思います。
ただ、たくさんの量は処理しにくいので、
キャンプ地でたくさんの水を処理するなら、他の浄水器の出番もありそうです。
料理に使う分には、いずれにせよ煮沸されるので、
浄水器をわざわざ用意する必要性はあまりないかもしれません。

こういう「安全な水」に関してはいろいろな考え方や器具があるので、
いずれ雑誌の誌面上で、もっと詳しく書ければいいなと思っています。

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2010年10月26日 (火)

八丈島・八丈富士に行ってきましたが‥

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山に行くと、最近なんだか調子が悪い。それは、天気のこと。

上の2枚の写真は、3年前に遊びで行ってきた八丈富士。
伊豆諸島のなかでもとくにデカい島、八丈島の最高峰です。
このときは強風だったけど、晴れていたなあ。
こんな風景だけど、ここは「東京都」。
ちなみに八丈島を含む伊豆諸島や小笠原諸島の
クルマのナンバーは「品川」で、渋谷あたりと同じです。

今回、その八丈島へ取材に行ってきたのですが‥
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竹芝桟橋を出るフェリー。一夜明ければ、八丈島に。

朝、八丈島が見えてきたのはいいけれど、山頂付近には厚い雲が。
東京を出るときにチェックした天気予報はそれほど悪くなかったのですが、
ここにきて再チェックすると、完全な下り坂になっておりました。
ホント、困るよなあ。
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ちなみに、左側が八丈島本島で、右が無人島である八丈小島。

キャンプ場にテントを設営。
青空も一瞬見えていたというのに、この直後、どしゃ降りに! 
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太平洋にぽっかりと浮かんでいる島なので、
天気の急変はものすごく、強風が吹き荒れます。
数百キロ、数千キロ、数万キロ(ちょっと大げさだな)と海上を流れ、
たっぷりと湿気を帯びた風が、
この場所(八丈島)にきて、はじめて陸地と衝突するのだから、
そりゃ天気もなかなか安定しないわけなのです。

でも、いくらかマシなタイミングを見計らって、八丈富士(854m)への登山を開始。
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視界が少しでもひらけていたのは、このときくらい。

「八丈富士」というくらいあって、山の形状はまさに富士山。
火口のまわりを外輪山がぐるりと囲み、鬱蒼とした緑の空間に。
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溶岩の隙間には、こんな洞穴も。

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でも、ほとんどこんな感じ。いや、これでも良いほうか。
なんとか八丈富士の外輪山を一周したものの、
とにかく写真を撮るようなコンディションではないんです。
ここで使った何枚かの写真では意外と明るく感じられるでしょうが、
実際は雨も風も、本当にヒドい状況なのでした。

天気予報では、この日も、翌日も、まだまだ雨と強風が続くとのこと。
というわけで、取材は断念。
八丈富士に登りはしたものの、
僕らはたんに登ればいいのではなく、美しい写真を撮り、
取材ができなければ意味がないのです。
通常はなんとかギリギリまで頑張ってなんとかしちゃうのですが、
今回、ダメなものはダメ、なのであります。

実際、その後もずっと八丈富士の山頂は厚い雲に覆われ、
海岸のキャンプ場の僕たちのテントは雨でずぶ濡れでした。

帰りのフェリーは、次の日の朝の出航。
時間が余ってしまったので、雨のなか港で行なわれていた「海遊魚まつり」へ。
タダで地元の魚などの食材をいただけるのです。そして地元の焼酎も。
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キンメの刺身やトビウオのつみれ汁、明日葉のおひたしなど。
こいつらがどれも、マジでうまかった!
お金を払ってもよいから、もっと食べさせてもらいたかったほど。
取材をしない(できない)でこういうことをしていると、少々罪悪感がありますが。

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翌日の朝、東京へ帰るフェリーに向かいます。
12時間近くも乗りっぱなしなんですよ。
青空が出ているのですが、これは東の方向のみ。
八丈富士の山頂付近は相変わらず黒い雲に覆われていて、
こうなっちゃうと、なんの未練もなく今回の取材はあきらめられました。

だけど、もう一回、行かないといけないなあ。

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2010年10月23日 (土)

またしても北アルプスへ(蝶ヶ岳~霞沢岳)

前回まで更新していた「北アルプス・ソロ山行」から戻って5日後。
僕は再びひとりで北アルプスに向かいました。
目的はこの下の山、「霞沢岳」であります。
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山頂は奥。手前は「K2ピーク」といわれる場所で、
この写真自体はさらに手前の「K1ピーク」から撮っています。
霞沢岳は上高地の象徴、「かっぱ橋」のすぐ南側にあるのですが、
あまりに標高差があるために、上高地からはぜんぜん見えない山。
標高は2645m。上高地は1500mくらいだったかと思います。

では、旅の始まりから。
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仕事のスケジュールをなんとかこじ開けて
東京を昼に出たので、上高地に着いたのは夕方前。
日暮れ前になんとか徳澤でテントを張れました。

翌日は長塀尾根から蝶ヶ岳へ。
長塀山からは何も見えず、さらっと通過。
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天気はあいにく小雨。
しかしウェアが濡れるよりも乾くほうが早いという微妙なもので、
僕はTシャツのまま、この日は最後まで歩いてしまいました。

ガツガツ歩いていくと、蝶ヶ岳山頂。
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おお、雨は降っているけれど、ガスが切れた。
槍ヶ岳は見えないけれど、穂高連峰と大キレットの姿。

ここから大滝山方面へ南下。
北アルプスのなかでも、ものすごくマイナーな道です。
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夏のたった1ヵ月しか開いていない大滝小屋の前。
こいつは今回の旅の相棒、僕のバックパック。
グラナイトギアの「ニンバスアクセス」くんです。

大滝山の山頂も真っ白。
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ま、いいか。

大滝小屋から向かうは、徳本峠小屋。
この2つの小屋はオーナーが同じで、これらを結ぶために
「中村新道」というものが作られ、そこを歩いていくわけです。
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展望がきかないこんな道が延々と。
誰一人すれ違わず、誰一人追い抜かず。

徳本峠小屋の脇でテント設営。
今年初の出番となった、古のモス「スターレット」テント。
地に這うようなルックスで、入り口はかなり、かなり低いのです。
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正直なところ、使い勝手はとても悪いです。
それもこいつ、生地がなんだかビロビロに伸びていて、
あの「機能美」で知られたモステントとは思えない不恰好なものに。
かわいそうだけど、今後の登場機会はほとんどないでしょう。

突然、ナルゲンの水筒。
水がたっぷり入ってますね。
徳澤でくんだ水にまったく手をつけず、そのまま残っています。
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じつはこの日、僕は自分の体を使って、ある「人体実験」をしました。
というのは、行動中、一切の水分をとらないで歩いてみるということ。
「もしも」の緊急時に備え、水分補給がないとどれくらいつらいか、試してみたのでした。
体調が悪くなるくらいなら、途中で飲んじゃってもいいし。
この日は8時間くらいの歩行で、最後は口の中に唾液が出てこなくなりましたが、
気温が低いのであまり汗をかかないこともあって、別に問題なし。
ただ、唾液が出ないので行動食がノドを通りにくく、その点がつらいところ。
しかし、夏にやるべき実験だったと思います。

僕は今後、なにかの役に立つ(雑誌原稿とか)のではないかとわざと試しましたが、
普通の方はこんなことする必要はありません。念のため。

3日目。徳本峠にテントを張りっぱなしにして、霞沢岳へ往復。
この山は縦走路になく、もともと徳本峠から山頂へピストンするしかないんです。
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こんな斜面はあまりなく、わりあい歩きやすい道で、
僕の足で(荷物が少ないので、超高速)往復4時間ちょっと。

で、写真はここから先に述べた「K1ピーク」と「霞沢岳」からのものです。
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K1ピークから。
奥は穂高連峰。正確に言うと、右が前穂高、中央が西穂高。
あいだに上高地があり、手前は六百山。
昔、この六百山から向こう側に巨大な堤防を渡し、
巨大なダムを作る計画がありました。
電力会社へ国の認可が下りず断念したのですが、もしも実現していたら
現在の黒部ダムよりももっと大きなダムが誕生し、上高地は水没していたことに。
そんなもの、実現しなくて本当によかったですね。

望遠で適当に西穂山荘を狙ってみたら、意外とちゃんと写っていました。
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この小屋あたりからこちら側を見ると、
僕が今まさにいる霞沢岳がドカンとそびえているのが見えます。
そうすると、いつかは登ってみたくなるのが人情。
だから、西穂高岳のあとに、霞沢岳を狙う人は多いんです。

こちらは9月に登ったばかりの焼岳。
僕が下山に使った道が見えそうで、見えない。
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でも、噴煙は確認できました。

8月に歩いた笠ヶ岳。
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あの時は、山で知り合った友人(そういえば蝶ヶ岳だ)が、
山頂直下の小屋で働いているのを発見して、驚いたっけ。

霞沢岳山頂で、記念写真。
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自分の分身として、背負ってきたサブザックを置いてみたりして。
ホグロフスの防水バッグ「ワタタイト」です。

戻り道は省略して、再び徳本峠小屋。
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この小屋は今年改築されたばかりで、
手前にあるのは文化遺産的に残した以前の小屋。
徳本峠は大昔の上高地へのメインルートで、数々の逸話が残っています。
北アルプスを世界に紹介したウォルター・ウエストンが‥‥
武将の三木秀綱の奥方が‥‥
杣人(きこり)と恋人が、この場所で逢引して‥‥とか。
そういう話は書き始めるとキリがないので、いつか雑誌か何かで。
ちなみに、「徳本」の読みは「トクゴウ」であります。

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徳本峠から上高地へと下る道。
昔、上高地が牧場だったときは(徳澤キャンプ場なんか、まさに牧場の跡地)、
この道を牛や馬に歩かせ、徳本峠を越えて上高地入りさせていたのでした。

でも今回、上高地(明神近く)で見かけたのは、この動物。
ニホンカモシカです。
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上高地では猿はいくらでも見ることができ、
僕は今年の夏にクマも発見しましたが、カモシカは今回が初めて。
あとは、バスターミナルへ歩くのみ。

という、2泊3日のソロ山行でした。

一回の更新にしては話が長いと反省。
それでも雑誌の記事の数分の1なんだけど、
ブログでこういうこと紹介するのって、難しいですね。
雑誌用の取材だったら、発売前に詳細を明かさないために
いつも内容はほとんど隠しておいているんですが、これはプライベート旅だし。
これでも、本当は書こうと思えば、あと数十倍の情報が書けるんだけど、
雑誌に原稿を書いて収入を得ているライターとしては、
ブログでどこまで書いちゃおうか、非常に悩むところです。
雑誌原稿に比べると、ものすごくラフに、かつ適当な文体で書いているので、
あっという間に書けてしまえるのですが、それにしても。
むむ~

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2010年10月22日 (金)

北アルプス・ソロ山行‐4(針ノ木岳~黒部ダム 編)

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前回の更新から、間を空けてしまいましたが、その後のこと。

こちらは、針ノ木岳山頂から30分ほど歩くと到着する針ノ木峠にある針ノ木小屋。
針ノ木岳、針ノ木峠、針ノ木小屋と「針ノ木」ばかりですが。
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すでにシーズンを終え、完全に無人。
小屋が開いていないどころか、外部トイレも撤収され、
夏なら購入できる水も手に入らない状況。
こうなると、ただ建物が存在するだけで、登山者にはなにも意味はありません。
まあ、キャンプ地が平らであることはよいのだけど。

なかでも困るのは「水」。
種池小屋から持ち運んできてはいるけれど、
山中で1泊するには、もうちょっと入手したいのでした。

で、ここは通過してしまい、明日の行程のつもりだった
針ノ木谷(また「針ノ木」ですね)に下りて行くことに。
谷に下りれば水がたくさん流れていて、豊富に使えるわけなのであります。
明日歩く時間も短縮され、トイレ問題も岩だらけの稜線よりもずっとマシ。
なにかと便利で、晩秋の山歩きとしては現実的な選択肢のひとつでしょう。

登山道が通っている沢にはだいたいキャンプできる場所があるので、
そういうところを見つけてテントを張るつもり。
通常、縦走のときにはキャンプ指定地を使いますが、
雪山や沢登りのときには通常のことです。

というわけで、谷を下りて行くと、まずはカラフルな紅葉。
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一応、ここは一般登山道ですが、かなりマイナールートなので、
草木が枯れて踏み跡が見えやすくなった秋でもけっこう歩きにくく、
夏ならもっと苦労するはず。

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谷の底に近づいていくと、このようなありさま。
こんな岩をつたって、ドンドン下っていきます。
増水していると歩けないような場所も多数。ここは針ノ木谷ではなく、まだ枝沢です。

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ここが針ノ木谷の出合。
テントを張るために平らにならされた場所が2~3ありましたが、
もう少しだけ先に進むことに。
そして、針ノ木峠から2時間ほどで到着したのが、冒頭の写真の場所なのでした。

テントのなかから覗くと、こんな感じ。
以前にも泊まった人が何人もいるらしく、近くには焚き火の跡がありました。
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沢から1mほどしか高くないのが難点ですが、
天気予報で大雨の心配はなかったのと、
いざというときには逃げられる高台がすぐ裏にあったので、ここに決めました。
少々危険ではありますが、総合的に判断すると
この時期の、この場所なら、まず大丈夫。
いつでも退避できる準備と心構えだけは、忘れずに。

夕食は、角煮とオクラとシイタケのぶっかけメシ。
それと、なぜかトムヤムクンスープ。
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水の流れる音しか聞こえない、まさに無人の谷で一晩過ごし、翌朝。
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こんな谷をさらに下り、黒部ダムを目指します。

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ちょっと古いけど、クマのフン。なかには木の実の種や、何か動物の毛が。
こんなのがいくらでもあり、途中からどうでもよくなりました。
昔のこのあたりの猟師のことを書いた本を読むと、
まさにこの谷でクマやカモシカをたくさん撃っていたようです。

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「古道」と書いてありますね。
この谷は戦国時代の武将、佐々成政が、真冬の大雪のなか、
従者とともに針ノ木峠越えを行なったという言い伝えのある場所なんです。
この話は諸説あり、詳しく書くといくら字数があっても足りないくらい。

狭い谷間を抜けると、広々とした気持ちのよい場所に。
もうすぐ黒部ダムが見えてくるはず。
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木々のあいだにグリーンのダムの水を見ながら進んでいくと‥‥
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「平の渡し」。
この場所には、黒部ダムができる前はつり橋がかかっていたのですが、
ダムの完成とともに水没。
対岸に登山道があっても、これでは登山者はそこに渡れません。
なので、ダムの責任者である現・関西電力が費用を負担し、
登山者のために、「無料」で渡船をしてくれるのです。
実際は、対岸にある「平ノ小屋」に委託しているのだけれども。

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ダムを船で渡る気持ちよさ。
黒部ダムには有料の観光船もありますが、
ここまで歩いてきた人には、数分とはいえ、無料でダムの上を旅できるわけです。
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昨年の夏にこれに乗ったときは、小屋のご主人がルアーでトローリングしてましたよ。

その後は、ダムサイトへ歩くだけ。
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対岸には、昨日まで歩いていた針ノ木岳などが。
あの稜線をたったひとりで歩いていたと考えると、なんだかしみじみ。

こうして、僕の5泊6日の山旅は終わりました。

(おしまい)

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2010年10月19日 (火)

北アルプス・ソロ山行‐3(柏原新道~針ノ木岳 編)

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さて、4日目。これから稜線に再び上がり、目指すは上の写真の針ノ木岳であります。
この写真は翌日撮ったものなので、以下の写真とは時間が前後しております。

ロッジくろよんのキャンプ地から、まずは黒部ダムへ。
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いつものことながらすごい光景だけど、これは観光用の放水。
10月半ばからは放水しないで発電用のトンネルに流しちゃうので、
こんな感じではありません。

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アルペンルートのトロリーバスで扇沢へ。
このトンネルの真上(1000m以上!)の登山道を、これから歩くわけです。

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扇沢駅から歩いて10分の柏原新道の登山口。
多くの人はここから爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳方面に向かうのですが、
僕は反対のルート、針ノ木岳へ行くつもり。

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この日は曇り空でしたが、途中でガスが切れると山々の姿が。
これはまさしく、明日一日かけて歩く、稜線のすべてなのです。
左側のとんがっているやつが、針ノ木岳。

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稜線に上がると種池山荘。そしてその奥の山が明日向かう道のりになります。
キャンプサイトはこの小屋から若干離れた場所に。

で、こちらが、そのキャンプ指定地。この日は僕のみ。
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端っこにチンマリ。
種池山荘からは「いちばん奥から詰めてテントを張るように」という
お達しがいつもあるんです。
混んでいる夏ならそれもよくわかるんだけど、
こういう閑散期なら、自由にテントを張らせてくれればいいのに。

ともあれ、ひとりっきりのキャンプ場で一晩過ごし、翌朝。
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キャンプ場から少し歩くと、こんな風景が。
この山塊のほぼすべてを歩き、
左側の峠(影になった部分のいちばん低い場所)がとりあえずの目標。
そこは針ノ木岳から下った場所にある、針ノ木峠です。

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いまはアルペンルートの拠点となる場所を指す地名と化しているのだけど、
「扇沢」とは、名前の通り、もともとは当然「沢」の名前。
この沢がまさしく扇沢で、柏原新道ができていなかったときには、
登山者はこの沢沿いに稜線を上がっていたらしいです。
その新しい「柏原新道」はとにかく歩きやすい道で、
北アルプスの稜線への登山道としては、1、2を争うラクさ。

写真の色がなんだか変だけど、後ろにそびえるのは剱岳。
あそこから、ここまで歩きとおしたかった‥
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下のほうの影は僕なんですが、ひとりで風景写真ばかり撮っていても飽きるので、
ピースなんぞをしてみました。ちょっとさみしげなような、バカのような。
中央左の中腹で平たくなった場所は内蔵助平という場所で、
来年には再訪してみようと思っています。

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この地下1000m付近にはアルペンルートのトンネルが貫いているのですが、
こんなことを感じさせず、ひたすら続く縦走路。
誰一人おりません。
結局、この日は出発してから誰の姿も見ず、誰の声も聞かない一日に。

でもその代わりに、雷鳥が大量に出没。さて、この写真のなかには何羽いるでしょう?
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答えは5羽。保護色って、すごいですね。
でも、この群れ、本当は5羽ではなく、7羽でした。
写真に入っていないだけ。

ドンドン歩いていくと、ダムを隔てた向かいにある立山が次第に大きくなっていきます。
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2日前に歩いたのは、あの稜線から写真中央のタンボ沢を通り、
黒部湖湖畔(の半島のように延びている場所)のロッジくろよんまで。
ポツンと小さな建物(青い屋根)も写っているのだけど、わかるでしょうか?

で、あっという間に針ノ木岳山頂へ。
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雷の危険も少ないから、たらたら歩いて
14~15時くらいにつけば十分と思っていたのに、まだ12時近く。
ひとりで歩くとどうしても早くなっちゃうのです。
それなのに、疲れも少ないのがソロ山行のよいところ。
自分だけでペースをコントロールすると、効率のよい歩き方が自動的にできて、
急いでもいないのに、スピーディーになるものです。

当初の予定では、山頂から30分ほどの針ノ木小屋キャンプ地に
泊まろうと思っていたのですが、
あまりに時間が余っているので、もう少し進んでみることにしました。
そのほうが、なにかと便利だったので。

(まだ続く)

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2010年10月18日 (月)

北アルプス・ソロ山行‐2(立山~黒部ダム 編)

Img_2841

山中5泊6日のソロ山行。
「連続」ではなく「断続」とは、どういうことだったのか?

大雨のために「剱岳」から縦走するはずが、馬場島から山頂への単純往復に‥‥、
というのがこの前に書いた「剱岳 編」でした。
結局、計画を変更した僕は、公共交通手段(タクシー、電車、アルペンルート)を使い、
別の登山口「室堂」を目指すことにしました。
そんなわけなので、歩き旅としては「連続」はせず、
しかしルートは途切れても毎日歩くという「断続」になったわけです。
でも、歩きたかった場所にはだいたい行ける改定ルートなので、まあよし、としました。

Img_2695
富山電鉄の上市駅。ここでは僕以外の乗客はほとんどいなかったのですが、
このあとの「立山黒部アルペンルート」は3連休のために大混雑。
アルペンルートのケーブルカーには乗ることができず、
代替の室堂行きのバスに乗り継ぐまで、なんと2時間も待つことに。

Img_2723_2
で、室堂。ものすごい混雑でした。
手前は立山連峰の一部で、その後ろが昨日登ったばかりの剱岳。
僕が選んだルート、早月尾根が左のほうに延びています。
ああああ、昨日はあんなにひどかったのに、今日はバッチリではないですか。

さて、僕の新しい計画で、まず目指すべきは、室堂から一ノ越。
立山の稜線でいちばん低い、いわゆる鞍部にあたる場所です。
しかし、ただそこを目指しても面白くないので、あえて遠回り。
室堂山、浄土山、龍王岳を経由して、一ノ越に降りるコースにしました。
で、そこから黒部ダムまで下っていくのです。
簡単に言えば、稜線まで登って、降りる、山脈横断ルート。

龍王岳の山頂からの景色はバツグン。
Img_2749
右のほうの尖っている山は、針ノ木岳。その左隣はスバリ岳、右端が赤沢岳。
じつは、剱岳以上に、これらの山々を縦走するのが今回の最大の目的だったのです。
つまり、本当は「馬場島~剱岳~剱沢~内蔵助平~
黒部ダム~針ノ木沢~針ノ木岳~赤沢岳~種池~扇沢」
なんていう5泊6日コースを考えていたのですが、それが
「馬場島~剱岳~馬場島~(アルペンルート)~室堂~一ノ越~黒部ダム」となり、
しかも、混雑のために予想外の時間をとられたので、
翌日はダムからもう一度アルペンルートを使って扇沢に移動し、
針ノ木岳付近の縦走は、計画とは逆周りにすることに。
すでに予定が狂っていることもあり、このほうが何かとスムーズに動けるんです。

もう一回整理すると、最終的には
「馬場島~剱岳~馬場島~(アルペンルート)~室堂~一ノ越~黒部ダム~
(アルペンルート)~扇沢~赤沢岳~針ノ木岳~針ノ木沢~黒部ダム」という
アルペンルートの乗り物で歩行が2回分断される、3部構成の旅になったのでした。

‥‥と説明してはみましたが、よほどこの付近の地理に詳しくないと
わからないと思うので、興味のある方は、立山あたりの地図を見てみてください。
かなりおかしなルート取りになっているはずです。

そして再び、龍王岳の山頂からの風景。
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南には、2ヶ月前に登った薬師岳。
その手前の台地は、その旅のときにテント泊をした五色ヶ原。

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南東には1ヶ月ちょっと前にも登った槍ヶ岳。
中央は水晶岳で、その右の稜線は先月の雲ノ平合宿で歩いたところ。
左端が赤牛岳。水晶岳から赤牛岳をつなぐ読売新道も昨年歩いたなあ。
ちなみに、この写真はちょっと望遠で撮っております。

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真東には、先ほどの針ノ木岳があり、
そして北東には立山連峰主峰の雄山。
この山は今年の6月、8月と2回も登っているので、
目の前にそびえているけれど、今回はパスしてしまいます。
鞍部の一ノ越山荘から続く、山腹の白い線状に見えるのが登山道で、
これからその道を歩いていくことになるわけです。

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ほぼ真北には、昨日の朝には山頂にいた剱岳がドンとかまえております。
うううう、あの山頂から「線」でつながる旅をしたかったのだけど。

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ともあれ、一ノ越から黒部ダムへ向けて出発。
アルペンル-トで無駄に時間を使ってしまったので、すでにけっこう遅い時間。
紅葉の中を早足で進んでいきます。

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振り返ると、一ノ越の鞍部。
誰も歩いていなくて、非常に解放的な気分であります。
今回のいちばんはじめの写真は、この道の上から撮った立山連峰でした。

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ハイマツの上に僕の影。
こういう写真って、撮りがちですけど、まあ一応。

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紅葉の御前沢カ-ルを下ると、右手に黒部ダム。
鹿島槍ヶ岳も後ろのほうに。
そして、陽が暮れる前にロッジくろよんのキャンプ地に到着しました。

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翌朝。朝飯は、いつものようにラーメン。

Img_2904
荷物をすべてバックパックから出し、改めてパッキング。
さて、4日目となる今日からが、気持ちの上ではとうとう「本番」。
後立山連峰の南端にあたる「種池~赤沢岳~針ノ木岳」という縦走が始まります。

(続く)

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2010年10月16日 (土)

北アルプス・ソロ山行‐1(剱岳 編)

深夜バスでの車中泊も含めれば、6泊7日。
山中では5泊6日をかけた山歩きに、ひとりで行ってきました。
当初の計画では、一続きの縦走的ソロ山行だったのですが、
諸事情あって、「連続」ではなく「断続」的なルート取りに‥‥。
そんなわけで、3回に分けてご紹介する今回の北アルプスの旅。

まずは「剱岳」であります。

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登山口は、馬場島。「北アルプス三大急登」といわれる早月尾根から山頂へ。
しかし、思いっきり雨。天気予報では、翌日も悪いようで‥‥。
ともあれ、まずは早月小屋を目指します。
剱岳があるはずの方向は、黒い雲でなにも見えず。

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カメラのレンズ部分に水滴が付き、写真を撮るどころではないのです。
いくらかマシなものでも、こんなカットしかないのです。トホホ。

荷物は20数キロもあり、先ほど書いたように「三大急登」。
僕の格好といえば、レインウエア上下にゲイターで、
気温は低いのに、ものすごい勢いで汗が噴き出してきます。
完全防水スタイルなのに、内側からの汗だけで全身が濡れ、
Tシャツを絞ると驚くべき水分が流れ出してくる始末。
その汗は下半身のパンツやタイツに流れ出していき、
最終的にはブーツ内にも浸透、ソックスまでぐっちゃりと濡れてしまって‥‥。
こうなると僕の戦闘能力は半分以下に。歩くのがさすがに嫌になってしまいます。

Img_2600
全身冷えきって、早月小屋に到着。
この小屋では某・編集部に頼まれた写真をいくらか撮り、
それが今回の旅で、唯一の仕事っぽいことでした。

で、翌日。
Img_2649
早月小屋にいた山岳警備関係の方には
「今日は、悪くなることはあっても、よくなることはないだろう」という天気のなか、
一応、山頂目指して出発することに。しかし、この時点で計画変更。
本当はすべての荷物を背負って山頂に登り、反対側の剱沢に降りる予定でしたが、
豪雨のなか、デカく重い荷物であの険しい道を歩くのはどうかと思い、
大半の荷物を小屋で預かってもらって、単純な山頂への往復にしたのでした。
なんせ、今年も何名か亡くなっている一般登山道の最難関ルート。
つい1週間前、足が痛くてまともに歩けなかった自分自身の状況を考えると、
雨でスリップする可能性もあり、やはり無理はできないのです。

ちなみに、小屋にいた人たちの多くは、山頂を諦めて下山していたようです。
僕も小屋の方には「ヤバかったら、途中で戻ってきます」と伝えておきました。

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雨に加え、ときどき強風。
常に薄いガスがかかっていて、せっかくの紅葉もぼんやりとしてよくわかりません。
そもそも、写真を撮る気も出てこないんですから。

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山行に近づくと、険しい岩場と鎖。
滑らないように気をつけて、ただただクリアしていきます。
雨はいつのまにか止んで、濃いガスが周囲に。

しかし山頂に到着すると、意外なほど明るく、雨の痕跡もほとんどなし。
要するに、雨雲の上に出てしまったのですね。

R0016023
近くにいたおじさんが写真を撮ってくれました。1年ぶりの剱岳山頂。

こうなると、脳裏に浮かび上がるのは
「荷物を全部持ってきて、剱沢に下りればよかったのではないか?」ということ。
じつはけっこう後悔しました。
でもこの10分後、結局山頂付近でも雨が降り始め、
その後はどしゃ降りと小雨が交互に繰り返される状況に。
やっぱり剱沢に向かわなくてよかったのだと、自分に言い聞かせつつ、
なんとか転ばないように足を動かし、早月小屋へ戻ります。
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ん、この写真、朝のものとはなにか違いますね。
じつはこの小屋、この日が今年の小屋じまいで、
僕が戻るとすでにブルーシートで要所を覆ったり、板を打ち付けたりしているのでした。

予定していなかった馬場島への下山を開始。
あいかわらずのどしゃ降りと小雨の繰り返しのなか、
無心になってドンドン下っていくだけです。
あああ。ひどい状況だ。せっかくのひとり山旅なのに。

雨のなかのツラい下山は、もう省略。
で、あっという間に馬場島のキャンプ場。
一度は通常の草地の上にテントを張ったのですが、
管理人の方から「雨だから、あの下に張ったらいいよ」との言葉をいただき、
コンクリの建物の軒下にテントを張りなおしました。
こういうとき、ストイックに雨の中でテントを張るほど、僕には根性がありません。
後ろにクルマが見えるように、ここはもう山奥ではないのだから、ラクにラクに。

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雰囲気はないけど、雨が当たらないのは、やはり快適。
ウェアから何から濡れたものはすべて周囲に広げ、
テント内はまずますのコンディションに。

Img_2665
地図を広げて、今回の計画の練り直し。
予定通りには行かないのは悔しいけど、意外とこういう状況も面白いものです。
さて、明日はどうしよう? 天気は回復するようだし。

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明太子パスタとコーンスープ、ウインナーと野菜の炒めで夕食。

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翌朝。いちばんはじめの写真と比べてみてください。
ここまで回復するとは‥‥。
なんとか剱沢まで進んでいれば、快調な山旅になっただろうに。

というわけで、気を取り直して再び移動を開始することにしました。

(続く)

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2010年10月15日 (金)

『PEAKS11月号』発売

山から帰ってきたら、『PEAKS11月号』が発売になっていました。

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一瞬、ファッション誌にも見える表紙。
もっとわかりやすく「山」という字がデカく入っていないと、
書店のアウトドアコーナーではなく、ファッション誌コーナーに置かれてしまうかも。
大丈夫かな、これ。

僕が担当したのは「ウェア特集」内の帽子やグローブなどの“小物”系が14ページ。
それと同じく「ウェア特集」内に組み込まれている
アウトドアメーカー“アウトドア・リサーチ”紹介の7ページ。
これはアメリカ取材を行なっていて、雪山歩きのルポ的な要素も含まれています。
あとは連載の「岳(ダケ)」で“野口五郎岳”について1ページ。

あ、忘れていた。
「ウェア特集」では、僕の冬山用コーディネート(私物)が2パターン
つまり、“行動中”“キャンプ中”のレイヤリングが登場する2ページもあります。

連載の「マウンテンギアラボラトリー」は休みです。

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2010年10月 8日 (金)

このブログの名前について

最近よく聞かれる質問が、このブログの名前の由来。
いまさらなんですが、ちょいと説明してみます。

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よく見ると、このCDジャケットに書いてあるタイトルが「TRAVELLERS TUNE」。
そうなんです、この曲名からそのままもらってきたブログ名なのです。
イギリスのオーシャン・カラー・シーンというバンドの90年代の曲で、
僕はこの人たちにインタビューしたこともあります。
ポール・ウェラーなどとも仲がよい、無理やり言えばモッズの香りがする
いかにもイギリスらしいロックバンドなのです。

この曲は旅気分にひたれる、とにかくよいメロディー。
まあ、アウトドアというよりは鉄道旅行なんですが。
リズムが線路を走っている電車の音のようで。
とにかく、旅に出たくなる名曲なんですよ!
彼らの他の曲もいいのだけど、正直なところ飽きちゃってますが、
この曲だけは死ぬまで永遠に聞き続けそうです。

山を歩いているときも、ときどきこのメロディーが頭に鳴り響いてきて、
そういうときは調子よく足が進みます。いや、ホント。

じつは以前、アウトドアライターの村石太郎くんが作っていた(今もあるけど)、
「OUTDOOR JAPAN」という雑誌で、僕が書いていた連載も同タイトル。
このタイトルを継続しているともいえます。

「OUTDOOR JAPAN」は、日本に住んでいる&旅してきた外国人向けの雑誌で、
日本のアウトドアシーンを中心に紹介していて、英語と日本語の両併記。
ここで、僕がそれまでに個人的にいろいろなミュージシャンにたずねてきた
「あなたの母国で、旅すべき場所はどこですか?」という質問への回答を元に、
「ミュージシャンと旅」の話を書いていたのでした。
モービー、ベースメント・ジャックス、ポラリス、アート・リンゼイ、シャーラタンズなど
けっこうな人気どころに直接聞いた話なので、けっこう貴重な内容でしたよ。
アウトドア的な話も出てきましたし。

そういえば、音楽話をここではぜんぜん書いていないので、
面白い話を思い出したら、気が向いたときに書いてみようかな。

さて、これから山に行ってきます。
足の痛みが再発しなければ5泊6日、
調子が悪ければ途中で取りやめますが、ちょっと長めのソロ山行です。

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2010年10月 5日 (火)

『フィールドライフ秋号』配布

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夏は山に出かけてばかりいて、原稿を書く仕事はわずかでした。
(なんか、同じようなことを前にもかいていたような)
そのために僕が書いた雑誌は、なかなか発売されず、というか
もともとあまり書いていないから当たり前ですが。
まあ、秋は毎年いつものことだけど、いくばくかの寂しさもあります。

そんなことを思っていたら、やっと『フィールドライフ秋号』が完成。
書店売りの雑誌ではないフリーマガジンなので、
アウトドアショップなどで探してみてください。

このなかで僕が書いたのは、『那珂川のカヤックツーリング』6ページ。
昨年の秋に仲間とともに川を下った様子のルポです。
この取材のポイントは、「鮭の遡上する川の真上を進む」ということ。
実際に、鮭が泳いでいく姿がカヤックの上から眺められるのです!
陸上からでもけっこう見えるけど、
フネの下を鮭が泳いでいく姿は、ちょっと感動的。
首都圏に程近い場所で誰でも鮭が観察できるとは、たまりません。

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こちらはが水の中。河口から80キロも遡上してきた鮭は、もうボロボロ。

R0013698
こちらは水の上。僕のカヤックに乗るICI石井スポーツの
カヌー&カヤック担当の大内直紀
あちらのブログでもこのことを紹介していますが、
僕の写真をあげたので、見事に似た内容になってます。
あらら。

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こちらは陸の上。焚き火をしながら河原でキャンプ。
10月後半あたりから、この川に行くと本当に楽しめますよ。

『フィールドライフ秋号』では、ほかにモンベルのベースレイヤーについても1ページ。
このブロクで紹介した「焼岳、ひとり登山」で試してみたウェアのことです。

というわけで、なんとか入手してご一読を。

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2010年10月 1日 (金)

「ノルディスク」と「イエティ」、「ザ・ノース・フェイス」原宿店

八ヶ岳から戻った翌日は、東京都内でイベント的なものが2つ。

まずは、代官山のデンマーク大使館で行われた
日本初上陸のブランド「ノルディスク」と「イエティ」のレセプション。
ノルディスクがノルウェーのブランドで、イエティはもともと旧・東ドイツ生まれ。
イエティをノルディスクの会社が買い取ったことにより、
今はどちらも本拠地はノルウェーにあるわけです。
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どデカい1ポールテントは、ノルディスク。
素材はキャンバスに防水加工を施したもので、
お値段は10万円はいかないくらいになるとか。

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こいつらもノルディスク。
ヒルバーグ的なインナーテントをフライの内側に吊るす方式です。

Img_2521
こちらはイエティの寝袋とダウンブーティ。
ここのブランドはダウン製品が中心で、とくに寝袋がよさそう。

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大使館内部では、こんなファッションショーも。
イエティのダウンを着たダンサーが踊っているのですが、
こういうファッションショーはひさしぶり。
昔、ライターになる前の前職の時には嫌というほど見たけど‥‥

次に、原宿へ移動し、リニューアルされた
ザ・ノース・フェイス原宿店のレセプションパーティへ。
正式なリニューアルオープンは、本日10月1日から。
Img_2535
人が多すぎて、こんな写真しか撮れず。
以前よりもさらにウッディになり、商品も見やすくなっているようですよ。
場所柄、アウトドアというよりはアパレル系の人が多く、
かなりおしゃれな人たちが集まっておりました。

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イエティ、ノルディスクの現地カタログ、
お土産にもらったシロクマのキーホルダー。
ブルーのものはノルディスクの謎のアイテム。
撮影用のレフ板みたいに小さくなるんだけど、何につかえばいいんだろう。
THE NORTH FACEのロゴが入ったロッキーカップも、来場した人へのお土産です。

この日は、他にバッグの評価が高い「CHROME」の展示会もあったのですが、
諸事情により、これ以上移動する気力が途絶えてしまい、行くことを断念しました。
というのは‥‥
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見てもらいたいのは、右のトレッキングポール。
八ヶ岳から降りてきたときはなんともなかったのに、
翌日の朝にベッドから起きだすと、足の甲に激痛が。
まともに歩くことができず、ポールを使っても痛みで冷や汗が出るほど。
しかも左のデカいバックパックに撮影用の道具を入れて運ばねばならず、
移動するのが本当にツラかったのでした。

さて、病院にでも行こうかな。
こんな症状が出たのは初めてだけど、きっとすぐによくなるでしょう。
しかし、T字型グリップのポールを使うのはひさしぶり。
怪我をカバーして歩くときには、ポールのアンチショック機能は
むしろないほうが歩きやすいということを認識しました。

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