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2011年3月17日 (木)

故郷・仙台へ行ってきます

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はじめに。
たくさんの温かいコメントをありがとうございます。
かなり長いこと憂鬱な時間を過ごしていましたが、かなり回復しました。
直接被災した人たちのことを考えれば、
東京で落ち込んでいるのは甘すぎますからね。

ここ数日、どうにかして仙台に行けないかと考えていましたが、
今日から細々と復活した長距離バスのチケットがギリギリ入手でき、
明日のうちには仙台に入れることになりました。
もっとも助けを必要としているのは津波が襲った海岸地帯ではありますが、
僕が今、はじめにやらねばいけないのは、
すべての人間関係の基本となる、自分の家族のこと。
いろいろなものが不足しているので、
東京で入手できるものをバックパックに突っ込んで、バスに乗ります。
足りなくなっている食料を持っていくのが主目的とはいえ、
息子が顔を見せるだけで安心してくれるでしょう。

仙台に運んでいくものを探すために、いろいろな場所をまわりましたが、
誰もが日持ちする食品を買いだめしているので、
スーパーにはレトルト食品や缶詰、インスタントラーメンなどがほとんどない状況。
山に行くときのために用意していたものや残り物などをかき集めたりして、
なんとかそこそこの数にしましたが
新しいものはお店をまわっても、あまり見つかりませんでした。
野菜や生肉はけっこうふんだんに残っているのに。
水不足の当地では、水を使わないでそのまま食べられる
レトルト食品や缶詰などを持ってきてほしいといわれているのですが、
おいしそうな食材を持っていっても、調理に水が必要なものは食べにくいのです。
野菜を洗う水もなく、今回持っていくものは皮を剥くだけでよいものや
あらかじめこっちできれいに洗って持っていくことになります。

食料よりも不足しているのはガソリンで、
現地ではほとんど入手できない状況です。
僕の母は足が不自由なのですが、病院にも行けなくなっています。
痛くても我慢するしかない、という状況です。
それでも、仙台市の市街地にいる僕の母はまだましで、
海岸のほうでは食料の配送や緊急車両すらまともに動けなくなっており、
ガソリン不足はものすごく深刻です。
福島原発の放射能問題が大きくなっている現在、
クルマのなかにガソリンが入っていないことは、
いざというときにどこかへ逃げることもできないという、
大きな心理的ストレスにもなっています。
本当は、食料よりも、ガソリンを持っていってあげたいくらいです。

ちょっと話がそれますが、昨日の夜、僕と中・高・大学までいっしょの
親友がうちにやってきました。彼は東京の某テレビ局に勤めているのですが、
この緊急時に対応すべく、地震発生から昨日までずっと会社で働いていたとのこと。
それももちろん大変なのですが、なんでも現在の地震関係の特番には
企業のCMが入らないうえに、一方では番組を作る莫大なお金がかかり、
毎日ものすごい赤字(普通の人の生涯賃金の数倍)になっているそうです。
さらに系列の地方放送局(仙台の)が電力不足に陥ると
現地からの放送自体が途切れてしまうために、
毎日、自家発電用の重油と放送機材を積み込んだクルマを
東京から仙台に走らせ、なんとか放送を続けられるようにしているようです。
現地の住民にとって、こういうときの地元テレビ局からの情報は本当に大切なんです。
今回の報道で、とやかくいわれることも多いテレビ局ですが、
赤字覚悟でものすごい努力をしていることも知っておいてあげたいところです。
ガソリン以外に、現地ではこんなエネルギーの問題もあるんです。
ちなみに、その仙台のテレビ局で重油を受け取っている担当も
とても仲のよい高校の同級生で、
今回の報道では僕の友達たちがかなり頑張っております。
大変だろうけど、みんなのためになんとか頑張ってもらわないと。

話を戻すと、そもそも、現地の食料とガソリンの不足は、
地元の製油所や商店が破壊されたうえに、
東京方面から物資を運ぶために東北へ向かっているトラックやタンクローリーが
十分なガソリンを得られず、スムーズに動いていないことが大きな原因です。
長距離バスですら、少しは復活したのだから、
ガソリンさえあれば食料もガソリンも持っていけるんですから。
僕の東京の自宅近くのガソリンスタンドは休業中か、
開けてあるときは最後尾が見えないくらいの大行列になっています。
だけど、並んでいるクルマのなかには、
今後のことを考えて、とりあえず給油しておこうという人も多いようです。
だけど、その「とりあえず」の給油のためにガソリンが不足し、
緊急を要する東北への物資輸送が困難になっている状況が発生しています。
「とりあえず」と「緊急」なら、どちらが重要なのでしょう?
食料の買いだめにしても同じことで、各地からの高速道路が機能している
東京ならば数日で日本中から食べ物が輸送されてくるのは明白。
きっとあと数日で、東京にはまた食料が以前のように戻るような気がしているので、
昨日、今日の2日以内に仙台へ持っていく食料を
探さねばならなかった僕には、ちょっと残念でした。

ところで、アウトドア界では「モンベル」や「スノーピーク」が
テントや寝袋を現地に送る活動を行っています。
3月の東北はまだまだものすごく寒く、
とくに寝袋はこれから数ヶ月以上、役立つと思いますので、
使わないものを持っている人は、メーカー経由で現地に送ってあげてください。
(現在、物資が殺到しすぎて活動停止になっている会社もあるようですが)

ただ、僕が考えるに、寝袋だけでは十分じゃありません。
寒い山で寝たことがある人はおわかりかと思いますが、
寝袋の下に断熱性の高い「マット」がないと、あまり意味がないのです。
底冷えする東北で、避難所の冷たい床の上に寝袋だけを広げても、
ダンボール程度では背中が冷たくてぜんぜん眠れないはず。
寝袋はマットも組み合わせて送れるとベターであるはずです。

現在、仙台の僕の実家でも積雪は20センチ程度とのこと。
こんなタイミングで「今年いちばん」らしいです。
建て直したばかりだった僕の実家は断熱性も高いようなので、
寒さもなんとかしのげるでしょうが、避難所にいる方々や
捜索活動をしている人たちは、本当につらい思いをしているでしょう。
灯油も不足していて、石油ストーブすら使えないようです。
ガソリン、重油、灯油、現在の人間の生活は、本当に化石燃料次第ですね。
ボランティアで入った人たちも、東北の寒さがこたえているようです。

ところで、そのボランティア活動なのですが、
今のタイミングでは個人で不用意に参加するのはやめたほうがよいと思われます。
参加するなら、あらかじめどこかの「組織」に登録してから。
以前の阪神淡路大震災のときと同じで、
自分の食料や移動手段すら確保せずに現地入りすることは、
ただでさえ少ない現地の食料やエネルギーを減らすことになり、
いまだ大きな余震の可能性がある東北では足手まといになるばかりです。
もっと落ち着いてからのほうが、現実的です。

僕はその点では非常に現実主義で、
現地でどれくらい必要とされているか判断しにくい「モノ」や
たんなる人数よりも現場ではエキスパートの力を欲している「人手」より、
一般的には「お金」の寄付がベストだと思います。

すでにさまざまな募金活動が行われていますが、
僕は以前からお付き合いのある「ユニセフ」へ寄付をしました。
2007~2009年の間、僕はアフリカのマリという国で
ボルヴィックのチャリティで、ユニセフが砂漠に井戸を作る活動を
3年連続で取材したことがあるのですが、非常に信頼できる活動をしていて
さすが歴史ある世界的な組織だと確信しています。
みなさんも、自分が信用できる団体に寄付をするとよいのではないでしょうか?

テレビや新聞で同じような話を聞いているとは思いますが、
僕は今、こんなことを感じ、考えています。
いくらでももっと書けるけれど、ちょっと長くなりすぎたので、このあたりで。
ともあれ、時間は限られていますが
明日から仙台へ行き、両親、弟、ペットの犬に会い、
故郷の現在の姿を自分の目で確認してきたいと思っています。

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コメント

庄太郎さん、行ってらっしゃい!

投稿: ROCK MAN | 2011年3月17日 (木) 22時04分

いつも楽しく読ませていただいてます☆被災地の方々へ私にもできることで支援したいと思います!

投稿: 表参道 美容院 | 2011年3月17日 (木) 22時21分

私も東北に身内がいる人間なので、
地震が起きてから、安否確認・情報収拾など、
気が気でない毎日が続いていました。


テレビを通してでさえ、
目を背けたくなる惨状なので、

実際はさらに想像を超えたものかもしれません。

現場に向われる、
高橋さまの勇気に頭が下がります。


こちらにいると、
なかなか確かな情報が入ってこないため、

多くの人が振り回されております。、

現地で実際どのような支援が必要なのかということについても、
高橋さまの目からご報告いただければありがたく思います。


いまだ余震も続いていますし、
原発の件も予断を許さない状況ですので、

くれぐれも気をつけてくださいね。

投稿: まー | 2011年3月17日 (木) 22時39分

お見事です。こんな時にのんきかも知れませんが、やはり高橋さんの文章はいいですね。しっかりと温度がある。

是非ともご家族と故郷を温めてあげてください。

お気をつけて。

投稿: tengu_brand | 2011年3月17日 (木) 22時58分

いつも楽しく読ませて頂いております。

店頭にたっていて老若男女、様々なお客様から物資をお預かりしました。
こんな時だからこそ人の温かさや、優しさを感じる日々です。

私も微々たるものですが義援金とシュラフを数点寄付しました。

人それぞれできることは変わってくると思います、今現地に行ける庄太郎さんから見て、感じた被災地の現状を報告していただけるとうれしいです。

お気をつけて!


投稿: mont-bell店員 | 2011年3月18日 (金) 00時07分

いつも楽しく読ませて頂いております。

自分にできることはなんなのか再認識しました。
自分ができること、小さな力かもしれませんが行っていきたいと思います。

まだまだ余震が続いています。
お気をつけて!

投稿: Keano | 2011年3月18日 (金) 01時43分

庄太郎さんへ

周りでは見たくない光景が蔓延しています…
これは人災です。
人災は悲しく、虚しい。
自分だけ助かろうなんて無理です。
大切な人や故郷を亡くした人の気持ちが分からないのだろうか…
私の言葉はトゲトゲしいです。

庄太郎さんの言葉は温かい。

今日やっとPEAKSが買えました。
庄太郎さんの言葉で、笑顔で、御家族を癒やしてあげて下さい。
気をつけて行ってらっしゃい!

投稿: aiko | 2011年3月18日 (金) 02時05分

更新を祈るような気持ちで待っていました。
高橋さんが立ち上がり、歩き始めることを。

どうかくれぐれもお気をつけて。

そして、このような試練を迎えた今
本当に必要なことを
高橋さんの言葉で呼びかけてください。

わたしたちは高橋さんの呼びかけに
いつでも賛同する準備があります。

ご家族、ご友人の皆様、
被災地にあられる方々の健康を心より祈願致します。

いってらっしゃい。

投稿: 小林由佳 | 2011年3月18日 (金) 10時07分

高橋 庄太郎様

まだ余震がずいぶんあります。どうぞ気をつけて行ってきてください。
応援しています。

投稿: まいち | 2011年3月18日 (金) 16時50分

いってらっしゃい。
お気をつけて!

現地をご覧になって、
みなさんにお会いになられて、

わたしたちにできることが見つかったら
お知らせください。
よろしくお願いします。

投稿: アッチ | 2011年3月18日 (金) 18時14分

仙台在住のものです。
庄太郎さんの本が私の登山バイブルでした。
ブログに泉ヶ岳の記事がアップされた時はうれしくてうれしくて・・・。
いつか仙台でお話を聞きたいと思っていました。
仙台に来てくださる,いやもういらっしゃってるのかな。
庄太郎さんの文,力いただきました。
仙台のみんな,なかなかしぶといですよ!
東北の底力見せてやるって感じです。
どっしりとした東北の山のように。
毎日窓から山を眺めます。震災以来ずっと私を励ましてくれているような気がします。
いつかまたあそこに帰りたい。そう思います。
本当にありがとうございます。

投稿: ムク | 2011年3月18日 (金) 20時24分

仙台に住んでおります。

庄太郎さんの文を読んで、元気でました。

行動すべてが、“ことば”

きっと、そういうことですよね。

ご家族の皆さん、きっと喜ぶと思います。
(なぜか、私も嬉しくなりました…。)
ありがとうございます。


投稿: 134 | 2011年3月18日 (金) 21時27分

庄太郎さん、初めてコメントを残します。
山の楽しさや厳しさ、自然との接し方などは全て庄太郎さんから教わったと言っても過言ではありません。
庄太郎さんが、元気を取り戻して行動に移されるのに、とても嬉しさを感じます!

どうかお気をつけて。
現地の様子をまたいつかご紹介ください。

都心に住むわたしたちも、なんだか情報に左右され、街中とっても元気がないですよね。
まずは一人一人が元気を取り戻して、日本を元気に。電気を使わずとも街に活気を与えたい。
東北の人たちに元気を分けてあげれるようになりたいです!!

投稿: かずみ | 2011年3月18日 (金) 22時14分

庄太郎さん

PEAKS読み始めて、庄太郎さんを知って、本買って読んで、1番好きなのは「岳」。

何度も何度も読み返して、頭の中に思い浮かべて。

頭の中と行動力がなかなか結びつかない私をいつも楽しませてくれていました。

雲の上の存在のような気がしていたけど、周りに、家族に支えられて生きてるリアルな存在だったのだと、気付きました。

仙台で、家族の笑顔でたくさんの元気を貰ってきて下さい。
そして庄太郎さんの笑顔で、また周りが元気になるといいですね。

これからも、楽しみにしています。


投稿: 桃子 | 2011年3月18日 (金) 22時49分

高橋さんこんばんは。
僕の住んでいる地域は地震の被害はほとんど無かったのですが、被災した方々のことを考えると、当分の間、気持ち良く登山をする気分にはなれません。
被災した方々が少しでも早く、復興することを祈っています。
また楽しい気分で登山が再開できる日が戻ってくるのを待っています。

投稿: sw | 2011年3月18日 (金) 23時00分

しょうたへ

連絡ありがとう。
私の友達の家もすっかり流されちゃっていて、始めてTVを見た時は泣き崩れてしまいました。
何度もその画像が映るのでTVは見れなくなりました。

安否がわからない人もたくさんいますが、実家に行ってくれると聞いて安心しました。

今は無力で何もできませんが、緊急車両で仙台に入ると言う団体のために足りないものの声掛けを近所でしたり、一日中歩いてポスターを張ってもらったり。
自分に出来る事をやっています。

今はプロに任せるべきだと私も思います。
復興は今だけの事ではなく、この先もあります。

私の育った街を元に戻したい。
被災したみんなの力になりたい。

しょうた。写真ありがとう。
ホントにキレイだったよね。
鳥の海、野蒜海岸、荒浜、仙台新港、岩沼海岸、セブンビーチ…etc.

私の分まで多くを見、皆さんの“語りべ”になってください。

私も交通機関がちゃんとしてからボランティアで子供達の読み聞かせに行きます。
頑張ってるお母さんたちを抱きしめに行きます。

人の心が萎えないように、しょうたのアップを続けてください。

待ってます。

投稿: mon | 2011年3月20日 (日) 01時05分

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