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2011年4月

2011年4月28日 (木)

「東北の山々」をとりあげる、雑誌の新しい企画

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今回の大震災にあたり、被災地の仙台の出身である僕は、
アウトドア系ライターとして、自分の仕事の舞台である雑誌の誌面上で
なにか東北に直接かかわることをしたいと、このところ考えておりました。

で、ちょっとしたアイデアがあり、『PEAKS』の朝比奈編集長と雑談しているときに、
軽く相談してみたところ、瞬間的に快諾してもらうことに成功。
初夏から、とある企画を立ち上げることになりました。

それにしても、僕自身がまだ細部まで考えていないのに
即決してくれるとは、さすがだよ。プレゼンには3分もかからなかった気が。
きっと編集長本人も、自分の雑誌で東北を応援することを
もともと考えていたのでしょう。

内容をザックリといえば、「東北の山々」を紹介するページ。
しかし、ただ紹介するだけでは仕方ないので、何か他の要素も加えて。
詳細はこれからもっと詰めていかねばならないのですが、
内容はもちろん、この企画の最大のポイントは「長く連続して行う」こと。
僕はこの震災のことが時間とともに忘れられていくのではないかと危惧しており、
せめてこれから1年くらいは東北のことを毎月とりあげて、
改めてみなさんにしっかり覚えていてもらいたいんです。

ただ、これはずっと僕が書くのではなく、
東北に縁がある人、東北の山を愛している人、
毎月異なる人に順番で書いてもらいたいと思ってます。
いろいろな人に書いてもらうほうが、多様な視点の原稿が読めますからね。
でも、1回目はやはり言いだしっぺの僕が書く予定です。

他の雑誌でも東北の山の特集を行うらしいのですが、
そのようなたくさんのページを使う大特集もすばらしいし、
それに加え、こんな毎月少しだけでも継続して行う企画があれば、
ますます東北の山、東北の被災地も注目してもらえるはず。
東北の山に関する仕事は、これから積極的にやっていくつもり。

ちなみに、今回の冒頭の写真は、3年前の5月の連休に
数名の仲間と登った宮城県の船形山。
登山口の付近は大きなブナの木々が茂り、山頂付近は雪の世界。
こういう美しい山を紹介していくわけです。

下は、昨年8月の岩手山。
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夏の東北、広々とした風景はやはりいいなあ。

じつは今年の連休、北アルプスのある山に行く予定だったのですが、
この大地震のために、気持ちが変わり、
いっしょに行くはずだった仲間を巻き込み、東北の山に変更しました。
かなりの山好きの人でも、このタイミングで東北の山を歩くのは
まだ気が引けるようですが、東北の山にも再びドンドン登っておかないと、
東北には普段の生活が戻っていかないはず。
他の地方の人ならためらうかもしれないけど、
僕にとっては生まれ育った場所なので、
あまり気にしすぎないようにして、むしろ率先していくつもりです。

今回は実家のある仙台を中心に、けっこう長めに滞在する予定で、
山を降りてからは海沿いの被災地へ、仲間とともにお手伝いに行きます。
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よし。山の奥でも、海のそばでも、ちょっと体を使ってくるぞ。

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2011年4月23日 (土)

『ランドネ6月号』と『ゲーテ6月号』発売

女性向けというよりも女子向けのアウトドア系雑誌『ランドネ6月号』。
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現在のランドネは基本的にファッション誌だと思うのですが、
僕が担当したのは「ワンバーナーの使い方」という実用的な部分の2ページです。
超初心者向けに、ガスバーナーの話が中心となった
タイトルどおりの内容になってます。
経験のある人ならガスバーナーがいかに簡単に使えるかお分かりだと思いますが、
初めての人にはけっこう大変そうに見えるものなのかも。
自分が初めてバーナーを買ったときのことを思い出し、
できるだけ難しい表現は使わずに書いてみました。

この直後には、ワンバーナーで作れる料理のレシピが紹介されています。
こちらは僕とはまったく関係のないページ。
しかし、ワンバーナーで作るのは難しそうなメニューも入っているようで、
初心者でも本当に大丈夫かな、などと勝手に考えていたりして。

もう1冊は『ゲーテ6月号』。
ビジネスマン向けのビジュアル誌ですね。
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僕は今回、フランス料理店のシェフである松嶋啓介さんにインタビューしました。
編集部から、なぜ僕に取材の声がかかったかというと、
松嶋さんの趣味がじつは「山歩き」だから。
なんでも、自分のレストランのあるフランスの地中海沿岸の街・ニースでは
野生のハーブを採りながら、山をよく歩いているとのこと。
松嶋さんは25歳にしてフランスに渡ってレストランをオープンし、
その3年後にはミシュランの一つ星を獲得したという、
その世界ではすさまじい実績のある人です。
正直なところ、僕はそういうこと、ぜんぜん知らなかったのですが‥‥。

そういえば、松嶋さんがニースでレストランをはじめたころ、
僕は北半球を陸路1周している旅の最中で、ニースにも立ち寄った覚えが。
懐かしくなって、そのときの写真を写真をひさびさに見てしまいました。
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日没直後のニースの海岸。昼は海も空も真っ青なんだけど、写真は撮り忘れ。
高級なリゾートなのに、お金を使いたくなくて、ボロい安宿に泊まりました。

ニースからバスに乗って向かったのは、
画家のマティスが作ったヴァンスの教会。
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僕はマティスの切り絵の作品が大好きで、
その手法を使ってデザインされた、この教会をぜひ見たかったんです。

ニースのあとはスペインを経由して、船でジブラルタル海峡をわたり、
アフリカのモロッコに入ったっけ。
アウトドアとは関係ない、ただの思い出でした。

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2011年4月22日 (金)

連休前、最後の撮影

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9時間、スタジオにこもって、トレッキング用パンツの撮影。
いつもながら、外界から遮断されたスタジオは独特の世界です。
この日も、外は雨が降っていたらしいのですが、
僕が昼飯どきに外に出たときには晴れていて、地面だけが濡れている状態。
あの3月11日の地震のときもスタジオにいて、
外に出たら、高層ビルがユラユラと大きく揺らいでいて、驚いたものです。

この日に撮ったものは、これだけの分量。
全体のシルエットがわかるカットに加え、ディテールカットも撮影しました。

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これにて、連休前の撮影は終了。
あとはレイアウトにまわして、原稿を書き終わらせないと。

ところで、この写真のグリーンのショートパンツ、前から狙っていたのだけど、
この撮影が終わったその日に、たまらずネットから購入完了。
パタゴニアの「バギーズ・ロング」というものです。
やっぱり緑色はいいなあ。
しかし、この派手な色を、いい歳した僕がはくのは「あり」なのか?
気に入ってしまったのだから、仕方ありません。

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2011年4月21日 (木)

ランドネ別冊『フェスBOOK』が発売中

僕はとくに原稿を書いたわけではなく、
「フェス履歴書」というアンケートに答えたものが掲載されているだけですが、
ランドネ別冊『フェスBOOK』が発売されています。
地震による重い気持ちがふっとぶような明るい表紙。
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アンケートの主な内容は「初めてのフェス」「これまで最高のフェス」みたいな感じ。
僕の答えは、どちらも1998年「第1回目のフジロックフェスティバル」。
嵐のなかで行われ、低体温症の人が周囲に何十人も倒れこんでいた
いまや伝説となった「第1回」ですね。

僕のアンケートのことは置いておいて、
内容をパラパラとチェックしたところ、悲しいことに気づきました。
いまや全国的に有名になった、僕の出身地・宮城県で行われる
「ARABAKI ROCK FES」のことが載っていない!

このフェス、本当は今月末に行われる予定だったのですが、
大震災のため、中止されそうになっていたんです。
しかし、こんなときだからやらねばと、関係者の熱意で「中止」ではなく「延期開催」に。
いまだ延期された日程は発表されていませんが、開催はされるんですよ。
それなのに今年予定されているフェスの一覧に入れてくれないなんて、ちょっと寂しい。

諸事情あるのでしょうが、雑誌作りには十分に間に合う段階で
「延期開催」の決定だったのになあ。日程未定であっても、
こういうときにこそ「震災に負けず開催」なんて紹介してくれれば、
東北を力づけることができると思うのだけど。
出版業界は、こういう細かいところで東北をサポートしてほしいです。

ちなみに、僕の弟は仙台でインディーレーベルを立て上げていて、
プロデュースしているバンドが「もしかしたら出られるかも」なんていう話もあり、
地震前から今年のラインナップには注目していました。

ともあれ、これからフェス関係の本がいくつも発売されるのでしょうが、
そちらでは「ARABAKI」のことを紹介してほしいものです。



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2011年4月18日 (月)

初めて歩く山、九州・祖母山

先週のなかば、九州の大分/宮崎の県境にある祖母山に行ってきました。
大震災の影響で3月の山行がすべて中止になっていたため、
かなりひさびさの山歩きになりました。
まともに歩いたのは2ヶ月ぶりくらいで、
ここ10年くらいでこれだけ長く山を歩かなかったことはなかったかも。Img_1397a
同行したのは、カメラマンの加戸さん。
前にいっしょに山に出たのは昨年12月だから、これまただいぶ前です。

雪がなく、そして歩いて面白い山を探した結果、
初めて行くことになったのが、この祖母山でした。
この山行に関しては、来月発売の雑誌にルポを書くので、簡単な紹介程度に。

前日入りしてテントを張ったのは、祖母山麓尾平青少年旅行村。
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廃校を利用した建物があり、校庭の跡地がキャンプ場になっています。
なかなかかわいい校舎ですね。

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黒金山尾根から稜線を目指すと、こんな景色が。
南九州の山は比較的なだらかで、
九州の北~中部の山は岩ばかりだとは知っていましたが、
祖母山系の山々もやはりゴツゴツしております。

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なにやら撮影している加戸さん。
見晴らしもなかなかすばらしい場所です。

いちばん最初の写真が稜線に出たあたりで、
さらに少し歩いていくと、山頂が近づいてきます。
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中腹の右寄りに長い垂直のハシゴがあったのですが、
なぜかこれを使わずに山頂へ到着。
道なりに歩いていたはずなのに、不思議なことです。

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誰もいない山頂。
ポカポカした陽気で、周囲には九重連山や阿蘇の山々が。
ひさびさ平和な気分にひたれます。

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下山していき、川上渓谷で休憩。
目をつむって寝転ぶと、一瞬すべてを忘れます。
とにかくこの渓流の風景、平和すぎますよ。

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林道から再び見る祖母山系。
初めての山でしたが、水はきれいだし、眺望はよいし、
歩いて面白いし、とても気に入ってしまいました。

初めてといえば、今回持っていった2つのバックパックも山デビュー。
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ゴーライトの赤い「ピナクル」は、ちょっと古いタイプを探して買ったもの。
古いといっても、前モデルか前々モデル程度ですが。
今回は雑誌の企画的に、テントを下に張りっぱなしにして、
身軽に山頂へ往復するというスタイルだったので、
これはキャンプ地まで荷物を運ぶためのものでした。
で、山頂往復に使ったのは、キャメルバッグ「ピーク・バッガー」というモデル。
じつはコイツ、10年以上も前に、シアトルのR.E.I.で買ったものなのですが、
街では何回か使ったものの、山で使うのは初めて。
だけど、昔のモデルとは思えないほど、背負い心地がよく、
ちょっと見直してしまいました。これからもっと山で使ってあげないと。
ただし、ハイドレーションシステムで有名なキャメルバッグなのに、
そのハイドレーションシステムは外して使っていたりして。

さて、そんな感じで歩いてきた祖母山。
東北から遠い九州までくれば、
震災のことからちょっとでも気がまぎれるかと思っていたのですが、
簡単にはそうもいかないものでした。

クルマで海辺を走っていると、「あれ、津波の跡がない」と驚き、
橋の上を通りかかると、「津波はここまでさかのぼってこなかったんだな」と考え、
田んぼを見ると、「ここは津波で海水をかぶらなかったのか」と思い、
その後、「ここは九州で、東北ではないんだから」と、思いなおすのです。
完全に平常な気持ちではなくなっているのが、自分でもわかりました。

でも、祖母山ではひとときでも平和な雰囲気を味わえ、少しはリフレッシュ。
かなり好きになってしまったので、いつかは長い縦走をしてみたいと考えています。

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2011年4月16日 (土)

『モノマガジン5-2号』が発売

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こちらは『モノマガジン5-2号』。
このところ、なんだか僕の私物を紹介する機会が増えており、
今回もその手の記事なのですが、
といっても大特集の「ふだん着」ではなく、
別の特集である「プロ御用達 厳選ギア」のなかの話。
僕は「アウトドアライター」という肩書きで登場しています。

テント泊山行の基本道具をここで見せているのですが、
じつは先日、『PEAKS』誌上でも8ページにわたって
同様なページを作ったために、問題となるのがギア類のかぶり。
ギアはいくらでも持っているとはいえ、すべてを気に入っているわけでもなく、
だからといって同じものを紹介しても面白くないし‥‥

というわけで、剱岳周辺を2泊3日で歩くという設定にした『PEAKS』に対し、
こちらのタイトルは「快適さ重視で、軽量化はそこそこ」。
いつもと同じものも、いくつか登場しているのですが、
ある意味、僕がいつも好んでやっている方式で
テント山行用にいくつものギアを組み合わせました。
先月の『PEAKS』と見比べてもらうと、面白いかもしれません。

このページの撮影のときにはスタジオに入る予定でしたが、
急に被災地の石巻に行くことになり、本人不在のまま撮影は進行。
できあがった雑誌を見るたびに、
それを作っていたときのことを思い出してしまいます。
大震災の影響はまだまだ尾を引きそうです。いやはや。

それにしても、地震のために中断した仕事が多かったのに、
自分がかかわったいろいろな雑誌がどんどん発売されていきます。
実際には1誌1誌のページ数は少ないとはいえ、妙な感じです。

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2011年4月15日 (金)

『PEAKS 5月号』が発売

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『PEAKS 5月号』が本日、発売になります。
出身地の大震災のために大ショックを受け、
しかも雑誌作りの期間に2度ほど現地入りすることになった僕は、
予定していた担当ページを作る時間的・精神的な余裕はなくなってしまい、
連載の「マウンテン・ギア・ラボラトラリーズ」は急遽中止に。
第2特集の「テント」でもなにかやるはずだったのに、話を詰める前に離脱。
わずかに、「テントの疑問」に対する答えをいくつか書くのみに。
大特集の「ウルトラライト」にいたっては、
僕はそれほど装備の軽量化にこだわるよりは、
多少重くても、トータルでの快適さを目指すという考え方なので、
もとより関係はしていません。
大特集のタイトルは「軽さは、正義だ!!」ですが、
そういう意味では、僕はまったくもって「不正義」な男なのです。
まあ、冗談ですけれど。

しかし、急遽中止したページとは反対に、急遽つくってもらったページがあります。
具体的に言えば、巻頭に近い部分の見開き2ページで、「特別寄稿」という形をとり、
今回の「地震」について、かなり個人的な文章を書いた部分です。
タイトルは「アウトドア用具を使わずにすむ日まで」。
山岳雑誌なのに、写真も文章も「山」とはほとんど関係ない内容ですが、
ぜひご覧になっていただきたいと思います。

さて、全体的な内容は、僕もまだザッと見ただけ。
だけど、ライターの森山くんが、
昨年のゴールデンウィークに僕といっしょにプライベートで遊びで行った
南アルプス・白根南嶺のことを1ページ書いていました。
そこで紹介されているルートは、連休だというのにほとんど人がいない穴場。
それなのに景色はすばらしく、かなりのお勧めです。

他にはひとつ、読者ページでビックリしたことが。
「いっしょに山に登りたい有名人は?」というアンケートがあり、
著名な登山家などのなかに、なぜか僕の名前もランクイン。
僕はいわゆる有名人なぞではまったくなく、
たんなるアウトドアライターでしかないのですが、
ピークスでは前からたくさんの山ルポを書いているので、
こういうことも起こりえるのでしょうね。
もちろんうれしいけれど、それよりよほど恥ずかしさを感じることなのでした。



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2011年4月10日 (日)

『ビーパル5月号』発売

明日で、今回の大地震から1ヵ月。
あの3月11日、僕が行っていたのは、『ビーパル』のためのスタジオ撮影でした。
ものすごい揺れを感じて地下のスタジオから外に出ると、
周囲の高いビルがユラユラと揺れ、
撮影終了後に編集部に戻って外側は壊れながらも
映像は映る状態だったテレビを見ると、
僕の知っている海が津波に飲み込まれていました。

翌日は同じ特集のために、キャンプ場でのロケが予定されていましたが、
当然のことながら中止に。
それどころか、特集自体を変更することになり、
撮影が終わっていたカットも使わないことになってしまいました。
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で、急遽、タイトなスケジュールで再撮影などを行って、
刊行にたどり着いたのが、この『ビーパル5月号』。
当初は「快適キャンプ道具」といった特集の予定でしたが、
結局、「いざというときの野外生活マニュアル」となったわけです。

出身地がやられてしまった僕は、
特集変更のための再撮影にかかわるどころではありませんでしたが、
災害に関係する特集なら、書かないわけにはいかないとも思い、
なんとか2ページだけ原稿を担当しました。
それは特集内の「灯す」という部分。
なにかのときに、どういう照明がよいのかを説明しています。
物資を持って仙台に出発する前に、ギリギリの状態で書いたので、
もしかしたらわかりにくい部分もあるかもしれませんが、
興味のある方はぜひともご覧になってください。

ところで、下は2005年の『ターザン2月23日号』。
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今から6年前、フリーランスライターなって間もないころ、
僕はこの号で「アーバンサバイバル」という10ページくらいの特集を手がけました。
簡単に言えば、地震を念頭においた「都市型災害への対応マニュアル」特集です。
阪神淡路大震災から10年というタイミングでもあったのですが、
個人的には子どものころに経験した
大きな地震(1978年宮城県沖地震)のことが頭から離れず、
編集部に企画書を提出して、実現してもらったものです。
災害用の道具のそろえ方に加え、
帰宅難民などのための都庁の災害対応策などの取材を行い、
我ながら今見てもけっこう役に立つものだと思います。
もしもバックナンバーをお持ちの方は、引っ張り出してみてくださいね。

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2011年4月 8日 (金)

『フィールドライフ春号』が配布中

ついさっき、次号の『PEAKS』に掲載される、
今回の地震についての原稿を書き終えました。
締め切りというか進行的にギリギリもいいところですが、
書きたいことは多いけれど、文字数が多すぎると読みにくくもなり、
けっこう手間取ってしまいました。
以前、このブログで書いたことと似た表現も含まれますが、
伝えたいことが大きく変わるはずもないので、ご了承を。

さて、もう数日前から『フィールドライフ春号』が配布され始めております。
今回は急遽、この地震に関連することで誌面を作り直したとのこと。
僕が仙台に戻っているときに製作していたらしく、
冒頭の座談会的な集まりにだけ僕は参加しました。
これは仙台から東京に帰った翌日に行われ、
僕はこれまでに感じたことのないほどの極度の心理的疲労と、
さらには花粉症のために、自分でもあまり見たことがないほど
ぼんやりとした表情で登場しています。

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どの項目も興味深く作られていますが、とくに見てもらいたいのは、
先日、石巻にもいっしょに行ってきたホーボージュンさんの
「ボランティア志願者へのメッセージ」。
これから被災地へ向かう人も多いかと思いますが、ぜひ事前に読んでみてください。
この文章は多くの人に読んでもらうためにウェブ上にもアップされています。
ジュンさんのブログから見てもらうのがいちばんですが、
一応、ここからもダウンロードできるようにしてみました。

さらにその直後のページには、同じくともに石巻に行った
整体師の高原”パミール”博史さんが回答する「ボランティアQ&A」も。
これもまた行く前に必読すべきものです。
このページをよく見ると、これを原稿化したのはライターの福瀧智子‥‥。
とすると、僕を含めてこの4人が、ちょうど石巻へいっしょにいったメンツ。
今になって気づきました。

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2011年4月 6日 (水)

石巻の現状

石巻へ行ってきたことのご報告です。
帰宅してから少し時間を空けたことで、気持ちも落ちつきました。

さて、宮城県で2番目に大きい港町・石巻、
やはり被害は尋常ではありませんでした。

下の写真は、この街の近くで生まれ育ったマンガ家・石ノ森章太郎の「萬画館」です。
旧北上川河口の中洲にあり、他の建造物がほとんど流されているなか、
近未来的な建物が奇跡的に残っておりました。
仮面ライダー、ゴレンジャー、ロボコン、サイボーグ007など、
日本のSF系漫画のさきがけにして大家、郷土の誇りなのです。
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この建物のなかに逃げ込んで、津波から生き延びた人もいらっしゃったようです。

石巻専修大学のグラウンドを利用した、ボランティア村。
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僕たちもここにテントを張りました。

倉庫には、全国からの救援物資がいっぱい。
このあともドンドン到着し、整理しきれないほどの量に。
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現在は東京に住んでいるとはいえ、宮城県生まれの僕としては、
全国からの物資が自分にも届けられているような気分になり、ありがたい限りです。
クルマのナンバーを見ていても、鹿児島、愛媛、和歌山、北海道、大分、新潟‥‥。
あらゆるところから支援の人が入っていました。
全国から駆けつけてくれたことに感謝し、ちょっとジーンとしてしまうほど。

ところで、今回いっしょに行ったメンバーのなかには
滋賀県で整体師の仕事をしている人がおり、
彼はこの下の写真の避難所となっている湊小学校で、
整体のボランティアを行いました。
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「きてくれてありがとう」と感謝され、やりがいはとてもあったようです。
ただ方言となまりで話していることがときどきわからなかったようで、
だいたいは理解できる僕が通訳できれば、もっとよかったのですが。

この湊小学校はグラウンドこそ片付いているものの、周囲にはガレキが積み重なり、
校舎の窓から見える裏の墓地はこんなありさま。
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この風景を見ながら避難所生活を行っている人がいると思うと、心が痛みます。
ちなみに、アウトドア的なウンチクを言えば、
この小学校は新田次郎の実話をもとにした小説『アラスカ物語』の主人公、
フランク安田の母校でもあります。生存をかけてイヌイットを引きつれ、
アラスカの荒野に新しい村を作り上げた「ジャパニーズ・モーゼ」ですね。

僕の母方の祖母も、たしかこの街で育っているはず。
学校があるたびに「これがばあちゃんの母校かもしれないな」などと考えてしまいます。
しかし、下の写真の門脇小学校は津波を受けたうえに火災も生じたようで
こんな状態になってしまっていました。
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できるだけ多くの子どもが助かっていますように。

称法寺は本殿以外は原型をとどめていません。
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やっと訪れたという檀家の人が途方に暮れていました。

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壊滅的な被害で見渡す限りガレキの荒野となった南浜町。

僕の親戚の家は石巻といってもかなり内陸にあるのですが、家屋は全壊。
地震があったときにはこの街に来ていたので、
クルマはどこかに流されてしまいました。
だけど、こういう状況をみると、クルマなんて探そうにも探せるわけがありません。

そういえば、宮城県では津波によってクルマが15万台も廃車および行方不明になり、
これは宮城県に登録されている車両台数の10パーセントにあたります。
耕作地も同じく県内の10パーセントが海水の下に沈んだ計算になるそうです。
宮城県だけでこの数字なのですから、他の県も含めれば、いったいどうなることなのか。
これからの復旧には、やはり多大なお金と時間がかかります。

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ショベルカーが撤去作業を始めていますが、手が入っているのはごくわずか。
自衛隊が作業を見守っているのは、遺体発見に備えてのことだと思われます。

周囲には津波で流されたさまざまなものが散乱しています。
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この冊子を持っていた人は、きっと山好きだったのでしょう。
生き延びていて、再び「立山黒部」に行ける日がくることを祈ります。

年配の方が多い街だったのか、レコードもたくさん落ちていました。
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これは中村雅俊のもの。石巻の北にある女川町出身で、母校は県立石巻高校。
郷土の誇りとして、きっと繰り返し、愛聴していたのでしょう。

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津波に押し流されないまでも、水圧がかかった家々は、隙間なく密集しさせられ、
その間にありえない状態でクルマが挟まっています。

南光町という場所には、日本製紙の工場があります。
散乱している白いロールは、雑誌用の上質紙。
日本の雑誌/書籍に使われる紙のかなりの分量は、
この日本製紙・石巻工場を含む東北の被災地にあった工場で作られているんです。
出版業に携わるライターとしては、呆然とならざるを得ない光景としかいえません。
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通りがかった地元のおじさんがいうには、
これらのロールは貨物列車に乗せるため、倉庫に保管されていたもので、
津波によって倉庫が破壊され、弾き出されるように散乱したとのこと。
ただ、工場は大破したものの、「世界でここにしかない」という超高性能マシンが
なんとか生き残ったこともあり、いずれ工場は絶対再開させると
日本製紙の社長さんが断言してくれたのが、うれしかったそうです。
早く復活してもらえることを、出版業界も期待しているはずです。

ホーボージュンさんと僕が加わったのは、湊中学校の講堂の泥掻き。
当初、遺体が出てくるかもという話があり、若干重い決意で現場へ。
ジュンさんは阪神淡路大震災のときに、現地で数ヶ月も活動した経験があり、
いつのまにかリーダーとして現場を仕切っていました。
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普段はバカばっかり言っているどうしようもない人ですが、
いざというとき、こういう行動が取れるから、
周囲の人に尊敬され、頼られ、愛されているのです。
現場でのくだらない下ネタのギャグはみんなにスルーされていましたが、
ほんと、ジュンさんのリーダーシップには感心しました。
照れくさいので、本人には面と向かって伝えられませんが、
やっぱりジュンさんはスゴいよ。

僕たちの主だった泥掻きの場所は、講堂の倉庫で、
数十センチの泥が床を覆い、天井まで大量のゴミが付着していました。
泥の中には、剣道の防具や柔道着が埋もれ、
さらにサバなどの魚が丸ごといっしょに折り重なっている状況。
防具のなかにサバが入っている不思議な光景には一瞬笑っちゃうのですが、
その防具を使っていた生徒のことや、
水産加工に使うはずだったサバを獲ってきた漁師さんのことを考えると、
次の瞬間には寂しい気持ちになってしまいます。

ともあれ掃除を続けていくと、泥だらけの講堂が、まるで新築のようにピカピカに。
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右端にいるのは、トレイルランニング界のスーパースター、石川弘樹さん。
ひとりでレンタカーを運転して石巻に入ったそうで、
物資を寄贈したあと、泥掻きにも参加してくれました。
僕の故郷のために、みなさん、ありがとうございます。

僕たちの作業中も、この講堂では炊き出しが行われていました。
この次の日からは、泥掻きをした倉庫が食料庫になるはず。
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石巻の市街地には、種類を選ばなければ食べ物自体はあるのですが、
しかし「温かい」食べ物が不足しています。

別の炊き出しの場所では、連日同じ子どもたちにからまれました。
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学校は再開せず、親も生活を立て直すのに忙しく、
遊んでくれる人を探していたのでしょう。
地震の影響が心に暗いものを落とさず、元気に育ってくれるといいのだけど。

しかし、ゴミを投げてくるのは反則だぞ。
僕のあだ名が「コンブ」にされたのもよくわかりません。
まあ、かわいかったので許しましょう。

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2011年4月 4日 (月)

『白馬 アウトドアの聖地・徹底ガイド』が発売中

石巻から帰ってきました。
その詳細はすぐにアップしたいと思いますが、
まずはその間に発売されていたムックの紹介を。

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ビーパルからの増刊となる『白馬 アウトドアの聖地・徹底ガイド』。
このなかに「白馬村のすべて」が網羅されている内容となっております。
僕が担当したのは、「山歩き用のウェア」7ページ。

そして、「山とスキーの歴史、白馬村から始まる」という
白馬村と山に関わるウンチクっぽい内容の4ページ。
以前、「白馬村と信越トレイル」とのタイトルで
このブログで紹介した取材をもとにして書いたものです。
けっこう面白い内容だとは思うのですが、
じつはこの原稿を書いたのは、あの地震の直後。
地元である東北地方を中心とした被災に心が重くなり、
とても書く気にはなれないところを、なんとか終わらせた記憶があります。
この原稿、本当に大変だった‥‥

ともあれ、ご覧ください。

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