« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月

2011年5月28日 (土)

『命を守る防災サバイバルBOOK』発売中

409366544309_scrmzzzzzz_a_2

あの大震災直後になんとか作り上げた『ビーパル5月号』
その特集は「いざというときの野外生活マニュアル」というものでした。
この号は非常に評判がよく、“完売”を記録。
読みたくても買えない人が続出していたようです。

そんな人のために、再編集&加筆して作られたのが、
この『命を守る防災サバイバルBOOK』という本。
僕が書いたのは、「灯す」というライトやランタンの部分です。
ビーパルに比べると、本のサイズは半分以下と、
保存しておくのに適している大きさになっております。

被災地に何度か入った者としてちょっと気になるのは、「サバイバル」という言葉。
あの悲惨な現場を見てしまうと、「サバイバル」というカタカナの言葉が
ちょっと軽く感じてしまうんですよね。
サバイバルという言葉を抜いて『命を守る防災BOOK』でも
意味は同じなのだけど、タイトルとしてのわかりやすさとしては、これでいいのか。
個人的には3月11日以降、アウトドア的には「サバイバル」って言葉は有効だけど、
自然災害に関しては、「サバイバル」って語感はそぐわない感じがしています。
ともかく、参考になる内容になっているので、興味のある方はご覧になってください。

| | コメント (2)

2011年5月26日 (木)

SOTO “MUKA STOVE”の使い心地

Sod3712a
以前にこのブログで簡単に紹介し、その後、『PEAKS 6月号』
インプレッションページを書いたSOTOの「ムカストーブ」。
点火前の面倒なプレヒート(予熱)がいらない画期的な製品です。

延期されていた発売が、6月15日に決定したようです。
実際に試して感想を聞かせてほしいと、
メーカーから販売前に使わせてもらったこともあり、
ちょっと感想を書いてみたいと思います。
ただ、すでにメーカーのホームページに詳しい情報があげられているので、
細かなスペックなどは、そちらを見てください。
また、僕の第一印象(使い勝手)についての基本的な話は
『PEAKS 6月号』を、できれば立ち読みではなく、購入してご確認を。
ちなみに、ここで使っている写真は、メーカーからいただいたものと、
僕が撮影したものがミックスされています。

さて、このムカストーブ、先日の
「蔵王連峰~雁戸山~笹谷峠」
山行のときにも持っていき、
さらにフィールドでのテストを重ねてみました。
このときは4人のメンバーで、3泊4日。
夜は毎日、3回ともなんらかの味付けの鍋に。朝はラーメンかゴハン。
初日と2日目のキャンプ地には流水がなかったので、
雪を溶かして水を作るのにも使用しました。
Img_1712a
ボトルは2種あるうちの右(720ml)を基本的に使用。
新しいバーナーだと、燃料の消費がどのくらいか予測しにくいので、
念のために左(480ml)も満タンにして持参していきました。
で、4人分の3泊4日の朝メシと夜メシを、こいつで料理するわけです。

組み合わせたナベは、MSRの名品「ブラックライト」。熱効率に優れたナベです。
Img_1580a_2
しかし、付属している遮熱板を雪の上に敷くわけでもなく、普通の木の板に。
つまり、ものすごく熱を無駄にしないようにして使ったわけではありません。
今回は燃料が余ることは自明のことだったので、
そこそこ熱効率がよければ良しとする使い方だったのです。
なぜかといえば、雪の上に金属の遮熱板を敷き、さらにバーナーをその上に置き、
さらに加えて重量のあるナベまで設置すると、
なにかと調理中に滑りやすくなるので、今回は料理のしやすさを重視したんですね。
Img_1486a
以前も使った写真だけど、もう一度。

そんなわけで、紹介しておいてなんですが、燃料の消費量や火力については、
あまり正しい評価はできていません。そのあたりはまたいつか。
そもそも、長時間火を使う鍋という料理がメインで、
毎日、水を作ったりと、無雪期とは違う使い方なので、計算しにくいのですが。
サブで持っていったジェットボイルも、別途お湯を沸かすのに少し使っちゃったし。

お湯がどのくらいで沸くかとか、細かな燃費的などの話は
気象条件やらナベとの組み合わせなんかでかなり変わるので、
何回か使っただけではよくわからないのが正直なところ。
そもそもカタログ的なスペックは無風状態でのものであり、
山で実際使ってみると、驚くほど違います。
しかし少しくらい目安になることを書いておけば、
結局、720mlのボトルは3日目の夜にカラになり、
480mlのボトルのガソリンも少しだけ使うこととなりました。
ホワイトガソリンではなく、クルマ用の一般的なガソリン(赤ガス)を入れておいたので、
使用した燃料の金額は、おそらく100円程度。
3泊4日の4人分の調理の主役となり、この燃料代だけというのは、すばらしいです。

そこから考えるに、自分の使い方(ソロ山行主体/火力弱め/小さめのナベ/
だけどメシは毎回ガッチリ食う)でいうと、
小型のほうのボトル(480ml)を満タンにしておけば、
気温が高い夏なら1週間は持つでしょう。いや、間違いなく余りますね。
この燃料の使用量については、人によって違うので、あくまで僕だけのことです。

火力のこと以上に、僕が気になっているのが、
ワイヤーを編んだもので柔軟性を出した、この燃料ホース。
Img_1583a
ゴトクを折りたたんだバーナーに、こんなふうに巻きつけることも可能なのです。

極端なことをしてみれば、下の写真のように結んでしまえるほど。
Img_1714a
『PEAKS 6月号』でも書いたのですが、あまりに柔軟すぎて、
耐久性が心配になるのであります。
使っているうちに細いワイヤーが少しずつ切れてしまわないかと。
パーツ交換は簡単そうだとはいえ、山で使っているときに面倒は起こしたくないし、
修理のために後から無駄にお金がかかるのも嫌なもの。
無用な心配だったらいいのだけど。
この点が今後、継続して見ていかねばならない重要ポイントです。Sod3711a
カバーを外した燃料ホースの先端は、こうやってポンプに押し込むのみ。
ストッパーがついているので、外れません。

このホースの逆側は、このようにバーナー本体に接続。
Img_1718a
この部分は固定されておらず、クルクルとまわる構造。
だから、ホースの柔軟性と相まって、バーナーとボトルの置き場所を
自由に微調整できるんですね。

中央の突起は、ポンピングによる内部圧力の目安となるインジケーター。
Sod3713a
赤い線が出てきたら、内部の圧力はもう充分ということです。

Img_1578a
ポンプについているダイヤル。
この部分の使い方は書いていくと長くなるので、メーカーのホームページを。
しかし、ワンタッチで消火可能というのは、本当に便利。

というわけで、細かな工夫が盛りだくさん。使いやすさは間違いありません。

ただ、こんなに進化してしまって大丈夫なのかと、逆に心配になります。
だって、「シンプル・イズ・ベスト」という言葉もあるくらいで。
一般的に構造が簡単なものほど故障がしにくく、修理が簡単ですが、
このムカストーブの本当の実力は、故障や破損が少ないか、
そして故障したときに自力でラクに直せるかどうかにかかっていると思われます。
今のところ、僕自身は非常によいストーブだと実感しているのですが、
(他のメーカーの燃料系ストーブはもういらないかも、と思えるほど)
今後長く使っていくうちに問題を発見して、
これから評価が変わる可能性もないわけではありません。
実際、どうなんだろう?

しかし、トラブルに備え、このムカストーブには、
メンテナンスキット(と風防と遮熱板)があらかじめ付属しています。
でも無理やり壊してみるわけにはいかないから、実験はともかく、
本気でメンテナンスキットを使うことになる機会はいつになることか。
Img_1713a

ところで、これはバーナーヘッドの部分。
いかにもSOTOらしく、マイクロレギュレーターストーブとそっくりです。
Img_1715a
雪を溶かして水を作っているときに、この上に何度か水をこぼしてしまいました。
そのときはやっぱり不完全燃焼になりますが、消えはせず、
そのうち再び安定してくれました。

これが燃料時の様子。
Sod3713a_2
火力は強く、完全燃焼させれば炎はブルーに。
ただ、構造上、燃料が通る管がバーナーヘッドの上を通るために、
空気の流れが乱れ、一部は炎が赤くなります。
これは仕方ないことで、機能的には問題なし。
なんとなくブルー1色のほうが、いかにも完全燃焼している感じで、安心だけど‥。

最後に、実際に山で使ってみて思ったこと。

プレヒートの手間がいらないので、はじめにポンピングだけ行っておけば
あとはまるでガスストーブのような感覚で使え、とにかく便利。
火力は申し分なく、けっこう強めの風が吹いていても、
付属の風防があれば、問題なさそうです。
火力の調整の幅はそれほど広くないけど、僕には十分でした。
でも、ソロで小さめのナベを使うことを考えると、もっと弱火にできてもよいかも。

反対に、もう少し改良してほしいのが、着火直後の炎の高さ。
ムカ(霧化)した燃料が一気に燃え上がり、へたすると30センチほど上にあがるのです。
とはいえ、すぐに安定してきて、上の写真のようにおさまるのだけど、
もう少し何とか低めに抑えられないのかな。
通常の天気のよいときに、広い場所で着火する分には問題ないのですが
例えば嵐や豪雨のときに、やむを得ず
テントの前室で調理しなければならないとしたら、
細心の注意をしないと、フライに火がつく可能性がないわけではない気がします。
それと、ゴトクが華奢なので滑りやすく、ナベがひっくり返りそうになることも。
ゴトクのナベが触れる部分だけでも、滑り止めの加工がプラスされるとよさそう。

それらの問題と、先に書いた耐久性、メンテナンスのことは
今後のチェック事項ですが、まずは細かいところまでよくできていると感心。
これはアウトドア界でのひさびさのヒット商品になる予感が。

秋あたりに発売される『PEAKS』では、
さらに長期使ってみてからの感想を原稿に書くことになってます。
機能的には明らかにポテンシャルの高いモデルなので、
故障や破損が少ないうえに、タフなコンディション、ハードな使い方にも耐えてくれれば、
現在の好印象がいつまでも続いていくのではないかと思います。

 

| | コメント (12)

2011年5月20日 (金)

東日本大震災に関するチャリティーアウトドアオークション『青空ユニオン』のこと

         Photo

アウトドアライターの先輩であるホーボージュンさんの提唱により、
『青空ユニオン』なる名前のもとに、
東日本大震災チャリティーオークションが本日、開始されました。

これはヤフーオークションのシステムを使って、
僕たちのような各界のアウトドア関係者が貴重なアイテムを放出し、
落札金額を被災地への義捐金とするものです。
詳しくは、上記のヤフーオークションから確認してみてください。
ジュンさんがいうところの「お宝」が、ぞくぞく登場していきますよ。

今のところ、トレイルランナーの横山峰弘さんの、
「トレイルレース使用ウェア、キャップ 他」、
シェルパ斉藤さんの、グレゴリーの「アウターフレームバックパック」が
オークションにかけられています。
これから長いこと、アウトドア界のアスリート、ガイド、メーカー、
僕のようなライターや編集者、カメラマンなどがドンドン出品します。
そのなかには、アウトドア界の伝説的大物も控えているのですが、
そのあたりはこれからのお楽しみに。

このチャリティーオークションの件は、
ホーボージュンさんと石巻に行ったときから聞かされており、
「お前もお宝を放出しろよ!」と、繰り返しいわれていたこと。
被災地である宮城県仙台市出身の僕に異論があるわけもないのですが、
困ったのは「お宝」という言葉。
たしかにすさまじい数のアウトドアギア/ウェアは持っているのだけど、
「お宝」っていうほど価値があるかといわれれば、難しいところ。
仕事道具でもあるので、「新品未使用」なんてものはほとんどなく、
どれも薄汚れているものばかりなのですから。
だけど、せっかくのチャリティーだから、
低額落札されるようなものは避けたいし‥‥

そんなわけで迷っていたところ、そのジュンさんから
関係者に送られてきたオークションに関するメールのなかに
『高橋庄太郎には「地元・東北の山を僕がガイドします券」を出品しろと頼んでいます』
という一節が! そんなこと聞いたこともないのに、すでに過去形になっていて‥‥。

ついでに書いちゃうと、今日のジュンさんのTwitterでは
『ちなみに、親友の小雀チュンチュンには
「アウトドアでフルコースディナーにご招待券」を、
高橋庄太郎には「故郷の東北の山々をガイドする券」を出品しろと
(強制的に)ねじ込んであります。ファンの皆さん、ぜひお楽しみに』とも。

小雀さんは聞いているのだろうか?

ともあれ、そういうわけで、僕の出品するモノというか権利のひとつは
「東北の山をいっしょに登りましょう(券)」というものに。
僕なんかのことで入札されるの? という心配はありますが、
これから案を練ってみようかと思います。
出品されたときには、どなたかぜひ落札してください。

というわけで、内輪っぽい舞台裏の話でした。

僕はほかにも何か出品する予定ですが、それはまだ秘密。

では、「青空ユニオン」のオークション、楽しみに。
できれば、高額で落札してもらって、東北の復興に一役かってください。

| | コメント (4)

2011年5月18日 (水)

『PEAKS』の読者参加型・取材山行の募集について

Rimg0336a

『PEAKS 6月号』を読んでくださった方はご存知かもしれませんが、
今年の夏、読者のみなさんに参加してもらっての山取材を敢行いたします。
つまり、いつもの誌面の山ルポのために、
読者の方々もいっしょに山を歩き、誌面に登場してもらうという企画です。

応募要項は、その6月号を見ていただくか、
『PEAKS』のブログで(まだアップされていないけど、近日公開するとのこと)。
でも、ここでいくらか説明&補足を加えておきましょう。

この企画は6つのプランに分かれていて、それぞれにテーマがあります。

自分で言うのもなんですが、僕が「ゲスト」なる微妙な立場で参加するのは、
『北アルプス・ソロトレッキング合宿』というもの。
参加者はそれぞれ自分の衣食住の一切合財を背負い、
2泊3日(予備日がプラス1日)で、今のところ、
「新穂高温泉~槍平~飛騨沢~槍ケ岳~南岳~天狗原~槍沢~上高地」という
2泊3日にしては長めのコースを歩くことになっています。

鏡平から撮影した冒頭の写真(8月)でいうと、
ちょうど真ん中に見える低い尾根の裏に槍平があり、
そこから槍ケ岳山頂まで、写真の左側の飛騨沢を登りつめ、
山頂からは中央の一番低い場所(大キレット)の手前の南岳まで縦走し、
その裏側の天狗原に下りて行くというコースになります。

日程は8月26日(金)~29日(月)。
参加費は無料ですが、現地までの往復交通費や食費などは御自分で。
募集人数は、3名の予定です。

注意してもらいたいのは、「応募資格」。『PEAKS』の誌面では、
・「テント泊装備を持っていること」
・「北アルプスで1泊2日以上の縦走経験があること」
となっていますが、これは若干異なっていて、
「1泊2日の縦走経験」は、北アルプスでなくてもかまいません。
例えば、南アルプスでも大丈夫で、大雪山のような場所でもOK。
要するに、そこそこの高山でのテント泊山行の経験があれば問題ありません。
おそらく次に告知されるときに訂正されているはずですよ。

もうひとつの注意事項としては、山岳保険に入っておくこと。
山行の日程分しか払わないですむ低額なものもあります。
また、僕も参加するとはいえ、これはあくまでも編集部主体の企画。
僕は山岳ガイドではないし、たんなる「ゲスト」扱い。
山行パーティの責任者は、同行する編集者になります。
ちなみに、この山行のメンバーは、読者の方3名のほかには、
『PEAKS』編集部の編集者、カメラマン、
万が一のときのサポートのために山岳ガイドが加わるかもしれず、
あとは僕という、6~7名になるはずです。

僕は参加者の方々といっしょに山を歩き、
テントを張ってからはダラダラと雑談などして山を楽しむつもり。
原稿を書くことに関しては、同行する編集者にお任せです。
職業ライターであるはずなのだけど、こういう企画ものを自分で書くのは
非常に難しく、この企画に関しては、ライターといえども書かないのです!

R0010108a
こちらは、天狗原で撮影した槍ケ岳(10月)。
今回の予定コースでは、稜線から上高地側に下った場所にあります。

そういえば、先ほど紹介したコースは
参加者の希望によっては変更される可能性があるとのこと。
今のところ、2泊3日なら、1泊目のキャンプ地は槍平、
2泊目のキャンプ地は槍ケ岳か南岳になるはずですが、
個人的には、表銀座のほうへ進んで、西岳にしても面白いのではないかと。
いずれにせよ、けっこう早朝から頑張らなくてはいけないコースにはなりそうです。
それに予備日が1日あるので、場合によってはこの1日を有効に使って、
ちょっとだけ長く歩くことも可能かもしれません。
もしくは、上高地に着いてしまって、ゆったりと1泊してから帰るとか。

ところで、僕が参加するプラン以外には、
つい先日、いっしょに東北の山を歩いてきたライター仲間の森山伸也くんが
『東北ロングトレイル』というツアーにゲスト参加し、
同じく森山千歳ちゃんが『屋久島レディストレッキング』というツアーに加わります。
他には、これもまた2月にいっしょに白馬村まで行った
カメラマン矢島慎一くんが『山岳写真講座』を
北アルプスあたりの山を歩きながら行う予定で、
さらに、シェルパ斉藤さんの『八ヶ岳 Hut  to Hut』、
山岳ガイド江本悠滋さんの『穂高・北尾根クライミング』が入っています。

ともあれ、興味がある方は、応募の方法などを『PEAKS』誌面などでご確認を。
応募締め切りは、7月14日です。

| | コメント (4)

2011年5月16日 (月)

宮城の被災地・石巻/女川/東松島/山元、そして仙台

5月の連休はじめに「蔵王連峰~雁戸山~笹谷峠」と歩いた後、
連休の後半から僕たちは、全員、宮城県の被災地に入りました。
以下の写真は、そのなかのいくつかの場所です。

まずは、全国からたくさんのボランティアが入っていた石巻。
Img_1639a
門脇小学校の付近は、かなり片づけが進められていました。
4月に行ってきたときの写真と比べると、少しは重い気持ちが薄らぎます。
今も児童が通えるような状態ではありませんが、学校は地域の象徴ですし、
見た目がいくらかでもマシになるだけでも、子どもの心にはよいはず。
自衛隊が中心となってガレキを撤去したようですが、
大したものだと、頭が下がる思いです。

こちらも石巻で、以前のブログでは壊れた家がめちゃくちゃに密集していた場所。
じつは大地震から9日ぶりに、おばあさんと孫が奇跡的に救助された付近です。
Img_1637a
こちらも以前と比べると、見違えるような雰囲気に。
ほとんどの家は解体され、更地になっています。
見違えるという以上に、もはや完全に別の土地。
仕方がないこととはいえ、家が解体された住民は無念だったことでしょう。

ホーボージュンさんやトレランの石川弘樹さんたちと、4月に泥かきをした湊中学校。
Img_1654a
割れたガラスの代わりにビニールで覆われ、
入り口は明るい色使いの扉で閉じられるようになっていました。
あのときのドロドロの講堂が、今は清潔感を漂わせていて、うれしい限り。

内部を見ると、破壊されたクルマは撤去され、ヘドロも完全に取り除かれていました。
Img_1657a
僕たちが4月に泥をかいたのは、中央左に入り口が黒く見える、倉庫の部分。
上には原色の壁画が描かれていて、元気が出てきそうなスペースに。
テーブルとイス、鯉のぼりまで設置されていて、
たくさんの人の努力で、ここまで整備されたことがうかがえます。

僕よりも先に、2度目の石巻入りをしていたホーボージュンさんが、
この変わりようを見て、「庄太郎に見せたい!」と話していたらしいのですが、
たしかに感動的なほど、別世界になっていたのです。

連休初頭はボランティアが余るほどだった石巻は、
悲惨さはまだまだ残るもの、思いのほか早めに、少しずつ前進し始めていました。

しかし、この下は、石巻の少し北にある女川町。
Img_1649a
石巻なら、すでに片付けられているようなクルマやガレキは、
交通の邪魔にならない場所に寄せられているだけで、いまだ撤収されていません。

この女川、僕は県内でも好きな町のひとつでした。
だけど、こんな荒涼とした風景を見ると、言葉数が少なくなってしまいます。
Img_1651a
以前もこのブログで、美しかったころの女川の写真をアップしたことがありますが、
改めて画像を探してみたところ、下のような写真も見つかりました。
133a
もう全然、違う場所です。活気がありながらも、いかにも平和な港だったのに。
なんとか、女川も復興してもらいたいと祈らずにはいられません。

さて、ここから下は東松島町。
市町村合併で「東松島町」という名前になったとはいえ、
宮城県で育った人なら、「矢本」といったほうがわかりやすいかと思います。
甚大な被災で有名になってしまった石巻と、
日本三景のひとつとして昔から著名であった松島とのあいだにあるためか、
あまりテレビや新聞に取り上げられることが少ないのですが、
ここもまた津波の被害がすさまじかった場所なのです。
P5070056a
こちらはMさんというおばあさんのお宅。これは、一日の作業終了のときの写真です。
僕たちは、家と小屋の前にたまっていたヘドロをスコップで剥がしとり、
土嚢袋に入れて、敷地外に運び出すお手伝いを行いました。
ボランティアセンターで定められた作業時間を使い切っても、
男5人で泥かきし終わったスペースは、わずか畳8~9枚程度。
P5070050a
たった畳8~9枚のスペースでも、土嚢袋にすると、これだけの量になります。

現地で編成された僕たちのチームには、女性も2名含まれていましたが、
一人暮らしのMさんは、女性陣のお手伝いを非常によろこんでいました。
力仕事は男が得意とはいえ、泥で汚れた食器や家財道具を
水できれいに洗って整理するには、やはり女性に託するほうが安心できるんですね。

さらにこの下は、宮城県の最南端である山元町。
ガレキ撤去の作業中は写真など撮っている余裕がなく、
これまた、すべてが終了して道具を撤収しているときのカットです。
Img_1636a
この日は東京から遅れてやってきた『PEAKS』編集部のマスケンも加わり、
作業用のツナギを着て、黙々と頑張っておりました。

このHさんもひとり暮らしのおばあさん。
海岸から2キロほど離れたHさんのお宅は、敷地の壁が頑丈だったとのことで、
そのために津波で運ばれてきたガレキがせき止められ、
周囲の家以上に膨大なガレキが山となっていました。
地域のほとんどの家は、もう住むことを放棄したようでしたが、
Hさんはなんとか再び、ここで生活するつもりだとおっしゃっていました。
ただ、本当の気持ちを言えば、
「また津波がくるのではないかと、怖くて仕方がないんだけど」とも。

Hさんは、雰囲気といい、しゃべり方といい、
数年前になくなった、僕のばあちゃんに似ていました。

最後に仙台の僕の家の付近。
東京に戻る前に、少しだけ思い出の場所を自転車で走ってみました。
Img_1676a
上の写真は、自転車で15分ほどで行ける「与兵衛沼」。
沼というより、ため池で、昔は周囲の田んぼに水を供給していました。
僕は幼稚園児のときに、ここから流れ出る小川で特大のザリガニを捕まえて、
いまだ夢に出てきそうなほど、大喜びした記憶があります。
写真の左上あたりにある岸辺の白っぽい岩の近くは、
小学生~中学生のときには、フナ釣りのポイントとして何度も通っていたスポット。

この
与兵衛沼の岸の一部は地震で崩れてしまったようで、
水を少し抜いて、被害の詳細な調査を行っているようでした。
ひどい地割れなどが起こって、水が不自然に干上がってしまい、
沼のなかの魚たちが死なないとよいのですが‥‥

Img_1687a_2
最後に、実家に戻る前に、高台から西のほうを見ると、いつものように泉ヶ岳。
東北の太平洋側の海岸は激変してしまったけれど、
遠くから見る山は以前と変わらず、どっしりとした安定感があります。

だけど、仙台付近では、太白山の登山道が崩壊してしまいました。
1ヵ月程度で梅雨の時期に入りますが、
地震に加えて雨で地盤が緩み、土砂崩れが起きることが心配です。
他の山には大きな被害が出ないことを祈るしかありません。
この泉ヶ岳も大丈夫だといいなあ。

| | コメント (3)

2011年5月15日 (日)

『PEAKS 6月号』発売中

Imga_2

昨日、『PEAKS 6月号』が発売になりました。
特集は「ソロトレッキング」。
僕がいちばん好きな分野ではありますが、出身地の地震の間接的影響と
次の書籍のためにあまり時間がとれず、一部しか関わっておりません。
といいながらも、僕が担当したのは冒頭の「哲学」という部分の
けっこう大事な部分の読み物、4ページ分。
その後に、いつものピークスのように山ルポなどが続いていく構成です。

僕が書いたソロトレッキングの「哲学」ページで使ったメインの写真は、
昨年、長々と行っていた北海道・知床の、登山道すらない山のなかの写真です。
諸事情あって、その写真はこの号の表紙にまでなっています。
簡単に言えば、表紙で写っている人間は、僕になんですね‥‥
ちなみに、その「知床」のルポは、
なぜかこの号ではなく、次号に書くことになっています。
僕が毎年通っている知床は、北アルプス、西表島とともに、
日本でいちばん好きな地域のひとつ。
とくに知床岬までの海岸線の道のりは、
僕にとっての日本3大トレイルなのであります。
1ヵ月先ですが、期待していてください。

その他、「哲学」で使った写真は、このブログでも紹介していたりする
僕が個人的に行ってきた、まさにソロトレッキングのときのもの。
具体的に言えば、愛鷹連峰西表島北アルプス、ニュージーランドで、
自分自身で撮っているか、周囲の人にお願いして撮影してもらったものです。

この「ソロトレッキング」特集以外で、僕が書いているのは、
連載の「マウンテンギアラボラトリース」の「トレッキングパンツ」8ページ、
「インプレッションページ」のSOTO「ムカストーブ」について、1ページです。

それと、この号には、大事なお知らせが。
8月に「読者参加」の取材山行を行う企画があり、
僕は「北アルプス・ソロトレッキング合宿」に参加します。
簡単に言えば、希望者に加わってもらい、山を歩いて、記事にするんですね。
『PEAKS』を見ていただければ、その内容はだいたいわかるのですが、
少し補足したいこともあり、近いうちにこのブログでも詳細を書きたいと思います。

| | コメント (4)

2011年5月13日 (金)

東北の山/蔵王連峰~雁戸山~笹谷峠-2

Img_1623a
前回の続き、「蔵王連峰~雁戸山~笹谷峠」の山旅であります。

Img_1545a
名号峰の手前で振り返ると、昨日、僕たちがいた「賽の磧」。
台地状になった中央左に、僕たちが歩いていた道があり、その下には崖が。

Img_1551a
僕はほとんどの場合、いちばん後を歩いているので、
いつも見ているのはこんな状況。
夏道が消えている場所のルートファインディング、
そしてやっかいなヤブこぎの最前線は先頭のヤーマンに任せております。
今回は非常に道がわかりにくかったので、彼が先頭だと僕も安心。
Img_1564a
前方には雁戸山。この山、以前に登ったことはもちろんあるのですが
記憶に薄れていたことも事実。今回の山行で、そのカッコよさを再認識いたしました。

稜線上の雪は適度に締まっていて、スノーシュはおろか、アイゼン、ピッケルも必要なし。
これらの道具は前日に断念した
賽の磧~東北大左ェ門小屋~ロバの耳(丸山沢)あたりのルートに
備えたものだったのだけど、こうなるとただ荷物の重さを増すだけの道具に。

この日の午後遅く、僕たちは八方平に到着。
ここには避難小屋があるはずなのですが、なぜかぜんぜん見当たりません。
夏道が雪に埋もれて消滅しているのと、ヤブで視界が遮られていたからなのですが、
これがまあ、とにかく発見できないんですよ。
僕たちはもともとテント泊なので、小屋が見つからなくても問題はないのだけど、
あるべき場所にない、というのは非常に気持ち悪く、
メンバーそれぞれ四方に散らばって、1時間近く周囲を探したのですが‥‥

最終的には、念のために持ってきていたGPSまで、まさかの出動。
確認してみると、そのディスプレイ上では小屋の上を
何度も通過したことになっているのに、それでも見つからないんですね。
誤差というほどなら、少なくても小屋が視界には入ってくるはずなのに。

というわけで、適当なところにテントを張って一晩。
Img_1575a
翌日の朝は快晴。しかしメシを作って食っているうちに、次第に曇り空に。
しかし、ヒジーに貸した僕のパンツ、デカいなあ。

出発してわずか数分。ヤブの向こうに、避難小屋を発見。
なぜ、こんな立派な建物が、見つからなかったのか、わかりません。
GPSをもう一度確認すると、今度はちゃんと我々の現在位置と
小屋の場所が一致しているし。

Img_1595a
しかし、いかにも東北の山らしい、こういう無骨な避難小屋って、けっこういいですね。

さて、雁戸山への登り。

Img_1604a
ちーちゃんが、男どもの前後に移動し、一生懸命に撮影中。
今回の山行は雑誌で紹介するものの、あくまでも僕たちの個人的な計画で、
プロのカメラマンを同行していません。
そこで、いつも写真を熱心に撮っているちーちゃんが撮影担当になり、
雑誌上でも彼女の写真を使うことにしていたのです。
彼女が撮影をするということは、彼女が写真のなかに入ってこないということでもあり、
言い換えれば、写真には見苦しい男どもしかうつっていないということ。
ビジュアル的に「それでいいのか」という問題はあるのですが‥‥。

だって、こんな感じなのだから。
Zao_201105_img_6294_2
ちーちゃんが撮影したヤーマン。
見苦しいので、思い切って縮小してみました。

Zao_201105_img_6287a
これも、ちーちゃんが撮影したもので、写っているのは僕。
引いて撮った写真だから表情がわからないので、
ヤーマンの写真ほどは見苦しくないでしょう。

Img_1609a
雁戸山に登るにつれ、だんだん小さくなってくる蔵王連峰。
Img_1616a
霧が深くなるなか、ひたすら先へ。

Img_1620a
かなりメジャーそうな花なのに、植物に疎い僕は、名前がわかりません。
なので、脳内では勝手に「雁戸パープルスミレ」という名前に決定。
スミレの仲間ではないはずですが、まあいいのです。

Img_1621a
せっかくの雁戸山の山頂ですが、周囲が何も見えないので、あっというまにスルー。

Img_1627a
なぜか「水を汲む」というカットは女性のほうが映えるもの。
だけど、先にも書いたように、後日、雑誌で紹介する
今回の山行の様子には、はじめから最後まで男しか出てこないのです。
世の中に増えているらしい大森千歳ファンの方、すみません。

雁戸山から笹谷峠へ。
Img_1625a_2
ブナなどが生える森の中を下っていきます。
道しるべとなるものがほとんどなく、
やぶのなかを時間をかけて進むしかありません。
Img_1630a

Img_1629a
ヤブの中から笹谷古道に出て、あとはただ下るのみ。
Img_1632a

本来は、笹谷峠ではなく、もっと先まで進む予定でしたが、
ルートファインディングの難しさとヤブのために歩きにくく、
それに天気が悪くなって視界がきかなくなって面白さが半減したために、
ここで終了。この後、笹谷峠まで出た我々は、翌日には仙台へ戻りました。

今回の山旅、3回くらいに分けて紹介しようと思ってましたが、2回で終了。
別途、来月発売される『PEAKS』をご覧ください。

とりあえず言えることは、地震の影響はないとはいえないけれど、
東北の山は以前からのように、今もすばらしいということ。
地震の後、なんとなく東北の山に登りにくくなっている方は多いようですが、
ぜひとも東北の山に目を向けてもらい、
できるだけ東北に足を運んでもらいたいと思います。

| | コメント (0)

2011年5月12日 (木)

東北の山/蔵王連峰~雁戸山~笹谷峠-1

Img_1559a

5月の連休は、仲間とともに僕の出身地である仙台へ。
僕の実家を拠点として、連休の前半は山を歩き、
後半は津波による被災地でのお手伝いとなりました。

連休前半はボランティアが余り気味、というか
行政側がさばききれない状態になっており、そのタイミングで山に行っておいて、
後半のボランティア不足になったときに、現場での手伝いに入るという作戦。
ともあれ、こういうときこそ、東北の山に登っておかないと。
とくに僕にとっては、地元の山なのだから。

歩いたのは、蔵王連峰~雁戸山~笹谷峠というコース。
奥羽山脈の主稜線であり、僕が高校山岳部のときに
よく歩いたなじみのルートでありました。
冒頭の写真は、蔵王の方角から見た雁戸山です。

この山行は仕事ではなくプライベートですが、『PEAKS』ではじめる
連続企画「東北の山々」の第1回に使うつもりですが、
このブログでも、何回かに分けて簡単に紹介してみます。
もちろん、雑誌上ではまったく別の文章にするつもり。
いずれそちらもご覧ください。

出発は、宮城蔵王側を通っている「蔵王エコーライン」の途中にある「賽の磧」。
Img_1470a
僕が高校の山岳部に入ったとき、蔵王で行われた第1回目の合宿にも
ここから入山したという、思い出の地であります。

「賽の磧」からの道は、高校時代、何度も何度も通り、
今でもなんとなく覚えている気がしていたのに、何度も道迷い。
中途半端に雪が残っていて、しかもヤブが激しかったからなのですが、
いきなり調子が狂ってしまいます。
Img_1472a
一部には雪がかぶっていたとはいえ、アスファルトまで敷かれた遊歩道。
なぜかこいつを発見できず、無駄に時間を費やしてしまいました。

展望台までやってくると、目に飛び込んできたのは、
「賽の磧」から200m下ほどに展開する、広い谷間。
右下のほうには、「東北大 左ェ門小屋」が。
Img_1475a
僕が山岳部に入って初めてテントを張ったのは、この小屋の前。
寒くてよく眠れなかったけど、顧問の先生には内緒で、
タイマツを作ってわけのわからない「祭り」をしたり、ガソリンを口から吹き出して、
火吹きの芸をしたりと、無茶をやった思い出の場所です。

こちらは、同じ展望台から見た蔵王連峰。
Img_1481a
予定では明日から、「ロバの耳」コース(中央右、斜めに延びる急な尾根)を使って
蔵王連峰を形成する2つの山、刈田岳と熊野岳のあいだに
登っていくはずだったのですが‥‥。

遠めにも雪の状態が悪いことは明白で、カメラのレンズで寄ってみると、
どこもかしこも、こんなありさま。いたるところ雪崩れが起きる寸前です。
Img_1478a
できるだけ雪の上を歩かず、岩の上を進むつもりではありましたが、
この「ロバの耳」コース、もとから崩れやすく、かなり危険ではあるのです。

ならば、高校のときに雪上訓練で何度か使った、
「ロバの耳」の奥にある「丸山沢」から登れないかと考えていると、
谷から僕たちのいる展望台に登ってくるスノーボーダー姿が。
丸山沢には新しいシュプールが見えていたので、おそらくその人たち。

挨拶して情報を教えてもらうと、現在の雪渓の状態は非常に悪いとのこと。
今回の大地震とその余震のためと思われる大小の亀裂がいくつも入り、
上から滑るのも怖く、僕たちのように下から登るのも難しいのではないか、という話。
なんでも3m近い亀裂が入っていたらしいのです。

ロバの耳ではなく、丸山沢からなら、なんとか行けるような気はしたのですが、
今回はメンバーのなかに雪山初心者が含まれており、
それに加え、突然大きな余震が起きて、雪崩れる心配がありました。
蔵王に限らず、この春の東北の山は、例年とは違う感覚で付き合わねばなりません。

本当は、思い出の「左ェ門小屋」の前にテントを張りたかったのですが、
無駄に谷まで下りても仕方がないと、この日は手ごろな場所にキャンプをすることに。 Img_1488a
こいつは、今回いっしょに歩いたライター仲間の森山伸也のテント。
彼とは昨年の連休もともに南アルプスに歩きに行きました。
今回の蔵王の話も、すでに彼のブログで少し触れられているようです。
ちなみに、他のメンバーもライターばかりで、昨年から同業者になった
大森千歳、泥谷範幸という面々なのでした。

今回の食事は、珍しく共同。夜は毎日、鍋。
Img_1486a
写真じゃ見えないけど、バーナーはSOTOの最新作「ムカストーブ」。
日本では未発売(6月上旬発売予定)ですが、
こんな感じで、雪上/低温/強風下でのパフォーマンスを試してみました。
このムカストーブの使用感に関しては、別途このブログで書くつもりです。

さて、翌日。
谷から尾根、雪渓を使って、山頂を目指すというプランを諦めた僕たちは、
バスを使って刈田岳山頂に向かうことにしました。
で、悔しいけれど、そこから改めて縦走を始めるというわけ。

「賽の磧」にある「蔵王寺」には、こんな碑があります。
Img_1493a
「二中」というのは、僕が通っていた仙台第二高校のこと。
「中」というのは、要するに旧制中学、現代の高校のことですね。
大正7年10月、7名の高校生と、2名の引率の先生の計9名が
吹雪の中で遭難死したときの供養塔で、
高校時代、山岳部員は蔵王に入る前に、必ずここにお参りしていました。

この「賽の磧」にはバス停がなく、通りかかった定期バスに
手を上げて止まってもらうという原始的なシステム。
Img_1494a
カーブに近くて、バスに見落とされる恐れがありそうだったので、
僕たちは等間隔に並んで、バスの到着を待っておりました。
左から森山(ヤーマン)、泥谷(ヒジー)、大森(ちーちゃん)。

ともあれ、そんなこんなでバスに乗って、刈田岳山頂のレストハウスへ。
震災のためにトイレが使えない状態でしたが、名物の玉コンニャクは健在でした。
Img_1496a

ひさびさの刈田岳山頂。
Img_1502a
でもまあ、ここまではクルマで来られる場所であり、
1758mの山ではあるけれども、やはり観光地でしかありません。

蔵王の象徴である「御釜」の前に立つちーちゃん。
Img_1508a
やっぱりこれでは、「山」というより「観光」という感じ。

それから刈田岳から熊野岳へ。いきなり人が少なくなり、やっと登山の雰囲気に。
Img_1515a
新調したばかりのマックパックのバックパックを背負ったヤーマン。
彼はカスケード75(ブラック)というモデルで、僕は同65(ブルー)。
見た目が兄弟みたいになり、ちと微妙。

熊野岳の山頂付近にも、「仙臺二中遭難者供養碑」が。
僕の遠い先輩たちに、手を合わせます。

Img_1530a
それにしても、遭難という悲劇に終わったとはいえ、
大正7年に(おそらく)学校行事として、東北の学生と先生がいっしょに
この山を目指したということは、すごいこと。
新田次郎の実話をもとにした小説『聖職の碑』も、
大正時代に先生と生徒(旧制小学校)が山で遭難する話ですが、
これは学童登山が盛んだった長野県の話なのだから。

北に見えるのは、これから目指す北蔵王の山々。
Img_1523a
思ったよりも雪が少なそうに見えます。

いや、雪は少ないというか、非常に中途半端な量。
Img_1542a
夏道をなんとなくたどっていくものの、ヤブに引っかかるばかり。
雪山慣れしていないヒジーは、木の枝に引っかかってはバランスを崩し、
さらに何度も雪の深みにはまり、次第に疲れ果てていくのでした。

(続く)

| | コメント (0)

2011年5月11日 (水)

『DIME11号』発売

B004y6d09e09_scrmzzzzzz_

『DIME11号』も発売。この雑誌の仕事は、初めてのことです。

僕が書いたのは、巻頭を飾る新製品のコラムで、
取り上げたのはコダック「プレイスポーツ2」というビデオカメラ。
防水、防塵、耐衝撃でハイビジョン撮影が可能という、アウトドア用です。
シンプルなルックスもよく、なかなかよくできています。
僕自身はあまりビデオカメラを必要としていないので、
自分で買うかどうかは別として、
誰かからもらったりしたら、かなりうれしいだろうな、という製品です。
値段は18000円くらい。

それと、この号には「危機管理ギア」の特集があり、
そのなかで僕は「災害時帰宅のコツ」について、コメントを書いてもおります。

あの3月11日の大震災の日、僕はちょうどこの『DIME』(や『ビーパル』)の
版元である小学館で撮影をしており、小学館のある神保町から自宅までの16キロを
徒歩で必死になって帰りました。所要は3時間弱。
そのときの経験を踏まえ、自宅まで安全に帰るために役立つ
ちょっとした役立つことを書かせてもらっています。

R0015831a
カメラのなかに、そのときの写真が数枚残されてました。
上はおそらく新宿近辺。歩きながら撮影したので、ブレブレですが、
きれいに撮ろうという精神な余裕はなかったんですね。
へたに立ち止まると、帰宅を急いでいる周りの人に迷惑だったし。

R0015828a
途中で立ち寄ったコンビニは、やっぱりこんな風に品切れ。

もう、こういう経験はしたくないものです。


| | コメント (0)

2011年5月10日 (火)

『ビーパル6月号』発売

B004xcwv9o09_scrmzzzzzz_

実家のある仙台、宮城県に入って、すでに10日以上。
このあたりのことは後日、ご報告するつもりですが、
ひさびさに時間と気持ちに余裕が生まれ、
とりあえず『ビーパル6月号』発売のお知らせをしてみます。

今回の特集は、もろに僕の得意分野である「山登り」。
先月取材に行った九州の祖母山のルポが2ページ掲載されております。
その他には、「ストレスフリー」というキーワードで説明した
ウェア&ギアの部分が4ページ、「持ち物リスト」1ページ、
それとモノクロのページで「世界遺産の山」に関して、コメントを3つ。

といいながら、じつは僕自身、中身はまだ未見なので、
特集全体がどうなっているのかわかりません。
でも、いわゆる山岳専門誌とはちょっと違う中身になっているはずなので、
興味がある方は、ぜひご覧になってください。

| | コメント (3)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »