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2011年6月

2011年6月28日 (火)

『山岳縦走ギアガイド』発売中

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PEAKS別冊『山岳縦走ギアガイド』が発売になりました。
タイトルどおり、ギア中心の1冊。とくに「縦走」にこだわらず、
山に興味がある人なら、誰にでもモノ選びに役立つ内容です。

そのなかで、僕が書いたのはギアではなく、
北アルプスの焼岳近くから日本海まで、
「2週間かけて歩く大縦走」をどうやって成功させるかというシミュレーション的な話。
具体的には、事故を起こしやすい難所や、長時間歩行の際の問題をクリアし、
食料の補給のことも考えて、最後まで一気に歩くかという
4ページにわたる「北アルプス最長コースの攻略法」のようなものです。

これ、じつは僕が今書いている、北アルプスのコースガイド的書籍の一部を
そのまま掲載しているような体裁なのですが、
もちろん書籍用にはいくぶん書き直しを行い、
レイアウトなどを工夫してもっとわかりやすい見せ方になる予定です。
これを見てもらえれば、僕がどういう本を作ろうとしているのか、わかってもらえるかも。

といいながら、この書籍、諸般の事情により、
もしかしたら、このまま出版しない可能性も出てきていたりして。
まだ出す、出さないの確定はしていませんが、
期待していた方がいたら、事前に謝っておきます。
ホントに、すみません。
いや、実際はまだどうなるかわからないんですけどね。

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2011年6月25日 (土)

「小笠原諸島」が世界遺産に登録されますね

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小笠原諸島が、世界”自然”遺産に登録されることになりました。
観光であれ、なんであれ、これで無用な開発はできなくなるだろうから、
めでたいことだと思います。

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ここで使っている写真は、2005年に僕がプライベートで旅してきたときのもの。
帰宅後、なぜか画像を大量消失してしまったので、
わずかに残されているものから選んだだけ。
だから、ぜんぜん小笠原の魅力は伝わらないと思いますが、ご了承を。

東京を船で出て25時間後、到着するのが父島の二見港。
市街地の写真はないですが、東京の郊外の住宅地と
ほとんど変わらない普通すぎる町の様子に驚きました。
たしかにここは東京都の一部で、品川ナンバーのクルマが走っているのだけど。
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上の写真のビーチは、その町の中心部の真ん前にあり、
僕は持参したフォールディングカヤックを持ち出して、ここから漕いでいました。
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小笠原には1週間ほど滞在していたけど、あまり天気はよくなくて、
カヤックをこいだのは3日間くらいだけだったなあ。

晴れているときには、父島南西部にあるジョンビーチまで歩いたりも。
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こちらは父島のすぐ隣にある南島。
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この場所の写真、よくメディアに登場していますね。
この南島は、環境を守るために入島制限がされているけど、
父島から取材に行きやすくて、キャッチーな写真が撮れるからでしょう。

この島の砂浜にはやたら貝殻が落ちてました。
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いや、正確にいうと、たんなる貝殻ではなく、化石。
しかも、貝ではなく、カタツムリ。ヒロベソカタマイマイ、という名前でした。
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これ、1000年も前に絶滅したものだとか。
それが昨年死んだもののように、ものすごくきれいに残っているんですね。
本当はお土産に持って帰りたかったけど、もちろん自制しました。

ところで、貴重といわれる小笠原の生態系。
たしかに他の場所に比べれば、圧倒的にスゴいのは間違いがないこと。
だけど、グリーンアノールという外来種のトカゲなんかがやたらといるし、
僕が旅したときは、貴重な植物を大量に食ってしまう
野生化してヤギを銃をバンバン撃って駆逐していました。
観光客が少しでも少ない日をを見計らっているのか、
週に1度くらいしか島にこない旅船が港にいないタイミングで、
銃声がアチコチから聞こえてきたりするんです。
外来種といえば、植物もひどくて、地面の植生がひどく変わっていました。

僕が現地で仲良くなったレンジャーの方に話を聞いたとき、
その人の当時の見解では、「あまりにも外来種が入りすぎていて、
少なくても父島には世界遺産の価値はない」というもの。
東京で別の研究員の方に聞いたときも、だいたい同じような意見でした。
しかし、せっかく世界遺産に登録されるのなら、
これをいい機会というか口実に、もっと環境保全と修復が進むといいですね。
本来、「世界遺産」なんて形容詞をわざわざつけなくても、
いい場所はいい場所だし、ダメな場所はダメな場所。
あまり権威とは関係のない気分で、自然を楽しみたいものです。

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そういえば、山のほうも歩いたけど、画像はほとんど消滅。
こんなヒドい写真が残っているくらい。
わざわざ父島から移動していった、母島の写真もロクなものが残っていないし、
毎日のように釣り上げて食ったブダイ系の魚の写真もなし。
宿泊していたトレーラーハウスもなし。
ああ、写真が消えてしまうと、ショックがデカいですね。

帰りの船から。
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横を併走している船には、見送りの人たちが乗っていて、
別れる間際、船の上からわざと海の中に飛びこんだりも。
離島好きの人はご存知だと思いますが、
こういう「船で追いかける⇒海に落ちる」って、お決まりの風景ですね。
でも、すごくベタなんだけど、なんだか悪くない、という。

奥の岬の上にある展望台には毎日かよって、
ひとりで夕日が沈む海をながめていた記憶が。
ロマンティックな気持ちになりたかったわけではなく、
海の波と風の様子を見て、明日はカヤックでどこまで漕げるだろうか、
と判断するための実利的な面がほとんどだったのですが。
まわりにいた若い男女は、けっこうへんなムードに浸ってたけど。

下の写真の中央は、父島と、その北にある兄島との海峡。
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僕は夜に、そこでイカを釣っているうちに
足を岩で怪我してしまい、今もその跡が足首に残ってます。
そんなことと次元が違う話では
アメリカのブッシュ元・大統領(パパのほう)は、
太平洋戦争のときにこのあたりで撃墜され、この海峡の奥のほうに落ちたはず。
で、何日も海上を漂流してから助けられたそうです。

ちなみに、当時の小笠原(住民は疎開させて、軍が全域を徴収)では、
殺したアメリカ兵の人肉を日本兵が食うという
「小笠原事件」というものが起きています。
少し離れているけれど、西には激戦地の硫黄島もあります。

それに、もとからの小笠原は日本領ではありますが、
初めに暮らし始めたのはハワイのほうからやってきた
ポリネシア系の人たちといわれ、その後に、ヨーロッパ/アメリカ系の人たち、
日本人がまともに住み着いたのは、いちばん最後のほう。
小笠原は別名というか英名が「ボニン・アイランド」だけど、
これって日本語の「無人(むにん)」島のことですからね。
日本領とはいえ、日本人は誰も住まなかった時期が長かったということ。
そして今も住民の中には、ルーツが日本にある人だけでなく、
西欧系などにルーツを持つ人も多いんです。

このあたりのこと、諸説含め、詳しく書くとキリがないので、ひとまず終了。
興味がある人は自分で調べてみるといいかも。
ともあれ、貴重な生態系が残っていて、きれいなばかりではなく、
ここにはいろいろな歴史があり、さまざまな事件が起きていることも
知っておいたほうが、より小笠原のことがわかると思います。
今も、空港建設などの難しい問題がありますし。

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だいぶ前になるけれど、こんな感じの旅でした。
今もそう大きくは変わらないことでしょう。

さて、この小笠原、非常によい場所なんですが、
僕には決定的というか、致命的な欠点があって。

それはテント泊が禁止されていること。
以前、この島に流れてきたキャンパーたちが島民に迷惑をかけたり
島を荒らしたからのようですが、ともあれ、禁止は禁止。
だから僕もこのとき、カヤックを漕いでも、どこかの浜でテントを張るわけに行かず、
毎日集落に戻っては、トレーラーハウスに寝泊りしていました。山を歩いても同じ。
観光業が島の大きな産業だから、お金がかからないテント泊は‥‥、
という理由もあるのでしょう。
しかし、これではやっぱり面白くないんですよね。

プライベートでは、もう行くことはないだろうな。
でも仕事として頼まれれば、喜んでいかせてもらうだろうな。
そういう気持ちになる、微妙な島々なのです。

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2011年6月23日 (木)

行ったことがある/行ったことがない国、州、都道府県

このところ原稿書きばかり続けており、アウトドア系ライターのくせに、
まったく野外には出て行けない日々。
梅雨だからそれほど悔しくはないけれど、さすがに息がつまってくるのです。

そんなときに、とある新しい仕事の話が。
アウトドアとは全然関係ないのだけど、
海外の某・大国に取材にいけるということでした。

その国には、僕はいまだ行ったことがなく、以前から興味を持っていた場所。
できれば、実現しないものか‥‥。

そんなことから思い出したのが、数年前に話題になった
「Visited Countries」というサイト。
自分がこれまでに行った国を地図上に表示できるんですね。
原稿書きの時間から気分転換をしたくなって、再びやってみました。
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こいつが、僕がこれまでに行ったことがある国。
どうも47 ヶ国になり、世界の国と地域のうちの20.8%とのこと。
まだまだ行ったことがない国が多いなか、取材の話が来た国は、
このなかではまだ赤く塗りつぶされていなかったところだったんですね。
と、ここまで書いておきながら、その話は諸事情あって流れてしまったので、
残念ながら実現しなかったのだけど。

この赤い部分で、あまり日本人旅行者が行っていない国は、
中東のイラン(話題にはなるけど)と、アフリカのマリ、でしょうか。
国というか地域で言えば、ジブラルタルとかもレアかな。
これらの国に比べれば、キューバとかウルグアイ、
バルト3国なんかはなじみがある気がします。
いや、ウルグアイもあまり行く人はいないか。
最近は「日本で過ごす夏」を大事にするあまり、
北半球とは季節が逆の、南半球を狙ってばかりいます。

ついでに、ここからはアメリカやカナダの各州なんかでも同じことができるので、
気分転換にやってみました。
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やるまでもなく知っていたのだけど、アメリカは全州制覇。
自分でも恐ろしくなります。

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カナダは半分ほど。これくらいだと、また行きたくなる感じがして、いいですね。

ついでに、さらに思い出したのが、「経県」というサイト。
こっちは日本の都道府県で同じようなことができるんですね。

これもまた、やってみなくても結論はわかっているのだけど‥‥
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住んだことがあるのは、宮城県と東京都。
その他はすべて行ったこと(宿泊したこと)があるわけです。
しかも最低2回ずつは行っているはず。
以前は海外が面白かったけど、今の僕の気持ちは国内に回帰。
ああ、テントを持って、どこかに逃亡したい。

ここまでやって思ったのは、
日本の山でもこういう地図表示ができたら面白い、ということ。
探せばあるような気もしますが‥‥。

というわけで、外出できない鬱憤を少しでも晴らすべく、
ブログをアップしてみました。ヤバい、仕事に戻らないと‥‥。

最後に、もう一度、「Visited Countries」
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ああ、ブラジルに行ってみたいな~

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2011年6月19日 (日)

被災地の学校、石巻高校 ワンダーフォーゲル部

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『山と渓谷7月号』23ぺージの話です。
お持ちになっている方は、もう一度読んでいただいて、ぜひご協力を。
なんのことかというと‥‥

4~5月に仙台に帰ったときに聞いた話で、
「なんとかしないと」と思ったことのひとつが、
僕の高校時代の山岳部顧問だった伊藤先生から聞いた
石巻高校ワンダーフォーゲル部のことでした。
ただでさえ街が破壊されているうえに、
部員のなかには津波のために登山靴や道具が流されている人もおり、
部活動を再開できないという話で、その場にいたライター仲間の森山くんと
「ならば僕たちでメーカーさんなどに掛け合って、
必要な道具を集めよう」となどと考えていたのでした。

ところが、東京に戻って情報収集していたところ、もろもろの縁で
石巻高校ワンゲル部と、『山と渓谷』のあいだでは、
すでにそんな話が進みつつあり、動きが2重になっては混乱するので、
これからの支援の方法は基本的に、『山と渓谷』にお任せすることにしました。
やはり老舗山岳メディアとしての力はすごいですからね。
で、僕もなにかやるべきことがあれば、いつでも動けると
編集長の神谷さんにお伝えしておきました。

そんなわけで、僕のもとには
現在、宮城県高体連登山専門部の委員長を務めている伊藤先生や、
『山と渓谷』のみなさんから少しずつ情報が入ってきていたのですが、
結局、どんな形で石巻高校ワンゲル部を支援することになったかというと、
読者の方々やメーカー各社などから部活に必要な装備を集め
それをワンゲル部に使ってもらう、という形なんですねに。
ここでは書ききれないので、詳しい支援の方法は、
山と渓谷社の「高校山岳部・ワンゲル部支援サイト」を。

宮城県では石巻高校以外に多賀城高校山岳部も苦労しているようですし、
いまはまだ把握されていないだけで、他の県の高校でも同じ問題がありえます。
宮城県はもちろん、東北全体の高校生は広い意味で言えば、すべて僕の後輩。
大人ならば誰にとっても、学生たちは人生の後輩ではあるはず。
使っていない山の道具を眠らせていて、それを救援グッズのひとつとして
被災地の高校生たちに使ってもらえたら、という方がいれば、
今後に限らず、長い目でご協力をお願いします。

ところで、石巻高校ワンゲル部には、
今年、12人もの新入生が入部したらしいのですが、
大半の新入部員の入部理由は、
なるほど、というか、やはり、というか、今回の震災を経験したこと。
山岳部に入れば、いざというときに役に立つと考えたのでしょうね。
その心情を考えると、なんともいえない気持ちになります。
こういう新入部員も被災のために道具を買うだけの余裕がなく、
今回の支援の対象になっています。

石巻高校の今後については、僕が取材する可能性が高いのですが、
これから各方面、どういう動きになっていくのかまだわからず、
スケジュールが合わせられるといいのですが。なんとかしたいなあ。
おそらく、昨年の泉ヶ岳で会っている部員もいるだろうし。

最後に、これまでの話を書きながら思い出したのですが、
この『山と渓谷7月号』の表紙、燕岳ですね。
今回、この号に載っているルポの取材と1日違いで
僕も燕岳~餓鬼岳と歩いており、餓鬼岳の小屋の方に
「昨日はヤマケイの人がきたよ」と教えてもらったことを思い出しました。
先日も紹介した「知床」に行った直後です。まだ1年前のことなのに、懐かしい。
早く目の前の仕事を終わらせて、夏の山に行きたいです。

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2011年6月15日 (水)

『PEAKS 7月号』発売中

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『PEAKS 7月号』が発売されました。
大特集は「北アルプスの山小屋」。
テント泊を偏愛する僕にとって、山小屋とはそれ自体が主役ではなく、
キャンプ地に併設された便利な施設という印象。
ビールや水を買ったり、トイレを使わせてもらったりと、ありがたい存在です。

だから、小屋自体に泊まることは、やっぱりほとんどなく‥‥。
北アルプスに限らず、僕が昨年、小屋に宿泊したのは、
たしか有人小屋が2回と、無人の避難小屋が1回だけ。
それと、ホテルということもあったけど、すべて仕事だったから。
その他、100泊近いと思われる屋外の寝床はテントと寝袋でした。

だけど、その数少ないうちの1回は、北アルプス・剱岳直下の「早月小屋」。
そのときの取材の結果が、この特集のなかでも2ページ使われています。
なぜ、僕がこの小屋の取材をしたのかは、特集内の「裏話」のところをご覧ください。

しかし、以前紹介した「雲ノ平山荘」、そして「水晶小屋」には1度泊まってみたいもの。
同じ経営の「三俣山荘」は数年前に泊まったことがあるのですが。
「笠ヶ岳山荘」や「奥黒部ヒュッテ」でも、のんびりしてみたい。

ところで、まさに今、昨日も今日も、明日も明後日も
僕が取り組んでいるのが、そんな「北アルプス」に関する書籍。
本のほうは完全に「テント泊」に徹した内容です。
7月中に発刊される予定ですが、本当に作業が終わるのか‥‥。
そのために、山どころか、街中に出ることもほとんどなく、
人生最高、極限の状態で、毎日、机に座り続けています。

そういえば、この書籍執筆のために、
この号でも連載の「マウンテンギアラボラトリース」はお休みしています。
ついでにいうと、次の号も連続して休載です。

この「山小屋」特集には、他にも写真の貸し出しは行ったものの、書いたのはそこだけ。
むしろ、今号での僕のメインとなるのは、昨年の夏に取材に行ってきた
9ページにわたる北海道の世界遺産「知床」の話。
今号の『PEAKS』の表紙をよく見ると、小さいながら赤文字で記載されてます。

知床の先端部分の、知床岬を含めた海岸線70キロほどは、定住者「0」。
夏の間だけ番屋という小屋に暮らしている漁師さんは少数いるけれど、
その代わり、ヒグマと、エゾシカと、キタキツネと、秋になればカラフトマスだらけ。
そんな知床半島の羅臼側(北方領土・国後島が目の前)を往復40キロ以上も歩き、
さらに道なき道を歩いてたどりついた知床連山稜線への旅でした。
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おおおおお、カッコいい! 写っているのが自分だということを差し引いても。
山岳雑誌で、こんな写真を掲載できるとは。
このようなすばらしすぎる写真、誌面では使いきれないほど残っていて、
本当はどこかで公開したいくらいです。撮影は、加戸昭太郎さん。

この知床の岬まで歩くルートは、僕にとって「日本3大ルート」のひとつ。
それ以前に、知床は、北アルプス、西表島とともに、
僕が長年通い続けている特別な地域で、
仕事も遊びも関係なく、僕のアウトドア的な大テーマとなる場所。
今回は9ページで書きましたが、正直なところ、ぜんぜんページ数が足りず、
少なくても、あと3~4倍は書きたいことがあったほど。
知床で毎年参加しているシーカヤックの旅のことも含めたら、
余裕で50ページの特集が組めそうです。
そういうことができる雑誌は、現在は日本に存在していないのが残念だなあ。
こんな知床先端部について知りたい方は、僕の記事を読んでいただくとともに、
知床財団が作成した「シレココ」を見てみてください。できたばっかりのサイトです。

ともかくですね、この「知床」は、絶対に読んでほしい。
何度も繰り返しますが、ページ数の関係で書ききれてはいないのだけど。

そして、もうひとつ、目を通してもらいたいのが、「東北の山々」。
東北の被災地を忘れてほしくないと、この号から立ち上げた連載もの。
今回は2ページの扱いですが、今後は増ページのときもあるはず。
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第1回目はプライベートでの山行をもとにしていて、
この「北蔵王」を仲間とともに歩いたのは、5月の連休のこと。
そのときのブログを見てもらえればわかりますが、
誌面で使ったものと、けっこう写真が似ています。
雑誌内は撮影/大森千歳、ブログは撮影/高橋庄太郎(僕)。
僕の撮影したブログのほうの写真のクオリティはひどいけれど、
やはり使いたくなるのは同じシチュエーションからのものなんですね。

この「東北の山々」は1年間続く予定で、
次回からはいろいろな人が書いていくことになります。
僕が企画したので、当然ながら第1回目は僕というわけですが、
今回に関しては、「山歩きルポ」や単純な「山紹介」ではなく、
これから1年続く連載の、長大な前書きっぽい内容にしました。
ベタだけどストレートに、東北に再び活気が戻ることを祈って。

ブログで書いた内容と、雑誌で書いた原稿は、
細かいエピソードは重複するけれど、
同じときの山歩きのはずなのに、かなり違っています。
どちらかが本当なのではなく、どちらも本当のこと。
ただし、ライターを仕事としている身だから当たり前だけど、
雑誌の原稿のほうがキチンとした内容です。やっぱり。

このページは雑誌内でも特別扱いの雰囲気にしてもらい、
登場するのは、ほぼ最終ページという、1冊の雑誌を締めくくる部分。
この企画を実現してくれた編集部に感謝いたします。

最後に、今号の『PEAKS』、ものすごいページ数になってますよ。
今後の資料としても使える内容なので、買って損はないと思います。


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2011年6月14日 (火)

「google books」か‥‥

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こいつは、昨年の4月、僕が初めて出版した書籍『トレッキング実践学』。
おかげさまで好調で、今のところ第4刷まで到達しております。
増し刷り決定⇒即・印刷が重なり、誤字を直す作業が
いまだに残っているのが痛いところ。すでに購入している方、ごめんなさい。

それと改めて紹介すると、これは登山入門書ではあるけれど、
基本は日帰りでも山小屋泊でもなく、「テント泊」。
テント泊に興味のない人には、無駄な部分も多いかもしれません。
ウェブからではなく、書店で中身を確認してから購入していただいたほうが、
失敗のない買い物ができます。
自分の本ながら、買って損したとは思われたくないですからね。

ところがこれ、今は「google books」で中身を確認できるんですね。
自分で書いた本なのに、ぜんぜん知らなかった! 知らなかったけど、
「Pages displayed by permission of 枻出版社」と表記されているから問題ない、のか。
まあ、こういう時代だから、こういうのもあり、なんだと思います。
アマゾンでも同じように見られるし。

しかし、なんと約200ページのうち、約50ページも読めるなんて!
ちょっと多すぎはしないか? というのが、著者的な、かつ率直な気持ち。
小説などとは違い、一部分だけ読んでも意味がないものではなく、
これはテーマごとに見開きで簡潔しているので、
2ページ連続してgoogle booksで見れるようになっていると、
必要な情報は全部入手できちゃうのだから。
なんとなく、今回のブログで使っている表紙の写真は、
いつも他の雑誌を紹介するときよりも、小さくしたくなる気分。
だけど、これによって、「gooogle books」では確認できない
他の部分も読みたくなる方が生まれて、
購入につながるのかもと思えば、著者としてはありがたいと思います。

しかし、やっぱり思うのは、
200ページのうち、50ページも? ということ。
ウェブで見られるようになっているのは、もはや止められないので、
こうなったら本を購入していない方にも、役立ててもらったほうがうれしいです。

そういえば、この本、翻訳版が台湾でも出版される可能性が出てきて、
今は詳細な契約条項を確認しようとしているところです。
なにも問題なく、スムーズに進めば、いずれ台湾の書店でも売られるかもしれません。
売れるかどうかはさておき、東日本大震災ではたいへんな援助をしてくれた台湾、
しかも民間からが圧倒的だっただけに、
少数であっても台湾の一般の人の参考になってくれるのなら、
本当に出版が実現するといいのだけど。

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2011年6月12日 (日)

またしても新パック、グラナイトギア "ニンバストレース"

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昨年の展示会のときに、デザインのよさと色使いに一目ぼれし、
即買いを決めてメーカーさんにお願いしていた
グラナイトギアの“ニンバストレース”というモデルが到着しました。
大型パックとしては、今年はすでにマックパックの“カスケード65”を購入しているのに、
またひとつ増えてしまったわけで‥‥。
ただでさえ、今年は大震災以降、
さまざまな事柄でたくさんのお金を使ってしまっているというのに、
ちょっと無駄にも見えかねない買い物です。
でも、頼んだのは昨年のことだったし、ギアの原稿を書くことも多く、
そもそも山にばかり行っている僕には仕事道具だし‥‥。
と、いつも自分を納得させるための理由を書きたくなります。

さて、こいつの容量は62リットル、カラーは上の2つ。
その他の細かいスペックは取り扱い会社のHPに任せます(書くの面倒だし)。

どちらの色も僕好みなのですが、結局選んだのは‥‥
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カタログ的には「オートミール/ムーンミスト」というカラー。
よく見ると、展示会のときとはカラーリングが一部異なっています。

「販売される商品には、カラー変更が若干ある」と
展示会のときに聞いていたのだけど、オートミール色(白っぽい部分)が減って、
グレーの部分が増えていますね。さらに、気のせいかもしれないけど、
そのグレーの部分の色は、もっと濃かったような気も。
本当は展示会サンプルの色のほうが好きだけど、これも悪くありません。
これを買った男の僕がいうのもなんですが、グリーンのタイプも含め、
女性が山でこれを背負っていたら、かわいらしいだろうな。
同モデルには、女性用のハーネスのタイプも出てますからね。

こちらが背面の構造。
パッドの肉抜きが徹底されていて、まるでなにかのあばら骨のよう。
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しかし、通気性は間違いないだろうけど、
果たして重い荷物でもしっかりささえてくれるのだろうか?
ハードな使い方ではマックパックのほうが上だろうけど、
アウトドアライターとして、こいつの具合を試してみたい要求にかられたのも、
購入に踏み切った一因なんです。
まあ、機能以前に、色とデザインがあまりにも好みだったからですが‥‥。

そういえば、『PEAKS 4月号』の表紙も、このバックパック。
裏話を少し書けば、ここの編集長に
「表紙用の撮影で使える、カッコいい新製品のバックパックはない?」と聞かれ、
僕が推薦したのが、これだったのですね。
そしてめでたく意見が採用され、表紙になったわけでした。
ここで使われているのも、展示会と同じサンプルのカラーリングです。

ところで、この下の2枚の写真の違いはどこにあるでしょう?
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答えは、下部のコードがポケットの外を通っているか、内を通っているか。
使い方によって、変えられるんですね。
コードを外にしておけば、ポケットに入れたものをしっかり押さえることができ、
内にしておけば、ストレッチ性のポケットを大きく使うことができるんです。
そもそも、各部がストラップではなく、細いコードというのも面白い。
こういう細かいギミックがあるのが、
僕がグラナイトギアというメーカーが好きな理由のひとつかも。

こちらはリッド(雨蓋)を外した状態。
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一般的なバックパックは1本のストラップで圧縮するのが普通ですが、
これは2本のストラップで十字型に締め付けられるようになっていて、
よりキッチリと安定させられるわけです。
メーカーとして、バックパック自体の重さを軽くしたいときには
リッドを外して本体のみで使えるような構造を売りにしている
グラナイトギアっぽいアイデアです。

それと同時に、リッド自体はウエストバッグに。
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こんな工夫のものは他メーカーでもあるけれど、
わざわざ別途ストラップとバックルをつけて(写真の右)、
荷物を入れたときに締められるようにしてあって、
ボリュームを押さえることができるのは、ここくらい。

ところで、日本では「ウルトラライト」のイメージが強いグラナイトギア。
たしかにその性質は強く、実際に超軽量な製品と、
ウルトラライトな山歩きに適したものづくりをしています。
だけど、それだけじゃないんですね。
本国アメリカでもっとも売れるタイプはウルトラライト仕様のものではなく、
重い荷物を背負えるしっかりした構造のタイプと聞いています。
具体的なモデル名は忘れてしまいましたが‥‥。
でも、僕が使っている同社の他のモデルで、耐久荷重~23キロという
“ニンバスアクセス3800FZ”のようなタイプなのでしょう。
同じく僕が持っていて、ほとんど使っていない
“メリディアンヴェイパー”(耐久荷重~14キロ)のようなものではなくて。

耐久荷重~18キロのニンバストレースは、その中間的な存在。
腹が減っては山を歩けぬと、食材をたくさん持っていく僕の山の歩き方だと、
18キロ以上に荷物が重くなってしまうことが普通なのですが、
1泊2日程度で持参する食料が少ないときには、これで十分でしょう。

今年、何回いっしょに出かけることになるのか。
早く試してみたいと思っております。

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2011年6月10日 (金)

「雲ノ平山荘」と2冊の雑誌

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こちらは2年前の「雲ノ平山荘」。
名前のとおり、北アルプス最奥の地のひとつである、雲ノ平にありました。
だけど、老朽化のために、この写真を撮ってから1ヵ月もしないうちに解体。
そして昨年からは、作り直した新しい小屋で営業を始めております。
この古い建物もよい味を出していたのですが、新しい小屋はすばらしいの一言。
いつもはテント泊の僕でも、一度は泊まってみたくなるほどなんです。

その新しい小屋も写真で見せたいところですが、
昨年、雲ノ平に入り、この小屋に到着したときは、けっこうな雨。
写真など撮ってる場合じゃなく、挨拶と入り口付近の内装だけ拝見し、
ありがたいことに温かいコーヒーをごちそうになって、
その後は10分くらい離れた場所にあるキャンプ地へと向かいました。

雲ノ平山荘の建て直しについては、
この山荘に加え、三俣山荘と水晶小屋を経営する伊藤正一さん、
そしてその長男で水晶小屋のご主人の圭さんから話を聞いていました。
ちなみに、雲ノ平山荘のご主人は、次男の二朗さん。

そんな雲ノ平山荘なのですが‥‥。

先日、僕の自宅に到着したのが下の雑誌。
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広島にある白鳳堂という「筆」を作っている会社が
発行している『ふでばこ』という季刊誌です。
この白鳳堂、じつはあまり知られていませんが(とくに男性)、
伝統的な毛筆のほか、メイク用の化粧筆では世界的に有名な会社。
会社名こそ筆に明記されていなくても、日本はもちろん、ヨーロッパやアメリカの
とんでもなく有名なコスメメーカー各社にOEMで製品を供給しているんですね。
そのコスメメーカーの数々、僕は知っているのですが
会社の契約上、外部には公開されないことになっているそうです。

この白鳳堂を僕は取材したことがあり、そのときの縁で、
その後もこの『ふでばこ』を送っていただいているのですが、
その最新号で発見したのが、以下のページ。
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なんと、10ページにわたる「雲ノ平山荘物語」。しかも連載らしく、これが第1回目。
検見崎まことさんという方が原稿を書いているのですが、
その検見崎の写真がまたすばらしいんですね。
というか、僕が知らなかっただけで、本職は写真家‥‥。さすがです。

このなかにはいろいろな話が書かれていて、すべて面白いのだけど、
とくに僕がじっくり読んでしまったのが、材木に関する話。
二朗さんが木材を探しに東北や能登にまで出かけていたことや、
僕もご本人から直接聞いた、高瀬ダムに流れ着いた生木を使った
コメツガの大梁(現在の小屋で存在感)のことなどがよくわかり、
非常に興味深い内容になっています。
ライターとして、僕もこういう仕事を今後やりたいものです。

この『ふでばこ』、都内の大手書店ではときどき売られているものの、
一般的にはほとんど目に触れることはないでしょう。
しかし定価1800円と、ちょっと高価ですが、
白鳳堂のホームページから購入可能できるようです。
ちなみに、アマゾンではバックナンバーは買えるのに
なぜか最新号はいまのところ扱っていないようで。
ともあれ、山好きの人には絶対に読んでもらいたい内容です。

と、『ふでばこ』の記事に感心していたところ、
その数日後に、別途送付されてきたのが、下の雑誌。
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年1冊くらいのペースで発行されている、三俣山荘便り『ななかまど』。
この小冊子を作っているのは、三俣山荘事務所。
つまり、雲ノ平山荘を経営している伊藤さんの一家。
だから、編集&執筆も、基本的には伊藤家のみなさんなのです。

この『ななかまど』も以前、伊藤さんを取材した縁で
その後、送っていただくようになったもの。
これが毎回、ものすごく面白い内容で、
山に生きる人ならではの視点と知識がちりばめられており、
僕のような普段は街に住んでいるライターにはとても書けない話ばかりです。

で、その最新号を開いてみると‥‥
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今度は二朗さんが書いた「雲ノ平山荘新築工事」の話が!
しかも、こちらも10ページの大ボリューム。

話の内容は『ふでばこ』と重なる部分はあるのですが、
『ななかまど』では、小屋と直接関係する当事者としての話。
なぜ、雲ノ平山荘を建て直すことになったのか、
どのような小屋にしたかったのか、など
小屋の主としての気持ちがダイレクトに伝わってきます。
いやはや、こちらも、すさまじく面白いんです。

この『ななかまど』は、三俣山荘でも販売されており、
僕もこれまでにバックナンバーを何冊も買いました。
山中のことなので、防水バックに入れて、バックパックになかにパッキング。
それから数日も山の中を歩いて、下界まで下ろした記憶が。
でも、三俣山荘のホームページから購入可能。
お値段は、送料別で380~680円です。

この『ふでばこ』と『ななかまど』、合わせて読むと、
相乗効果でさらに雲ノ平山荘のことがよくわかります。
雲ノ平周辺に興味がある人は、ぜひご覧を。
まったくアウトドアではない雑誌、反対に山岳雑誌以上に「山」である雑誌、
こんな2誌で雲ノ平山荘のことが読めるとは。
本来のメジャーな山岳/アウトドア雑誌が取り扱ってもいい内容なのに。

ところで、水晶小屋の圭さんから先日連絡があり、
今回の大震災にあたり、チャリティ手拭いを製作し、
今年の夏は各山小屋で販売するという話を聞きました。
東北出身の僕としては、ありがたい限りです。
今年、雲ノ平近辺に行く予定の方は、ぜひチェックしてください。

また、圭さんは山岳写真の賞を得るほどカメラの腕がすばらしいのですが、
その写真と自身の詩を組み合わせ、大震災をモチーフにした作品も製作しています。
なかなか重厚な雰囲気になっており、見ごたえがあります。
ここで勝手に紹介することはできないので、
どこかのメディアで披露できるといいのですが‥‥。

というわけで、今年も僕は行く予定の「雲ノ平」に関係する話でした。

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2011年6月 6日 (月)

西上州/荒船山、日帰りの旅

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かなり前から行ってみたいと思っていた山のひとつが、
群馬/長野の県境に位置する荒船山。
緑の木々のなかから突き出るように聳え立つ巨大な溶岩の岩肌は、
たしかに荒海を進む船のようですね。

ここは十分に東京から日帰りで行ってこられる山。
どうしても山の中ではテント泊をしたい僕には、
いつかは行ってはみたいものの、なんとなく後回しにしていたんです。
しかし、今回はまさに「日帰り登山」のための取材。
仕事となれば、好都合。こういう機会を逃がすわけにはいかないのです。
雨による延期はあったものの、梅雨の合間の晴れの日に、
うまいこと登ることができました。

ちなみに荒船山は、『クレヨンしんちゃん』の作者・臼井儀人さんが
一昨年前に転落死したことで有名になってしまいました。
上の写真では、左のほうでいちばん尖っている「艫岩」から落ちてしまったらしく‥‥。
タクシーの運転手さんによれば、一般的にも有名になった荒船山には
多くの観光客が訪れるようになった反面、
それまでには存在しなかったという自殺者も激増し、臼井さん以降、
すでに10人以上は飛び降り自殺があったのではないか、とのこと。

さて、内山峠登山口から登り始め、1時間もせずに、その絶壁の下に到着。
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ここは、「鋏岩修験道場跡」。
なにやら由緒正しい場所のようですが、詳細不明。
現地で集めた資料類にも、なにも書いておりません。
岩壁の下にはこんな広い空間がいくつもあり、野宿したくなる雰囲気です。

登山道を歩いているうちに、岩壁が次第に横のほうに。
地図を見るとそうでもないのだけど、
サイドから回り込んで登っていくイメージです。
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しかし、この岩肌、クライミングが好きな人には、たまらないのでしょうね。

荒船山の登山道は、遠目からの荒々しさとはまるで違い、遊歩道的な歩きやすさ。
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ほとんど危険な箇所はなく、
「初心者が日帰りできる」という、今回の取材コンセプトに、ぴったり一致。

そんなわけで、2時間もせずに山頂部の一部となる溶岩でできた台地部分へ。
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上から覗き込むと、このような感じ。
比較するものがないので、この写真では高さの実感がつかめないでしょうが、
けっこうな高度感。体力をそれほど使わず、こんな景色を楽しめるのだから、
相当にお得な気分を味わえます。もっと早くに行ってみればよかったかも。

なんとなく、樹冠に少し寄った写真をもう1カット。
眼下に広がる緑、緑、緑。まるでグリーンのカーペット。
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やっぱり僕は、白い雪よりも、緑の葉の色が好き。
「本当の山好きは、冬山を好む」なんて言葉は信じません。

で、こちらが「艫岩」の上。
取材用とは別に、僕のカメラでも記念写真を撮ってもらいました。
だけど、正面は照れくさいので、公開するのは後姿。
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今回は以前、このブログで紹介した
ショートパンツバックパックをデビューさせました。
日帰り山行ではそれほど使い心地はわかりませんが、悪くないのは間違いなし。
少なくても、色は僕好みなので、買ってよかった。

先ほど、頂上部分へいたる登山道が歩きやすいと書きましたが、
その溶岩台地上で延びる登山道も整備されており、高原の散歩感覚。
下から見上げた荒船山のイメージとはかけ離れています。
かなり平面的なのですね。こういう場所に、テント場があるといいのに。
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しかしまあ、見た目は男性的なのに、歩いてみると女性的。
それが荒船山の面白さなのかも。

この後、一応は荒船山の最高地点である経塚山に登りましたが、
展望が悪く、とりたてて紹介するようなカットはなし。
しかし、「荒船山の最高地点である経塚山」っていう表現、わかりにくいな。
つまるところ、荒船山は言い方を変えると荒船「山塊」であり、
そのなかでいちばん高い場所を、別途、経塚山と呼んでいるわけです。

下山には別ルートを使って相沢登山口へ。
そのまま歩いて荒船温泉へ行き、風呂上りにはビール。
まさしく日帰り登山を実現したのでした。
プライベートなら、無理にでもどこかでテント泊をしたでしょうが、
これはあくまでも取材。この山のことは、いずれ雑誌の誌面でも。

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2011年6月 2日 (木)

マックパックの青い新モデルと、その他の青

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これら2つは今年になって手に入れた、マックパックの新作。
左が、“カスケード65”というモデルで、右が“エクスプローラー”という38リットルサイズ。
どちらも耐水性が高いアズテックというマックパック独自の素材を使っていて、
とにかくタフ。ナイロンに防水コーティングを施した一般的なバックパックのように、
時間がたつと加水分解でコーティングが剥がれるようなモノではないし、
なによりも丈夫で破れないのがいいところ。
軽さよりも壊れないことを重視してモノを選びがちな僕にとって、
このマックパックは、このところ大変気に入っているメーカーなのです。

とくに、すでに廃番になった“グリセード”という70リットルのモデルは、
ハーネスの具合が驚くほど僕の体にピッタリすぎで、「人生最強」。
これまでに買ったバックパック、仕事のために借りて使ったバックパック、
合わせて数十個のなかで、間違いなく最高なのです。
いまや、ハードな山旅には絶対に出動する「勝負バックパック」に。
『PEAKS 6月号』の表紙で、僕が背負っているヤツです。

こういうことは、各種のアウトドア雑誌でさんざん書いてきたことなので、
このブログを見ている方も、もしかしたらご存知かもしれませんね。

ともあれ、“グリセード”並みの快適バックパックを求め、
調子にのって今年だけで、さらに2つもマックパックを手に入れてしまったわけです。
“カスケード65”は、すでに先日の東北の山でも使いましたが、
体へのフィット感は、今のところ問題なし。
サブでもうひとつキープしているとはいえ、あまりにも使いすぎて
さすがに傷んできた“グリセード”の後釜として、十分に活躍してくれそうな予感が。
僕は“グリセード”の本当の後継モデルである
“グリセードクラシック”も数年前から使っていますが、
体のラクさでいえば、この“カスケード65”は“グリセードクラシック”以上。
“グリセード”よりも上かどうかは、もう少し使い続けてみないとわかりません。
ちなみに、この“グリセードクラシック”のほうは、
僕が書いた本『トレッキング実践学』の表紙で、僕が背負っているものです。

これら3つのモデル、すべてハーネスの構造は違っています。
しかし、使い心地のこういう感想は、僕個人のものでしかなく、
人によって合うバックパック(とくにハーネス部分)は異なるので、
“グリセードクラシック”がいちばんという人がいて当然だし、
そもそもマックパックのバックパックが体に合わないという人だっているでしょう。
僕自身、これまでに使ったマックパックの製品のなかには
ハズレとしか思えないモノに出くわしたことがあり、
マックパックすべてを絶賛できるわけではないのですからね。

しかし、大当たりがあると、そのメーカーを見る目が優しくなってしまい、
中型バックパックとして、“エクスプローラー”も試してみたくなったわけで‥‥。
これはまだ背負って歩いたことはないから、いまのところ良し悪しは不明。
でも、ハーネスの具合から見ると、たぶん僕の体には問題ないはずと思ってます。

それにしても、今年手に入れたモノは、どちらも青。
どっちかを別の色にすればよかった気もするのですが、
考えたあげく、結局どちらも青にしてしまいました。
よく見ると、同じブルーだけど、微妙に配色は違うんですけどね。

僕が持っているマックパックのなかには、もうひとつ青い存在が‥‥。
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これは“カウリ”というモデル。本国ニュージーランドでは生産中止になっていますが、
日本用に特別作り続けている30リットルの小型タイプです。
じつはこのブルー、以前ニュージーランドの本社に取材へ行ったときに、
「ブルーがあれば、日本で売れるんじゃないかな」などと話していたら、
いつのまにか本当に生産してくれるようになった色。
そんな経緯があったので、この青い“カウリ”に関しては、
昨年の発売前、特別にいただいてしまったりもしてしまいました。
今年もこの色は継続して生産されているので、人気はあったのでしょう。
売れてなかったら片身が狭くなるので、ちょっとうれしいことです。
だけど、“カウリ”は青以外にもに、黒と赤も持っていたりして。
これに関しては、アズテックの機能性というよりも、単純にそのデニムっぽい質感が、
街用として使いやすいのだけど、さすがに3つも持っているなんて、
自分でもバカみたいだと思います。しかも古着屋でわざわざ中古を買っていたりして。

マックパックに限らず、僕が持っているバッグ系は青っぽいものばかり。
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右はグレゴリーの“デイパック”、左はデイナデザインのなんだったっけか?
どちらもけっこう古いものですが、いずれにせよ、結局ブルー。

トートバッグまで‥‥。
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こいつらはセールで買った比較的新しいもので、
右はグレゴリー、左はミステリーランチ。

こんな僕の私物を見ていると、「そんなに必要ないだろう?」と
いいたくなる人もいるでしょうね。
たしかに、街用の小型バックパックとトートバッグは、その通り。
僕はモノ好きのうえに、モノ持ちもいいので、ドンドン増えてしまうんです。

しかし、大型~中型バックパックは、間違いなく僕の「仕事道具」。
サラリーマンのスーツやネクタイ、パソコン、モバイル機器と同じなのかも。
「いろいろなモノを実際に使ってみないと、道具の原稿なんて書けない」という
正しいけれど、いい訳っぽい陳腐ないつもの言葉で
自分の買い物を正当化してみたりもします。

先日、このブログで紹介したチャリティーオークション『青空ユニオン』には
いずれ僕のバックパックも出点されることになりそうです。
おそらく、90%くらいの確率で。
どんなメーカーの、どんなモデルを放出するかは秘密ですが、
いずれ私物がひとつ減る予定なのですから、その前に増えるのだって、
おかしくはないはずですよ、ね。

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