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2011年9月

2011年9月30日 (金)

“Feel EARTH 2011”で、何かをやります

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あと半月先の10月15~16日、北軽井沢のキャンプ場・スウィートグラスで、
“Feel EARTH 2011”が開催されます。
僕は昨年も顔を出し、スライドショーを行いました
話をするのに慣れていないので、非常にバタバタでした‥‥。

今年はスライドショーではなく、「バックパッキング講座」のようなものを行う方向。
昨年はホーボージュンさんがやっていたのですが、
それとはまた別に、なんらかの役立つものを考えています。

詳細は未定。
今のところ、わずかながらの参加費をいただき、
人数をある程度絞ったうえで、自分の道具を持ってきていただき、
山の歩き方に関するお悩み相談的なことを行う可能性が高くなっています。

そのあたりの詳細は、今後“Feel EARTH 2011”のHPで発表されるはず。
いつものことながら告知が遅くなり、参加者が少なることも予想されますが、
少人数であれば、それだけ濃密な“講座”になるかもしれません。
ともあれ、“Feel EARTH 2011”に参加する方は、追って詳細をご確認ください。

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2011年9月29日 (木)

北アルプス/南岳~槍ヶ岳(『PEAKS』読者参加企画)

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『PEAKS』の読者参加企画にゲストなる立場で参加して、
8月の終わりに北アルプスの南岳~槍ヶ岳を歩いてきました。
テーマは「ソロトレッキング」。みんなでいっしょに歩くとはいえ、
それぞれが個人装備をもち、食事もバラバラに作って、
ひとりだけでも高山を歩けるようになることを目指す、というもの。
要するに、ソロ山行を仮想した、シミュレーション的な山歩きですね。

すでに1ヶ月近く前に、『PEAKS』のブログでもそのときの話が紹介されています。
僕がなにやらやっている動画もアップされているようですが、
僕自身は恥ずかしいので見ていません‥‥。

上の写真は、南岳小屋の裏から見た北穂高岳と大キレット。
北アルプスの中でも大事故が発生しやすい、トップクラスの難所です。
今回はこのルートを歩いたわけではありませんが、
眺められる風景としては、ここがハイライトといえるでしょう。

ところで、結果的にこの取材は成功でしたが、じつはスタート前から波乱が。
僕と編集者、カメラマンが乗ったクルマが事故による高速道路の通行止めにあい、
一般道に降りたり、再び高速道路に乗ったりしているうち、到着が数時間遅れに。
そのために、本来は新穂高温泉から出発するはずだったのに、
短時間でキャンプ地に行ける上高地からのスタートになってしまったのでした。

上高地に到着したタイミングでは、かなりの雨。
しかし歩き始めから大雨では気分もよくないので、
せめて小雨になるのを待っていたところ、予想以上に天気は好転してきました。

で、出発。
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今回の参加者は男性2、女性1の計3名。ここに僕、カメラマン、編集者がプラスされ、
さらに今回は通常の山行とは違い、初対面の読者が加わっているので、
念のためにガイドさんにも入ってもらい、合計7名に。

初日にテントを張ったのは、3時間ほど歩いた場所にある横尾。
当初の予定では、僕も好きな槍平のはずだったのでちょっと残念ですが、仕方なし。

2日目は天狗原から南岳へ向かいます。
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曇り空ではありますが、雨が降るわけでもなく、まずまずといったところ。
とはいえ、「鏡のように池の水面に映る槍ヶ岳」を狙って長時間待った天狗池では、
いつまでたっても山頂が雲の中で、結局よい写真は取れませんでした。残念。

この日は8月末、週末の土曜日。
最後の夏山の終わりを楽しもうとしている登山者で、
南岳のキャンプ地は結構な混雑に。
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僕らは7名、それぞれがソロ用テントなので、計7張。
この日、ものすごい混雑が予想された槍ヶ岳山頂直下のキャンプ地では、
すべてのテントを張り切れない恐れもあり、
まだいくぶん空いていそうな南岳のキャンプ地を選びました。
この写真はまだ早い時間帯のもので、この写真に入りきれない場所にも多くのテントが。
この後に到着した登山者によって、テントはより増えていきました。

夕方には雲が薄れてきたので、冒頭の写真のように
小屋の裏の高台から大キレットと北穂高岳を眺めました。これがなかなかよい時間。
同じ場所から振り返ると、北の方角には槍ヶ岳。
昨年は北鎌尾根から登り、今年は東鎌尾根から眺めた山です。
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明日はあの山頂に登り、それから下山する予定。

西側には雲海が広がり、その上にぽっこり顔を出しているのは、
僕が好きな山のひとつである、笠ヶ岳。昨年、この山にも登ったな。
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知らない人が見れば、富士山だと思うかも。

最終日となる3日目は、朝から好天に。
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出発前に、もう一度、北穂高岳と大キレットを眺めておきました。
天気がよいと、冒頭の写真ほど恐ろしい場所には見えませんね。

いざ、槍ヶ岳へ。まずは手前の中岳、大喰岳を目指します。
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人気の山域だけあって、僕たち以外にもたくさんの登山者が歩いていました。

数時間歩き、槍ヶ岳山荘は目の前。
だけど夏の天気がよい日のセオリー通り、時間が経つにつれて、上空には雲が。
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右にあるはずの槍ヶ岳の山頂も雲の中に隠れがちです。

でも、待っていても同じなので、とりあえず山頂へ。
天高くまで上っていけそうな、いつもの長い、長いはしご。
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とくに山頂らしい写真は、ここで紹介しませんが、
みんなで何枚も記念撮影を行いました。

その後、小屋前にデポしていたバックパックを回収し、下山開始。
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いまさらのように、山頂がハッキリ見えます。
「帰るときになると、天気がよくなる」というのも、よくあることです。

千丈乗越までは西鎌尾根を歩き、それから飛騨沢へ降りていきます。
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昨日から森林限界を超えた場所を歩いていたので、ひさびさの樹木と草。
今回参加してもらった読者3人は、偶然にもみんな赤いバックパックだったので、
この赤い軍団は緑の中で映えて見えました。

周囲を高い山々に囲まれつつも、広々とした槍平のキャンプ場。
とにかく気持ちのよい場所で、本当はここに泊まりたかった‥‥。
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そんな感じで『PEAKS』読者のみなさんと歩いた山旅は終了。
今回は歩いているときやキャンプ地での空いた時間を使い、
正しいトレッキングポールの使い方や効率のよいパッキングの仕方なども話しました。
そのあたりも含め、詳しくは、いずれ発売される雑誌を御覧ください。

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2011年9月26日 (月)

僕の本『トレッキング実践学』の台湾版が登場

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山へ出発できず、ヒマにまかせて書き溜めてみた、「小ネタ」の第3弾。

なんと、僕が昨年書いた書籍『トレッキング実践学』
台湾版が発売されることになりました。
僕の手元には1冊しかないのですが、奥付を見ると、現地では8月に発売。
発売以来好調ではあるものの、誤字を直さないまま第4刷に突入しているという、
日本ではちょっと恥ずかしい状態(買った下さった方、すみません)。
それが外国でまで発売されるとは、うれしいことです。
とくに台湾って、大震災のときも非常に手助けしてくれた親日国ですからね。

カバーをとると、もともと本来の本で使っていた写真に。
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同じ写真であるはずなのに、これもいいデザインだなあ。

もともとはこれですね。
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で、台湾版の中身はこんな感じ。当然ながら、漢字だらけ。
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もう何が書いてあるのか、正しく翻訳されているのかは、わかりません。
しかし、日本以上に高い山がそろっている台湾で、
この本が少しでも役立ってくれると、うれしいです。

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2011年9月25日 (日)

チャリティ/別注“クリーンカンテーン”のボトル

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内容的に「小ネタ」という言葉は似合いませんが、第2弾。

こんなボトルを作ってみました。
母体はクリーンカンテーンの800ml (27oz)ボトルで、プリントがオリジナル。
イラストは山の世界で超人気の鈴木みきちゃんで、
小汚い文字を書いたのが僕。
本当はイラストだけのほうがかわいかったのではないかと後悔してます‥‥。

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このボトルを作った理由は、3月11日の大地震で被災した高校の
山岳部/ワンダーフォーゲル部の部員のみなさんにプレゼントしたかったから。
それで、「もっとつよくなる」なんていう文言を入れてしまいました。
「頑張ろう、東北」みたいな、あまりにもストレートなメッセージではなく、
若干は曖昧に、しかしなんらかの気持ちをこめて。

デザインもカッコいい方向のものは被災後には合わないような気がして、
そこで鈴木みきちゃんにお願いして、やさしく和めるものにしたのでした。
ちなみに、イラストで4人並んでいる背後にある山は、宮城県の船形山。
みきちゃんがいくつか原案を描いてくれたなかで、
僕が好きな地元の山を選ばせてもらいました。

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裏側には、このような表記が。
人気イラストレーターである、みきちゃんの名前はもともと入れたかったのですが、
僕も知らないうちに、彼女が僕の名前まで書き込んだ版下を作ってくれていました。
ちょっとお恥ずかしい。
真ん中のバックパックはグレゴリーですね。
クリーンカンテーンを日本で取り扱っているのはエイアンドエフで、
同社ではグレゴリーも扱っていますから。

このボトルを作る作業をしていたのは、7月終わりで、
僕が取材した石巻高校の夏山合宿に間に合わせようと、
ものすごくタイトな期日で、エイアンドエフさんは対応してくれました。
代金も僕がすべて支払うつもりでいたのですが、
そのあたりも配慮してくださるとのことで、頭が下がる思いです。

じつは、鈴木みきちゃんには、ノーギャラでイラストを描いてもらってます。
それどころか「光栄です」と、いってもらって。
また、ここで使っている写真はすべてプロの加戸昭太郎さんの撮影ですが、
これも仕事ではなく、個人の行為で引き受けてくれました。
みなさんに本当に感謝します。

加戸さんは苦労していろいろなカットを撮ってくれました。
せっかくなので、冒頭の写真以外も、ここでご紹介。

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このボトルは45本作り、、先に書いた石巻高校ワンダーフォーゲル部のほか、
同じく被災がひどかった多賀城高校山岳部、
被災のために福島から宮城一高に転校してきて、
山岳部に入部したという女の子に贈りました。
僕の手元にはまだ数本残っていますが、
これはいずれ、「青空ユニオン」として、チャリティーオークションに出す予定です。
定価は3150円ですが、じつは出品に関係してけっこう手数料もかかるので、
できるだけ高額で落としてもらえると、被災地支援になるのですが‥‥。
鈴木みきちゃんのファンは多いので、みきちゃんを愛する人に期待していますよ。


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2011年9月24日 (土)

パタゴニア“スーパー・アルパイン・ジャケット”のこと

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僕のつまらない凡ミスのため、山へ向かうバスに乗れなくなり、
出発を1日ずらしたために、ぽっかりと時間が空いてしまった本日。
出直して留守にしているあいだに自動的にアップされるよう、
くやしまぎれに小ネタをいくつか書いてみました。
このジャケットの話は、その第1弾。

さて、ここ最近はゴアテックスを採用したウェアを作っていなかったパタゴニアが、
方針を転換して、再びゴアテックスのウェアを販売し始めました。
ご存知だった方も多いかと思いますが、最近のアウトドア界のニュースです。

で、早速、僕が手に入れたのが、上の写真の“スーパー・アルパイン・ジャケット”
その名の通り、アルパインクライミングに適したゴアテックス・プロシェルの
ハードシェルジャケットであります。詳しくはメーカーHPを。
どの部分のディテールもよくできているのですが、
僕の心をすさまじく突き刺してくれたのは、下の部分。
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袖が伸縮性の強い素材でできており、手首にぴったりフィットするんです!

じつは以前から、こんな袖になった山岳用ジャケットがあったらいいと思っていて、
メーカーのウェア開発者に作ってほしいと訴えてきたのですが‥‥。
まさかパタゴニアから登場するとは思ってもいませんでした。

僕がこのような袖のジャケットがほしかった理由は、カヤック用ジャケットの発想から。
ちなみに、下は僕の私物のパドリングジャケット。
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パドルを操っていると腕を上にあげることも多く、
袖口から水が浸入しやすいので、このような伸縮性のある「ガスケット」で
しっかりと締め付けられるようになっているんですね。

だけど、通常の山歩きのときには腕を上げることもなく、
袖から水が流れ込んでくることが少ないからと、
カヤックほど水が入らないようにはしていなかったのでしょう。
でも、最近はトレッキングポールを使う人も多く、
ポールを持って上下に動かす腕の袖から水が入ってきて困っている人が
増加しているのではないかと、僕は予想していました。
だって、僕自身が雨のなかでポールを使っているときに
袖口から水が流れ込んで、非常に嫌な思いをしてきたのですから。

とはいえ、このジャケットはアルパインクライミングを主眼においたモデル。
なんでも、アイスアックスを使って氷壁を登るときに、
頭上にあげている袖から、降り注ぐ雪の浸入を少なくしたいという
クライマーのアイデアから生まれたものらしいです。

しかし、結果的に、このディテールは山歩きのときにも有効。
ハードシェルジャケットなのでレインウェアほど軽くはなく、
生地にもハリがあってゴワッとしていますが、
もともと夏でもハードシェルをレインウェア代わりに着ることが多い僕には、問題なし。
薄さと軽さを追求したレインウェアは汗をかいた体にまとわりつき、
むしろゴワっとした厚めの生地のハードシェルのほうが、
ベンチレーターの機能が発揮され、涼しくて快適に思えることも多いんです。
そんなわけで、僕はこの夏、このジャケットをかなり使っていました。

ただ、アルパイン用なのでグローブをした上から
袖を締める前提のデザインになっているようで、袖の口径は太め。
面ファスナー(マジックテープ)でギリギリまで締めても
僕の細い手首には生地が若干あまり気味になっています。
ここの部分、自分で別の面ファスナーを一部追加して、
もっとしっかり締められるように改造するつもりです。

このジャケットの問題は、値段の高さ。気軽にはとても買えませんよね。
同じディテールを持ちつつ、もう少し買いやすい値段の
モデルも作ってくれるといいんだけど。
どうもこのような袖を持つジャケットは、
来年あたりに他メーカーでも発売されるようで、どんなものになるのか期待してます。



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2011年9月23日 (金)

麻生弘毅 著『マッケンジー彷徨』が、好評発売中

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ちょっと前になりますが、僕のライター仲間であり、
ときどきいっしょにカヤックを漕いだり、山に行ったりしている友人でもある
麻生弘毅くんが、初となる著書をとうとう発刊いたしました。
その名も、『マッケンジー彷徨』。このタイトルはいうまでもなく、
カヌーイスト野田知佑さんの名著『ユーコン放浪』のオマージュ。
本人の「紹介しておいて」というゴリ押しもあって、ここで取り上げたいと思います。
麻生くんにいわれるまでもなく、タイミングを見て紹介しようと思っていたんですけどね。

じつは昨日、都内某所で、その発刊パーティがありました。
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なにやらサインを入れている麻生弘毅本人。
かなり酔っ払っていたために、何枚か写真を撮ったうち、これはまともなカットです。
これも本人の胡散臭さが薄い「まとも」なカットであるわけですが、
腹立たしいのは麻生くんの本に載っているプロフィールカット。
こいつがなんともカッコよさげで、本人の実像とあまりにもかけ離れています。
正直なことをいえば、僕も自分の著書には本人の実態よりも写りのよい
プロフィールカットを選んでしまっているんですが、
麻生くんの写真はそういうレベルを越え、尋常じゃなくあまりにもカッコよさげ。
そんな写真を使っちゃって、なにを考えてるんでしょう。
そのあたりは、店頭で本をめくって確認してください。

さて、その内容は、タイトルどおりで、
カナダの荒野を流れるマッケンジー川をひとりで1200キロ、
川岸にテントを張りながら、カヤックで下っていくリアルな話。
タイトルが野田知佑さんの著書へのオマージュであることから想像できるように、
子どものころから野田さんのような川旅に憧れ、
川の上では酒のことばかり考え、クマにおびえながら、
約2ヶ月かけて北極海にたどりつきます。
僕もユーコン川をひとりで400キロ下ったことはあるのですが、
そんな僕の旅とは比べ物にならないほど、濃密な時間が漂ってます。
しかし、よい旅をしたもんだなあ。

旅自体の話も面白いのだけど、興味深いのは、
麻生くんが旅をしながらこれまでの人生や思い出を振り返っていく、
いわゆるインナートリップ的なくだり。
かなりモヤモヤ考え込んでおります。まあ、今も麻生くんはそうなんだけど。
僕がこの本にタイトルをつけるならば、
『マッケンジー彷徨』ではなく、『もやもやマッケンジー』ですね。

ここで紹介した本の表紙には、店頭ではつけられている「帯」がないのですが、
その帯に記載する「言葉」をくれたのは、なんと旅のキッカケでもあり、
麻生くんが尊敬する(もちろん僕自身も)野田知佑さんご本人。

「地の果てを行く。
男はなぜ快適な生活を捨て過酷な極北の川を旅するのか。
それは男の永遠のテーマだ」

こんなカッコいい言葉をいただけるなんて、うらやましい。
野田さんは読んでみて面白くない本には、
このような言葉を頼まれても断るようなので、つまりこの本は野田さんのお墨付き。
僕は来月に予定されている毎年恒例・野田のご自宅訪問のときに、
この本のもうちょっと詳しい感想を聞いてきたいと思ってます。

しかも、後書きはライターの大先輩であるホーボージュンさん。
これがまた、微妙にけなしつつも、この本の本質をとらえたすばらしく面白い文章で。

体のなかに酒が流れているような麻生くんは、
飲んだ翌朝、吐いたゲロを服につけたまま迎え酒を飲むような無頼派ですが、
「文章」ということに関しては、同業ライターとして恐ろしくなるほど真摯な男。
この本はマジで面白いので、ぜひ書店で手に取ってください。
読み終わったら、「焚き火にくべてもいい」「トイレットペーパー代わりにしていい」と
本人は話しておりました。





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2011年9月22日 (木)

スイスのメーカー“EXPED”が、やっと日本でも販売に

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僕が以前から愛用しているメーカーで、
しかし日本では展開されていなかったのが、スイスのEXPED
ある意味、日本に残された「普通に手に入れられない」メーカーの最たるものでした。
なので、「どうして日本で取り扱う会社がないのかな」と常々思っていたところ、
なんと、とうとう来年から本格的な販売がされることになりました。

上の写真のテントは、昨年の鳳凰三山連休中の農鳥岳~伝付峠などで使った、
4シーズン用の“VENUS Ⅱ”。ヒルバーグ的な吊り下げ式、かつ半自立型の構造で
冬季用として、かなり気に入っているものです。
ちなみにこれ、海外通販で買いました。
しかし、来年からは日本でも買えるようになるわけです。

こちらは僕が防水性のサブバッグとしていちばん使っている“DRYPACK PRO 25”。
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上の写真は今年の北アルプスのときのもの。
まったく同じ写真を以前のこのブログでも使っていますね。
いくつかの雑誌で私物として紹介したら、読者からの問い合わせも多かったようです。
これはたしか、ニュージーランドで買った記憶があります。

こちらは昨年の南アルプス・赤石岳~荒川岳
テントではなく、地面に敷いて寝転んでいたマットがEXPED。
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ブログでは出していませんが、これと似たカットは『山と渓谷8月号』
誌面で使っています。DVDの紹介ページなどでも。
こいつはアメリカのシアトルで買いました。

そしてこちらは、いまだ雑誌などの取材でも使っていないマット。
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なんと内部にダウンが入っていて、雪上でも非常に温かいのです。
いずれ何かのときに、膨らませた状態も紹介したいところです。
これはどうしても使ってみたくて、海外から取り寄せました。

僕はほかにも、ドライバッグ、テントのペグ、張り綱とかも、
EXPEDのものを持っています。

こんなEXPEDを取り扱うことになったのは、アクシーズクイン
同名のオリジナルブランドに加え、マウンテンイクイップメントや
クレッタルムーセンなど、僕好みのメーカーを押さえている会社です。
一般向けの正式な発表はまだですが、もう公表してもよいとのことなので、
ここでみなさんにも僕の喜びをお伝えしようと思った次第。
どこまでのラインナップになるかは不明のようですが、
ともあれ来年を楽しみにしていてください。


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2011年9月21日 (水)

マックパック “カスケード” のフレーム問題、対応方法

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マックパック“カスケード”シリーズ”などで問題になっていた
内部のフレームが外れてしまうトラブル
についての続報です。
じつはもう10日近く前に情報は入手していたのですが、
バタバタしているうちに紹介するのが今になってしまいました。

まずは代理店であるゴールドウインのHP(マックパック)を見てください。
フレームをストラップで固定するためのパーツがひとつの問題だとわかるはずです。

で、結論から言うと、このトラブルを解決する方法は単純で、
固定用のパーツを交換してしまえばよい、ということなのです。
そのパーツさえあれば自力でも解決可能とのことで、
先日、そのためのパーツをいただいたので、
次の山のために荷物のパッキングをしつつ、自分で直してみることにしました。

必要なのは、いわゆる「ラダーロック」が2つ。
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中央に切れ目が入っているのがポイントです。

こちらは以前、このブログで紹介した、僕なりの応急処置を施した
バックパック内部のフレーム部分。
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これでもほとんど問題ないほどしっかり固定されていましたが、
再微調整が非常に面倒でした。

まずは、この巻きつけたストラップをきれいに外してしまい、
プラスチックのパーツに切れ目を入れて、取り去ってしまいます。
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僕ははじめに写真のようにノコギリを使ってみましたが、
ニッパーで切ったほうが簡単だし、時間も早かったです。

右が切って外した当初のパーツで、左が新しく取り付けるラダーロック。
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ラダーロックの中央の部分には切れ目があらかじめ入っているので、
ストラップのループになっているところがはめられるわけです。

結局、ストラップをラダーロックに取り付けると、このようになります。
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応急処置のときには外しておいたプラスチックのカバーは再びつけました。
その理由は、先にもリンクを張った以前のブログを参照)
やはりこれを付けておかないと、金属のエッジによってストラップが傷んでしまうので。

で、しっかり締め付けると、以下の写真のように。
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ある意味、購入時の状態と似ていますが、
パーツをラダーロックに代えることで、以前よりもかなり強く固定できます。
プラスチックのカバーとストラップの素材の相性が悪く、
滑りやすいことには変わりませんが、これでフレーム緩んでが外れる可能性は激減。

所用10分ほどで、両方のパーツの交換が終了しました。
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つまり、ストラップの幅に合ったラダーロックがあれば、自分で処置可能ということ。

僕はアウトドアライターという仕事柄、ゴールドウインの方に会ったときに
交換用のラダーロックをいただいてしまいました。
しかし、とりあえず直し方はこれでよいとして、
いまだ残る問題は、一般のユーザーのみなさんはどうすればいいのか、ということ。

いうまでもないですが、こういうトラブルが生じた製品に関して、
わざわざ僕のように自分で直す必要はありません。
ゴールドウインや販売店に連絡をとり、自分のバックパックを送れば、
責任を持って無料で直してくれます。
ただし、このラダーロックが品薄らしく、今のところ3週間ほど時間がかかるそうです。
(といっても、その話を聞いたのは10日くらい前のことなので、
すでに改善されているかもしれませんが)。

でも多少時間がかかったとしても、やはり修理に出したほうがよいと思います。
というのは、自分で手を入れると失敗する可能性もないわけではなく、
やはり修理に出したほうが失敗なく確実に直せますので。
そして、修理に出すと、さらに少しばかり「得なこと」もあるようで。
それは‥‥。
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これはマックパックの代名詞である素材・アズテックを使ったブックカバー。
トラブルのお詫びとして、この非売品のカバーをつけて、
修理済みのバックパックを戻してくれるらしいのです。
写真のものは僕の私物で、昨年、ノベルティとして作られたやつ。
正確にコレと同じものかどうかはわかりませんが、たぶんコレと同じでしょう。

文庫本用のサイズで、しおりになる細いヒモも付いています。
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どうでもいいことですが、見本用に入れてある本は、
僕が今読んでいる『脱獄王 白鳥由栄の証言』。山とは一切関係ありません。

さて、トラブルの話はここまでにして、
ついでにカスケードなどのボトムについているバックル&ストラップについて。
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お使いの方はお分かりのように、購入した当初、ボトム部分の
コンプレッションストラップのバックル&ストラップが二重になっていたかと思います。

これ、なぜ二重になっているのか、知らない人が多いようです。
わざわざ二重になっているから、ストラップが普通以上に長々と延ばせるのですが、
ボトム部分がそんなに延びても無駄だからと、外している人もいるようで。
はじめはボトムの部分に付いているので見逃しがちだけど、
だけど、これ、ちょっと考えれば気付くことですが、
バックパックの他の部分に移動可能なパーツなんですね。

雨蓋を押さえるストラップに結合すれば、下の写真のような状態に。
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僕は普段、ここに取り付けています。
いちばん長さの調整をする場所なので、2重になったどちらのストラップを引いても
コンプレッションの具合を変えられると使用時にラクになり、
なにか巨大なものを雨蓋に一時的に挟み込むときにも便利です。

サイドのコンプレションストラップに結合すると、
かなり太いもの(写真はクレイジークリークの座椅子、ヘクサライト)でも
ラクに締め付けて固定できますよ。
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これくらいの太さなら通常のままの長さでも固定できるとはいえ、
ボトムからストラップ&バックルを移動して延長しておくと、手間がかかりません。

そんなわけで、マックパックのトラブル処置情報と小ネタでした。

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2011年9月20日 (火)

ここも悪天候、北アルプス/白馬三山~清水尾根

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悪天候に苦しんだ秋田駒ケ岳から戻って数日後、今度は北アルプスの白馬三山へ。
正確に言えば、僕のお目当ては白馬三山(白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳)ではなく、
そこから黒部峡谷へと下りて行く、けっこうマイナーなルート「清水尾根」。
同じ月に朝日岳から見た、あの尾根であります。
この山旅、8月後半だったので、もう1ヵ月前になっちゃいます。

登山口は長野県側の猿倉。
出発時点から雨が降っており、気がめいります‥‥。
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標高を上げていくなか、こんな写真を撮ったのは、雨が少しマシなとき。

初日の宿泊地は、けっこう久しぶりの鑓温泉。
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奥のほうにテントが見えていますが、その手前の岩肌の上には
温泉が表面をなめるように流れ出しています。

小屋の風呂から流れ出した温泉でできた「沢」。
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十分に体を洗えるほど、お湯はきれいで、水量も豊富。
なんだかもったいないほどです。

で、こちらが上の写真のお湯が流れ出している小屋の風呂。Img_2237a
誰もありがたがらないでしょうが、サービスカットで僕の背中を。
ちょうど風呂の下には、僕たちが張ったテントが見えています。

僕のテント内から見た風景。
天気がよければ、もっと美しいはずなのだけど。
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今回の旅では新しいテントをデビューさせました。
それはライペン(アライテント)のドマドームライト2。
ドマドームライト1は以前から愛用していましたが、
僕の体と使い方だと、どうにも内部が狭すぎ、
1つ大きいサイズを使い始めたのでした。それだけあって、快適そのもの。
このテント、本当に愛しています。
そういえば、今回いっしょにいった大森千歳ちゃんも
借り物のドマドームライト1を使っていて、はからずもお揃いに。

さて、翌日。夜が明けても、天気はまったくダメなまま。
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それでも稜線に出るまでは雨だけが問題でした。

しかし稜線に出ると、風までがかなりのもので、写真を撮ってる余裕もなくなるくらい。
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山頂で記念写真は撮りますが、この山頂が杓子岳でも白馬鑓ヶ岳でも、
もうどっちでもいいほど。一応、こっちは白馬鑓ヶ岳であるはず。

萎えそうになる気持ちをなんとか奮い立たせ、白馬頂上宿舎に到着。
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雨はおさまったけれど、風は相変わらず。
僕らのテントが強い風を受けているのが、この写真からもわかります。
以前、僕はこの場所で強風の一夜を明かし、テントを壊したことがあるのですが、
それがちょうど今回、同行した泥谷くんが持ってきたMSR“ハバハバHP”。
もともと強風下で使うには向いていない形状なので、
テントというよりは、それを持っていった僕が悪かったのです。
しかし、今回はそこまでの強風ではなく、泥谷くんのテントは持ちこたえました。

さらに翌日。とりあえず白馬岳山頂へ。
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天気はいまだ悪く、真っ白なガスで覆われています。

それでも気を取り直して、とうとう清水尾根へ。
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まずは雪渓が残る広くて平らな岩々の上を歩いていきます。

それから尾根を進んでいくと、久しぶりの太陽が。
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とはいえ、ガスは晴れきらず、背後にあるはずの剱岳などはあまり見えません。

ひたすらに長い清水尾根。この尾根の最大の特徴は、なんといっても長さなのです。
白馬岳から下山するには、休憩時間を入れたら10時間程度を見ておくべき。
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しかしここは高山植物の宝庫で、尾根のうち半分ほどは
ゆるやかな高原歩きの雰囲気が楽しめ、周囲には見事な高山が。
天気さえよければ天国であり、それ以上にうれしいのは、人影が少ないこと。
おそらく白馬岳に登る人が100人いたとして、
この清水尾根経由で下山する人は、1~2人ほどでは? いやもっと少ないかも。
泥の上についた足跡から察するに、この日は僕たち以外に1人程度でした。

尾根を半分ほど過ぎると、森林帯のなか。
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とにかくまあ滑りやすく、ときにはクサリがついた急斜面を下っていきます。

嫌になるほどの下り道をなんとか乗り切り、最後の宿泊地の祖母谷温泉小屋に到着。
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この日、テントを張っていたのは、僕たちだけ。
手前は小屋に併設されている露天風呂で、
このぬるめの湯も気持ちよいのですが‥‥。

今回のお目当ては、こちら。
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川岸、川の中に温泉が湧き、自分で河床を掘って湯船をつくる「祖母谷地獄」。

すでに湯船が掘られ、適温で入りやすい場所は
小屋の方から教えてもらっていましたが、増水のために近寄ることができず。
仕方がないので、当初の予定通りに自分たちで湯船を作り、
高熱の温泉を適度に流し込みつつ、大岩をいくつも置いて
身を切る冷たさの沢水の侵入は少なくし、やっと入れるように仕立てました。
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裸の男を執拗に撮影する、若い女性。
念のため説明しておくと、股間には一応、タオルがかけられています。

温泉のあとは、帰るだけ。
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こんなトンネルをいくつか通り、トロッコ電車の駅がある欅平を目指します。

欅平駅の周辺は、北アルプスの山奥にありながら、観光客でごった返す観光地。
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そんなわけで、僕たちもこのトロッコ電車に乗り、宇奈月温泉を経て、魚津へ。
天気は悪かったけれど、僕は清水尾根を歩けて、満足でした。


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2011年9月19日 (月)

『アエラ スポーツ』発売中

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山から戻ると、『アエラ スポーツ』が発売されていました。
基本的に「走る」ことをテーマにした雑誌というかムック。
以前、山の中を71.5キロ走る「日本山岳耐久レース(通称・ハセツネ)」などには
出たことがあるものの、走ることは僕とはかなり遠い世界です。

だけど、最後の20数ページは「週末登山」の話になっており、
そのなかで2ページ分、僕が「10の心得」についてコメントしております。
内容は、非常に基本的なこと。

この「週末登山」のなかには、わざわざ「東北」というカテゴリーがあって、
僕の故郷・宮城県の泉ヶ岳も紹介されています。、
被災地支援のことを考えてもらっているんですね。
走ることが好きな人だけでなく、山好きの方もご覧になってみてください。

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2011年9月16日 (金)

『山と渓谷10月号』発売中

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こちらは昨日発売された『山と渓谷10月号』。
8月に取材したばかりの山行が、6ページ分、早速掲載されています。
それは八ヶ岳で行われた「石巻高校ワンゲル部・夏山合宿』の模様です。

僕の出身地でもある宮城県の高校で、
いうまでもなく3月11日の大震災で甚大な被害をこうむった学校。
僕も大震災後の石巻には何度か行きましたが、
3月のあの状況を考えると、部活動を再開できたのが、奇跡のよう。

そんな彼らが頑張って夏山合宿している様子は、ぜひ誌面で。
こういう記事によって、あの大震災をいつまでも忘れないでもらえると幸いです。

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2011年9月15日 (木)

『PEAKS 10月号』発売中

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本日、『PEAKS 10月号』が発売になります。
大得集は「秋のロングトレッキング」的なものですが、
僕が書いたのは、表紙にもあるように「雲ノ平・ソロ合宿」。
これもロングトレッキングではあるけれど、
山を歩いた時期は夏の終わり(昨年)だったし、一応、別の扱いになっています。

これは「共同装備は一切なし、自分の装備・食糧を自分で持つ」スタイルで、
ひとりで山を歩けるように、と毎年、内輪の仲間で行っている「合宿」のルポ、7ページ。
いっしょに歩いているメンツが後輩アウトドアライターなので、
かなり上から目線で、かつ厳しい書き方になっちゃっています。
ちょっと偉そうな文章になっているけど、ときにはこういうテイストでも。

他のページでは、秋のお勧めロングトレイルを簡単に紹介してます。
ちなみに、その場所は屋久島です。
合わせてご覧くださいね。

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2011年9月14日 (水)

『ワンダーフォーゲル10月号』発売中

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数日前に発売された『ワンダーフォーゲル10月号』。
特集は「ひとりで山へ行く」。つまりソロ山行です。

表紙に写っているのは、恐縮ながら、僕。
以前、この取材のときの話をここにアップし、そのときに使ったある写真について
「ここで撮った写真が表紙になるようです」と書きましたが、
まさにその通りに表紙になっております。
見比べてみると、面白いかも。雰囲気がかなり違います。

特集内は、こんな感じ。Img_3689a
このテントで寛いでいる僕の感じ、かなりリアルです。
今回は「ソロ」といいながらも、実際はカメラマンなどが同行しているわけですが、
僕がひとりで山に行っているときも、
テント周りでは、こんな感じでダラダラとした時間を過ごしています。

山旅のルポ、食事や道具、コース設定など、もろもろ含めて10ページ。
ほかに、ソロ山行に向いているお勧めのコースを4ページ分紹介しています。
自分が出ているからというわけではありませんが、
今回の『ワンダーフォーゲル』、かなりよい内容になってますよ。
ぜひ、ご覧になっていただきたいと思います。


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2011年9月13日 (火)

『ビーパル10月号』発売中

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1週間ほど山に入っていたあいだに、いくつかの雑誌が発売されていました。
そのなかのひとつが、『ビーパル10月号』。
大特集は「山の宿」であります。

僕がルポを書いたのは、東北の秋田駒ケ岳にある「阿弥陀池避難小屋」の3ページ。
このブログで前回にアップしたばかりですが、
実際にはほぼ1ヵ月くらい前に取材したものです。
あの悪天候の取材で、よくもページ化できたものだと思います。

この号ではほかに、「あなたに合う“山の宿は?」などという
フローチャート的なページも2ページ作ってみました。
簡単に言えば、いくつかの質問に対して、答えを選んで進んでいるうちに
「山荘」「山小屋」「避難小屋」のどれかに誘導されていくというもの。
これは例外があまりに多いので、まあお遊び程度で。

表紙は藤井フミヤさんですが、この撮影は
僕が石巻高校ワンゲル部とともに八ヶ岳にいった、つい数日前に行われていたようです。
そういえば、僕が次に行く山も、八ヶ岳。
それまでに、たまっている原稿を書いてしまわないと。

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2011年9月 6日 (火)

悪天候だけど‥‥、高校時代以来の秋田駒ケ岳

八ヶ岳から戻った翌日は、早朝に新幹線に乗り、北へ。
僕の出身地の仙台は素通りして、田沢湖駅に降り立ちました。

で、行ってきたのが、岩手と秋田の県境にある秋田駒ケ岳。
この山、高校山岳部で一度歩いていますが、かなりひさびさです。

今回の取材は、今月10日に発売される『ビーパル10月号』のため。
テーマは山自体ではなく、「山の宿」。
他の人たちは旅館や山小屋に宿泊して取材をしたようですが、
僕のお題は寝具や食材を持参しなくてはならない「避難小屋」。
普段から衣食住をかついで山を歩き、テント泊を愛する者としては、
食事と暖かい布団がある立派な宿よりも、むしろうれしくなる宿です。
詳しくは、あと数日で発売される『ビーパル10月号』で。

しかし、登山口から濃い霧と小雨。けっこうな風も吹いています。
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この写真、すでに目的地の阿弥陀池避難小屋に近い場所なのですが、
ほとんど何も見えません。だから高校時代の記憶だって、当然思い出せません。

最高峰である男女岳の山頂にも行くはずだったのですが、
これでは写真も取れないし、昼過ぎからただ避難小屋でぼんやりしていました。
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もともと日帰りで十分に行ける山であるし、何時間経っても
僕と同行したカメラマン以外は誰もおりません。
それでも夕方までには他の登山者がくるかと期待していたのですが、
結局、僕たちだけでした。

メシはマイタケとサヤエンドウ、ウインナーを入れたパスタ。
Img_2137a
パスタというか、最近僕が多用しているのは、
短くて持ち運びしやすく、煮る時間も短い”サラスパ”です。

濡れた雨具。左のジャケットはレインウェアというよりは、ハードシェル。
Img_2133a
このジャケットには細部に僕が待ち望んでいた、ある工夫があって、
もう非常に気に入っている最新モデルであります。
この件については、また別途書きたいと思ってます。

雨の量こそ少ないけれど、夜は台風のような強風になってしまい、
いくらテント泊好きな僕でも、さすがに今回は避難小屋泊まりでよかったと思うほど。

それでも翌朝には好転するすることを願っていたのですが‥‥。
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いやはや、もっと悪くなっちゃっていて。
今後も天気はよくなさそうなので、さっさと登山口へと戻ることに。
今回は「山」ではなく「宿」の取材だったのが、不幸中の幸い。
避難小屋内部の写真はなんとか撮れましたから。

この小屋の前に広がる阿弥陀池も、ほとんど見えません。
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木道の上を歩いていると、風圧で足を滑らしそうになったりして。
今回のカメラマンの加戸さんも、撮影しようにもほとんど何もできない状態。

「もう、とりあえずなんでも撮れるものは撮っておきますよ」と、
むりやりカメラを構えてくれるのが、本当にありがたかったです。
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しかし、天気ばかりは人間にはどうしようもありません。

これはビジターセンター的な施設で飾られていた写真。
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へえ~、阿弥陀池って、こんな場所だったんだ。
背後には僕たちが泊まった阿弥陀池避難小屋もあるし。
この写真もべつに天気がよいときのものではないけれど、かなり悔しくなります。

自分たちの取材を終えた僕たちは、この後、
ここからバスに乗ればすぐの場所に登山口があり、
乳頭温泉の上のほうに位置する田代平湿原の避難小屋の写真を撮りに行きました。
この田代平山荘は、同じビーパルの特集内で
加藤則芳さんがお勧めする小屋として紹介されることになっていますが、
「写真がない」ということから、近くまで行く僕たちが撮影しておくことにしたのでした。

ただし、場所が近いだけに天気はイマイチ。
それでも標高が低い場所には、そこそこの光はありました。
Img_2145a
僕たちには時間の制限があったため、小屋のあたりで可能な限り時間をとって、
少しでも明るい雰囲気の写真をとりたいと、
コースタイムの半分以下の超高速で田代平まで一気に登っていきました。

だけど、どう頑張っても、これくらいが精一杯。
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もちろん、加戸さんの写真はもっといいのですが、
この真っ白なガスを取り去ることは、腕のいいカメラマンでも不可能です。

晴れていれば絶対によい雰囲気のはずの湿原も、この程度。
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仕方がないので諦めるしかなく、僕たちは再びほとんど駆け下りながら、
数百mは下にあるバス停に戻っていくのでした。

そんなわけで、ひどい取材になってしまった秋田駒ケ岳。
『ビーパル10月号』でご確認ください。

話は少し変わりますが、東京に戻る前に僕は、石巻市(旧・桃生郡)の
父方のルーツである親戚の家に立ち寄りました。
その農家、高橋家の“長男”が代々継いでいったとすれば、
もしかしたら今は僕が住んでいたかもと想像する、いわゆる本家筋。
昨年はカヌーイストの野田知佑さんも、この家に来てもらいました。
数日前までは石巻高校の生徒たちと八ヶ岳にいたのだから、
現在は石巻市であるという立地に、なんとなく不思議な感じがします。

しかし、先日の大震災で家や納屋などが全壊し、
ガレキはほとんど取り去ったけれど、今はこのありさま。
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それでも築100年以上の家屋には、今も一部の柱と壁が残っており、
古い蔵はほとんど無傷で残されていました。
子どものころから何度も遊びにいった家なのに、
面影が残るのは、それくらいしか残されていません。
増築した比較的新しい部分や小屋は簡単につぶれたようで、
しっかりと建てられた昔の建築物のスゴさには驚かせられました。

東北地方に行くと、どうしても震災の話になりますが、
よく考えてみれば、わざわざ東北の避難小屋を取材対象に選んだのは、僕自身。
少しでも東北に目を向け続けてもらいたいという気持ちの表れなのです。

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2011年9月 5日 (月)

宮城県石巻高校ワンゲル部、夏山合宿への同行

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北アルプス・朝日岳から自宅に戻り、数時間後には家を出て、八ヶ岳へ。
宮城県石巻高校ワンダーフォーゲル部の夏山合宿の取材です。

上の写真は、硫黄岳山頂に並ぶ部員たちの
記念撮影的カットを撮っているカメラマンと、
別途同行取材に入っていたNHKの取材クルーを、さらに後ろから僕が撮ったもの。
NHKの放送はすでにニュースのなかで行われていますが、
僕たちの取材の結果は、今月15日発売の『山と渓谷10月号』に掲載されます。
詳しくは、そちらをご覧いただきたいので、ここでは軽く。

そういえば、僕は生まれも育ちも宮城県で、カメラマンの柏倉陽介くんも宮城県育ち。
いうまでもなく、取材する高校生たちも宮城県の人々。
『山と渓谷』の取材は、オール宮城県なのでありました。

いうまでもなく、石巻市は大震災でもっとも被害を受けた場所のひとつ。
大震災後、現地には僕も2度ほど行きました
部員の中にも当然思い出したくもない経験をした人がおり、
入部すればなんらかの力がつくのではないかと、
今年からワンゲル部に入った人が多かったようです。
昨年からの部員が3人しかいないのに、今年は一気に15名に増加しているのですから、
大震災が若い彼らに大きな影響を与えたのは間違いありません。
そんな彼らを支援しようと山と渓谷社がアウトドアメーカーや読者と連動して動き、
道具などのサポートを行って、今回の夏山合宿が実現しています。

出発は、唐沢鉱泉の登山口。
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重いバックパックを背負い、初日にキャンプする「オーレン小屋」を目指します。

テントは張ったものの、大雨のために小屋の自炊スペースを借りて、みんなで食事。
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作業開始からメシを食い終わるまでに、なんと3時間半。
慣れていないので仕方ありませんが、
こういう自炊のような技術を身につけるために
ワンゲル部に入ったという生徒も多いので、
あっという間に迅速にできるようになるでしょう。

食事の後には、小屋からスイカの差し入れが。
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「今日は8月8日で“八ヶ岳の日”だから」と小屋の方は話していましたが、
それはそうだとしても、被災地からの高校生に
なにかしてあげたい気持ちからだということは、あきらか。
さりげなくスイカ2つを人力で小屋まで歩荷してきた様子を僕は見ており、
本当によい小屋だなあ、と思ってしまいました。

翌日は硫黄岳へ。
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顧問の先生2名、生徒16名、僕たち取材関係者が4名と、総勢22名。

朝は天気がよく、西には北アルプス・槍ケ岳~南岳、
そこから北につながる大キレット、穂高連峰の姿が。
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僕はそのあたりにも近いうちに行くことになっており、
今日の好天のように、後日も晴れていればいいな、などと考えていました。

で、硫黄岳の山頂に到着。
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この後、横岳まで往復し、雨の中を赤岳鉱泉まで移動しました。

赤岳鉱泉では三重県四日市高校山岳部といっしょになり、
「交流会」が開かれることに。
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「同じ歳の人も苦しんでいる様子をテレビで見て、心を痛めていました」
「宮城の山もよいので、いつか登りにきてください」
などという言葉のやりとりがあり、見ているこちらも温かい気持ちに。

山中の最終日となる日は、最高峰の赤岳へ往復。
登りながら後ろを振り返ると、昨日登った硫黄岳や横岳がクリアに見えました。
僕には昨年秋以来の赤岳となりました。
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僕自身が宮城県の高校山岳部に入っていたのでよくわかりますが、
こういう荒々しい山は東北にはないので、部員たちにはよい経験になったはず。
なによりも、よい思い出になったことでしょう。

赤岳の山頂からは、雲の上に突き出ている富士山の山頂部分が見えました。
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富士山の姿には、彼らも大喜び。みんな、かわいいな。
これまた僕はよくわかるのですが、東北の人はあまり見たことがない富士山は、
やはり一度は見てみたいもののひとつなんです。

岩場を下るのも慣れていないため、下りは恐る恐る。
そもそも、ほとんどの部員の登山経験は、まだ2~3回だけなのです。
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この後、行者小屋にデポしていた荷物を回収し、美濃戸口へ下山。

最後は、コーラなどで乾杯し、夏山合宿は終了。
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みんな、よく頑張ったと思います。
昨年も宮城一高山岳部の取材をしましたが、このときはほとんどが女子部員。
その点、今回は男子部員のみということで、
自分の高校時代(当時は男子校)を思い出し、僕も新鮮な気持ちになれました。
詳しくは、『山と渓谷10月号』を、ぜひ。

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2011年9月 4日 (日)

北アルプス/北又~朝日岳~蓮華温泉

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知床から東京に戻り、すぐに北アルプスへ。今からほぼ1ヵ月前のことです。
目的地は、白馬岳よりもさらに北にある朝日岳。
北アルプスではもっとも北に位置する有人の小屋、およびキャンプ地がある山です。

上の写真は、朝日岳ではなく、五輪山。
山頂への登山道はなく、下山中のルートから眺める山です。
このあたりは、まあ高山植物の花ばかりで、なかなか美しいところでした。

これは今月10日に発売される『ワンダーフォーゲル』での取材の山旅。
あと1週間もすれば、店頭で見てもらえるので、
ここではごく簡単なご紹介ということで。

出発は、朝日岳の西側にある北又の登山口。
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ここは初日のキャンプ地でもありましたが、到着してすぐに雨が降り始め、
その風景はまるで以前行ったことがあるボルネオのようでした。

僕と同行したカメラマンと編集者が、急登を登っていきます。
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じつはこの取材、「ソロ山行」をテーマにしているのだけど、
実際は3人で歩いているんですね。
「ソロ」といっても誰かに写真を撮ってもらわねばならないので、
(セルフで撮ることも可能だけど、やはり自分撮りはイマイチだから)
カメラマンが同行するのはいつものことで、
編集者は同行しないことも多いのだけど、
いっしょに来てくれると、さまざまなディレクションをしてくれるため、
取材がスムーズになります。

とはいえ、やはりテーマは「ソロ」。
テントを張るときは、僕だけ離れた場所になり、
山を歩いているときはひとりだけ離れて歩くことも多く、
メシもカメラマンと編集者はいっしょに作って食べているのに、
僕だけひとりで作り、ひとりで食べているのです‥‥。

さして山頂らしくはないですが、こちらは朝日岳へ向かう途中にあるイブリ山。
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中央に小さく、赤い人影が見えますが、このあたりにカメラマンが待機し、
相当離れて歩いている僕の写真を、遠景で撮ろうとしているところです。
たしかこのときの写真は使わなかったのだけど、
いつもこのような努力をしてもらっているわけです。

今回は今年買ったバックパックのデビュー戦でもありました。
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グラナイトギアの“ニンバストレース”。
この朝日岳が展示会のときに一目ぼれしたアイツとの、初の山旅に。

朝日岳直下の朝日小屋に到着。
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この日、歩いているときはずっと曇っているか、もしくは雨。
今年は北アルプスに限らず、悪天候ばかりです。

しかし時間が経つと雲が切れる瞬間も。
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これは翌日登ることになっている、今回の目的地・朝日岳。

今回のテントは、昨年から気に入って多用しているマックパックのマクロライト
意外と気温は高かったので、テントの入り口は両方開け、風を通します。
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この状態で本を読んだり、昼寝すると、えらく気持ちがよいです。

湯方になると北側の雲が薄らいでいき、富山平野と日本海の姿が。
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まあ、これくらいしか写真には写らないのですが、なんとなくわかるでしょう。
北アルプスのなかでも北のほうに行くと、
山中から海を眺めるのが楽しみのひとつになります。
このあたりからだと、海までは高度差にして2000mくらいでしょうか。

翌朝。上の写真と同じような場所から、再び富山平野と日本海。
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写真には撮っていないけど、夜は夜景もきれいでしたよ。

反対に南側を見ると、白馬岳から長く延びている清水尾根。
マメ知識としては、この地名の読み方は「しみずおね」ではなく「しょうずおね」です。
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この取材の2週間後、僕はこの清水尾根も歩きました。
そのあたりのことも、いずれここで。

朝日小屋を出発し、朝日岳の山頂に到着。
そこから西側を見ると、遠くには剱岳付近と毛勝三山などの姿が。
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ここで撮影したカット、どうも次号の表紙になるようです。

稜線を少しだけ北に向かって歩くと、栂海新道と五輪尾根との分岐に。
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日本海まで山中を歩ける栂海新道は、僕も大好きなコース。
だけど、今回は冒頭の写真のコースである五輪尾根へ。
この五輪尾根から蓮華温泉に向かうコースは
「北アルプスの北」らしい雰囲気が濃厚で、これまたすばらしいのです。
つまり豪雪地帯なので森林限界が低く、風景が広々としていて、
しかもおいしい湧き水がたくさん流れているんですね。

そんな「北アルプスの北」らしい場所のひとつが、
下の写真の中央付近にあたる「花園三角点」と呼ばれるポイント。
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登山道の脇からは冷たい水が湧いていて、名前の通り、お花畑が広がってます。

最後は豪雨のなかを歩き、蓮華温泉に到着。
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僕が温泉に入っているカットを撮った後、
一息ついたカメラマンさんがやっと入浴しております。

ああ、雑誌の発売前にブログへアップできてよかった。
そんなわけで、詳しくは『ワンダーフォーゲル』を。

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2011年9月 3日 (土)

毎年恒例、北海道/知床の旅(シーカヤック 編)

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知床岳にはまたしても登りきることができなかった僕は、
ヤーマン、ちーちゃんと別れ、次に知床岬をぐるりとまわり、
定住者0の海岸を約70キロ、シーカヤックで漕ぎ続ける
「知床エクスペディション」に参加しました。

僕は毎年、新谷暁生さんがコーディネートするツアーに参加しており、
ここ数年は「知床シーカヤックシンポジウム」のタイミングで知床入りしていました。
これは通常のツアーに加え、カヤック界の超有名人がゲストとして招かれ、
ともに海を漕ぎながら、知床、海、シーカヤックについて考えを深めようというもの。
しかし、今年の「知床シーカヤックシンポジウム」には仕事のために参加できず、
通常のツアーである「知床エクスペディション」に参加したわけです。

昨年の模様は、こちらを。
ついでに、新谷さんの著書の最新刊については、こちらを。
また、新谷暁生さんのHPは、こちらを。

とにかく、すさまじく面白い海の旅であり、
新谷さんと海を漕ぎ、海岸でキャンプ生活をすることは、
たんなるシーカヤックの旅ではなく、「異文化体験」であると、僕は思っています。
焚き火や料理などの新谷さんの野営技術、風と波を見る状況判断、
日本と世界のアウトドア的問題に対する思考方法など、
一般的な“アウトドア”とはまるっきり違うものなのです。
とにかく“目から鱗が落ちる”体験の連続なのですよ!

しかしまあ、どのくらい僕が新谷さんと知床を
シーカヤックでまわることに熱を入れているか。
ひとつの目安といえそうな話をすれば‥‥。
アウトドアライターという職業の僕ですが、
仕事でガイドさんと山や海というフィールドに出ることはあっても、
「プライベート」かつ、費用は「自腹」という形でツアーに参加するというのは、
唯一「知床エクスペディション」および「知床シーカヤックシンポジウム」だけ。
それだけの価値がある体験ができるのは間違いなく、
周囲の人すべてに、いつもいつも薦めている「体験」なのであります。

ところで、漕ぎ出す前に、僕はいつもの「儀式」をしました。
その儀式とは‥‥。
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こいつはカヌービルダーの松原秀尚さん(インディアンカヌークラフト)
作ってもらったマイ・パドルで、通常はワンピース(全体が1本の木)なのだけど、
持ち運びのことを考えて、2ピース(2分割)にしてもらったもの。
カヤックのルーツであるアリューシャンのパドルを忠実に再現しつつ、
オーナーが使いやすい長さ、太さ、ブレードの形などをアレンジしてくれ、
(僕の2ピースというスタイルも、そのなかのひとつ)
じつに使い心地がよく、しかも使う喜びがある、そんなパドルなのであります。

だけど、2ピースにしてもらったことで、
使用する前に1本につなぎなおす必要があるんです。
そのためには継ぎ手の部分に専用の木の板をあてがい、
そのうえで、太めのコットンの糸で強く巻いていかねばならず、
これがけっこう気を使う作業。
しかし、漕ぎ出す前にゆっくりとひとりで糸を巻いていくという「儀式」を行っていると
心が落ち着き、同時にやる気もみなぎってくるというわけ。

松原さんはマッシャー(犬ぞり使い)としても有名で、
そのあたりのことは松原さんのブログを見ると、よくわかります。
興味のある方は、ぜひ。

そんなわけで、接続し終わったパドルが、こちら。
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これがもう、芸術品のような美しさ。
いや、芸術的ではあるのだけど、それ以上にすばらしい実用品。
もっときちんと写真を撮っておけば、この絶品さをもっと伝えられたのに。
これももちろん、すべてが僕好みのオーダーメイド。
とはいえ、僕はそれほどカヤックの技術に自信があるわけではないので、
使いこなせているかというと、そのあたりは微妙なのですが。
とにかく、このパドルを使うのも、知床での喜びのひとつなのです。

出発前の話が長くなりすぎました。
さて、今回の参加者はベテランからカヤックが初めてという初心者まで、計10名。
Img_1393a
晴天のもと、出発は西海岸のウトロから。

日程は1週間で、そのうち無人の海岸で野営するのは通常4泊。
日本国内でもトップといえるほど気象条件が厳しい知床なので、
日程には余裕を持たせているのです。

知床は日本有数の厳しい気象条件だと、先に書きましたが、
今回は「これが知床?」と思うほど好天で、海はベタなぎ。
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羅臼岳から続く硫黄岳を見ながら、のんびり漕ぐだけで、
どんどん先に進んでしまいます。

初日のキャンプ風景。
Img_1402a
知床では夏でもダウンがほしくなるほど、夏でも寒いことが多いのに、
夕方になってもTシャツで問題なし。

翌日は早朝から行動を開始し、難所で知られるルシャ川を楽々通過。
川に沿って吹き出す台風以上の突風で、
カヤックが横倒しにされるような場所なのだけど、相変わらずベタなぎ。
Rimg0069a
この写真の真正面に見えるのが、知床岳。
そう、いつも海から見ていたからこそ行ってみたかったのだけど、
結局、いまだ登れていない知床岳。
いうまでもなく、つい数日前に登りきれなかった知床岳であります。
一見ゆるやかに見えるけど、周囲のほとんどは崖で囲まれているんです。
この山頂へは、また挑戦しないといけないなあ。

海辺にはヒグマがうろうろ。この写真は母が子を連れた2頭です。
Rimg0092a
こんな感じで、今回はたしか15~16頭のヒグマを海から見ました。
毎回のことなので、ヒグマ慣れしてきた僕でも、やはり感動。
とはいっても、陸上ではあまり会いたくはないですが。

新谷さんの作るメシは、いつもながらの「男メシ」。
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今回は10人分なので、量としての迫力はそれほどでもありませんが、
ニンニクたっぷり、一口では噛み切れないほどデカいニンジン、
そして巨大なキクラゲなどに、さらにゴツい豚肉の塊を使い、
すさまじくうまいカレーなどを作ってくれます。

メシの量は食いきれないほど。
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太い流木を2本並べて火をおこし、
環境に配慮するために、その下に鉄板を敷いた焚き火の仕方も参考になるはず。
炭の上じかに鍋を置いて熱の調整をする方法は、まるでダッヂオーブンのようです。

2日目のキャンプ地は、いつもすばらしい夕日を眺められる場所に。
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いまだベタなぎの海に、夕日が光り輝いています。

こちらはいつも写真に撮ってしまう、カシュニの滝。
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海に直接降り注いでくる滝の真下までカヤックでいけますが、
その頭上からの水圧のために、脱出できなくなる人も。

3日目、あまりにもスムーズに岬先端部に到着。
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上陸して、だだっ広い草原を眺めます。
本当はこの写真でも小さく写っている灯台まで歩いていけるのだけど、
今回は近くにヒグマが居ついているらしく、やめておきました。
昨年、ここまで海岸線を歩いてきたなあ。

再び漕ぎ出して、最先端部を通過。
Rimg0154a
先端部だけあって風の影響を受けやすく、
このあたりはものすごく荒れていることが多いのだけど、
今回はいまだベタなぎ続き。
いつもはパドルを動かすのに必死で写真を撮る余裕もないほどなのに、
いくらでも撮影できちゃって、拍子抜けするほどでした。

そして、岬を羅臼側にまわりこんでも青い空。
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この写真でいうと崖上の草原で、昨年はものすごくカッコいい写真が撮れました。
『PEAKS 7月号』に掲載された見開きのカット
(ブログでは2枚目の写真)のことです。
同じ場所の陸上からと、海上からのカット、見比べてみると面白いかも。

こちらも難所で知られるペキンノ鼻。
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ベタベタの凪ぎのなかを、簡単にスルー。
反対側にまわってから上陸し、丘の上にある鳥居に参拝しました。
で、その付近から撮影したのが、今回のブログのいちばん最初のカットというわけ。

その後、すぐ近くのペキン川の河口付近で、3泊目。
というか、これまであまりにも順調に進みすぎているために、
そこにはあえて4泊目もして、ゆったりと知床の自然を楽しむことに。
要するに、“好天続きゆえの停滞”。知床とは思えない、贅沢な時間です。

そんなわけなので、参加者は冷たい沢の水で体を清めたり、
人によっては水中眼鏡でオショロコマ(エゾイワナ)の観察をしたり。
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潜らなくても、オショロコマが群泳する姿は、陸上から確認できるほどです。

昼寝したり、酒を飲んだりしてダラダラしていると、天候が悪くなってきたような。
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この後、雨が降り始め、風もそこそこ強くなってきました。
冗談半分で、「真の知床を知るために、悪天候を待つ停滞」などと
一部の参加者は話していましたが、たしかに僕もそんな気分でした。
少しくらいは天気が悪く、漕ぐときに緊張感がないと知床っぽくなくて。
本当のことをいうと、冗談でも「悪天候を待つ」などとはいえないくらい
荒れ狂ったときの知床は恐ろしいのですが‥‥。
僕が海ではじめて沈(転覆すること)をしたのも、悪天候下の知床だったし。

最終日、小雨のなかを出発。
少しすると、1週間ほど前に見た、懐かしい風景が。
僕は今回、海を漕ぐ前に山も歩きましたが、
そのときに海岸線でキャンプをした場所です。
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中央の岩の左に、ヤーマンたちとテントを張ったんですねえ。
これも見比べてもらうと、面白そう。

さらに漕いでいくと、2つにわかれたウナキベツ川の河口と、観音岩(写真右)。
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この大岩の影でも3人でキャンプをし、翌日からこの川に沿って標高を上げ、
知床岳を目指したのでした。登りはじめのタイミングでいえば、
わずか10日程度前のことなのに、はやくも懐かしい気がするから不思議。

海はそこそこの荒れ具合のまま。ゴール地点の相泊に近づいていきます。
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さすがに凪ぎとはいえないけれど、
ひどいときの知床を知っていると、これくらいはぜんぜん。

相泊にかなり近づいたころ、陸上を見ると、引率の大人に連れられた
おおぜいの子どもたちの姿が。
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これ、以前から噂に聞いていた「ふるさと少年探検隊」のご一行。
羅臼の子どもたちが岬まで徒歩で歩いていくという地元の恒例行事で、
その様子は関屋敏隆さんによる絵本『ぼくらは知床探検隊』にも描かれています。
このこどもたちの探検隊、いつか取材してみたいものです。

そういえば、僕たちのツアー一行の参加者のなかで、
ペキン川、それも水中でカメラをなくした人がおり、発見はすでに諦めていたのですが、
なんとこの少年探検隊が偶然発見してくれ、後日手元に戻るという奇跡が。
少年探検隊、遺失物発見隊としても、すごいものです。

かすかに赤く小さい灯台が見えてきて、やっと相泊の港へ。
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順調すぎた知床のシーカヤックの旅が、これにて終了。

この旅のこと、知床のことは、いくらでも書こうと思えば書けるのですが、
それにはかなりの気合が必要なので、このくらいにしておきます。

やっぱり知床は、僕にとって日本で一番の場所。
また来年も、僕は知床に間違いなく行くことでしょう。

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2011年9月 2日 (金)

毎年恒例、北海道/知床の旅(知床岳 編)

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夏はあまりにも山に行っている期間が長いために、
ぜんぜん詳細をアップしていませんでしたが、
7月末に行ってきた知床の旅のご紹介です。
(仕事ではなく、プライベートなのですが、
あとになって、少しだけこのときの話を雑誌に書くことにもなりました)。

知床へ行くのは、これで何回目になることか。
海を漕いだのは、たしか7回。山を歩いたのも、たしか7回。
普通の旅や取材で訪れたときのことを含めれば、
おそらく20~25回は、この地に行っているはず。
それだけ魅力のある場所なんです。僕にとっては、日本一。

上の写真は知床半島の稜線上から見た、北方領土・国後島。
ハイマツの向こう、雲海の向こうに、山頂部分だけがぽっかりと浮かんでいます。

さて、出発は羅臼側の集落・相泊。
ここで道は切れ、あとは歩いていくしかありません。
目標とする場所は、知床岳。登山道はなく、あるのは踏み跡のみ。
僕は昨年、知床岬まで歩き、同時に知床岳も登ろうとしましたが、
悪天候のために断念していました。
今回は、リベンジを果たすための山行になるわけです。
ちなみに、その昨年の模様は、『PEAKS 8月号』でも紹介しています。

出発地点からずっと、道中にはエゾジカがうろうろ。

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はじめのころこそ写真に撮りますが、あまりにいすぎるので、
すぐに写真なんか撮らなくなってしまいます。

知床岳へはウナキベツ川の沢沿いに、道なき道を歩いていきますが、
その前に通過しなければならないのが、こんなゴロタ石の浜。
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浮石ばかりなので、非常に疲れます。

初日は出発が遅かったので、山のなかまでは入らず、海岸近くでテント泊。
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いっしょに行った森山伸也、および大森千歳がなにやらぼんやりしております。

翌日は、こんな感じで森の中を歩いていきます。
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ケモノ道が縦横に走り、どこを歩けばいいのか、非常に難しいルートです。

この日のキャンプ地になる青沼という場所に到着すると、
必要な荷物以外を巨大ドライバッグに入れて、木に吊るしました。
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もちろん、ヒグマに荷物をいたずらされないように。
で、サブバッグのみの身軽なスタイルで、再び知床岳を目指します。

道中、休憩した場所で立派なエゾジカの角を発見。
それを頭にあてがうヤーマンこと森山伸也。
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やっぱり、こういう角はシカのほうが似合います。

崩れやすい崖のエッジを伝いながら、さらに標高を上げていきます。
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周囲にいるのは、我々のみ。あとは多数のヒグマと、無数のエゾジカ。

急斜面を登りきると、ポロモイ台地と呼ばれる平坦な場所に。
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ほとんどの部分がハイマツに覆われていて、
このような開けた場所はほとんどありません。
エゾジカにも居心地がよい場所らしく、シカの踏み跡が道のようになっていました。

そして到着したのが、知床沼。
昨年は悪天候のためにここで断念したという悔しい場所。
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昨年は沼の大きさがわからないほど重いガスにつつまれていましたが、
今回は非常にクリアな状態。
ああ、知床沼って、こんな大きさだったんだ。
魚はいませんが、おたまじゃくしがウヨウヨ泳いでましたよ。
この写真でいうと、知床岳は中央奥で、
手前の山に半分隠れている場所になります。

知床沼を出発し、最終目的地の知床岳(標高1254m)へ。
本日は海から出発しているので、それだけの高さを登らねばいけません。
北アルプスや南アルプスなんかでは稜線に出るために
1日でそれ以上の標高を登ることも珍しくありませんが、
この知床岳よりはずっと楽な気がします。
というのも‥‥
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こんなヤブのなかを延々と進まねばならないから。
とにか歩きにくくて体力は消耗するし、松脂で手はベタベタになるし、
ショーツの生地はボロボロになるし、タイツは10cm近くもやぶれちゃうし。
知床の山中のヤブ漕ぎは大変なのです。

崖下をのぞいていると、数百メートル下のほうに、黒い物体を発見。
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むりやり写真に撮ってみましたが、ヒグマであります。
これだけ離れていると襲われる心配はなく、安心して観察できます。
といっても、ちょっと遠すぎたけど。

ヤブのなかを歩き、ときに道を失いながらも、やっと知床岳の全貌が。
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ヤブは相変わらずひどそうだけど、あと1時間半ほどで、山頂に着けるはず。
‥‥なのですが、じつはここで断念することに。
昨年よりはだいぶ先に進んだけど、またしても登ることはできず。

断念した大きな理由は、時間不足。
まだ昼過ぎだったのですが、ここから山頂への往復時間と
キャンプ地まで戻る時間をあわせて考えると、無理なように思えました。
僕たちはこの日、海岸から出発していましたが、
そこからだと、たとえ荷物の大半をデポして身軽になっていたとしても
その日のうちに山頂へ往復するのは、もともとギリギリなんですね。
僕たちはけっこう歩くのは早かったのですが、ヤブ漕ぎに時間をとられ、
しかも写真を撮りつつ、周囲の景色を楽しみながら歩いていたため、
無駄に時間を食ってしまっていたのでした。
気合を入れて、ただひたすら山頂だけを目指していたら、
成功していたようにも思われます。

また、もうひとつの大きな理由は、ヒグマの存在。本州ならば、場合によっては
夕方近くにキャンプ地に戻るスケジュールも考えられるのですが、
このヒグマ生息密度が世界トップではないかといわれる知床では、
ぜったいに日暮れどきの山中行動はしたくなかったのです。
デポしたギア類はキャンプ地で木の上に吊るしておいたし、
食糧のすべては持ち歩いていたとはいえ、ヒグマの恐怖はついて離れません。

そんなわけで、潔く撤退開始。
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数時間前までいた知床沼まで、まずは向かいます。
そこからポロモイ台地のハイマツ帯を抜け、急斜面を下山していきます。

すると‥‥。先ほど登っているときに
休憩した場所(ヤーマンがシカの角を頭にくっつけていた場所)の目と鼻の先に
なにやらこんもりとした黒いモノが。
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その黒色物体を写真に撮る、ちーちゃんこと、大森千歳。
あまりに熱心に撮影しているので、感心します。
だって、これ、ヒグマのフンなんですから。
しかし、行きのときにはなかったのに、
帰りにはこんなのがあるのだから、数時間のうちにヒグマがここを訪れ、
巨大なフンを残していったということ。
ヒグマはやはり、いつも近くにいるんです。

さっさと撤退を決めたために、青沼ではゆっくりとした時間が。
ヤーマンはまたぼんやりと日光浴をし、
ちーちゃんはヒグマを寄せないために、「おーい」という大きな声を発しながら、
撮影のために池の対岸へ。
僕は甘い紅茶をたっぷりと作り、思う存分味わっておりました。
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ここの水はきれいでそのまま飲めそうですが、
寄生虫であるエキノコックスが怖いために、煮沸して飲んでいました。
北海道の悲しい点は、冷たい沢の水をそのまま直に飲めないことだと思います。
アイスティーにできたら、僕が作った紅茶も、もっとうまかったのになあ。

メシはいつものようなメニューで、この日は「肉ダンゴ丼」。
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この肉ダンゴは、一袋180円くらいのレトルト。
しかし、僕の真似をして同じような肉ダンゴをスーパーで買った
ヤ-マンとちーちゃんが選んだのは、一袋200円以上もするもの。
僕よりも何十円か高い肉ダンゴを平気で買うなんて、
この2人はアウトドア・セレブなのでしょうか?

3日目は青沼から、再び海岸へ向かいます。
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写真が小さくてわかりにくいですが、ちーちゃんのバックパックには
昨日拾ったシカの角がつけられています。
これ、結局、自宅まで持ち帰ったのかなあ。

海に出てからは、知床岬方向へ。
本当は相泊に戻ることもできたのですが、
せっかくならば、もう少し先の海岸でキャンプしようというわけです。
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しかし、そのためにはこんな岩場をへつっていかねばなりません。
気を抜いて滑ったら、当然のように冷たい海のなかへ落ちちゃいます。

知床の海岸は引き潮でなければ歩けない場所も多く、
微妙なタイミングでそんな場所に突入してしまうと、こんな事態に。
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これでもブーツのなかは濡らさないで進めているので、まあギリギリ。
同じ岩場でも、最終日となる翌日は、
もっと潮が引いており、難なく通過できましたよ。

そんなわけで、3泊目は化石浜と呼ばれる海岸でキャンプ。
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強風を避けて、岩陰にテントを張りました。

夕方になって、知床岬の方向を見ると、こんな風景。
海上で尖っているのは「剣岩」で、ここからもっともっと遠くには、
知床岬先端が待っているのです。
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この後、僕は2人と別れ、知床岬を一周するシーカヤックのツアーに参加しました。
その模様も、すぐにアップする予定です。

あ、それと、この知床岳の話は、ヤーマンもブログで紹介しているようです。
当たり前なのだけど、似たような話、似たような写真になっていますが、
興味がある方はそちらもご覧ください。

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2011年9月 1日 (木)

“立山黒部アルペンフェスティバル2011”で

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今年から行われる山岳イベントが、“立山黒部アルペンフェスティバル”
これは登山ショップのICI石井スポーツなどの主催により、
室堂付近を会場にして行われるものです。

詳しくは“立山黒部アルペンフェスティバル2011”HPを。
さまざまな山のスペシャリストやメーカーが参加して、
面白そうな各種アクティビティや講演会などを行うようです。

立山近辺は今年こそまだ行っていませんが、僕も毎年何度も訪れる場所。
数えてみれば、昨年も4回ほど行っていたようです。
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上の写真は、昨年8月の室堂・雷鳥平のキャンプ地。

僕も、僕の本を出してくれたエイ出版社の関係で、会場入りします。
今回も雷鳥平でテントを張ることになりそうです。
ただ、その前に2つほど同じ北アルプスでの
取材&仕事(しかもひとつは、立山の山歩き)があるために、
9月9~11日の日程のうち、10~11日のみ。
で、ちょっとした「講座」的なことをやることになりそうです。
具体的には、「バックパッキング講座」。
10日の夜あたりに行うということまで話はしたものの、時間や場所などの詳細は未定。
その日の夜には、他にも興味深いさまざまな催しがあるので、
詳細も決まらず、事前告知もなにもしていない僕の話を聞きにきてくれる人は、
おそらくほとんどいないでしょう‥‥。
だけど、その分、来てくれた人には念入りに説明できるかも。

このイベントに参加し、夜の予定が未定の人は、覗いてみてください。

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