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2011年10月

2011年10月29日 (土)

野田知佑さんと遊んだ、徳島の川と海

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カヌーイスト/作家の野田知佑さんの家へ、仲間たちと遊びに行ってきました。
この四国へのプライベート旅は毎年恒例となっていて、
数えてみたところ、今年で連続7年目。
仕事でお邪魔したときも数えると、もう10回以上、野田さんにはお世話になっています。
いつもありがとうございます!

その様子は昨年もここで紹介しましたが、今年もまた改めて。
いちばん上の写真は、到着してまだ20分程度のとき。
早くも庭で焚き火が始まり、大きな池にカヌーを浮かべて遊んでおります。
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野田家の愛犬、アレックスとハナも、いつものようにカヌーへ。

翌日は朝から、日和佐川の野田さんお気に入りのポイントへ行きました。
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すでに10月に入っていたので水は少なく、水温も冷たくなっていますが、
少し我慢すれば、十分に遊べるくらい。

チェックのシャツを着ているのが野田さんで、その左には写真家の佐藤秀明さん。
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秀明さんは野田さんが若いときから世界中をコンビで旅していて、
ユーコン川などでも何度も撮影を重ねている、アウトドア界の超有名カメラマン。
秀明さんは僕たちと同じ日に、野田さんの家に突然遊びにきたそうで、
夜はいっしょに宴会に。博識なのにバカ話を繰り返し、ものすごく面白かったです。
その大御所お二人が、魚を採るセルビンをいっしょに仕掛けていました。

アレックスとハナの相手をする者はおらず、みんな勝手に遊ぶばかり。
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人間ばかり遊びやがって‥‥と、犬たちはなんだかつまらなさそう。

カヌーに乗った野田さんはカニカゴを仕掛け、
他の者はエビタモでテナガエビを捕獲してみたり。
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シュノーケルをつけて、川の中をのぞいてみたり。Rimg0114a

浅瀬をカヌーで何往復もしてみたり。Rimg0105a

そして野田さんは、念入りにカニカゴを仕掛け続けています。
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ところで、野田さんが徳島の日和佐に移り住んだ大きな理由が、
この日和佐川の美しさ。
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通称・クジラ岩の横の淵も、底まで透き通って見えています。
夏だったら、もっと魚が泳いでいるのだけど、水温が低いので、この日はイマイチ。
だけど、その淵は飛び込んで遊ぶには、秋でも絶好の場所なんですね。
水がきれいなので浅く見えますが、深さはたっぷりあるんです。

で‥‥。
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川に飛び込んでから、浮上するまで数秒。
勢い余って鼻から水が入ったらしく、この後、数十秒はゴホゴホいっておりました。
だけど、笑顔で。

寒さが苦手で、ウェットスーツも持っていかなかった僕は、今回は飛び込まず、
とはいえ腰までは水につかり、エビを採ったり、魚の写真を撮ってみたり。
だけど、浅いところに大きな魚はいないので、撮影できたのはこんな程度で。
そもそも、潜りもしないで、よい写真が撮れるわけないんだけど。
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この魚はカワムツでしょうね。
僕は今回、新しく買った防水カメラ「RICOH PX」を持ってきていて、
その性能を試そうと思っていたのですが、予想以上に写りがよくて満足しました。

翌日も午前中は日和佐川に行き、夕方前からは内妻海岸へ。
この浜にも何度きたことか。
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海岸には少し前の台風の影響で大量の流木が流れついており、
地元の人がわざわざ集めて、海岸で燃やしているくらい。

当然ながら、僕たちも焚き火を開始します。
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火の番をするアレックス。
いや、火の番ではなく、彼は火の粉が舞うのを待っているんですね。
で、火の粉が空中に漂えば、ジャンプしてパクリ。
なんで、ボーダーコリーっていう犬種は、みんな火の粉が好きなんだろう。
アルミホイルで巻いて入れたジャガイモやサツマイモは、後のお楽しみ。

ハーモニカを吹く野田さん。
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この光景、少しするとDVDで見られることになっています。
じつは、この日の夕方にビーパル編集部の編集者が到着し、
12月号「焚き火特集」の付録DVDとなるらしい映像をとっていたのです。
その方は僕たちもよく知っている人ということもあり、
焚き火の前でも、家に帰ってからも、再び気楽な宴会状態に。
この日もバカ話と知的な話とが、随時、交錯しておりました。
昼も夜も、まあ楽しいことばかり。

僕たちはあくまでもプライベートだったので、
この野田さんの焚き火の映像がどのようにまとめられているのかわかりませんが、
きっと面白いものになっているはず。
あと10日ほどで発売されるビーパル12月号が楽しみです。

他にもいろいろと面白いことがあり、そんなこんなで3泊4日。
しかし僕たちの一部はまだ東京には戻らず、四国の旅は続くのでした。

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2011年10月28日 (金)

矢島慎一氏 撮影カレンダー「山の暦」が発売中

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こんなカレンダーが発売されました。
写真家/矢島慎一氏撮影による「山の暦」です。
僕とも時折いっしょに仕事をしていて、
このブログでいうと、2月に白馬に行ってきたときなど。
なんというかうまく説明しにくいのですが、
矢島くんの写真は他のカメラマンとはどこか違い、
凜としていて、キリッとした雰囲気(あくまでも僕の印象)。
フワッとか、ドンッとか、ガンッとか、ヘナッとかじゃなく、キリッ。
背筋が伸びているような気がします。

なのですが、そのなかで猫背気味にデカいバックパックを
背負っている人間が写っているのが、その5月部分。
これは僕なんです。背後から撮影してもらうと、僕でもカッコよく見えます。
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この写真は昨年の5月に燕岳~常念岳を縦走したときのもの。
なんでもこのカレンダー、それぞれの月で使っている写真は、
同じ月に撮影したものにしてあるとのことで、
だから、この2012年5月の分は、僕との5月取材の写真から選んだようです。
他の写真は、こちらでご確認を

このブログでお見せしたものは、あくまでもデジカメで複写したものでしかなく、
実際のカレンダーの写真は、もっともっときれいです。
山の写真が好きな人で、来年のカレンダーを買おうと思っている方には、
有力な候補のひとつになるはずですよ。


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2011年10月27日 (木)

北アルプス/ザラ峠~五色ヶ原~黒部ダム

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黒部峡谷(高熱隧道)の取材を終えた僕は、カメラマンさんと黒部ダムで別れ、
湖畔にあるロッジくろよん近くのキャンプ地へ。
翌日ひとりで山を歩くために、北アルプスに居残ることにしました。

目的地は、立山連峰と薬師岳のあいだにある溶岩台地・五色ヶ原。
北アルプスの秘境として知られる雲ノ平を少し小さくしたような雰囲気があり、
非常に気分がよい場所であります。
上の写真が五色ヶ原ですが、北アルプスの稜線の一部とは思えないほど、
広々としています。昨年北アルプスを1週間歩いたときにも通った場所で
今回はロッジくろよん から立山ロープウェイで室堂まで移動し、
龍王岳~ザラ峠~五色ヶ原~黒部ダムと、1日で歩く計画にしました。
テントは、ロッジくろよん近くのキャンプ地に張りっぱなしにして、
身軽な状態でぐるっと1周するコース取り。日帰りっぽい山行です。

そんなわけで、出発はいつもの室堂。Img_4233a
9月初旬の“立山黒部アルペンフェスティバル”のときとは違い、
観光客も少なく、秋山の気配が濃厚です。

室堂から浄土山を経て、龍王岳。Img_4250a
山頂にはそこそこ多くの登山者の方々がいらっしゃいましたが、
ほとんどの人は一ノ越の方向に下っていき、
僕のようにザラ峠から五色ヶ原に向かう人は少数でした。

立山連峰の主峰・雄山。

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左下にある一ノ越山荘から右に延びている線は、東一ノ越を経て、
黒部ダムに下る登山道。今年、女優の杏さんといっしょに歩いたルートです。
そのときと比べると、山がすっかり秋になってしまったことがわかります。

西のほうを見ると、立山カルデラ。
この谷の奥には、今となっては廃墟となっている立山温泉があります。
映画『剱岳~点の記~」では、登山前の拠点として描かれている場所ですね。
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当然ながら登山道もあったのですが、もはや廃道。
しかし、このコースに挑戦する人は今もいて、僕もひそかに狙っていたりします。

で、その立山温泉から続いていた道が稜線に達するのが、ザラ峠という場所。
下の写真でいうと、いちばん低い地点です。
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ここは戦国武将・佐々成政が、豪雪のなか、
長野側に渡るために使ったといわれているルートの一部です。
そのときのことは「さらさら越え」などといわれ、伝説化された逸話になっています。
‥‥この話、前にもここで書いたことがあるような。
あ、昨年の針ノ木岳の山行のときですね。
そのときのコースと、今回のコースをあわせると、
「さらさら越え」の主要部分(通過が難しかった部分)になります。

今はこんな道標があるだけ。
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だけど立山温泉の方向には踏み跡があり、当時のことを偲ばせてくれます。

ザラ峠から南に少し上がっていくと、やっと五色ヶ原。
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初夏あたりは高山植物が咲き乱れ、陳腐な言葉を使えば、地上の楽園。
中央には五色ヶ原山荘が立っています。

下は、五色ヶ原のキャンプ地。
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背後には僕が好きな山、針ノ木岳がそびえております。

それほど天気はよくないものの気温は温かく、
五色ヶ原でのんびりできれば最高でしたが、じつは意外なほど時間がなく、
すぐに五色ヶ原を出て、黒部ダムへ向かって下りて行くことに。
今回、僕は立山ロープウェイの始発に乗ったのですが、
最終のトロリーバスで扇沢に向かうにしても、
コースタイムの目安の6~7割で歩かねば、帰れない計算だったのです。

黒部ダムへ下りて行く道の左右には、さまざまな実が。
よく見られるクロウズコ(ブルーベリー)も大量にありましたが、
このルートで目立ったのは、こいつ。
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これはシラタマノキの実。英語でいうと、スノーベリーです。
なかなか甘い実なのですが、湿布のような香りがして、好き嫌いが分かれるところ。
いや、ほとんどの人は嫌いなのではないかと思います。

けっこうな急斜面を下りて行くと、刈安峠。
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ここからは道の雰囲気がガラリとかわり、急に歩きやすくなります。
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ほとんどが幅1m近い、ゆるやかな道。
昔はこのルートを使って、富山側と長野側の物資や人が行き来していた、
古い「街道」なので、古くから整備しきってあったからでしょう。

ダムまで下りると、平ノ渡場に浮かぶ小さな船。

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昨年の針ノ木岳の山行のときは、この船に乗ってダムを渡りました。

ダム湖に沿ってつけられた登山道を進み、あとはロッジくろよん のキャンプ地へ。
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このハシゴのつけられ方、昨日まで歩いていた黒部峡谷と似ています。
ちなみに、先日の地震で黒部峡谷の旧日電歩道の一部が崩れましたが、
このダム湖沿いの道もかなり傷んでしまったようで、補修が必要とのこと。

延々と登山道を歩いていくと、細長い入り江の反対側に
ロッジくろよん の青い屋根が。
近そうに見えて、あと1時間弱もかかるのがツラいところ。
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とはいえ、無駄なく歩いたために、室堂を9時半という遅めの時間に出たわりには、
かなり早い15時半にはキャンプ地に到着し、テントを撤収。
ダムサイトで焼きそばなどを食ってから、扇沢へと向かったのでした。
この山行をもって、やっと9月の山行は終了。

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2011年10月26日 (水)

新しいカヤックがやってきて、古いクルマが去っていく

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この夏、新しいカヤックを手に入れました。
POINT65というスウェーデンの会社の“シー・クルーザー”というモデル。
新艇ではではなく中古で、前のオーナーはホーボージュンさん。
ジュンさんは新しいカヤックを手に入れる資金作りのために、
最近、すでに所有していたカヤックを何艇か放出していて
そのなかの1艇を僕が買い取ることにしたのでした。

こいつはポリエチレン製で重いのですが、頑丈なのがよいところ。
カーボン製のようにスマートではありませんが、
「オマエの行くような場所なら、頑丈なポリ艇のほうがいいだろ?」
とは、ジュンさんの言葉。
最近、あまりカヤックで遊ぶ機会は少ないのだけど、まあ確かに。

僕は分解して持ち運べるフォールディング式カヤックは持っていますが、
こういうタイプを所有するのは初めて。ずっとほしかったんです。
さて、初めての出艇はいつになるのか?

上の写真は、ジュンさんが僕の自宅までもってきてくれたときに、
うちの隣の空きスペースに下ろした、そのシー・クルーザー。
横の駐車場には、僕のクルマが停まっていました。
それが、ずっと乗り続けていた愛車のジムニーくん。
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写真自体は、先日、三浦海岸で撮ったものですが。

じつは、この新しいカヤックを手に入れることになったのは、
ちょうどこのクルマを手放すことが具体化したのと、同じ時期。
このジムニーくん、武骨でいてかわいらしく、大好きだったのですが‥‥。
もうちょっと大きいクルマでないと、今の僕の生活には不便で。
そもそも、小さなジムニーには、新しく手に入れたカヤックは大きすぎて運べません。
法律違反になっちゃうんです。

この古いタイプのジムニーは今でもかなりの人気で、
以前から僕が手放そうと思っていろいろな人に話していたところ、
「ほしい」という人が何人も。
そのなかで真っ先に買い取りたいと手を上げた人に売ることにしました。
それは、このブログにもよく登場する、ライター仲間の森山くんで、
10日ほど前に、とうとう彼にもらわれていてしまいました。
カヤックも、クルマも、仲間内で簡単に売り買いできちゃうのは、
アウトドアとか道具に関する価値観が似ているから。話が早いんです。
ちなみに、僕がカヤックを手に入れた金額と、
クルマを手放した金額は、だいたい同じ。
そんなこともあって、ジムニーくんの代わりとして、
シー・クルーザーが新しい相棒になったような感覚がします。
しかし、次のクルマも早いところ手に入れないといけないな。

ジムニーくんとは、いろいろな場所に行きました。
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これは長野県の千曲川で、右に置かれているのが、
僕が前から使っているフォールディングタイプのカヤック、
フェザークラフトの“カフナ・エクスペディション”です。
このときは畳んだカヤックを背負って電車に乗り、
ジムニーくんを停めていたこの河原までひとりで川を下って行きました。
長々と川を下ってきて、このジムニーくんの姿が目に入ってきたときは、
友人が待っていてくれたようで、ちょっと感激してしまいました。

こちらも、ひとりで下った高知県の仁淀川。
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このときは上流にクルマを置いておいて、下流まで下ってから、
ヒッチハイクでジムニーを回収しに行きました。

こっちは、同じく四国、徳島県の海部川。
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カヤックで下ったわけではなく、数日間テントを張って滞在し、
エビやカニを採って、ひたすら遊んだだけ。
ここでもジムニーくんは、僕のことを遠くで待っていてくれました。
そういえば、この川で遊んだときの話はウェブでも見られますよ。
フリーライターにはなったものの、軌道には乗らず、
まだアウトドア系の仕事がほとんどなかった時代、けっこう昔のものです。

写真にはあまり残っていませんが、もちろん山にもいっしょに行きました。
昨年はフェリーに乗って、日本の最北東端・知床にも。

今年のはじめに行った愛鷹連峰も、こいつがいっしょに。Img_0034a

このとき、僕はジムニーくんに怪我をさせてしまいました。

下の写真は、八ヶ岳の本沢温泉に向かう登山口。
雨の中をひとりで下山してきた僕を、ジムニーくんが待っていてくれました。
クルマのなかに入れば、乾いたウェアに着替えられ、
エアコンで体を暖められると思うと、ズブ濡れの下山も苦ではなく。
ジムニーくんの存在がうれしかったなあ。4a_2

雨の中、ポツンと停まっている姿が、心からいとおしく思えました。

小さいけれど、本当によく働いてくれ、、
よい思い出をたくさん作ってくれたジムニーくん。
これからは森山くんのもとで、頑張っておくれ。
ありがとうね。

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2011年10月22日 (土)

北アルプス/黒部峡谷・下ノ廊下(高熱隧道の取材)

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9月後半、北アルプスの奥地、黒部峡谷に行ってきました。
山頂を結ぶ稜線歩きではなく、ひたすらに谷間を歩く特別なルートです。

これは来月に発売される『PEAKS』の取材で、テーマは「本」。
この黒部峡谷の“下ノ廊下”といわれる場所(黒部ダムよりも下流)の地下は、
岩盤温度が160℃以上という高熱地帯なのですが、
水力発電所を作るためにその地中にトンネルを掘っていったという
実話を元にした小説が、吉村昭著『高熱隧道』。
「隧道」とは、トンネルのことですね。
多数の犠牲者を出しながら完成させたトンネル工事の舞台となった
その場所を歩くというのが、今回の目的なのでした。

このブログにその様子をアップしようとして写真をザッと選んでみたところ、
しかしまあ、なんと点数が多いことか‥‥。
話を2回に分けるか、それとも写真を減らすかと迷いましたが、
今回は説明をそこそこにする代わり、写真はたくさん見せる、という方法に。
もともと、このブログの取材関係の山行記録は、
掲載号の事前宣伝も兼ねているので、
詳しくは『PEAKS12月号』を読んでもらいたいと考えております。

それにしても写真の数が多いので、興味のない方は適当にご覧を。
とはいいながら、このルートは北アルプスの中でも僕のいちばんのお勧めルート。
僕が適当に撮った写真でも、そのスゴさが少しは伝わるはずなので、
できればサッとだけでも見てもらいたいと思います。

出発は黒部峡谷鉄道の終着点である欅平。
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小さくオレンジ色に見えているのがトロッコ電車で、
その下に「黒部第3発電所」があります。

登山道を上がって行くと、東に見えるのは
8月に登った白馬三山などを含む、後立山連峰の稜線。
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1時間も登ると、水平歩道が始まります。
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その名の通り、ほぼ水平。
この道はダム建設(黒部第3ダム=仙人谷ダム)に関わる物資輸送でも使っており、
黒部峡谷の左岸に沿い、断崖絶壁を削って作ったモロに人工的な道なのです。

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場所によっては、もしも滑落すると、樹木にさえ引っかかる可能性はなく、
谷底まで数百mも一気に落ちてしまいます。

途中にはトンネルも。
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こんな道が続くこと、5時間ほど。
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同行してくれたカメラマンの岡野朋之さんが、
絶壁を削った細い道の上で、僕に向かってカメラを構えている様子。
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この水平歩道、僕はもう何度も歩いているのですが、
何度歩いても飽きないスゴい場所なんです。

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ルート上でテントを張れるのは、阿曽原小屋の前のみ。
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この場所から仙人谷ダムまでのあいだが、「高熱隧道」になります。

そんな場所だから、当たり前のように温泉も。
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この温泉自体、「高熱隧道」から流れ出しているお湯を利用しているものです。
3連休にかかった日程だったため、登山者でいっぱい。

夜は比較的簡素にカレーライスとスープ。
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SOTOのムカストーブを使って調理しましたが、
そのときの写真をもとに、先日発売された『PEAKS11月号』の
インプレッションページ
を作っています。

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テントを張ったこの場所は当時、宿舎があった場所。

取材ということで、小屋のご主人とともに、
本来は入れない「高熱隧道」のなかにも入ることができました。
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このあたりは小屋もあるので外気が入り込み、
それほど熱いわけではありません。
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ダム管理用のトロッコ電車が今も定期的に走るというトンネル。
小屋の直近は、これでも「駅」扱いで、かなり広げられています。

翌日は仙人谷ダム方向へ。
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仙人谷ダムは現在「近代化産業遺産」に認定されていますが、
このダムを作るために高熱隧道が生まれてきたわけです。
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仙人谷ダムの直下はほとんど水がなく、このありさま。
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ダムができる前の風景を見てみたいものです。

ダムのすぐ下にはトロッコ電車が通る橋も。
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ちょっとわかりにくいですが、ちょうどトロッコ電車が止まっています。

こちらが仙人谷ダム(黒部第3ダム)。
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このダムと、欅平の黒部第3発電所が連動して、水力発電を行っているんですね。
日本一の巨大さで知られる黒部第4ダム(黒四ダム)のひとつ下(下流)にある
ダム&発電所の組み合わせになります。

仙人谷ダムよりも上流部分は水平歩道とは呼ばず、
「旧日電歩道」という名前に。
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だけど、道の雰囲気は大きくは変わらず。
いや、ますます歩きにくく、険しくなっていきます。

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ルート上の名所である「十字峡」。
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黒部川本流の左右から支流が流れ込み、ちょうど十字になっております。

僕たちが取材した2週間後には、この十字峡のすぐ上流で
地震による土砂崩れがあり、死亡事故が発生してしまいました。
来年もここを歩けるかどうかは不明で、なによりも気の毒なことだと思います。

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水平歩道は谷底から数百mも上につけられた道でしたが、
旧日電歩道は黒四ダムに近づいて河床が高くなるにつれて、
川面の位置も接近してきて、いかにも渓流といった雰囲気です。
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まるでフィールドアスレッチックのようなハシゴ群。
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ダムまであと2時間ほどの地点になると、
峡谷もいくぶんひらけてきて、このような雰囲気に。
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ルート上では屈指の規模を誇る内蔵助谷からの支流。
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この内蔵助谷のルートは、黒部峡谷を歩いた10日前に、
僕が雷鳥平から通ってきた場所です。
このあいだもここにいたのかと思うと、
我ながら本当によく、北アルプスに通っていると実感します。

というわけで、このあたりも10日ほど前に歩いた道。
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観光用の放水をしている黒四ダム。
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内蔵助谷を歩いたときの写真と比べると、水量が多いような気がします。

いや~、何度歩いても、ここはスゴい!
あまり説明を書かないつもりだったのが、やっぱり書きたくなってしまうほどに。

繰り返しますが、詳しくは『PEAKS12月号』を。
このブログではほとんど触れていない「高熱隧道」について、
そしてこの黒部峡谷の奥深さについて、知ってもらえると思います。
まだ原稿は書き始めてもいないのですけれどね。

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2011年10月21日 (金)

“TRUE CAMP 2011”と、八ヶ岳/ニュウ

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9月17日~18日は、以前ここでも告知をした“TRUE CAMP 2011”
場所は八ヶ岳の駒出池キャンプ場で、
僕は初日にスライドショーを行うことになっていました。
昨年も僕はスライドショーを行った同じイベントです。

しかし当日はバタバタ。
じつはその日まで、僕は北海道のニセコに行っており、
会場に入れたのが、当日の夕方遅く、スライドショー開始時間の15分ほど前。
スライドショーのテーマは「八ヶ岳と、そこから見える山々」。
当初は「北アルプス」の話にしようと思っていましたが、
八ヶ岳にいるのに、なぜ北アルプス? と我ながら疑問に思い始め、
タイトルを変えたのでした。とはいえ、八ヶ岳から北アルプスは見えるわけで、
ここで何度も紹介している槍ヶ岳とか、立山連峰とかの話をし、
さらに八ヶ岳から南方に見える鳳凰三山北東にある荒船山
そして最後は、今年取材を行った石巻高校ワンダーフォーゲル部、
八ヶ岳での夏山合宿
の話でまとめました。
被災地のことを忘れないでもらいたい、という気持ちをこめて。

それにしても相変わらずスライドショーなどで話すことには慣れておらず、
面白いこともいえずに、たんたんと説明するばかり。
まあ、開き直って緊張しなくなったのはよいのですが、
我ながらもうちょっとなんとかしたいものです。

そのスライドショーの様子の写真は、なし。
自分ひとりでひたすら話し続けているので、撮影しようがなく‥‥。

 

その代わり、下の写真は、翌日の夜に行われた
ライター仲間の村石太郎くんのスライドショーの様子です。
なんとなく雰囲気がわかるでしょう。Img_3765a
村石くんの話のテーマは「ラフトボートによるグランドキャニオンの激流下り」。
ハッキリいって、僕の話よりも数倍おもしろかったと思います。

しかし、自分ではなく、村石くんのスライドショーの様子の写真を紹介するのって、
昨年、ここで紹介した方法とまるっきり同じだなあ。

話は前後しますが、自分のスライドショーが終わった翌日は、
オプションのアトラクションである「中級トレッキング」に同行しました。
コースは唐沢橋の登山口からシャクナゲ尾根を登っていき、ニュウの山頂へ。
その後、白駒池まで下山するというものでした。
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登りはじめから3時間ほどは樹林帯で視界が開けず、
なかなか進んでいる感覚がしません。

しかし標高が2000m近くなると、広々とした雰囲気に。
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この「中級」への参加者はたしか30人ほどでしたが、
みなさん、さまざまなウェアやギアを使っていて、見ているだけで面白かったです。
ただ、トレッキングポールの使い方を間違えている人が多く、
せっかくなので僕は「正しい使い方」の説明なぞをちょっとだけさせてもらいました。

そして、こちらがニュウの山頂。3連休の最中だったので、驚くほど人が多く、
ここに写っていない人も含めれば、一時は100人以上はいたのではないでしょうか。
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ところで「山」とか「岳」とかの呼称がつかず、「ニュウ」とだけ表記されるこの山は、
漢字で書くと「乳」になるそうです。どこから見ると、そう見えるのでしょうね。
次に行くときにまで調べておこうと思いました。

山頂から眺める北八ヶ岳方面。
昨年の同イベントでは、あちらのほうに登りました。
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天気がよくて、気分も上々。

こちらは石巻高校ワンゲル部と登った硫黄岳方面。Img_3742a
手前の山がちょっと邪魔ですね。

背後に連なるのは、群馬県や埼玉県の山々。
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空気は少々かすんでいて、遠くとなると山が判別しにくく、
昨日のスライドショーで紹介した荒船山がどこにあるのか微妙にわからず。

最後は白駒池へ。意外と長いトレッキングでした。
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この池のほとりのキャンプ場は、本当に気分のよい場所。
時間があればここにも泊まりたかったのだけど。

このイベントはこの翌日まで開催され、無事終了。

最近、このようなキャンプイベントが非常に増えており、
しかもものすごく多くの人が参加するそうです。
こういうイベントをキッカケに、山好きの人が増えてくれるとうれしいです。

 

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2011年10月20日 (木)

北アルプス/内蔵助平&ハシゴ谷乗越(後編)

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前回の「雷鳥平~内蔵助平」の続きとなる後編です。

内蔵助平で夜を明かした僕は、翌朝からハシゴ谷乗越へ。
上の写真はそのハシゴ谷乗越から見た赤沢岳~針ノ木岳の稜線
右下が内蔵助平の一角に当たります。

こちらは内蔵助平の沢にあった目印。
無人の山中にあって、人の気配がする数少ないもの。
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内蔵助平は立山の稜線から黒部川まで下降してくる登山道の途中にあり、
そこから北にハシゴ谷乗越に向かう登山道が分岐しています。
で、ハシゴ谷「乗越」というくらいで、ここは
真砂岳から黒部別山まで長々と続いている尾根の鞍部(低い場所)に当たり、
要するに「峠」とも言い換えられる場所なのです。
今年、このすぐ脇の山中で動けなくなった登山者が、
入山から1週間後に救助されるという事故も起こっています。

下の写真は、真砂岳から延びてきてハシゴ谷乗越に至る尾根。
登山道を登っているときに撮ったカットです。
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かなり昔には、この尾根沿いにも登山道があったようですが、今は廃道に。

内蔵助平からハシゴ谷乗越への道は、ほぼ樹林帯。
しかし乗越まで登ってしまえば、冒頭の写真のようにすばらしい景色が待っています。
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またしても遠望できた白馬岳と清水尾根
秋の乾いた空気に加え、天気もよいので、とてもクリアに見えて気分よし。
乗越では真砂沢ロッジに泊まっていたと思われる
登山者たちのグループに出会いましたが、
やはりみなさん、この絶景に歓声を上げていらっしゃいました。

さて、僕の今回の2つの目的(内蔵助平とハシゴ谷乗越)は、これで達成。
しかし、ハシゴ谷乗越には登るだけではなく、
その裏側にある剱沢まで下りてみようとも思っていました。

そんなわけで、剱沢の方向に下り始めると、この風景。
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右側(手前)ではなく、左(奥)が、あの剱岳です。
この角度から見上げるのも、また一興。

剱沢までの下り道には、ハシゴがいっぱい。
さすが、「ハシゴ谷乗越」の名前どおりですね。
Img_3543a
この地名の正確な由来はわかりませんが、
内蔵助平側にはまったくハシゴがないことを考えると、
剱沢側かの視点から名付けられた地名であるのでしょう。

剱沢に近づいてくると、道がグズグズに。
このあたりは湧水が豊富で、途中には水場もあります。
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しかし、こんなにたくさん赤いテープをつけなくても、
それほど間違えやすい道ではないような気が。

尾根を下りきり、剱沢に到着。
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何度も歩いている道ですが、それまで薄暗い森の中を歩いていたので、目に新鮮。
ここでパンやらチョコレートなどの行動食をとり、僕は再びハシゴ谷乗越へ戻ります。

秋の登山道には、さまざまな実がなっており、
ときおり数粒つまんでは、口に入れたりも。
Img_3550a

Img_3474a
この時期になると熟していて、非常においしいです。
あまり食べると何なので、ちょっと味見する程度で。

そんなわけで、剱沢からハシゴ谷乗越まで登り返した僕は、
その後、再び内蔵助平へ下り、デポしておいた荷物を回収。
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荷物は朝のうちに撤収し、バックパックにまとめて沢近くに置いておきました。
バックルの近くにはピンク色のメモを挟み、
「ハシゴ谷乗越から剱沢まで往復し、午前中には戻ります」などとメッセージも。
山中にこんなものが置いてあると、ここを通った人が驚く可能性もあるので
遭難者のものと間違われないように、と。

あとは黒部川まで下るのみ。
Img_3596a

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内蔵助谷のうち、内蔵助平よりも下部は険しく、
数値に表れる標高差よりも体力を使います。
だけど、そんな道を登ってくる登山者がけっこういてビックリ。
しかし、多くの人は内蔵助平から真砂沢ロッジを目指しているようで、
内蔵助山荘に向かう人は少数のようでした。

やっと黒部川本流に到達。
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黒部ダム(黒四ダム)の下流、「下ノ廊下」といわれる場所です。

この下ノ廊下、10日ほど後に再び訪れることになっていたので、
詳しくはまた後日にアップするつもりです。

本流に出てから1時間ほど登山道を進んでいくと、黒四ダムの下に。
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風向きによっては水しぶきが遠くまで舞い上がりますが、
この日は遠くで白い飛沫を上げるのみ。

黒部川はこんな簡易的な橋で渡ります。
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この後は、ひたすらダムサイトまで人工的な道を登るばかり。

その途中、あと数分でダムサイトの建物という場所から見上げた立山連峰。
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あの裏側から、ここまで歩いてきたのだなあ、と、ちょっとした充実感。
それにしても、ルートは違うとはいえ、
僕は数日前にも室堂からダムまで歩いており
なんだか似たようなことを繰り返しているような。
だけど、同じような「室堂(雷鳥平)~黒部ダム」というコースでも、
谷のひとつひとつで山が見せる表情はまったく違います。
その違いが面白いこそ、なんどでも山に入ってしまうんですね。

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2011年10月19日 (水)

北アルプス/内蔵助平&ハシゴ谷乗越(前編)

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以前、ここで紹介した「立山黒部アルペンフェスティバル」での任務を終えた僕は、
このフェスの最終日の朝、テントを撤収するとひとりで山の中へ入っていきました。
目的地は「内蔵助平」と「ハシゴ谷乗越」。フェスが行われている室堂から見ると
立山連峰の裏側にあり、北アルプスでもマイナーな場所といえるでしょう。
ちなみに上の写真中央の平たい場所である「内蔵助平」は
「内」の字は読まずに「くらのすけだいら」と読み、
「ハシゴ谷乗越」の「谷」は「たに」ではなく、地元では「たん」とか「だん」と発音し、
つまり「はしごだんのっこし」と発音します。マメ知識でした。

この内蔵助平とハシゴ谷乗越、僕が来年3月に出版予定している
「北アルプス」をテーマにした書籍で紹介しようかと思っている場所。
なので、このルートを選んだのは「調査」の意味合いが非常に強いのですが、
それ以前に、もちろん自分好みの場所でもありました。
ただし、この2ヵ所は同一線のルート上にはなく、
ハシゴ谷乗越に行くためには、内蔵助平に荷物をデポして
わざわざ往復する必要があり、ちょっと面倒です。

まずは、雷鳥平のキャンプ地から真砂岳方向へと稜線を登っていきます。
振り返ってみると、ドンとそびえるのは、昨日登ったばかりの奥大日岳。
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下のほうのキャンプ地にはいくつものテントがあり、
フェスの関係者や参加者がウロウロしているのがよく見えました。

真砂岳への登山道は単調ながら歩きやすく、ドンドン高度を上げられます。
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実際の山頂は、右でいちばん高く見えるポイントではなく、左のほうですね。

稜線に上がると、別山の向こうに剱岳の山頂が覗いておりました。
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山を歩いている人もそこそこ降りましたが、室堂の混雑に比べると実に静か。
この稜線の道、テントを背負い、昨年の冬にも歩いたっけ。

真砂岳を背後に、内蔵助山荘。
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外で作業をしていたご主人に挨拶し、
今日、誰か登山者が内蔵助平へ下りていったか尋ねると、誰もいないとのこと。
おそらく今日、僕以外の人間は、このルートを使わないということで、うれしくなります。
ご主人には今日のうちにダムまで歩くのかと尋ねられましたが、
僕は内蔵助平で野営し、翌日はハシゴ谷乗越から剱沢へ
往復することを伝えておきました。書籍のための調査を兼ねているために
ちょっとばかり一般的ではない歩き方になっており、
指定地ではない場所で野営することになるため、
そのあたりのことも含めて、お伝えしておこうかと。

内蔵助谷へ下り始めるとすぐに目に飛び込んでくるのが
立山連峰のひとつ、富士ノ折立と、雪渓が残るカール。
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この雪渓から続く内蔵助カールを下りていった場所が、内蔵助平になるわけです。

角度を変えてみると、こんな感じ。
Img_3309a
一見歩きやすそうに見えなくもないですが、
入る人が少ないために整備もそこそこで、しかも急峻な下りも多く、
北アルプスの中でも、相当にハードなルートです。

とけかけているけど、クマのフン。
こんなのがいたるところにあります。
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昨年歩いた針ノ木谷と同じく、クマが多いのは
人が少ない沢沿いのルートならでは。

ロープがつけられている場所も多数。
Img_3364a
とはいえ、このように乾いている地面はいいのですが、
沢の近くで湿っている場所は滑りやすくて難儀しました。

近づいてくる内蔵助平。
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しかし、イタドリに覆われたりしていて道はわかりにくく、
なかなかスムーズには歩けません。

身長以上の段差がある雪渓も。
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はじめは上のほうにまわりこんでみましたが、雪渓上にあがることはできず、
結局、かなり下のほうに歩いていってから、なんとか雪面の上に下り立ちました。

雪渓にはそれほど角度はなく、晩夏の午後ということで
雪面は柔らかくなっており、軽アイゼンなどは必要なし。
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しかし、タイツとショートパンツだと、寒気でヒヤッとしちゃいます。

内蔵助平は近づいているはずなのに、ヤブで視界がきかない場所も。
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クマが出てきたら嫌なので、ときおり「オーイ」などと大声を出してみたり。

途中にあった岩屋。
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これだけ快適そうな岩屋、ちょっと珍しいほど。
平らでいて、乾燥していて、屋根部分の頭上も高く、ここに泊まるのも面白そう。
ちなみに、この巨大な岩には赤いペンキでしっかりと「岩屋」と書かれているので、
ここを歩く人なら、誰でも発見できるでしょう。

で、やっと内蔵助平に到着。雷鳥平からここまで、歩くこと4時間半。
思いのほか時間がかかりました。3時間程度かと思っていたのに‥‥。
以前歩いたことはあったのですが、こんなに大変ではなかったような。
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水が豊富でしかもうまく、すばらしくよい気持ち。
だけどこの内蔵助谷の沢は、増水すると渡ることができなくなるほど荒れ狂い、
これまでに急流に流されて死亡した方や、救助を要請したグループなども。

さて、この「内蔵助平」の「内蔵助」とは誰のことなのか?
じつは内蔵助とは、越中の武将、佐々成政の幼名。
佐々成政といえば、立山南部のザラ峠~黒部川~針ノ木谷を
真冬に横断したという
伝説で知られていますが、
そんな“定説”ルート以外にもいくつかの説があり、
そのひとつが、この内蔵助平を経由したというもの。
しかし、この内蔵助谷、冬は雪崩れも多そうだし、どうなんでしょう?

ともあれ内蔵助平は黒部の谷のなかでは珍しく広々とした場所で
遠くから見ていると、非常に気持ちよさそうに見える場所なんです。
昨年、後立山南部の山行の様子をここで紹介したのですが、
そのときに黒部川を挟んだ反対側の稜線から撮った写真が以下のもの。
R0016227a
この別山の真下にある平らな場所、行ってみたくなりませんか?
だけど、実際に内部に入り込んでみると、樹木で視界がさえぎられ、
それほど開放感があるわけでもないのですが。

沢から少し離れた場所に野営適地を見つけ、ビバークの準備。
いわゆるキャンプ指定地ではありませんが、このような大きな沢沿いには
渓流釣りをする人や、沢登りをする人が昔から利用している
このように整地されたポイントが必ずどこかにあるもの。

ただ、この場所では周囲に釣り糸などの仕掛けや食べ物のパッケージが
たくさん捨てられていたのが気になりました。なぜ、捨てて帰るのだろう?
だけど、僕にも本来はキャンプ地ではない場所で
一晩過ごすという申し訳ないような気持ちがあり、
立ち去る前にはそれらのゴミを拾い集めて持ち帰り、
自分が泊まる前以上にきれいな場所にしておきました。

しかしまあ、この日は内蔵助山荘を出た後、ホントに誰にも会いませんでした。
そんな山深い場所でひとり過ごす夜、ワクワクしちゃってたまりません。

というわけで、翌日の朝にはハシゴ谷乗越へ。
(後編に続く)


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2011年10月15日 (土)

『PEAKS 11月号』発売中

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『PEAKS 11月号』が発売になりました。
創刊以来、毎号なにかと原稿を書いてきたこの雑誌ですが、
最近は留守ばかりしていたので、今回、僕が直接書いたのはわずか1ページのみ。
「ロングターム・インプレッション」というコーナーでの
SOTO“ムカストーブ”に関する件だけです。
このバーナーに関しては、このブログでも紹介しており、
「問題が若干ある」的な曖昧なことを書きつつ、
具体的な言及は行わず、そのままにしていました。
『PEAKS』では、その使い心地や問題点などについて触れています。

そんなわけで僕が書いたのはこの1ページだけですが、
書いてはいないものの、他のページにも登場はしています。

ひとつは巻頭で自分のウェアを紹介するページ。
僕は今年手に入れて、すでにこのブログでも書いたことがある
パタゴニアの“スーパー・アルパイン・ジャケット”を着て、登場しています。
これが、ひとり1ページ大のスペースなので、なんとも写真が大きいこと!
これだけデカい自分の写真を見た覚えもなく、
非常に恥ずかしくなってしまうものになっております。
なんというか、あまり見てほしくない気が‥‥。

もうひとつは、「ウェア選びお悩み相談所」という4ページ企画の回答者役。
それぞれの「お悩み」というか質問は基本的なことですが、
それなりに役立つはずなので、ご一読を。
また、どこにも説明は書かれていませんが、
この企画のなかで使っている写真のウェアは、ほぼすべて僕の私物です。
まあ、どうでもよいことですが。

ともあれご覧ください。


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2011年10月14日 (金)

『ニッポンの世界自然遺産ガイド』発売中

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『ニッポンの世界自然遺産ガイド』が本日発売になりました。
先日「世界遺産」に登録された小笠原、そして知床、屋久島、白神山地と4ヵ所の情報が
1冊に渡って紹介されています。

僕は小笠原には数年前に1度行ったきりで、
白神山地には3回ほど行ったことがあるものの、最後はすでに6年ほど前。
何度も屋久島行っている屋久島ですら、最後は2年前になっています。
しかし、それらに対して知床は何度行ったかわからないほど通っており、
当然ながら、この雑誌の中でも「知床」の部分で原稿を書いております。

とはいえ、この『ニッポンの世界自然遺産ガイド』の知床の記事の8ページ分は、
今年発行の『PEAKS7月号』の再編集で、
もともとは昨年の北海道取材に基づくものになっています。
しかし、ただ同じ記事を掲載しては申し訳ないので、
『PEAKS7月号』よりも文章量を増加させ、
本文の始まりと終わりを中心に加筆し、写真も新しいものを加えています。
さらにその再編集部分8ページだけではなく、、
今年行ってきたプライベート山行(知床岳)を2ページ分、新たに追加し、
一昨年前に歩いてきた羅臼岳の話もコラム的にプラス。で、計10ページに。

この雑誌の知床部分で、僕の書いたもの以外で読んでいただきたいのが、
知床でシーカヤックガイドを行っている新谷暁生さんの文章と、そのツアーレポート。
僕も毎年参加している「知床エクスペディション」について、
深くわかってもらえるものになっています。
ぜひ店頭で手に取ってみてください。

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2011年10月13日 (木)

『ファーロ No.5』発売中

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長々と家を留守にしていたところ、
『ファーロ No.5』が1週間ほど前に発売になっておりました。
この雑誌、創刊から関わっておりますが、
相変わらずかわいらしい表紙に、自分が仕事をしているのが信じられず‥‥。

僕が担当しているのは、女優の杏さんの連載ページ。
9月のはじめに同行取材した北アルプスの模様が、4ページ分掲載されています。
それとは別に、「秋山用ウェア&ギア」が4ページ、
さらに「紅葉が楽しめるお勧めの山」が、同じく4ページ。

ちなみに、この「お勧めの山」で紹介している立山の写真は、
僕が昨年の北アルプス山行のときに撮った写真で、
この写真を撮ったルートと同じ場所を、今号の『ファーロ』で杏さんも歩いています。
そのルートの紅葉が楽しめるのが、今年はちょうど今ごろ。
今年の北アルプスは紅葉がイマイチですが、この週末にでも行ってみてください。

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2011年10月 3日 (月)

北アルプス/奥大日岳&“立山黒部アルペンフェスティバル”

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唐松岳~五竜岳と歩いた僕は、その日のうちに立山黒部アルペンルートを使い、
3日前にもいたはずの室堂へ。到着時はすでにかなり遅い夕刻でした。
ここでは“立山黒部アルペンフェスティバル”が開催されており、
僕も「バックパッキング講座」なるものを行うことになっていました。

だけど誤算だったのは、その講座が開催されるという「告知」が、
ウェブ上で行われていなかったこと。
さらには現地で手に入る資料にもなにも書かれていないことが判明。
つまり、僕が「バックパッキング講座」を行うことは、
僕が到着した時点では関係者以外は誰も知らない状態なのでした。

これはヤバい! ということで、
僕の講座を管轄している『PEAKS』編集部の関係各位が急遽手を手を打ってくれ、
当日(翌日)に張り紙をすると同時にビラも配り、集客してくれることになったのでした。

さて、夜が明けて、その当日。
僕の出番は午後からなので、空いている午前中は、
テントを張っていた雷鳥平のキャンプから、奥大日岳に往復することにしました。
このフェスにかかわっている人はみんな自分の仕事があり、僕ひとりだけで。

冒頭の写真が奥大日岳ですが、じつはこれ、
登った当日ではなく、その翌日に撮ったもの。
僕が登った日はガスがかかり、こんなにクリアではなかったのです。

とはいいながら、途中まで登ってから振り返ると、立山方向には青空も。
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雷鳥平に張られているテント群も、小さく見えますね。

しかし、奥大日岳方向は、やはりガスのなか。
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登山道がついている手前の低い山ですら、この有様。
もっと左のほうにあるはずの大日岳自体はまったく見えませんでした。

歩いていると、写真には写りきらないほどの群れで出現した雷鳥。
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雷鳥は、天敵であるタカなどの猛禽類がエサ(つまり雷鳥)をとらない
悪天候のときにハイマツのなかから外に出て、
人目にも付きやすい場所で自分のエサを探す習性があります。
ある意味、これだけの雷鳥が出てくるということは、
天気がよくないという証明でもあるわけですね。

むやみに速く歩いていたら、約1時間で山頂へ到着。
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着いたときは周囲が真っ白でしたが、少しすると空には青い部分が。
もしかしたら晴れてくるかも、と思い、早く着いた分の時間を使って、
山頂でできる限り待ってみることにしました。

奥大日岳は、剱岳がカッコよく見える場所なんです。
昨年、あの山頂に登ったときも曇り空だったことを思い出しました。
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しかし、到着してから20分ほど経っても、この程度。

だけど、少しすると‥‥。
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さらに時間が経つと‥‥。
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ここまでくれば、あと少し。
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というわけで、45分ほどでクッキリと剱岳の姿が!
僕が山頂にいたあいだ、他に4~5名の登山者が到着したのですが、
みんな早めに立ち去ってしまい、この風景を見ないでしまっていました。
なんだか気の毒です。

これほどクリアになると、剱岳以外にも、いろいろな山が見えてきます。
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剱岳山頂の右の鞍部の奥に見えるのは、昨日登ったばかりの五竜岳
あの山頂にいたのって、ちょうど24時間くらい前かも。

反対に山頂の左、早月尾根の向こうには、白馬岳と、旭岳がある清水尾根。
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白馬の山頂にいたのは2週間前だけど、すでに懐かしい気分。

こちらは室堂に続いていく天狗平。
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背後には薬師岳や笠ヶ岳など、昨年1週間かけて歩いた山々が。

そして、現在僕がいる奥大日岳から縦走できる、中大日岳と大日岳。
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それらのあいだには、赤い屋根を持った大日小屋も小さく見えます。

立山方向もさらにハッキリと見え、
数日前に取材で歩いた一ノ越から雄山もしっかり確認できました。
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室堂の下にある地獄谷の噴煙も写真の中央から上っていますね。

そんなわけで最近行ってきた山々をどれもこれも見ることができ、非常に満足。
結局、1時間半ほども奥大日岳の山頂にいてしまいましたが、
こういう余裕のある山歩きもいいものです。

だけど、ちょっと長居しすぎた感もあり、急いで雷鳥平へ戻ることに。
「バックパッキング講座」の準備をしないといけなかったのです。
そこで帰りも、山頂から雷鳥平まで45分ほどと、高速歩行で進みました。
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雷鳥平に近づいていくと、今日到着した人のものと思われるテントで
キャンプ場はさらに人影が多くなっていました。

その後、僕はテント内に置いていたパソコンを持ち、立山自然保護センターへ。
予定通り、1時間ほど「バックパッキング講座」を行いました。
下は当日、室堂ターミナルなどに張られていたハリガミです。
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内容は、「誤解されたまま使われている山岳道具」の話が中心。
テントの正しい張り方、トレキングポールの使い方、寝袋の圧縮方法など。
もしかして集客「0」かもと恐れていましたが、当日告知にもかかわらず、
会場の大きさにちょうどよい人数のお客さんが集まってくれ、
なんとか終了させることができました。
来てくださった方、ありがとうございます。

そのときの模様を自分で撮影することは難しいので、写真は1枚もなし。
だけど、雑誌『PEAKS』のブログを見てもらうと、
どんな雰囲気だったのか、少しはわかってもらえるかと思います。

“立山黒部アルペンフェスティバル”における僕のミッションは、これで終わり。
この日は周辺をぶらつき、いろいろな人と話をして過ごしました。
夜は「雷鳥荘」で食事をいただき、再びテント泊。

翌日もこのフェスは行われていましたが、僕はひとりで再び山へ。
昨年から行こうと思っていた、ある場所を目指しました。

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2011年10月 2日 (日)

北アルプス/唐松岳~五竜岳

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立山~黒部ダムを歩き終えた後、僕は八方尾根の旅館に宿泊。
若干、山旅としての連続性は欠くとはいえ、翌日には唐松岳へと向かいました。
今回の最終目標は、上の写真の五竜岳であります。

この唐松岳~五竜岳の山歩きは、ニュージーランドのメーカー、
マックパックに関連し、同社のバックパックを山で使ってみて、
その機能を知るための特殊山行。
僕はニュージーランドで本社や工場の取材を何度かしたことがあるので
この山行に加わることになりました。
おおむね、昨年の赤岳と同じ状況といえます。

そんな感じのツアーなので、僕も当然、マックパックで参加。
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すでに数年前に販売中止となった“グリセード”。
僕がいちばん使っているバックパックです。
現在は後継モデルの“グリセードクラシック”が売られていますが、
僕は旧タイプのこちらのほうが体に合ってます。
自分好みにカスタムまでしてもらっているし。

当然ながら背負っているのは、全員がマックパック。
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たしか総勢25~26名だったので、恐ろしいほどマックパックだらけです。
古いものを背負っているのは僕くらいで、あとは最新型か、せいぜい昨年のモデル。

八方尾根から見る、不帰キレット。
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難所として知られるここを、最後に僕が歩いたのは3年くらい前だったかな。

南のほうには、白馬三山。
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この2週間前に白馬鑓温泉から歩いたばかりでしたが、
そのときは悪天候で、ほとんどなにも風景は見えず。
しかし、本当はこんなに美しいところなんです。

たまたま連続して歩いていた、赤いバックパック軍団。
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モデルはさまざまなのだけど、やはり山の中で赤という色は映えるものです。

唐松岳頂上山荘まで登りつめると、西側の稜線が目に飛び込んできます。。
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左のほうにあるのは、つい前日に登った立山(雄山)
右で天高くそびえているのは、剱岳。
昨年は秋に登りましたが、今年はこのまま登らないことになりそうで、少々寂しいです。

小屋の前に荷物をデポし、下の写真の唐松岳に往復。
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この山頂からの景色は、なかなかすばらしいのです。

左のほうには毛勝三山。縦走がなく、一気に歩きとおすなら残雪期がチャンスで、
僕は来年あたりに行きたいものだと思ってます。
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その手前、右側にあるのは清水尾根。
8月初旬には朝日岳方向から眺め
8月終わりには白馬三山からの下山ルートに使いましたが、
方角を変えて改めて眺めてみるのも、面白いものです。

その後、本日のキャンプ地である五竜山荘を目指します。
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不帰キレットほどではないけれど、けっこうな岩場が続き、面白いルート。
雨の日は滑りそうなので、歩きたくないけれど。

そして、夕暮れのテント場。
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この日、寝る前に数えてみたら、張られていたテントの数は32。
週末だったこともあり、かなりの混雑でした。

翌日は早朝から五竜岳の山頂へ往復。
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とはいえ、真っ白なガスはかかっているし、雨までも降っていて、
山頂からの景色はまったくダメ。
写真もこんなものしか撮りませんでした。

山荘に戻り、その後はやたらと長くて飽きるほどの遠見尾根から下山開始。
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わずか山中1泊ではありましたが、五竜岳山頂以外は天気もよく、
満足のいく山行となりました。

下山後、僕は再び扇沢に向かい、その日のうちに立山黒部アルペンルートで室堂へ。
数日前にも室堂にいたはずなんだけど。
まだまだ自宅には帰らず、北アルプスの日々は続いていくのです。


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2011年10月 1日 (土)

北アルプス/立山~黒部ダム、日帰り的取材

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9月のはじめ、僕は立山黒部アルペンルートを使い、立山に入りました。
で、いくつかの仕事とプライベートの山歩きが連続し、
自宅に戻らないまま、1週間ほど北アルプスに居続けました。

というわけで、この「立山~黒部ダム」の山歩きが、そのスタート。
10月7日に発売される『ファーロ』という女性向けアウトドア誌の取材で、
女優の杏さんの連載ページのための撮影を行いました。
だから、このときはヘアメイクさんもいっしょに山を歩き、キッチリとした撮影に。

詳しくは、雑誌を見ていただきたいので、ここでは簡単に紹介するだけにします。
また、杏さんは女優さんなので、ここで写真を大きく使うのは問題があり、
小さくしかお見せできませんが、ご了承を。

さて、杏さんはもともと山好きで、あの北アルプス屈指の難ルート、
西穂高~奥穂高をプライベートで歩いているほど。
できれば1泊して、御本人が希望していた「ハードな」ルートに行きたかったのですが、
スケジュールの関係で日帰りできるコースが限度。
テレビのドラマでは主役を演じるほど超人気の杏さんだから、仕方ありません。
それでもできるだけ面白い山歩きになるようにと、
前半には高山気分が味わえつつ、後半には静かな雰囲気が楽しめる
「立山~黒部ダム」のコースを選んだのでした。
これはちょうど、僕が昨年歩いたルートと、ほぼ同じ
違うのは、雄山に登ったか、龍王岳に登ったかということくらいです。

まずは、黒部ダムから見る赤牛岳。
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この山は、3年ほど前に読売新道を歩いたときのハイライト。
来年当たり、もう1回行きたいと思ってます。

ダムからはケーブル、ロープウェイ、トロリーバスを使い、室堂へ。
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それから一ノ越まで歩いて、雄山を目指します。

その途中から見た、室堂。
Img_2758a
このような雄山や室堂の風景、一年に何度も見ている気がします。
昨年の冬の、雪に覆われた姿もきれいでしたよ。
後ろに見える奥大日岳にも、この数日後、僕は登りました。

女優さんといっしょという今回のような取材、僕も何度か経験があるのですが、
やはりいつもとは勝手が違います。
雄山の山頂では、杏さんに気づいた小学生たちに大騒ぎされるなど、
それはまあ、すごい人気でした。
今回も同行したマネージャーさんは大変だと思います。

その後、一ノ越に戻り、黒部ダムへ向かって下りていくことに。
途中で冒頭のような決めカットを撮ったり、ラーメンを作って食べたりしつつ、
ひと気のない道を進みました。
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雄山の混雑がウソのように、黒部ダムへ下る道には誰もおりません。
この道、日帰りだったら、北アルプスでもトップクラスのよい道だと思うのだけど、
多くの人は室堂へ戻るばかりで、もったいない。
道に迷う可能性も少なく、風景のバリエーションもあり、
時間もそれほどかからないと、お勧めできるポイントばかりで。
しかし、今回は撮影もあり、予想外に時間がかかってしまいました。

ともあれ、取材はなんとか終了。

僕はこの日、いったん山を下り、その足で八方尾根へ。
翌日からは、同じ北アルプスの後立山連峰の唐松岳~五竜岳に登りました。
そのあたりのことは、次回以降に。

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