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2011年11月

2011年11月29日 (火)

北アルプス/穂高連峰・ひとり歩き(前編)

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すでに1ヶ月前、10月の終わりに、ひとりで穂高連峰に行ってきました。
今年は雪がなかなか降らず、その時点でもまったく積雪はなし。
しかし、前穂高岳から奥穂高岳へいたる道にワラワラといた雷鳥は
すでに半分以上も羽の色を白く変えており、
もうすぐ雪が積もって本格的な冬になることを伝えておりました。
蓮華岳で見た雷鳥と比べても、保護色が冬らしくなってますね。

出発は今年の夏山のはじめでもあった上高地
8月の南岳~槍ヶ岳にもここから登りました。

まずは岳沢を登っていきます。
この岳沢、上高地からは下の写真以上にものすごく目立つ場所なのですが、
意外と歩いたことがある人は少ないようで。
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だけど、出発時点ではかなりの雨。
予報では次第に天気はよくなるとのことでしたが、
どこもかしこも暗い雰囲気で、気分が重くなります‥‥。

ひさびさの岳沢への登山道。
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このあたりまでは河童橋付近から木道が続いております。
とはいえ、雨に濡れた木は滑りやすく、スピードが出ません。

雲が薄くなり、若干明るくなったタイミングで、上高地方向を撮影。
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紅葉も終わりかけで、非常に寂しげです。
できれば、夏のうちに来たかったなあ。

たんたんと登っていくと、岳沢小屋の姿が。
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以前は岳沢ヒュッテという名前でしたが、雪崩で破壊されてから
再建されるときに、名称を変えています。

あと数日で小屋を閉めるというタイミングだったので、
小屋のみなさんはとても忙しそうでした。
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今回、タオルを忘れていた僕は、手ぬぐいを購入。

これから登っていく方向は、いまだ雲のなか。
空に青い部分がわずかにあることに、少しだけ期待。
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とはいえ、「今日はこんなものでしょう」というのが小屋の方の言葉。
僕は「これ以上ひどくならないなら、我慢の範囲内」と思いながら
前穂高岳へと向かいました。
ちなみに、ここから前穂への道は、急登で知られる「重太郎新道」であります。

岳沢パノラマという場所で、待つこと数分。やっと撮影できたのが、こんな写真。
寒々していますねえ。
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前にも後にも、僕以外、誰も歩いている人はおりません。

いくつかのピークに分かれた明神岳。
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この山は、上高地の明神から迫力ある光景を眺められますが、
こんな重太郎新道から見た明神岳のほうがカッコいいですね。

険しいはずの重太郎新道も、ガスのなかでは印象がイマイチ。
周囲を眺めたくても、眺めようがないので、ドンドン登っていってしまいます。
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上の写真は、これでもガスが薄くなったときに撮ったものであり、
歩行中の周囲はほとんど真っ白でした。いやはや。

しかしガスがより薄くなったときには、西穂高岳方面がこれくらいは見えました。
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西穂の山頂がどこにあるのかは、まったくわかりませんが。

さらに。
岳沢小屋から2時間ほど歩いているうちに、
上空の「青」の分量はもっと増えてきました。
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でも、前穂の山頂は、やっぱり現れていません。トホホ。

雨自体はいつのまにか止み、岩の上も湿っている程度。
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風はそこそこあり、気温は8℃程度でしたが、僕はレインウエアを脱いで、Tシャツに。
けっこうな高速で歩いていたので、それでも寒くはありませんでした。

この日、もっともガスが薄れた瞬間。
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岳沢の全貌がやっと見えました。いくぶんかの満足感。

重太郎新道を登り切ると、前穂と奥穂の分岐である紀美子平に到着。
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この場所、他の登山道ならば、「平」という名前がつくはずもない狭さですが、
岳沢から前穂へのルート上では、貴重な広めの場所なんですね。

荷物を紀美子平にデポして、前穂の山頂に往復。
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1500mの上高地から3090mの前穂まで、標高差1600m程度を
4時間少々で登ってきたため、僕には珍しく、わずかに高所障害的な症状が。
いつもよりもいくぶん息が荒く、頭も痛いような、痛くないような、微妙な感じに。
一瞬心配になりましたが、少しするといつのまにか治っていました。

山頂から北に少しだけ進むと、難ルートで知られる北尾根の末端。
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ガスがかかっているので、岩場も何もわからないんですけどね。

山頂には僕以外に男性がひとりいらっしゃいました。
前日に穂高岳山荘に泊まり、ここまで歩いてきたとのことですが、
他の宿泊者は雨のなかでこの道を歩くのを断念し、涸沢経由で下山したそうです。
実際は歩けないほどの悪天候にはなりませんでしたが、
朝はもっと天気が悪かったはずなので、正しい判断だったと思われます。

紀美子平に戻った後は、吊尾根を奥穂高岳方向へ。
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再びガスが濃くなり、冒頭の雷鳥くんが現れたり、道を間違えそうになることも。

誰もいない道。誰もいないクサリ場。
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ときおり足跡がついていましたが、前穂高岳山頂で会った人のもののようでした。

しかし、まあ、いくら進んでも真っ白。
今年の8月に行った、秋田駒ヶ岳よりはマシといったくらい。
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割り切って、どんどん先へ進みます。
景色を楽しむこともできず、もう、ただただ進むしかないんです。

奥穂の山頂に到着。
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何度も来たことがあるし、なにしろこの天気なので、
ほぼ立ち止まることなく、そのまま通過。

その後、さっさと標高を下げて、穂高岳山荘に到着。
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まだ午後の早い時間ですが、これ以上先に進んでも仕方ないので、
受付を済ませてテントを張ることにしました。この日、テント泊は僕のみ。

今回も超軽量テントのビッグアグネス“フライクリーク1”。
同じ10月に行った七倉岳と同じです。
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いまだ調子がいまひとつの左膝のことを考えて、
今回も荷物は軽めにまとめていました。

軽量化のために、バーナー/クッカーはジェットボイル。
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これ、燃費がよくて、コンパクトで、非常に便利なのですが、
僕のような大盛りのメシをつねに食いたい人間には、容量が少ないのが難点。
今シーズンにはもっと容量が大きいモデルが発売されたので、
そっちを使ってみたいものだと思っております。

しかし、軽量に荷物をまとめたのはいいけれど、
晩秋の山には使いにくいメッシュパネルのテントだし、
食糧はいつもよりも少なめだし、着替えも最低限だったりと、
なんとなく自分の装備に不安を感じてしまいます。
もちろん安全面では問題ないように考えているとはいえ、快適ではない、という感じ。

一方で、ブーツは軽量とはまるっきり反対の方向のゴツいタイプで、
5年くらい前から使っているAKUのバルトロ。
かなりの重量ですが、ソールはかたく、穂高のような岩場にはピッタリ。
重いけれど、岩場でもしっかり体を支えてくれて、むしろ足への負担が軽くなります。
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とくに、翌日に歩くつもりの涸沢岳あたりは通常のブーツでは心もとなく、
これくらいのブーツだと安心。
降雪に備えて持っていっていたアイゼンとの相性もよいし。

さて、この日の夜の最低気温は、おそらく2~3℃程度。
寝ているときに雨はけっこう振りましたが、なんとか雪にはならないくらいですね。
雪が積もってしまったら、翌日に予定している涸沢岳~北穂高岳のルートは
断念しようと思っていたので、あとは雨水が朝まで氷結しないことを祈るばかりでした。

と、なんだか低調な一日。
しかし、この日のイマイチ感が完璧に帳消しになるほど、
翌日はすばらしい山行になったのでした!

(続く)

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2011年11月20日 (日)

『モノ・スタイル アウトドア No.10』発売中

Kk
昨日、『モノ・スタイル アウトドア No.10』が発売されました。
僕が書いたのは、「日本の秘境」についての7ページ。
考えてみれば、決まったタイトルはなかったとはいえ、
毎回のように長文を書きながら続けていた連載の、第10回目になります。

で、この「日本の秘境」で取り上げた場所はというと、
比較的わかりやすいところをメインにしたために、
中心は日本の世界自然遺産地域です。

下は、世界遺産になる前から僕が通い続けている知床。
昨年歩いたときの写真です。
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今年もはじめに山を歩いて、次に海を漕ぎに行きました
知床の魅力は簡単には表現できないので、
以前に書いたブログ、もしくは僕が書いた雑誌の生地をぜひ見てみてください。

こちらは、今年になって世界遺産に登録された小笠原。
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僕が行ったのはすでに5年ほど前ですが、
まさか世界遺産に登録されるとは思っていませんでした。
なぜなら、現地のレンジャーの方に話を聞いたところ、
外来種によって生態系が壊れすぎているとのことで(主に父島と母島)、
そういった現状ではとても無理じゃないかと思われたからです。
でも、人が立ち入っていない場所が多く、秘境であることは間違いなし。

いわずとしれた、屋久島。
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個人的には縄文杉などよりも、こういう風景のほうが好き。
海に近いモッチョム岳から見る海であります。
でも、屋久島にはもう3年くらい行っていないなあ。

ほかに、世界自然遺産には白神山地があるわけですが、
僕が行ったのは10年くらい前になり、まだデジカメで写真を撮っていなかったころ。
なので、ここでお見せできるカットがありません。
いや、プリントしたものがあるはずなんだけど、探すのが面倒なので省略します。

ほかには世界自然遺産に登録されてはいなくても、日本の秘境のなかの秘境も。
こちらも、僕がほとんど毎年行っている行っている西表島です。
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日本で唯一、、誰もがジャングルをテント泊で(頑張れば)歩ける場所。

最後に、山の奥深く。
年に10回以上は軽く行っている北アルプス、のなかの雲ノ平
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この写真は、その雲ノ平から見た水晶岳です。
ほかに、北アルプスでは先日行ってきた黒部峡谷についても触れています。

このような場所を中心に、『モノ・スタイル アウトドア No.10』では、
他の場所についても紹介しております。
あくまでも僕視点で選んだ秘境で、しかもキャッチーな場所にとどめていますが、
興味のある方は、ぜひご覧になってください。

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2011年11月15日 (火)

『PEAKS 12月号』発売中

Imga
『PEAKS12月号』が発売されました。
大特集は「書を読んで山に登ろう!」というもので、
先日取材してきた「高熱隧道」のことを僕は書いております。

表紙も、その取材時の僕。
以前、ここで「高熱隧道」を紹介したときに、
冒頭で使った写真と表紙の写真は、偶然にも同じ場所です。
インパクトを狙った、という意味で、セレクトが似ちゃったんですね。
表紙は編集部のセレクトとはいえ、
雑誌内で使っている写真にも同じようなカットが入っていますが、
特集のほうで使う写真は基本的に僕が選んでいるので、
「よい」と思う基準がどうしても似てしまうわけで‥‥。
だけど、ブログで使っているのは僕が適当に撮った写真で、
雑誌内のものはプロのカメラマンが撮った美しいもの。
そのあたりの差は、はっきりと出ております。

特集内での扱いは8ページ分ですが、
特集の扉ページとして使われている超特大カットもこのときの取材のものなので、
10ページ分の写真を見てもらうことができますよ。

それと、数ヶ月ぶりに連載ものの「マウンテンギア研究所」も。
今回のテーマは「マルチツールとカトラリー」で、6ページ。
初夏から秋にかけては山ばかり行っていて
スタジオに入ることはなかったので、コレ用の撮影も新鮮でした。
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カトラリーはともかくマルチツール、とくに小型のものは僕も最近いくつか買っており、
そのあたりの話もいずれここで書きたいと思ってます。

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2011年11月13日 (日)

北アルプス/七倉岳~蓮華岳、無人の山(後編)

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七倉岳~蓮華岳、前回の続きであります。

こちらは2日目の出発前に撮った、僕のテント。
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写真に撮るために、荷物は整理整頓し、寝袋もきれいに並べてみました。
ゆっくりとメシを食っているうちに、霜もだいたいとけてしまいましたが、
こう見えて、テントのフライの内側はベチャベチャです。
だけど今回はたった1泊なので、そのまま撤収して家で乾燥させればOK。
これが2泊以上だと、少々気が重くなるのですが。

と、ここまで書いてから思い出したのですが、
今回使ったテントなどのギア類って、今年はじめの愛鷹山とかなり似ています。
テントを張った場所の斜面に合わせて、
細かな荷物の位置が左右反対になっているくらいで。

キャンプ地から船窪乗越にいたる稜線、不動沢側はこのように崩れております。
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数年前にはこのあたりから大学生が滑落するという事故がありましたが、
そのときはこちら側の崩落地ではなく、反対側の針ノ木谷のほうに落ちたようです。

この崩落地、ものすごい勢いで崩れており、以前の登山道はすでに半分が空中に。
丸太の位置を見てもらえばわかると思います。
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この近辺はもともとフォッサマグナの断層上にあるために崩れやすいのですが、
それに加えて、30年くらい前に高瀬ダムができたことによって地下水位が上がり、
さらに崩落の度合いが増したといわれております。

黒部の谷には雲がたまり、その上に立山連峰の姿。
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あのあたりは今年、何度も歩いたな。
中央の低い部分、一ノ越から黒部ダム付近まで下ったり
その左のほうにある五色ヶ原から、同じく黒部ダムまで進んでみたり

昨日も見た針ノ木峠を真正面から。
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峠にある針ノ木小屋の近くにはジグザグに道が刻まれているのがわかります。

で、これはその反対側の風景。
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槍ヶ岳から大天井岳へといたる表銀座コースが丸わかりです。
今年歩いたとか、昨年歩いたとか、そんな話ばかりしていますが、
その表銀座コースも今年の7月に行きました
合わせてみてもらうと、面白いかと思います。

キャンプ地から20分ほどで、船窪乗越に到着。
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ここから針ノ木沢まで、稜線から谷へと下りていきます。
その1時間足らずの道が、僕が今回いちばん歩きたかった場所。
以前歩いたのがかなり前なので、来年3月予定の北アルプスの本を書く前に
現在の状況をもう一度知りたかったのです。

針ノ木谷へと下りつつ、これから登る蓮華岳を撮影。
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しかし、あの山頂に行くには、これから沢まで400~500mほど下ったあとに、
900mほど上り返さねばならないのです。

で、僕が確認したかった船窪乗越から針ノ木谷までの道は、こんな感じ。
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夏でさえ歩く人は少ないはずなのに、しっかりと整備され、歩きやすい道でした。

あっという間に針ノ木谷へ到着。
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何度きても、このあたりはいいですね。
こういう比較的ひらけた谷を歩くのは、稜線歩きとともに面白いものです。

昨年の同じような時期に針ノ木岳付近を歩いたとき、
稜線では水が手に入らないからと、谷まで下りてテントを張った場所。
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その後の雪や増水によって、かなり様相が変わっていました。

針ノ木谷出合の標識も、昨年以上にバラバラに。
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ここで少しばかり長めの休みをとり、針ノ木峠まで登りはじめました。

狭い枝沢に入り、岩をつたいながら、少しずつ標高を上げていきます。
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夏だったら、間違いなくブーツが濡れてしまうでしょうが、
水量が落ちた秋は、問題なく歩けるのがよいところ。

ただし水量が少ない分、コケがしっかりとついていて、けっこう滑ります。
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何度も沢の左右を移動し、沢をまたぐことになりますが、
トレッキングポールがあると歩きやすいです。

だんだんと近づいてくる針ノ木峠と針ノ木小屋。
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途中から沢には水がなくなり、葉が落ちた木々の中を進みます。

視界がひらけた場所で振り返ると、朝までいた七倉岳付近がよく見えました。
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左の尖った山が七倉岳で、いちばん低い場所が船窪乗越、
右が船窪岳という位置関係になります。

針ノ木小屋に到着。
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針ノ木岳は人気なので、平日でもここには人がいるかもしれないと思いましたが、
誰もいませんでした。やはり小屋が閉まると、一気に人影が減ってしまいます。

キャンプ地にも何もなく、トイレも撤去されていて寂しげ。
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今年はこのあたりにクマが居ついていたようで、
たびたびテント場にも現れていたそうです。

小屋の前に主要な荷物はデポさせてもらい、蓮華岳へ向かいます。
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角度を変えて見る針ノ木岳。いかにも冬前の重い色合いもカッコいいですね。

晴れているというのに、雷鳥が数羽。
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風がかなり強かったので、天敵の猛禽類が飛んでこないと思っているのでしょうか。

左の山頂が、蓮華岳。広々としていて気持ちのよい稜線です。
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この解放感は、北アルプスでいえば、野口五郎岳とか双六岳、白馬岳などに匹敵。
しかし反面では吹きさらしということでもあり、
Tシャツで歩いていた僕は、途中でアウターを取り出すことになりました。

山頂の祠。その後ろには、左に立山連峰、右に剱岳。
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9月には奥大日岳方向から剱岳の写真を何枚も撮りましたが、
こちらから見る剱岳も悪くありません。
奥大日岳の後に歩いた内蔵助平(立山と剱岳のあいだ)とハシゴ谷乗越から見た
剱岳の写真と比べてもらっても面白いかも。

山頂の標識。僕は今回、七倉岳から針ノ木谷を経て蓮華岳まで歩きましたが、
稜線沿いに北葛岳経由で蓮華岳まで歩くのもお勧めです。
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今回、冒頭で使った写真は、この蓮華岳の山頂から撮った七倉岳にいたる稜線。
西側から迫ってくる雲を、稜線上で強風が押しとどめていました。
高山らしい風景ですね。

針ノ木小屋に戻り、針ノ木大雪渓から扇沢へと下山開始。
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谷にはガスがかかり、先がよく見えません。

針ノ木大雪渓は、北アルプス3大雪渓のひとつですが、
10月も中旬になると、雪はほとんどとけてしまい、残るはこの程度。
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一切、雪の上を歩かずに下っていけます。

雪の上を歩かないですむ代わりに、けっこうな岩場が。
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年間、それほどは使われないルートですが、
ちゃんと整備されています。小屋の方々に感謝しないと。

雪渓が残っているときに、いちばんの急斜面となる場所も、たんなる沢に。
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雪渓はないけれど、浮石は多く、足元はけっこう崩れます。

このあたりで前方に人影を発見し、追い抜きました。
日帰りで針ノ木岳まで歩いたらしい登山者で、
今回の1泊2日の山歩きのなかで、これが唯一の他の人との遭遇に。
もしかしたら一切、人とは合わないかもと思っていましたが、
山旅のほとんど最後になって、完全無人の山旅ではなくなりました。

さらに下っていき、もうすぐ扇沢という地点。
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これくらい下がると紅葉がまだ残っておりましたが、それもごく一部でした。

この後、僕は扇沢に置いておいたクルマに戻り、旅は終了。
荷物を少なくしていたので、非常に早いスピードで歩けましたが、
その代わりに昨日の夜、今日の朝とメシの量が物足りなく、
食堂で大盛りのうどんとかき揚げ丼を一気に食ってから帰宅したのでした。



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2011年11月12日 (土)

北アルプス/七倉岳~蓮華岳、無人の山(前編)

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“Feel EARTH 2011”でのバックパッキング講座を終わらせた僕は、
自宅には帰らず、そのまま信濃大町を経て、扇沢の駐車場へ。
狭い車内で一晩過ごし、翌日はクルマを置きっぱなしにして
タクシーで七倉温泉の登山口に向かいました。
運賃は6000円弱がですが、ひとりなのでタクシー代を割ることもできず‥‥。
まあ、仕方ないけど。
目標としているのは、上の写真の蓮華岳の周辺です。

七倉岳への登山口。
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稜線の山小屋はすでに閉まっているし、紅葉もよろしくないし、
しかも平日だしと、僕以外の登山者はまったくおりません。
七倉温泉の駐車場ではタクシーが客待ちしていましたが、
湯俣方面から下山してくる人を目当てにしているようでした。

こちらは、今回のバックパック。容量45ℓのグレゴリー“セラック”。
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無雪期の山のシーズンが終わる直前になり、
これ以上、傷めている左膝に負担を与えたくないと、
僕には珍しく、思い切って快適性よりも軽量性で道具をセレクト。
今回はかなり小さい荷物で山に行くことにしてみました。
僕はいつもデカくて重いバックパックを背負っているんですが、
本当はやろうと思えば、軽量コンパクトにもできるんです。
今回は1泊分の食糧(+予備食)でこのくらいのサイズですが、
もう少し荷物が入るので、45ℓあれば3泊くらいはできそう。
ただし、いろいろと我慢しなくちゃいけないでしょうが‥‥。

登山口付近はいくらかの紅葉、というか黄葉。
すでに葉っぱを落としている木も少なくありません。
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夏に比べれば、グッと風通しがよくなっています。

はじめはわりと急登で、木の根っことハシゴが一体になった、こんな場所もいくつか。
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濡れていたら歩きにくいでしょうが、この日は快調。

森林帯の尾根を長々と歩いていくと、「天狗の庭」。
だいたいここから上が森林限界で、見晴らしよし。
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高瀬ダムの先には、今年も登った槍ヶ岳
中央の稜線は、昨年登った裏銀座ルートになります。

振り返れば、唐沢岳と餓鬼岳。餓鬼岳にも昨年登りました
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ちなみに、唐沢岳は今、僕が行きたい山リストの最上位ランクになってます。

花にはほとんど興味がないけれど、甘い実だけはいつも探してしまう僕は、
この日も歩きながら、うまそうなものを物色。
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水分が飛んで、ドライフルーツになりかけているクロウズコ。
瑞々しさが失われている代わりに、味は濃厚で、驚くほど甘くなってます。
これくらいがいちばんうまいのではないでしょうか。

登山口から標高にして1400mほど登り、ほぼ3時間で船窪小屋に到着。
小屋じまいしているので、誰もおりません。
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しかしこの小屋、七倉岳の山頂直下にあるのに、船窪小屋という名前。
実際の船窪岳は。ここから2時間くらい。
たしかに以前の小屋の場所は、七倉岳と船窪岳のあいだの鞍部にあったようですが、
それでも七倉岳のほうが圧倒的に近かったはずなんですが。

小屋を閉めているかわりに、冬期小屋には入れるようになっていました。
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今回はテント泊なので利用しませんが、
雪が降ったらこういう小屋を利用させてもらって山に入るのも面白いでしょうね。

少し休んだあと、小屋からはすぐの七倉岳へ。
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来た方向を見ると、船窪小屋の向こうに、槍ヶ岳やら唐沢岳やら。
このあたりの景色は非常によろしいです。

七倉岳山頂。
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左で山頂が曇に隠れているのが、これまた昨年にも登っている針ノ木岳
右が蓮華岳で、その間の低い場所は針ノ木峠になります。
今回、2日目は稜線沿いではなく、
一度、針ノ木沢谷に下りてから針ノ木峠まで登りなおし、
針ノ木岳か、蓮華岳にいくつもりでした。
さて、どちらに‥‥。
しかし、この景色を見ているうちに蓮華岳に決定。
蓮華岳には2年前に登ったきりだし(ちょうどここから向かったんだっけ)、
あのゆるやかな稜線が気持ちよさそうなので。

だけど、ひとつ問題が。
天気は良かったのですが、じつは風は非常に強かったんですね。
天気予報の予想風速は、僕が山にいるあいだ、つねに15~20mで。
七倉岳の山頂付近でも、強風が吹くたびに、僕はフラフラしていました。
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この上の写真は僕の肩の付近で、
黄色いものはいつも安全のためにつけているホイッスル。
で、山頂にいると、こいつが吹いてもいないのに
突然「ピーーーー」と鳴ったりするんです。強風を受けて、勝手に。

東を見ると、船窪岳。手前の白い部分は崩落している部分です。
北アルプスのなかで、現在もっとも山の崩落が進んでいるのが、このあたり。
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テント場はその手前の低い場所にあり、風向きから考えると、
この日の強風を避けて、テントを張れるのではないかと思われました。
あまりに風がひどいようなら、針ノ木谷まで下りちゃうという手もあるんですが、
あのキャンプ地ならば、そこまでの強風ではないはずで。

キャンプ地に移動する前に、もう1回、針ノ木岳。
明日のルートの一部がよくみえます。
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明日は右側の谷をジワジワと登るわけです。

こちらが小屋から10分ほどのキャンプ地。
稜線から数m下がった場所にあり、案の定、風が弱まっていて一安心。
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この日は結局、誰にも会わず、このキャンプ地もひとり占めです。
以前は烏帽子岳から縦走してきて、ここで泊まり、稜線沿いに蓮華岳へと歩きました。

テントはペグを入れても、ほぼ1キロしかない、ビッグアグネス“フライクリーク1”。
居住性はそれほどよくないし、生地は今にも破けそうなほど薄くて頼りないですが、
ダブルウォールテントでこの軽さなら、文句はいえません。
けっこう気に入っているテントだけど、長くは使えないだろうなあ。
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テントに寝転んでいると、正面には槍ヶ岳。
雲がかかっているのが少し残念だけど、いい気分です。

このキャンプ地でけっこう大きな問題が、水場。
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この標識にまったくウソはなく、ここが北アルプスで最も危険な水場でしょう。
たしかに暗いときや雨のとき、氷結したときに行ったら、死ぬ可能性があります。
天気がよくても、足が弱い人やバランス感覚が悪い人は、かなり厳しいです。

だって、斜面をおりていくと、ついにはこんな場所に。
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ロープは付いているけれど、足元はドンドン崩れ、
ガンガンと崖下に落石していきます。

ロープの末端(茶色い草の部分)より少し先が、水の湧き出ている場所。
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とにかく足元が安定していなくて、崩れた砂の中に足をうずめながら、
タンクやボトルに水を入れるしかないんですね。
水を入れたはよいものの、今度はその場で体を反転させるのが難しく、
危うくバランスを崩して、転びそうになるほど。
転んだら最後、かなり下のほうまで滑落することは避けられません。
個人的には、剱岳の岩場なんかより、こっちのほうがよほど怖いです。

この時期ならば、寒がりの僕は真冬用のボリュームたっぷりの寝袋を持参しますが、
今回は軽量化のために、それほど保温力が高くない寝袋で我慢。
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その代わりに保温力のあるシーツを組み合わせ、寝袋にはカバーも。
今回のテントはメッシュ部分が多く、フライの結露がテント内部に移りやすいので、
カバーの使用は寝袋の保温力を上げることに加え、濡れ防止にも役立っています。

この日の行動時間は4時間足らずで、13時過ぎにはテントを設営しており、
なんとなく本を読み、いつのまにか昼寝なんかしているうちに、夜に突入。

軽量化のために、メシはアルファ米にレトルトのカレーをかけただけのもの。
追加した具はなく、スープも粉末を溶かしただけ。
荷物が軽いのはいいけれど、なんだか心が貧しくなるような。
夜半には気温は2℃くらいまで下がり、フライには真っ白な霜が。
しかもメッシュ地のテントには外部から風がいくらでも入って寒かったのだけど、
今回持ってきた寝袋、シーツ、カバーでなんとかしのげる程度でした。

翌朝は昨日以上に天気がよく、
明るくなってからテントを出ると、槍ヶ岳から穂高へといたる稜線がよく見えました。
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こんな景色をひとり占めできる幸せ。
さて、2日目は誰か他の登山者と会うことになるんでしょうか。
(続く)

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2011年11月 9日 (水)

ここ数ヶ月の問題事項、左膝の関節炎

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こちらは、このところ山に行くときには必ず持っていっていた貼り薬と飲み薬(の残り)。
結局、まったく使わなかったので、お守りのようにバックパックに入っていただけだけど、
膝の関節炎のためのクスリなのであります。

じつは今年、僕は左膝が不調のまま山を歩いていて、
一時は山に行けなくなる事態に陥るのではないか、と危ぶんでいたほどだったのです。

もともとここ数年、左膝の内側に痛みがはしることがあったのですが、
病院で見てもらっても特に異常はなく
「安静にしていたら治りますよ」の一言でおしまいでした。
だけど、山中心のアウトドアライターをしているからには
安静にしている時間なんかあるわけもなく‥‥。
いや、あるのかもしれないけど、
仕事じゃなくてもヒマがあれば山に行きたくなってしまうので、
「ひどくなったときに考えよう」と
引き続き、山に行ってばかりの生活を繰り返していたのでした。

その代わり、コンプレッションタイツをはいたり、トレッキングポールを使ったりして、
膝関節に過度な負担を与えたり、悪路でへんにヒネったりしないように、
注意はしていたのですけれど。
僕にとって、トレッキングポールはラクに歩くための道具以上に、
歳をとっても山が歩けるように、膝に負担を与えず、
膝の健康をできるだけ長くキープするためのものであるわけです。

ところが今年の7月、北アルプスの南部を歩き回って帰宅した翌日、
なにかがおかしいことに気づきました。
膝の周りが膨張し、さわるとプクプクしていたのです。
膝に水がたまるなんてよくきく話だけど、まさか自分の身におきるなんて。
とくに思いあたるような膝への負担はなかったはずなのに。

足は商売道具でもあるので、速攻でスポーツ系に強い整形外科へ。
生まれてからこれまで病院嫌いで、年に1回程度も病院には行かないのに、
こういうときだけはすばやく動きます。
だって大好きな夏を前に歩けなくなったら、生きる喜びがなくなっちゃいますからね。

診察の結果の結論は「軽度の関節炎」。
僕は医師に自分の仕事の話をし、「やはり歩きすぎでしょうか?」と尋ねたところ、
「それ以前に“加齢”でしょう」だったか、「それに加え、“加齢”でしょう」だったか、
とにかく原因の説明には“加齢”という言葉が!

僕もとうとう加齢という言葉を使われる年齢になったのかと、重い気持ちになりました。
で、寝台に寝転んで太い注射で水を抜き、
代わりに軟骨によいというヒアルロン酸を注入されたのでした。
その後も、この「抜いて、打つ」を1週間ごと。
ついでにリハビリの仕方もトレーナーの方に教えていただき、
体の左右のバランスをとるために、
もっと左足の内側の筋肉を太くしたほうがいいという話をされました。
すでに普通の人よりも、かなり太い足なのに、これ以上とは。
たしかに「左右のバランス」のために右足を細くするということはありえないけど。

しかし、膝は水でかなりはれているとはいえ、まったく痛みはないんですね。
だから、病院で水を抜いて膝周りを軽くすれば山には行けましたが、
それでもやはり、できるだけ無理はやめるようにしていました。
昨年に比べれば、山に入っていた日数も少しは減らして。
荷物も減らせるときは、少しは減らして。
家に帰れば、アイシングもして。
そして、もしも山にいるときに突然痛み出したら恐ろしいことになると、
炎症を抑える貼り薬と、痛み止めの薬、
さらに痛み止めの薬で胃が荒れるのを防ぐ薬を処方してもらっておいたのです。

もっとも足のはれがきつかったのは、
8月に北又~朝日岳~蓮華温泉と歩いたとき
このときは途中からに膝が120度くらいまでしか曲がらなくなり、
腰をひねってお尻ごと足を上にあげて(この動き、わかりますか?)、
なんとか歩き通したほどでした。
7月の知床の山も、けっこうきつかったです。
ゴロタ石の海岸も、ハイマツのヤブのなかも。

その後、秋が近づくにつれて
次第に山に登っても足がそれほどには腫れないようになり、
結局、それらの薬は使わないままに、無雪期の山は終了。
なんとか10月まで乗り切ることができて、よかったです。
ときには割り切って荷物を最小限にとどめたこともあったけど、
軽量化のやりすぎは、やはり自分のスタイルとはちょっと違う気が。、
少しくらい荷物が重くなってもテント生活を快適にして、
食事もそれなりにものを食いたいものだと思いました。

これからはいくぶん山に行くのを控え、足が可能な限り治るのを待とうと思ってます。
夏山ほどは雪山を愛してはいないけれど、我慢できるのか?
今も若干腫れている左ひざ。さっさと治ってほしいものです。

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2011年11月 8日 (火)

“Feel EARTH 2011”とバックパッキング講座の開催

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10月15~16日、北軽井沢のキャンプ場・スウィートグラスで、
アウトドアのイベント“Feel EARTH 2011”が開催されました。
さまざまな催し物が行われ、夜は上の写真のようにライブなんかも。

僕は昨年、スライドショーを行いましたが、
大勢の人の前で話すのが苦手なので(それでも最近、慣れてきたけど)、
今年は「バックパッキング講座」なるものをやらせてもらいました。
しかし、イベントのチケットが売り切れになってから開催告知が行われるなど
“立山黒部アルペンフェスティバル”に引き続いて、集客作業がまたしても遅くなり、
僕が「バックパッキング講座」を行うことを知っている人は、ごく少数。
会場で会った関係者や読者の方からは「遊びにきたんですか?」
「今回はなにもやらないんですか?」とか尋ねられる始末で。
「いやいや、一応、僕にもやるべき任務があるんですよ」と答えながら、
とにもかくにも、「バックパッキング講座」を行ったのでした。

そんなわけで参加者は少数だったのですが、
振り返って考えてみると、むしろ少ないほうがよかったような気がします。
というのも、参加者が多いと、ひとりひとりとあまり話ができなくなり、
中途半端になってしまうのが、よくわかったからです。

講座を行った場所には、僕のアウトドア用具(私物)をいろいろと持っていきました。
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だいたい、山歩き装備一式が、3つ分できるくらいでしょうか。

で、もってきてもらった道具を広げてもらい、
装備の使い方や悩みのようなことに答えてみたり。
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テントも立ててもらって、立て方のチェックなんかも行いました。

ファーストエイドキットの揃え方について、説明する僕(右)。
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しかし、よりによって、せっかく持って来た自分の道具なのに、
このキットだけは現在、不十分な状態になっていて、
あまりよい説明ができませんでした。このこと、反省しています。
だけど、こんなバックパッキングの話って、
僕自身も説明していて面白く、読者の方とも交流できて楽しいですね。

さて、他の人が行ったもので興味深かったものが、いくつか。
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上の写真は、四万十川を中心にカヌーツアーなどを行っている
「四万十塾」の木村とーるさんのスライドショー。
内容は震災以降、とーるさんが数ヶ月にもわたって行ってきた
石巻などでの支援活動についての報告。
僕が石巻に行ったときにも、その様子は間近で見ており、
被災地出身者として、とてもありがたく思っていました。
四万十塾の活動は、被災地へ非常に貢献したしたのは間違いありません。

それに対し、ひとり旅の世界を語っていたのは、麻生弘毅くん。
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ここでも紹介しましたが、先日発売された
麻生くんの本『マッケンジー彷徨』
で書いていたカナダ北極圏の川下りの話。
しかし、その内容は、川が冷たくて嫌だった、酒が足りなくなった、
天気がいつも悪くて気分が落ちる、などといったネガティブなことばかり。
上の写真は、川の途中でいっしょになった大学生の男女たちがみんな仲がよく、
楽しそうなので、見ていて腹が立った、なんてことを話している最中なんです。
だけど、そのネガティブさが一種の話芸のようにも思え、なかなか面白かったりして。

このイベント終了後、僕はそのまま北アルプスへ。
じつは、バックパッキング講座で使おうと持って来た道具は、
その後に行くつもりだった北アルプス登山の道具でもあったのでした。

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2011年11月 7日 (月)

四国の山/笹ヶ峰~伊予富士~石鎚山(3)

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再び、前々回前回の続き。これが最後の回です。

カフェでメシを食った僕たちは、再び登山道と林道が交差するルートを歩き始めました。
しかし、石鎚山はなかなか近づいてきません。
上の写真は、そのルートのどこかから撮った写真ですが、いまだ石鎚山は遠く。

しかし、途中のことを書いていると旅の話がまったく進まなくなるので、
いろいろなことをすっとばして、一気に先へ。

なので、下の写真はすでに石鎚山、土小屋の登山口。
神社でなにやら熱心にツッチーが撮っているのは、頭上の看板的なもの。
なぜ、横の誰かが指を突き出しているかというと、
「土小屋遥拝殿」の「小」の文字が写真にうつらないようにしているから。
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「土小屋」から「小」をとれば、ツッチーの名字、「土屋」になるわけで‥‥。
ちなみに、観光客でごったがえすなか、僕たちはおでんやら何やらをここでも食べ、
行動食がいっこうに減っていきません。

登山口から石鎚山までのコースは、ほぼ観光ルート。
ものすごい数の人たちが下りてきて、すれ違うのも大変。
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普段着の方も多く、デカい荷物を背負っている僕たちのほうが、異質に思えます。

天気はまたしてもよくはない微妙な状態になり、石鎚山の山頂の北半分は雲の中。
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これはこれでカッコいいのですが、山頂に行っても景色は楽しめそうもなく‥‥。

長々と歩いていき、やっと二の鎖手前の分岐にあるテント場に到着。
下調べを怠ったのが悪いのだけど、これが想像以上の狭さで。
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他の登山者もいるので、3×3m程度のスペースに3つのテント。
この場所、登山道というか参拝道のすぐ脇で、落ち着かないのですが。
残り2名は、少し離れた場所にテントを張りました。

それから分岐まで戻り、とうとう石鎚山の山頂へ。
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この鳥居の上には二の鎖小屋があると、地図には記載されていましたが、
前日の瓶ヶ森ヒュッテと同様、廃墟というか残骸しかない状況。
本当にもう、2011年版・山と高原地図「石鎚山・四国剱山」、ダメすぎますよ。

歩きやすい普通コースではなく、鎖のあるコースを選択。
これがものすごいルートで、鎖自体もドデカいし、登りにくさもこの上なし。
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斜面の勾配もかなりなものです。
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でも、この険しさ、いかにも昔から修行に使われてきた霊山という感じ。

この日は、朝に瓶ヶ森に登り、カフェでメシを食い、登山道でも買い食い、と、
石鎚山まで来るのに時間をものすごくかけてしまっていたため、
山頂の広場に着いたのは、日没の少し前。
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山頂の神社で手を合わせてから、最終目標の四国最高峰・天狗岳へ。
石鎚山は大きな山塊の総称で、実際にはいくつかの小さな山頂があり、
そのなかでいちばん高いのが、山頂の石鎚神社から15分ほどの天狗岳なわけです。

しかし石鎚神社のある弥山から天狗岳までの道は、思いのほか険しくて。
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観光客の大半は弥山までで帰っていくというのが、よくわかります。

ともあれ、暗くなる前に天狗岳山頂へ到着。
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ガスが山頂の全体を覆い、なにも見えませんが、とりあえず満足しました。
これで今回の山旅の目的は、ほぼ達成。ほとんどの方が日帰りで登る山を、
僕たちは途中で2泊(前日泊を入れれば3泊)して、ここまできたんですから。
この後、下山中に日没が訪れ、暗くなってからキャンプ地に戻りました。

昼間にいろいろな場所で大量に飲み食いしていたため、
誰もあまり食欲がないまま、今回最後の山のメシ。
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明日はすぐに下山できるため、朝メシは食わずにサッサと出発し、
行動食で乗り切って、下山してからしっかりメシを食おうと話になっていました。

というわけで、翌日。
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登山者、参拝者がまだほとんど訪れない時間帯のうちに、どんどん下山。
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最後の休憩。左端の僕のバックパックは食材をほとんど食いきって、
かなり小さくなってしまいました。

山旅のおしまいは、石鎚山登山ロープウェイ。
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この後、食堂で大盛りの定食などを食ってから
レンタカーを置いてきた東平の登山口まで移動。
そして高速道路を使って、徳島に戻ったのでした。
四国にはこの10年くらい、毎年何度か行っていますが、
本格的に山を歩いたのは、これが初めて。ああ、面白かった。

これにて野田知佑さんの家に行った話から始まった、
トータルで7泊8日の四国の旅は終わりです。
四国は山も川も海もあって、アウトドア好きには本当によい場所ですね。


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2011年11月 5日 (土)

四国の山/笹ヶ峰~伊予富士~石鎚山(2)

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前回の続きです。
名前の通りに笹だらけの笹ヶ峰から歩き始めた僕たちは、
その後、寒風山~桑瀬峠を経て、伊予富士を目指しました。

その途中にあった標識が、こちら。
こんなにわかりやすい道迷い防止の指示、初めてみました。
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ちょっと目立ちすぎの感もあるけど、シンプルだし、なかなかよいですね。
僕は今のところ、本州の山では見たことがありません。

地面を見ると、何度も地面に露出していたのが、巨大で黒いミミズ。
これは比較的小さいヤツでしたが、長いのは30センチ近くも。
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山で話したおじさんが「黒いヘビ、見なかった?」といっていましたが、
おそらくコレのことでしょう。
しかし、僕たちを冗談でからかったのか、本気で間違っていたのか?
そのときの口調では判断できず。
ちなみにコレも本州の山では見たことがありません。

伊予富士の手前の稜線。
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薄曇りが悔しいけれど、ゆるやかな起伏で気持ちのよい場所でした。

で、こちらはすでに伊予富士の山頂。
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登山口が近く、連休中ということもあり、日帰りの登山者でいっぱい。
できれば晴天のときに再びきて、周囲の景色をゆったりと眺めたいものです。

伊予富士の山頂から見た、石鎚山へと続いていく稜線。
これから、ここを歩いていくわけですが‥‥。
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問題は、山の中腹についている、ひどく立派な林道。
だって、わざわざ稜線を歩かなくても石鎚山まで延びているんですから。
しかも、登山道は途中で何度かこの林道と交差し、
舗装された道路の上を歩かなければ、先に進めない場所もあるくらいで。
自然のなかの道だけで縦走を完結できないというルートであり、
なんとなくテンションが下がってしまいます。
ここに来る前から、調べはついていたのですけどね。

そんなわけで、途中からは舗装された林道を歩く場面も。Img_4212a
だけど正直なことをいえば、やたら歩きにくい笹のなかよりも、
足の疲労度は段違いで低くなりました。

このあたりは四国の大河・吉野川の源流部。Img_4223a
こんな碑を見ると、吉野川をカヤックで下ったことを思い出し、
せっかく山にいるのに、川下りまでしたくなってしまいます。

瓶ヶ森という四国の名山を通り(写真は次の回に)、ひとまず氷見二千石原へ。
地図上には、この付近にキャンプ地が2ヵ所あると表記されていたため、
どちらがよいか、両方ともチェックしてみたのですが‥‥。
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営業していると思い込んでいた瓶ヶ森ヒュッテは完全に廃墟で、
キャンプ地も荒れ放題。水道の水も出てきません。
あきらかに数年前には営業をやめているはず。
「2011年版」の山と高原地図「石鎚・四国剱山」の情報なのに、なんだ、これ。
最新版のふりをして、まったく更新されていないとは。いかんなあ。

なので、僕たちは白石小屋のキャンプ地を利用することになりました。
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こちらはヤーマン、ちーちゃん、そして岡野さんのテント。

対してこちらは、ツッチーのシェルター(手前)と僕のテント(奥)。
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居住性よりも軽量さを重視したフロアレスシェルターと、
軽量さよりも居住性を重視したダブルウォールテントの競演?といった趣。
しかし、僕のテントもカッコいいのだけど、ツッチーのシェルターもスタイリッシュ。
さすが、あの有名店、ハイカーズ・デポのオーナーであります。
僕もこのシェルター、何かのときのためにほしくなりました。

ついでにこれが、僕とツッチーのバックパック。
当然ながら、右が僕のもので、左がツッチーのもの。
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食糧をだいぶ食べたので、僕のバックパックは小さくなってきていますが、
それでもその大きさの差は一目瞭然です。

さて、翌日の朝はテントを張ったままにして、再び瓶ヶ森の山頂へ。
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この日の午前中は天気がよく、遠くまで景色が見渡せました。

これから向かう山を見て、気合をいれるというか、満足するというか。Img_4248a
でも、いまだ石鎚山はけっこう遠い場所に。

テントを撤収して、本格的に出発。
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ススキと笹のミックスした登山道を南下していきます。
だけど、このあたりも目の前に何度も林道が見え、しっくりきません。
むむ~

しかし、登山道から道路に出ると、よいことも。
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こちらは山荘しらさに併設されている、おしゃれなカフェ。
まだ早い時間だというのに腹が減ってきていた僕たちは入店し、
おいしいものを食うことにしたのでした。
僕はストイックな性格ではぜんぜんないので、一切ためらいはありません。

数日かけての縦走中に立ち寄る場所とは思えないほど、美しい店内。Img_4299a
小汚いのは我々のみ。

他のメンツが大盛りカレーや、うどんと牛丼のセットなどの
ガツンとしたメニューを選ぶなか、僕はなぜかクロックムッシュをセレクト。
普段ならば日本男児たるもの、こんな軟弱な食い物はダメだと選ばないけれど、
本当はけっこう好きだったりもするし、
食べたくなってしまったのだから、仕方ないのであります。
おそらく、山の中では食べられない食材がたくさん使われているからでしょう。
カレーも、うどんも、牛丼的なものも、山で自ら調理することはできるし。
でも、それだけでは足りないので、鴨となんかを挟んだもう一品も追加してダブルに。
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こんな組み合わせは正式なメニューには載っていないのですが、
ジャイアントプレートいう常連さんの裏メニューらしいです。
とはいえ、そいつを食ってすらも空腹感は収まらず、
他の人がガッツリ食う姿を僕はただ見ているのでした。
(まだ続く)

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2011年11月 2日 (水)

四国の山/笹ヶ峰~伊予富士~石鎚山(1)

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徳島の野田知佑さんのもとで、たっぷりと遊んだ僕たちは、
東京に戻る者たちを空港まで送り、残りのメンツは
そのまま四国の名山、石鎚山へ行くことに。

帰京するする者たちと入れ替わるように空港へ到着したのが、
東京の人気アウトドアショップ“Hiker's Depot”の土屋智哉と、
つい先日も黒部峡谷にいっしょにいったカメラマンの岡野さん。
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土屋さんはこのブログでも紹介した『ウルトラライトハイキング』の著者であり、
アウトドア業界ではかなりの有名人。
雑誌などで名前や顔を見たことがある人も多いはず。
超軽量化した装備(や新しい思考方法)である「ウルトラライト」を
日本で認知させた功労者で、質実剛健的な装備が好きで重い荷物になる僕とは、
対極にあるような感じですが、以前からいっしょに山に行こうと話をしてたんですね。

本当は僕の愛する北アルプスへと遊びに行くつもりでしたが、
都合がつくタイミングなどを考え合わせ、今回は四国で合流することになったのでした。
で、さらにキッチリ写真を撮ってもらうために、岡野さんにもきてもらったという次第。
そこに野田さんの家に僕といっしょに行っていた
ライターの森山伸也くんと大森千歳ちゃんが入り、
合計5人での四国の山旅が始まりました。

ルートは東平から山中に入り、笹ヶ峰~伊予富士と人気の山を経て、
最後には四国の最高峰・石鎚山に至るというもの。
初日はレンタカーで新居浜まで移動して回転寿司などを食い、
東平の登山口で夜を明かすだけ。

登りはじめたのは、翌日から。東平の付近は昔の鉱山があった場所で、
その廃墟は遺跡と化していて、別名「東洋のマチュピチュ」とか。
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だから、こんな鉱山採掘や物資輸送のためのトンネルがあったり、
トロッコ電車のレールの跡なんかが残っております。

天気予報では晴れだったのに、あいにくの曇り。
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四国お遍路をちょっと意識して選んだという土屋さんの白いバックパックや帽子が
濃いガスのなかに溶け込んでしまっています。
(ここからはわざわざ土屋さんと書くのが面倒なので、
愛称のツッチーの表記にさせていただきます)。
それにしてもツッチーの装備は小さく軽く、
自分の荷物の重さとは比べものにならないほど。
そのあたりの差の一部は、後ほど写真でお見せしますね。

ちなみに森山くん(ここからヤーマン)も
今回は若干ウルトライト的な装備にまとめてあり、
大森さん(ここから、ちーちゃん)は通常の装備。
つまり、僕とちーちゃん、そしてカメラ機材がある岡野さんの荷物はデカく、
ツッチーとヤーマンの荷物は小さいのでした。

銅山越から稜線に出てもガスはいっこうに薄くはならず、森の中に入っても同様。
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後ろのほうを歩いていると、先行するメンバーがうっすらとしか見えません。

ビバークに使えそうな大岩の下に入っていくツッチー。
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大学の探検部では洞窟にもぐっていた男だけに、こういう場所は好きなのでしょう。

遠近感とは関係なく、あきらかに小さいヤーマンのバックパックと、
あきらかにデカい、ちーちゃんのバックパック。
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普通とは男と女が反対のような気がしますが、
本人がそのように装備を選んできているのだから、これでよし。

分岐になっている、「ちち山分れ」という場所へ向かっていると、
やっと青い空が見えてきました。
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しかしまあ、一面の笹原。
そのさらに先にあり、この日の目標としている山の名前が
「笹ヶ峰」というのだから、当たり前といえば当たり前なのですが。

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ちち山分れの分岐で休憩し、
このあとは冒頭の写真にある笹だらけの場所を延々と歩き、笹ヶ峰へ。

ラクそうにドンドン歩く、軽量派の2名、ツッチーとヤーマン。
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笹原は非常に滑りやすく、とくに荷物が重いと難儀します。
このときはちょっと2人がうらやましかったです。

やっと笹ヶ峰に到着。
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ここは愛媛県と高知県の県境で、頭上と高知県側は青空。
対して、愛媛県側は濃厚なガスのなか。
本当だったら、瀬戸内海や沿岸の街がよく見えることになっているんですが‥‥。

僕以外の4名。
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みんな違う色のウェアを着ていて、カッコよく見えなくもないような。
そんな僕はグリーンのウェアで、はたから見れば相当にカラフルな一行だったはず。

笹ヶ峰からは愛媛県側にある丸山荘という小屋の
キャンプ地まで、いったん山を下ります。
下の写真はそのときのものですが、なぜか登っているように見えるから不思議。
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今回のルートでは、テントを張れる場所は稜線を下った場所にしかなく、
八ヶ岳を縦走するときの面倒さと似ていました。

キャンプ地の付近は、もともとスキー場。
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ひらけた草原もあり、たんなる枯れた葉なのに、
午後の光のもとで見ると、一見きれいな紅葉に見えなくもなく。

メシとテントはそれぞれが用意。
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重い荷物を背負っていただけあって、僕の夕食はみんなを圧倒して豪華。
自分では写真を撮るのを忘れていましたが、岡野さんがおさえてくれているので、
いずれ(おそらく来年のいつか)雑誌では見てもらえるかと思います。
ツッチーのウルトラライト的食事も興味深く、味もなかなかのものでした。
そのあたりもいずれどこかの雑誌で。

愛媛側もいつしか雲がなくなり、木々の合間から強い夕日がさしてきました。
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すると、テントの上の杉がこんな状態に。
まるで焚き火の途中の薪、もしくは消えかけた熾き火のようで。
こういう光景ははじめてみました。

さて翌朝。こちらは、軽量化のために床がないシェルターで寝ていたヤーマン。
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なんだか、どこかのおじいさんのような顔で「おはようございます」と一言。

ちょっと面倒なのだけど、仕方なく昨日下りてきた道を再び登る僕たち。
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ここの笹にも足をとられやすく、歩くのが億劫でした。

昨日も登った笹ヶ峰の山頂からの1カット。
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今日、そして明日と、これから歩く山々が延々と見えています。
縦走気分が高まるこんな風景、とてもいいですね。

この日、笹ヶ峰のあとは寒風山に登り、それから伊予富士へ。
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コース時間の目安がわかる、非常にわかりやすい標識でした。

いちばん奥には、最終目的地の石鎚山。
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部分的に紅葉も見られるなか、長い道のりが今日もまた始まります。

笹ヶ峰をバックに、親指を立てるツッチー。Img_4148a
それにしても、ホントに笹原ばかりですねえ。

というわけで、なぜか話はここで途切れ、残りは次回以降に。
(続く)

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