海(うみ)

2017年4月 7日 (金)

毎年恒例、「大人の夏合宿」へ

Img_2641
仲間とともに毎年行っている「夏合宿」で、2週間ほど遊んできました。
南国なので、日程のほとんどは3月だけど、気分は夏なのであります。

これは完璧なプライベート。
どんな場所に行ってきたのかは、写真で察してください~。

| | コメント (3)

2013年5月31日 (金)

八重山諸島/2013年度・西表島遠征-4

Img_240500
少し間が空きましたが、前回の「3」の続きで、これが最終回。
かなり長いので、おヒマな方だけ読んでみてください。

ここまでくれば、あと1日で人間の住む世界に戻れるという場所に到達し、
僕たちは4、5泊目を連泊することに。
この浜は人工物が一切見えず、まさに自然そのままで、
昨年に来たときから、次にはできれば連泊したいと考えていたのでした。
だから、今回は予定のルートは歩けなかったものの、
ここで連泊してのんびりできれば、もうひとつの希望は叶うというわけで。

この何もしなくてもよい日、ツッチーとかさねちゃんは貝を採るために
遠くの岩場まで遠征。砂浜じゃ食えるのが獲れないんですよ。
その貝を獲りに歩いていった姿が、冒頭の写真であります。
2人ははるか遠くに小さく写っておりますが、わかるかな。

そのときの僕といえば、2人とは反対側にずっと歩いていき、
遠浅になった浜をウロウロしたりして、
何百匹の群れになっているのかわからないほど大量にいる
ミナミコメツキガニを観察。
Img_241100
こいつら、わずか数秒で砂のなかに潜りこむんですよ。
それも、数百匹すべてが一瞬のうちに。

本当は釣りをしたかったのだけど、
あまりにも遠浅で釣り竿を出しても意味がないんですね。
かといって釣りやすい水深がある場所まで行くのは面倒で、
結局、僕はユツン川の河口で長々と昼寝。
それはそれで、すばらしい時間なのでした。

しかし寝転んでいたために気づかなかったのだけど、
おそらく数百mほど離れた海辺を京都大学ワンゲル部の
みなさんが通過していったようで。
貝を採っていたツッチーたちはいろいろ話したそうですが、
海岸を歩くだけではなく、何度か沢をつめたりと、
けっこうハードなことを何日もやっていたようです。

風が吹いて寒くなってきたので、その後はキャンプ地へ帰還。
Img_241700
これが浜の内側に設営した僕たちのテントやハンモックであります。
周囲には割れた一升ビンとか、傷んだ鍋とか
ブルーシートとか、プラスチックのイスとかが転がっており、
以前、この浜に暮らしていたというケイユウ爺の名残が濃厚です。

さて、夕方近くになると、深さを増した海を泳ぎ、
こちらに近づいてくる人を発見。バックパックを浮き輪代わりにしながら。
なんと、島の反対側の浜でいっしょだったおじさんでした。
僕たちが諦めた岩場を乗り越えて、ぐるっとまわってきたのだから、
すごいものです。そして、僕たちの近くにテントを設営。

その後、さらに大集団がユツン川の河口から現れました。
で、その河口近くをキャンプ地にした模様。
Img_242000
あとから水場の偵察に来た青年と話したところ、
彼らは大阪府立大ワンゲル部。
西表島の無人地帯は、昔から大学のワンゲル部とか探検部が
合宿などに使っているのは知っていましたが、
それと同じようなことをいまだにやっている僕たちって‥‥。
彼らは大学の春休みだけど、
それに対して、僕たちは仕事をほっぽリ出してきているわけです。

この日の夜も僕とツッチーはテナガエビ獲りに精を出し、
食い甲斐があるサイズをたくさん捕獲。
P326010000
ニンニク、ネギ、トウガラシなどを入れて油で炒め、腹いっぱいに。
心から満足とは、まさにこういうときのこと。

翌朝。大阪府立大ワンゲル部のみなさんが、
僕たちの前を通過していきました。
P327011100
何人かひどく疲れきったメンバーがいるようで、非常に暗い雰囲気。
がんばれよ、若いんだから!

僕たちはゆったりと出発準備を進め、
2晩続けてテナガエビを獲った川で身を清めたり。
P327011900
ケイユウ爺がジャングルを切り開いて作ったという畑の跡地を散策したり。
P327012300
この畑の跡地はかなり広大で、
バナナとかサトウキビとか、いろいろ植えられていました。
とりあえず目に入った作物はどれも旬ではなく、
例えばバナナは青く、小さく、とても苦いものでした。
もちろん、今はすべて野生化しています。

そして、やっと最終日の行動を開始。
P327012800
ワンゲル部のみなさんを追いかけるように、
僕たちは潮が引き始めた浜を歩いていきました。

しかし、15分も歩くと、なぜか無言で座り込んでいる彼らが視界に。
どうやら水が深いうえに、ときどき波が高くなるので、
海に入って歩くのを中断し、停滞していたらしいのです。
疲れきったメンバーもいることもあり、無理はしなかったのでしょう。

とはいえ、僕たちは昨年の経験もあり、その先に
大きな問題はないことを知っていたので、そのまま前方へ。
P327013200
このとき、ワンゲル部のリーダーの青年が僕たちと同行し、その先を視察。
それから僕たちと別れて戻り、隊を率いて歩き始めました。
いかにもリーダーらしい行動で、さすが立派なものです。

少し先に進んでからは昨年と同じルートを使い、再びジャングルの中へ。
P327013900
小さな岬部分は突っ切って、近道をしました。

だけど、踏み跡はいくらかあるとはいえ、ここでも何度も道迷い。
P327014500
斜面の泥がすさまじいところでは、何度か転倒。
滑るとわかっているから、滑らないように努力しているのに、
それでも滑って転ぶんだから、始末に負えません。

分水嶺を越えて標高を下げていくと、再び標高0mの湿地帯。
P327015200
マングローブのなかを歩いていくかさねちゃん。
いつものことながら、よく頑張るよなあ。
P327015300
それにしても今回、僕は本当にかさねちゃんの
後姿ばかり見ていた気がします。

山を越えて岬を突っ切り、やっと潮が引いている浜に到達。
P327015800
曇り空なのに、かさねちゃんに日傘をさしてやるツッチー。
なぜこんなことをしているのか、説明すると長くなるので割愛。
ごく簡単にだけいえば、昨年はツッチー自身がここで傘をさしており、
その再現的なことをふざけてやっているだけ。

もうすぐ人間の世界だと、僕たちが余韻をかみしめながら
ゆったりと歩き、休んでいると、
昨日、同じ浜でキャンプをしていたおじさん、
そしてワンゲル部のみなさんも山を越え、僕たちの後方に。
P327016200
みんなそれぞれの計画で動いているはずなのに、
最後だけは同じタイミングで行動しているのがおもしろいところ。
こうなると仲間意識を感じずにはいられません。

だけど、この日のいちばんの難関は、最後の最後。
P327016300
激しく波が打ちつける岩礁帯をなんとか歩いていかねばなりませんでした。
これくらい、いまさらもう、なんともないんだけど。

そしてとうとう5泊6日の無人地帯から脱し、船浮の浜に到着。
P327016900
ここはもう海水浴場で、船着場までは15分ほど。
あ~あ、終わっちゃった。

それにしても、西表島は何度行っても面白い!
観光地的な場所ではなく、あくまでも無人地帯のことですけれど。
毎年通う価値があると、僕は心から思うのです。

船とバスを乗り継いで、僕がいつも拠点としている星砂亭キャンプ場へ。
ここは道路から入っていって右と左にキャンプ場が2つあるのですが、
一見しょぼそうに見える右側のキャンプ場のほうが
いろいろな意味で居心地がよいのです。
P327018900
僕たちは近くの商店(といっても往復40分)に行って、
食いたいものを食いたいだけ買い、小規模な宴会。
ああ、これで本格的に旅は終わりだ。

飛行機の便が早いツッチーは翌日の早朝にひとりで島を出て行き、
夕方の便のかさねちゃんは、僕といっしょに石垣島で焼肉を食い、
それから同様にひとりで空港へ。
じつは僕だけはまだ旅が微妙に続いており、
さらに1泊することにしていたので、安いホテルに宿泊。
最終日は日帰りで波照間島に行ってみるつもりでした。

しかし翌日は天候がイマイチで、波照間まで行ったとしても
船が欠航して帰れなく可能性があり、結局のところ断念。
間違いなく日帰りできる範囲の離島から竹富島を選び、
時間つぶし的に行ってみました。10年ぶりだろうか?

別に観光っぽいことをする気もないので、
ビジターセンターで郷土本を細かくチェックしたあとは、
港の反対にあたる島の裏側まで歩いていきました。
すると、わりとよく見える手前の小浜島の後ろに
うっすらとデカい西表島の姿が‥‥。
昨日まではあそこにいたのに、今は竹富島か‥‥。
P329021500
僕はひとり、西表島をいつまでも眺め、
来年に行くときにはどんなことをしてやろうか、妄想にふけるのでした。

このような純粋な遊びは雑誌で書く予定もなく、
その代わりにブログで長々と書いてしまうわけですが、
本当はもっといろいろなことがあって、すばらしく面白いんですよ。
ブログには文字量に制限がないとはいえ、
全部書こうと思うとキリがなくなってしまうので、
大量に逸話を省略したうえで、これにて強制終了いたします。

(やっと終わり)

| | コメント (4)

2013年5月24日 (金)

八重山諸島/2013年度・西表島遠征-3

P325007500_2
前回の「2」に続く、西表島遠征の第3回目であります。

予定のルートをあっけなく断念した我々は、
昨年も通ったルートを使い、島の裏側に抜けることにしました。
で、昨晩もテナガエビを獲りまくっていた小さな川をさかのぼり、
ジャングルの中へ突入。
P325005700
一度は自分で歩いたことがあり、踏み跡もないわけではないので、
スムーズに進めるかと思いきや、なかなか先に進めません。
人間の記憶というのは、当てにならないものです。

で、迷う。
P325006300
先頭のツッチーが道を失うと、後ろを歩いていた僕が次のルートを探し、
そのために先頭になった僕がまたしても迷うと、
今度はツッチーが歩ける場所を探し、改めて先になって進んでいくという
交互に先頭と最後尾を変えながらルートを見つけていくコンビネーション。
それでも何度も立ち止まり、時にはバックパックを下ろして四方を歩き回り、
なんとか先へと進んでいきます。初めてだった昨年のほうが、むしろスムーズ。P325006000
蒸し暑いジャングルのなかで、無駄に歩き回り、
さっさと海に出るはずが、いつまでたっても山の中であります。

とはいえ、なんとか分水嶺まで登りつめたころ、
水溜りのなかにいたのが、こいつ。
P325007200
これは天然記念物に指定されているセマルハコガメ。
希少種なのだけど、西表島にはけっこう多くて、
本当に希少なのかと思うくらいなのですが。
観察した後はすぐに離してやりましたが、僕が自宅で30年以上も
飼っているカメと同じくらいの大きさで、なんとなく愛を感じます。

分水嶺を越えれば、あとは下るのみ。
P325007600
この付近は踏み跡がしっかりとあり、登りに比べれば歩きやすいのです。

いくらか下がっていけば沢が流れる場所に。
P325007800
仮にルートがわからなくなったとしても、
水の流れに沿って歩いていけば、絶対に海に出られるわけです。
このあたりはかなり標高が低く、地形図的にも滝がある恐れもなく、安心。

そして少しすると、とうとうマングローブの森。
P325008000
すでに標高は0mになり、海の潮が引いているため、
満潮時には海水下になる泥の地面も露出しております。
水中を歩くのは面倒だし、水深がわからない場所も多いので、
進めそうなルートがあれば、マングローブ内に入ってそのまま海のほうへ。
P325008700
海水に没する場所ながら地面はけっこう安定しており、
どんどん前へ進んでいけます。

それにしても、僕の写真はいつもかさねちゃんの後姿ばかり。
道がわからなくなった時以外、
今回は基本的にツッチー、かさねちゃん、そして僕という順序で歩いているので、
写真のバリエーションが少なくなっても仕方ないんです。

川のなかを歩いているうちに、やっと見えてきた海。
P325009200_2
メンツに違いがあるだけで、これはもう昨年とほとんど同じ風景です。
P325009500
とはいえ、なんだか昨年よりも泥っぽい気がしてならず、
体が沈みこむので、僕はできるだけ陸地を歩いておりました。
その結果、ヘドロと化した場所に足を踏み入れ、
完全に両足がハマって、危うく抜け出せなくなりそうになったりして。

ところで、このユツン川の河口は、大震災時の津波で
僕の故郷の宮城県の南三陸町歌津から流れ出した郵便ポストが、
昨年の末に漂着したという場所。
この場所との距離は約2400キロもあり、
どのように海流に乗って、1年9ヶ月後、この場所に流れ着いたのか。
リアス式海岸の三陸とは雰囲気がまったく違う西表島の海岸ですが、
やはり海はつながっているのです。
歌津は子どものころに何度も遊びに行った場所でもあり、
今はポストは回収されているとはいえ、
僕は心の中でなんとなく祈りながら通り過ぎたのでした。

さて、海岸に出てしまえば潮が引いていて、どんどん歩いていけます。
目的地も、もうすぐであります。
P325009800
今回は、昨年のうちに目をつけていた場所を目指していました。

しかし、知っている場所のはずなのに、まったく見つからないんですね。
ここでも記憶が間違っているのかと、
僕とツッチーはかさねちゃんにひとりで待っていてもらい、
2人で遠く離れた浜まで歩いていって、記憶のポイントを探索。
それなのに、1時間ほど探し回っても見つからないのです。
そこで仕方なく、かさねちゃんのいる場所まで戻っていくと……。

キャンプ予定地の目印にしていたこんな碑を発見。
P327010600
なんとまあ、探索に出発した場所から100mちょっとしか離れていない場所に、
お目当てのキャンプ地があったのでした。
波や風を避けるために、少し内側に入った場所にあるため、
僕たちは素通りしていたんですね。
ああ、無駄に疲れた……。

この無人地帯の浜には以前、「西表のターザン」なるあだ名もあった
ケイユウ爺というおじいさんがひとりで暮らしており、
自然とともに日々を過ごしていた様子は書籍にもなっています。
その跡地が格好のキャンプ地となっているわけなのです。
P327010900
海のほうから見ると、僕たちのテントはこんな感じですよ。
少し歩くと川が流れており、この場所なら水に苦労しないですむのです。

夕方になると、潮が満ちてきた浜に釣り竿を持ち出し、
ヤドカリのエサをつけて放置。
Img_240000
なんとしてでも釣ろうという気はなく、かなり適当でしたが、
それでも現地でいうミーバイを1匹釣りました。

僕とツッチーは海の魚よりも、川のエビを獲るほうが性にあっており、
かさねちゃんを放置して、夜になると川へとエビ獲りに。
10分くらいだけと思っていたのが、すぐに軽く1時間以上も経つのだから、
夢中になるということは、恐ろしいものです。

戻ってからは炒めたエビを僕とツッチーは食い、
焚き火で焼いたミーバイはかさねちゃんへ。
Img_240400
彼女が右手の箸とともに、左手で持っているものは、エビ撃ち用の小型モリ。
手ぬぐいも頭に巻いているし、じつはかなり日焼けもしているし、
さらに手足は岩場やジャングルで擦り傷だらけだし、
普段のかさねちゃんを知っている人からすれば、
非常にワイルドな姿だと思われます。こんな写真はいつもの
こぎれいなパブリックイメージを大きく損なっているのでしょうが、
自分の意思で西表島に来てしまったからには仕方ないのです。

(まだ続く)

| | コメント (0)

2013年5月21日 (火)

八重山諸島/2013年度・西表島遠征-1

Img_231600
早くも2ヶ月前となる3月下旬、毎年恒例の沖縄県八重山諸島の
西表島へと行ってまいりました。
昨年は取材もからめていたけれど、今年は完全にプライベートの遊び。
もはや西表島には何度行ったことがあるのか、自分でもわからなくなってきました。

完成したばかりの新石垣島空港。
Img_227900
ターミナルはとてもきれいで、まさかのスターバックスまで出店されていました。
しかし旧空港のひなびた雰囲気のほうが僕好み。
同じことが、数年前に新しくなった離島桟橋にもいえるのですが。

今年もまた、まずは無人の南海岸へ。
はじめこそ昨年と同じルートですが、
途中からはまだ歩いていない場所へ行く予定。
Img_228500
そんなわけで、南風見田の浜を出発。
メンツは僕のほか、昨年もいっしょだったハイカーズデポの土屋智哉、
そして西表島は初めてだという写真家・野川かさね(敬称略)。
いつもの遊び仲間であります。
比較的自分の都合で休みを決められるのが、共通点。
本当はもっと参加したい仲間がいたのだけど、結局3人になりました。

はじめに目指すは、鹿川という以前は村があった場所。
しかしそこまでのルートは、昨年も一昨年前も
このブログで紹介しているので、写真を中心に説明は簡単に。

男2人はすでに経験している海岸なので、わりとスムーズ。
しかし、今回が初となるかさねちゃんは、けっこう真剣です。
Img_229000
小さな体で大きな岩によじ登り、そして下り……。
けっこう大変な場所でも、「かさねちゃんなら大丈夫でしょ」と、
僕とツッチーのサポートは最低限。
アウトドア慣れした女性なら、こういう場所でも気楽にいっしょに行けるものです。

今回は出発が遅かったので、一気に鹿川までは行かず、途中でテント泊。
ゆっくりと急がずに行動し、鹿川には明日のうちに
到着すればいいことにしておりました。
Img_229100
この日は夕日もなかなかきれいです。

今回の僕は、1ポールテントのなかに、
他のソロ用テントのインナーテントをぶち込むというスタイル。
これなら雨が降ったとしても、みんないっしょにメシが食えるというわけで。
Img_229800
昨年はライター仲間の森山くんも、こういうスタイルでした。

翌日は引き潮の時間に合わせて行動。
Img_230200
いつものようにリーフの内側の海の中を歩いていきます。
浜辺を歩くよりも、このほうが圧倒的にラクで、しかも早いから。
Img_230700
このような海で、僕たちは夕メシ用の各種の貝を拾い、
ウツボを追いかけ、小魚をモリで撃とうとしたり。

そして、僕はやっちゃいました。
Img_231700
これでもほとんどの血を洗い流した状態。
各指がおかしな感じで組み合わされているのは、
それぞれの指で出血している部分を圧迫し、止血しているから。
なんと6ヵ所にけっこう深い穴が刻まれてしまいました。

じつはシャコをつかまえようとして、
ヤツの鎌のような鋭い腕でやられてしまったんですね。
貝の殻すら叩き割るという捕脚肢をもつシャコを
素手で触ることは非常に危険だと知っていたのに、
捕獲意欲のほうが勝ってしまって……。
バカという言葉は、こういうときに使うものでしょう。

その後、10分ほどはポタポタと滴る血を海に落としながら、
僕は歩いていたのでした。
ただし、出血しながらもシャコはしっかりと捕まえましたよ。
なにしろ僕がいちばん好きな寿司ネタも、シャコなんですから。

ちなみに、血を流している写真にわずかに写っているのは、
この「海を歩く」旅のために、ゴローで特注した水抜けのよいブーツです。
バツグンに調子がよく、非常に満足。
いずれ詳しく紹介したいと思っております。

さて今回、同じ方向に歩いていく旅人が数組。ソロとグループがおりました。
Img_232500
写真に写っているのは、巨大な発泡スチロールの漁業用浮きを
背中にくくりつけた男たち。なんでも数日前まで島でキビ刈りを行っており、
それが終了したので、みんなで遊びにいくとのこと。
浮きはあとでロープで縛り、島の裏側でイカダを組み立てるためだとか。
面白いことを考えるものです。

海が深い場所では、再び岩の上。
Img_233300
天気はそれほどよくはないのですが、じつはとにかく蒸し暑く、
日陰もほとんどないので、途中から僕たちは熱中症寸前に。
そこで、無理やり日差しを避けられる場所に隠れ、長い休憩。
Img_233600
自分の日傘をかさねちゃんに貸してやっているツッチー、やさしいね。
僕も完全に熱にやられ、一時はフラフラでした。

一昨年前は発見できず、昨年もなかなか見つけられなかった
難所を越えるための巻き道ですが、さすがに今年は問題なし。
Img_233800
そして深い山の中に突入。
だけど、2人に先行してもらった僕は途中でルートを見失い、
かなりの時間のロスに。その他、ここでは軽いトラブルもあり、
再び海岸に出るまでに思わぬ苦労をいたしました。
Img_233900
だけど、この日の目的地の鹿川が、やっと見えてきましたよ。

とはいえ、無駄に時間を食ってしまったため、予想以上に潮が満ちてきて……。
Img_234100
小柄なかさねちゃんは、海中で体が浮いてしまい、なんとか歩くのが精一杯。
後ろを歩く僕もけっこうヤバいので、この程度の写真しか撮れないのですね。

ともあれ、鹿川に到着。

Img_234700
それぞれにスタイルの違うテント、およびタープを張り、夜の準備。

拾ってきた貝で味噌汁を作り、川で捕獲してきたテナガエビを油で炒め、
いつものように西表島の味を堪能。
P323002600
上の写真で注目してほしいのは、テナガエビとは異なる
右上の赤いヤツ。これこそが、僕との死闘を演じたシャコ。
あんなに痛さをこらえて捕まえたのに、たった一口で食い終わりましたとさ。

(続く)

| | コメント (3)

2012年12月27日 (木)

今年もまた参加、「知床エクスペディション」(後編)

Rimg0139a
前回に引き続き、シーカヤックで知床岬を一周する「知床エクスペディション」の話。
知床半島の先端部は、日本でいちばん長い自然海岸が残されている
まさに日本のウィルダネス中のウィルダネスであります。

上の写真は、すでに知床半島の先端である知床岬の先端部。
まわりくどい説明ですが、つまりは日本の最東端(北方領土を除く)です。
中央付近に小さく、知床岬灯台も見えるかと思います。

最先端部には、以前は上陸を自制していたのですが、数年前から緩和。
浜にカヤックを上げて、無人の灯台まで歩いていきました。
Rimg0146a
踏み跡程度で登山道があるわけではなく、この斜面がじつに登りにくい。
しかも僕たちが履いているのは、水には強いけれど、土には弱い
カヤック用のシューズ。だからやたらと滑るんですね。

日本にはあまりないほどの規模の、広大な草原。
Rimg0147a
これでも、ごく一部です。

灯台がある場所まで登ると、先ほどの草原が眼下に。
Rimg0161a
一昨年、海岸を延々と歩き、ここまでやってきたことを思い出します。

難所である岬を無事にかわし、赤岩の前を漕ぐ新谷さん。
Rimg0169a
はじめて僕が新谷さんといっしょに知床をまわったときの強烈な記憶は、
この付近で突然の雷に遭遇したとき、新谷さんがパドルを手から離し、
両手を合わせて神に祈っていた姿。風もものすごかったし、
僕たちがかなりヤバい状況なんだと理解でき、若干恐ろしくなりました。
すでに7年も前のことですが、ここに来るたびに思い出します。

写真というかカメラのクオリティがイマイチなので、わかるかな‥…
Rimg0171a
キャンプ地近くの川で鮭を食っているヒグマと、それを眺める参加者。
ヒグマが出没すること自体は珍しくもありませんが、
こいつはいくら追い払っても海岸に戻ってきてしまい、
結局、僕たちのキャンプ中はずっと同じ場所におりました。
どうしてもどんどん遡上してくる鮭を食いたかったんでしょうね。

行程中に何度も繰り返されるメシの風景。
Rimg0173a
新谷さんはじめ、スタッフとしてかかわっている人は、みんな漁師カッパ。
日本一過酷なフィールドでは、漁師が使うウェアがいちばんの実用品なのです。

赤岩を出発し、すでに4日目。
Rimg0179a
すぐにでも天気が崩れそうな気圧配置にもかかわらず、わりと穏やか。

海に突き出た小さな岬、ペキンノ鼻で上陸。
Rimg0197a
このあたりには面白い話がいくつもあるのですが、
以前に雑誌で書いた内容や、前のブログとかぶりそうなので、省略。

正確な由緒は不明ながら、ペキンノ鼻の上には簡素な鳥居。
海の男たちを昔から見守ってきたのでしょう。
Rimg0196a
新谷さんがいつものようにペンキを塗り直しています。
このためにわざわざカヤックに塗料とハケを
入れてきたのだから、頭が下がります。

まだまだ続いている、無人の海岸地帯。
Rimg0212a
わずかにあるのは、夏だけ使われている番屋くらい。

海に出てから4泊目。
Rimg0227a
なんとか強風も回避でき、あとは1日漕げば終了。

わかりにくいですが、2手に分かれて海に流れ込むウナキベツ川。
Rimg0231a
昨年はここから知床半島内部に入り込み
道なき道を歩いて、稜線まで出たのでありました。
ただし、知床岳には時間切れで登れず。

最終日は岩のあいだを漕いだりもして、先へ。
Rimg0237a
何艇か、危うく沈しそうでしたけどね。

そんなわけで、ウトロ側から漕ぎ出して、岬をまわり、
反対側にある羅臼側の集落、相泊に到着。
Rimg0245a
ちなみに、今回、僕が借りて乗ったカヤックは、
ウォーターフィールドカヤックスの「不知火」。
数日使い続けていると、別れが寂しくなります……。

というわけで、知床の「海旅」は終了。
僕はもう8年目で、8回目となるのに、いまだ飽きません。
昨年の模様を紹介したこのブログを見てもらってもわかるように、
ルートは基本的に同じで、キャンプの仕方も多少の変遷があるとはいえ、
過酷な環境に特化した、いつもの新谷暁生スタイル。
だから、撮影した写真も似たものになりがちで。

だけど毎回、本当に面白いんですよ。
アウトドア好きの人なら一度は参加すべきものだと思う一方、
繊細すぎる人には合わない可能性も大、であります。

その後、僕は知床の「山旅」へ。
Rimg0250a
上は、カヤックでのツーリング後の移動中、
知床横断道の羅臼峠に寄り、それから歩くことになる羅臼岳を眺めた様子。
知床遠征は、まだ終わりません。

| | コメント (4)

2012年12月26日 (水)

今年もまた参加、「知床エクスペディション」(前編)

Rimg0176a
9月の中旬から11日間、僕は北海道へ。
毎年参加している「知床エクスペディション」、
正確にいえば、そのなかでも年1回行なわれる
「知床シーカヤックシンポジウム」のタイミングでの海の旅です。
僕が知床岬を一周するこのツアーに参加するのは、すでに8回目で、
取材として参加したこともありますが、基本的にプライベート。
このブログだけでも、昨年一昨年と書いてきたので、
興味がある方は、そのときのことも合わせて見てください。

さて、今回の失敗は、初日に陸上用のカメラを塩水につけてしまい、
サブの防水カメラでしか写真を撮れなかったこと。
著しくクオリティが低い写真ばかりですが、
文字よりも写真中心で、一気にお見せしたいと思います。
非常に量が多いので、興味がある人だけ先に進んでください。

海に出て初日。雲がかかりつつも、
どっしりとした存在感を放つのは、羅臼岳。
Rimg0006a
じつは今回、この海の旅が終わってから、羅臼岳にも登りました。

いかにも知床の海旅らしい、昼食&休憩の風景。
Rimg0015a
いつものことながら、調理はすべて焚き火です。

数年前、このツアーを主催している新谷暁生さんが大怪我をした入り江。
Rimg0016a
そのとき新谷さんは手の腱を何本も切ってしまい、
今はほとんど感覚のない手で知床をガイドしているんです。
そんなこと、新谷さんにしかできないんですよ。

夜メシ。
Rimg0036a
デカい肉を焼いていますが、それをひっくり返すのは、調理用具ではなく、
グローブをした手。これもまた、知床での日常的キャンプ風景。

波がたっているうえにブーマー(隠れ岩)があり、出艇が難しかった、ある朝。
Rimg0048a
なぜか僕は新谷さんに命じられて、真っ先に海へ。
そして後続の人たちの進路を指示し、
なにかのトラブル時にはサポートする役目をすることになったのですが……。
僕には他の人をサポートする能力なんて、ほとんどないんですよ。
幸い、すべての人が無事に出艇できたからよかったものの、
じつは今回のツアーで、風よりも、波よりも、岩礁よりも、
プレッショーでいちばんヒヤヒヤしたのはこのときでした。
しかし、新谷さんに命じられれば、やるしかなかったのであります。

ともあれ、無事に海に出て、先方に見えるのは
昨年も登りに行った知床岳
Rimg0052a
ほとんど雲の中で、ちょっと残念。

毎年のことながら、海岸にはたくさんのヒグマ。
今年も20頭近くは見たように思います。
Rimg0064a
今年のヒグマは、鮭の遡上数が少ないために痩せていると
新聞にも書かれるほどでしたが、たしかに例年よりも小さいような。
だけど、痩せている原因は鮭だけが理由ではないようです。

かなり至近距離にいるように見えますが、実際は十分に距離をもって観察。
Rimg0060a
400キロを超えるヒグマもいるようですが、
僕はまだそこまで大きい個体を見たことがありません。

岬先端に近づいていって、ここはタコ岩。
Rimg0073a
ちなみに、実際にこの浜では、タコも獲れます。

海に直接流れ込む、カシュニの滝。
Rimg0076a
今年もあの滝の真下まで漕いでいき、
風圧で脱出できなくなりそうな人がいました。

夕方が近くなると、通常のツアーでは行なわない「講演」が始まります。
Rimg0111a
この日は、メインゲストでもある柴田丈広さんの話。
新谷さんも日本一の力量だと認めるシーカヤックガイドが語る
極地探検の面白い話でありました。
別の日には、もうひとりのメインゲストのカヤックビルダー、
水野義弘さん(ウォーターフィールドカヤックス)の
これまでの人生とカヤック作りの話。
そして大内直紀くん(元・ICI石井スポーツのカヌー担当)が
グランドキャニオンの川下りをしたのまではよかったのですが……。
大内君とともに、現地にいってから突然「話」を頼まれた僕は、
他の皆さんと違って海や川について語るべき面白いネタもなく、大弱り。
そこで、「知床は海を漕ぐだけではなく、海岸を歩いても面白い」という
かなりストレートではない方向からのアプローチによる雑話をして
なんとかその場を乗り切ったのでした。
これもまた、新谷さんに頼まれれば、やるしかないのであります。

通称・落合湾でのひととき。
Rimg0118a
潮が引くと適度に岩礁が現れ、けっこう遊べる場所です。

そんな場所で寛ぐ新谷さん。
Rimg0115a
もともと山の男だった新谷さんは、山岳雑誌『岳人』で連載を持っていますが、
来年あたりには書籍になるとのこと。
新谷さんは今年も本を出していますが、これはもう、今から楽しみです。

ゴロタ石の上でも平気でカヤックを引きずって運ぶ知床では、
すぐにカヤックはボロボロになり、途中での修理は当たり前。
Rimg0124a
もちろん修理用具は持っていっていますが、
そのあたりに漂着した漁具や流木も駆使しての作業は、感心することばかり。
本当に大切なのは、見た目よりも「使えること」なのだと、実感します。

今回の天気はまあまあ、といったところ。
Rimg0134a
曇りがちでしたが、風も極端には強くなく、晴れ間も見えました。

さて、この海旅の様子は一回で最後まで書いてしまうつもりでしたが、
やはり写真の量が多いので、前編と後編に分けることにしますね。

(続く)

| | コメント (2)

2012年6月26日 (火)

八重山諸島/西表島-5(無人の海岸から山を越えて川、海へ)後編

Img_6233a_2
ある方に指摘されて気づきました。
「八重山諸島/西表島-4(前編)」というものを書いてから、
後編をアップすることをすっかり忘れていたことを。
興味のある方は、前編を見てもらってからこちらを見てもらうとよいでしょう。

さて、前編で何を書いたか自分でも曖昧になっていますが、
ともあれここは2連泊した鹿川の浜。
人が住んでいる場所までは1日かかる、西表島の無人地帯です。

出発して3日後の朝、僕たちは海岸から谷伝いに山を越え、
再び川に沿って裏側にある海を目指しました。

朝メシには、昨夜にとったテナガエビを入れたラーメン。
持っていたトムヤム味のスープにクンを入れたわけで、
立派なトムヤムクンラーメンになりました。
Img_6238a
いい湯だな。

鹿川から昨日までエビを採っていた沢に入り、標高を上げていきます。
Img_6245a
ヤブのなかにはトゲがある植物があって、素足で歩いていた僕は、痛いのなんの。
Img_6256a
イノシシのヌタ場を通り、分水嶺を越え、反対側にあるウダラ川から
今度は一気に標高下げていくと……。
Img_6264a
ほぼ標高0mになり、マングローブの森のなかに突入。

この後、僕たちはどう進めばよいのかわからなくなり、まさに右往左往。
ウダラ川の右岸のほうが歩きやすいものの、進むべき方向は左岸側にあり、
だけど左岸側で歩ける場所を探しても、途中で行く手を阻まれます。
足元はドロドロだし、どうすればいいのか?

しかし、ツッチーが「正解」を見つけてくれました。
正解というか、「強行突破」みたいなものですが。
その方法は……、マングローブの森を両手の方向に見ながら、
川のなかを歩いてしまうこと。
Img_6272a
右岸でも左岸でもなく、このときの答えは「川の中」なのでした。
Img_6276a
潮がこれ以上満ちていたら、大変でしたよ。

そして予定通り、右岸側にあたる海岸に上陸。
Img_6278a
ここから浜辺を延々と歩いていきます。
Img_6281a
砂浜が露出している場所は、もちろん陸を歩いて。

しかし……。
Img_6305a
岩場では海の中へ。
山を歩き、川のなかを歩いたあとは、海のなかを歩くことになってしまいました。
なんだか妙にうれしくなり、我々のテンションも上がります。
Img_6321a
深いところでは、お尻まで水中に。
水がきれいだし、温かかったので、なかなかの気持ちよさ。

一部の岬はわざわざ海辺をまわることはせず、再び陸地へ。
Img_6327a
踏み跡を探して岬を巻き、反対側の海辺へショートカットしました。

マングローブのなかから抜け出してきたヤーマン。
Img_6334a
川から流れ込んだ砂などで浅くなっているので、このまま小さな湾を突っ切ります。
Img_6347a
日傘を差している優雅な男も1名おりました。

こんな感じで歩いていくと、どこからか人の声が。
Img_6359a
西表島には船でしかいけない船浮という集落があるのですが、
その裏にあるイダの浜まで、とうとう僕たちはやってきたのです。
あの浜まで歩けば、あとはもう、いつもの人間の世界。

人類との遭遇を果たすツッチー。
Img_6364a
なにかのツアーなのか、授業の一環なのか、よくわかりませんが、
たくさんの子どもがいて、我々に「こんにちは」と挨拶してくれました。

今回はひさびさに心から面白かったので、記念に写真を撮ってもらったりして。
Img_6373a
僕の足は日焼けで真っ赤になっておりました。

ところで、この船浮という場所は、以前は日本軍の秘密基地があった場所。
とくに観光化はしていませんが、要塞の跡は今も保存されています。
Img_6392a
特攻艇が、このきれいな場所から出て行ったなんて‥‥。
Img_6396a
こんな格納庫や弾薬庫が、海から見えない岩壁にいくつも掘られており、
なんだか神妙な気持ちにさせられます。

ひさしぶりの集落で僕たちはコーラなぞを数本飲み、あとは船に乗るだけ。
Img_6402a
行き先は、西表島を半周している道路の一方の端にある白浜という集落です。
こうして僕たちは、島の道路がない部分を歩き、無事に戻ることができました。
Img_6417a
最後に船のなかで余韻にひたる同行の2名。

このあとも、もう少し旅は続いたのですが、とりあえず紹介はこれで終了。

僕は7月19日にザ・ノース・フェイス原宿店で
「日本のウィルダネス」というタイトルでスライドショー的なことを行いますが、
そのときはこの西表島の話をもっと詳しく紹介する予定です。
ご来場される方は、お楽しみに。

| | コメント (3)

2012年5月 9日 (水)

八重山諸島/西表島-4(無人の海岸から山を越えて川、海へ)前編

Img_6110a_2
旅から帰ってきてからは、すでに1ヵ月以上、
前回の「八重山諸島/西表島-3(古見岳~ユツンの滝)」からも
かなり経ってしまいましたが、西表島の話の続きです。
自分自身、前に何を書いたのか忘れつつあるので、適当に書き進めていきます。
パックラフトを使った島横断と古見岳は取材でしたが、ここからはプライベート。
カメラマンのカメちゃんは、ここで一足先に帰っていきました。

この時点で、旅の日程はまだ半分。
残りの時間を使って、僕たちは西表島の無人地帯である南海岸を歩き、
その後、山に入って分水嶺を越え、川から反対側の海に出て、
すべて徒歩で人間の世界に戻るという、
人力で「海、山、川」を移動していく旅を企てておりました。

そんなわけで、前日のうちに移動しておいた南風見田のキャンプ場から出発。
Img_6107a
ヤーマンのバックパックには、モリ先をつけた長い竹。
結局、邪魔になって途中で外してしまうのですが、
道中に獲物がいれば、すかさず捕まえてしまおうという心意気が現れております。

この日の目的地は、鹿川という場所。
じつは昨年、僕はひとりで行ってみようとしたものの、難所を越えることができず、
敗退しております。つまり、今回はリベンジの意味もあったのです。
ともあれ、今回も出発してから当分のあいだは昨年と同じ道なので、
この海岸歩きに興味がある方は、昨年にアップしている西表の話を見てください。

昨年と同じ場所なので、説明は簡略化して、写真集的に進めます。
Img_6114a

Img_6140a

Img_6128a

下の場所は、昨年、僕がビバークした付近。
Img_6131a
正式名称は別にありますが、ごく一部では
「庄太郎ビーチ」としても知られる浜であります。
昨年よりも水量は少ないですが流水があり、ここで飲み水を補充。

Img_6143a

数時間歩いているうちに潮が引き始め、
ときには太腿までつかりながら海の中を歩いていきます。
Img_6151a
砂地や岩の上よりも、このほうが圧倒的にラクなんです。

歩きやすくなると同時に「獲物」も獲得しやすくなります。
僕の手の上にあるのは、タコの足。
Img_6148a
このときはタコが岩の隙間に入り込んでしまい、
手元に残ったのはちぎれた足が数本だけ。
上の写真ではかがみこんだツッチーが
執拗に「本体」のほうを捕まえようと、まだ頑張っております。
僕はこのときも右手が腫れて巨大化したままだったので、思うように手を使えず、
もろもろの採集は2人のほうが楽しそうにやっておりました……。

このタコの足はそのまま口に入れ、吸盤が口内に吸い付くのを面白がりながら咀嚼。
ちょっとかわいそうな気もしますが、足を数本食べられるのと、
丸ごとすべて食べられてしまうのとでは、どっちのほうがタコにとってよいことなのか。

そのうち現れたのが、昨年僕が越えることができなかった「ナーピャ」という難所。
Img_6154a
リーフの切れ目で、サメが泳いでいるのがよく見られる(らしい)場所であります。
しかも獰猛なことでしられるシュモクザメだったりして。
だから、あまり泳いでは渡りたくないんですね。

この後、3人で道を探すこと1時間以上。
1度山に入ってから乗り越える「巻き道」があるはずなのですが、
地図を元に地形の弱点を探したりしても、まったくどこにあるのかわかりません。
またしても、僕はここで敗退しなければならないのか……。

下の写真のような海岸を3人バラバラになりながら、途方に暮れる我々。
Img_6157a
南風見田からの道中ですれ違った人がいたのですが、
その人も鹿川まで行こうとしたけれど、巻き道が見つけられず断念したとのこと。
なにしろ地図にも載っていない道で、営林所の方やヤマネコ調査の人以外、
こんな場所を歩くのはよほどの西表島好きの者くらいなので、明確ではないのです。

しかし、今回は3人がかりで、とうとう見つけました。
ナーピャから戻ること数百m、僕たちが違う場所に続いていると思っていた踏み跡が
途中で分岐していて、一方が目的地の鹿川方面に続いていることを発見したのです。
海岸から持ってきたブイが目印になっていた分岐はかなり山奥で、
海岸からは数十mも上だったので、それからもまた大変。
再び海岸に戻ってバックパックを背負いなおし、もう一度山の中へ入り、
ものすごく滑る地面、トゲのある植物になんとか対処しながら標高を上げていき、
いったん分水嶺まで登ってから、不明瞭な踏み跡をたどって西に進みます。
Img_6159a
上の写真でヤーマンのバックパックについている白いものはレジ袋。
海岸で集めていた数種の貝やシャコエビなんかが入っております。Img_6160a

ヤブのなかを延々と進んでいき、間違って一度は崖の上へ。
しかし、そこからはちょうど難所の一端が確認できました。
Img_6161a
上の写真の左側ですね。ここから見ると、ぜんぜん難所には見えませんが。

そして再び海岸に下り立ち、あとは鹿川の浜まで歩くのみ。
Img_6163a

Img_6165a
だんだん日没が近づいてきて、日光がオレンジ色になってきました。

太陽が島影に隠れるのとほぼ同時期に、鹿川の浜の一端に到着。
Img_6168a
それから海岸をウロウロしてすごしやすい場所を探し、テントの設営を行いました。

夜は焚き火。
Img_6172a
この場所までは、いくらか歩いてくる人はいるようなので、
何ヵ所かに焚き火の跡があり、野営した形跡も残されていました。

翌朝。この日は、予定通り、各自フリータイム。
この浜で何もせず、ただただボーっとしていました。
釣りをしたり、海岸で獲物を探したり、酒を飲んだり。
僕が昼寝しているうちに、2人は次の日のルートを偵察にも行ってくれました。
Img_6178a
この日、僕がいちばん気持ちよかったのは、
海岸の大きな岩の上に横たわって昼寝をしていたとき。
その場所からは、鹿川の浜が上の写真のように見えました。
中心あたりに、かすかにブルーとグリーンの異物があるのがわかるでしょうか?

ズームしてみると、下のような感じ。
Img_6185a
2人は座ったり、寝転んだりして、本でも読んでいるようでした。

違う方向から同じ野営地を見ると、下の写真になります。
Img_6195a
貸しきりの浜。まるでプライベートビーチのようであります。
テントは2つだけで、ツッチーは今回ハンモックを使っていました。

この浜でも発見できたイリオモテヤマネコのものと思われる足跡。
Img_6190a
昨年見たものはたぶん本物だと思うのですが、今回の足跡はちょっと自信なし。
でも、ほかにこういう足跡をつける哺乳類って、西表島にはいないはずなんだけど。

以前、この鹿川には集落がありましたが、今はほとんど痕跡が残っていません。
しかし、こんな小さな洞窟があり、誰かが泊まったような跡も。
Img_6192a
でも、この洞窟って、鹿川が廃村になった後、
少し前までは頭蓋骨などが転がっていたというんです。
ここでは詳しいストーリーは省きますが、かつて西表島に流れ着いた朝鮮半島の人を
この島にあった炭鉱で強制的に働かせ、
体が衰弱したあとは鹿川まで連れて行き、この洞窟に放置したらしいのです。
今は人骨はすべて回収して供養したようですが、
きれいな浜にも暗い歴史が潜んでいたりもするわけです。

話は変わり、僕たちのテントの近くにあった沢。
僕たちはこの水を汲んで、ほとんど煮沸すらせずに飲み水にしていました。
Img_6196a
この沢は小さいのに、僕が大好きな「獲物」がいっぱい。
夜になると「パトロール」と称して、2晩とも数時間おきに狩りに出かけました。

その獲物とは、テナガエビであります。
Img_6213a
テナガエビは基本的に夜行性で、夜になるとエサを探すために
岩影から出てきますが、なぜか行動は日中よりもボンヤリしているんですね、通常は。
だけど、ここのテナガエビは僕のエビ人生のなかで最も敏捷なヤツらで、
わずかな光が当たっただけでビンビンと水上にまで飛び跳ねて逃げていくんです。
採集がものすごく難しく、時間のわりになかなか手に入りませんでした。
ウナギもいたのですが、モリが刺さらず、悔しい思いをいたしました。
しかし、デカい海が目の前なのに、川でばかり猟をしているという不思議さ。

海ではヤーマンが、カニもゲット。
Img_6209a

こちらも焚き火で焼いたヤーマンが採ってきた貝。
Img_6207a
貝は種類によって殻がものすごく硬く、全力で石で割ろうとしても難しいものも。
結局、巻貝は面倒なので、こういう貝ばかり食っていました。

最後に、クッカーのハンドルの新しい使い方。
Img_6204a
こうして焼きたてをつかんでから、しょう油を垂らすと、
ジュワっと香ばしい匂いが漂ってきます。

というのが、海岸歩きの1~2日目。いずれ「後編」もアップしたいと思いますが、
その3日目が今回の西表島の旅でいちばん面白かった日なのでした。

(続く)

| | コメント (0)

2011年10月29日 (土)

野田知佑さんと遊んだ、徳島の川と海

_mg_9241a
カヌーイスト/作家の野田知佑さんの家へ、仲間たちと遊びに行ってきました。
この四国へのプライベート旅は毎年恒例となっていて、
数えてみたところ、今年で連続7年目。
仕事でお邪魔したときも数えると、もう10回以上、野田さんにはお世話になっています。
いつもありがとうございます!

その様子は昨年もここで紹介しましたが、今年もまた改めて。
いちばん上の写真は、到着してまだ20分程度のとき。
早くも庭で焚き火が始まり、大きな池にカヌーを浮かべて遊んでおります。
_mg_9224a
野田家の愛犬、アレックスとハナも、いつものようにカヌーへ。

翌日は朝から、日和佐川の野田さんお気に入りのポイントへ行きました。
Rimg0128a
すでに10月に入っていたので水は少なく、水温も冷たくなっていますが、
少し我慢すれば、十分に遊べるくらい。

チェックのシャツを着ているのが野田さんで、その左には写真家の佐藤秀明さん。
Rimg0099a
秀明さんは野田さんが若いときから世界中をコンビで旅していて、
ユーコン川などでも何度も撮影を重ねている、アウトドア界の超有名カメラマン。
秀明さんは僕たちと同じ日に、野田さんの家に突然遊びにきたそうで、
夜はいっしょに宴会に。博識なのにバカ話を繰り返し、ものすごく面白かったです。
その大御所お二人が、魚を採るセルビンをいっしょに仕掛けていました。

アレックスとハナの相手をする者はおらず、みんな勝手に遊ぶばかり。
Img_1168a
人間ばかり遊びやがって‥‥と、犬たちはなんだかつまらなさそう。

カヌーに乗った野田さんはカニカゴを仕掛け、
他の者はエビタモでテナガエビを捕獲してみたり。
Rimg0116a

シュノーケルをつけて、川の中をのぞいてみたり。Rimg0114a

浅瀬をカヌーで何往復もしてみたり。Rimg0105a

そして野田さんは、念入りにカニカゴを仕掛け続けています。
Rimg0131a

ところで、野田さんが徳島の日和佐に移り住んだ大きな理由が、
この日和佐川の美しさ。
Rimg0132a
通称・クジラ岩の横の淵も、底まで透き通って見えています。
夏だったら、もっと魚が泳いでいるのだけど、水温が低いので、この日はイマイチ。
だけど、その淵は飛び込んで遊ぶには、秋でも絶好の場所なんですね。
水がきれいなので浅く見えますが、深さはたっぷりあるんです。

で‥‥。
Rimg0152a

Rimg0164a

Rimg0165a

Rimg0166a

Rimg0167a
川に飛び込んでから、浮上するまで数秒。
勢い余って鼻から水が入ったらしく、この後、数十秒はゴホゴホいっておりました。
だけど、笑顔で。

寒さが苦手で、ウェットスーツも持っていかなかった僕は、今回は飛び込まず、
とはいえ腰までは水につかり、エビを採ったり、魚の写真を撮ってみたり。
だけど、浅いところに大きな魚はいないので、撮影できたのはこんな程度で。
そもそも、潜りもしないで、よい写真が撮れるわけないんだけど。
Rimg0201a
この魚はカワムツでしょうね。
僕は今回、新しく買った防水カメラ「RICOH PX」を持ってきていて、
その性能を試そうと思っていたのですが、予想以上に写りがよくて満足しました。

翌日も午前中は日和佐川に行き、夕方前からは内妻海岸へ。
この浜にも何度きたことか。
Rimg0218a
海岸には少し前の台風の影響で大量の流木が流れついており、
地元の人がわざわざ集めて、海岸で燃やしているくらい。

当然ながら、僕たちも焚き火を開始します。
Img_3840a
火の番をするアレックス。
いや、火の番ではなく、彼は火の粉が舞うのを待っているんですね。
で、火の粉が空中に漂えば、ジャンプしてパクリ。
なんで、ボーダーコリーっていう犬種は、みんな火の粉が好きなんだろう。
アルミホイルで巻いて入れたジャガイモやサツマイモは、後のお楽しみ。

ハーモニカを吹く野田さん。
Img_3868a_2
この光景、少しするとDVDで見られることになっています。
じつは、この日の夕方にビーパル編集部の編集者が到着し、
12月号「焚き火特集」の付録DVDとなるらしい映像をとっていたのです。
その方は僕たちもよく知っている人ということもあり、
焚き火の前でも、家に帰ってからも、再び気楽な宴会状態に。
この日もバカ話と知的な話とが、随時、交錯しておりました。
昼も夜も、まあ楽しいことばかり。

僕たちはあくまでもプライベートだったので、
この野田さんの焚き火の映像がどのようにまとめられているのかわかりませんが、
きっと面白いものになっているはず。
あと10日ほどで発売されるビーパル12月号が楽しみです。

他にもいろいろと面白いことがあり、そんなこんなで3泊4日。
しかし僕たちの一部はまだ東京には戻らず、四国の旅は続くのでした。

| | コメント (2)

2011年9月 3日 (土)

毎年恒例、北海道/知床の旅(シーカヤック 編)

Img_1520a_2
知床岳にはまたしても登りきることができなかった僕は、
ヤーマン、ちーちゃんと別れ、次に知床岬をぐるりとまわり、
定住者0の海岸を約70キロ、シーカヤックで漕ぎ続ける
「知床エクスペディション」に参加しました。

僕は毎年、新谷暁生さんがコーディネートするツアーに参加しており、
ここ数年は「知床シーカヤックシンポジウム」のタイミングで知床入りしていました。
これは通常のツアーに加え、カヤック界の超有名人がゲストとして招かれ、
ともに海を漕ぎながら、知床、海、シーカヤックについて考えを深めようというもの。
しかし、今年の「知床シーカヤックシンポジウム」には仕事のために参加できず、
通常のツアーである「知床エクスペディション」に参加したわけです。

昨年の模様は、こちらを。
ついでに、新谷さんの著書の最新刊については、こちらを。
また、新谷暁生さんのHPは、こちらを。

とにかく、すさまじく面白い海の旅であり、
新谷さんと海を漕ぎ、海岸でキャンプ生活をすることは、
たんなるシーカヤックの旅ではなく、「異文化体験」であると、僕は思っています。
焚き火や料理などの新谷さんの野営技術、風と波を見る状況判断、
日本と世界のアウトドア的問題に対する思考方法など、
一般的な“アウトドア”とはまるっきり違うものなのです。
とにかく“目から鱗が落ちる”体験の連続なのですよ!

しかしまあ、どのくらい僕が新谷さんと知床を
シーカヤックでまわることに熱を入れているか。
ひとつの目安といえそうな話をすれば‥‥。
アウトドアライターという職業の僕ですが、
仕事でガイドさんと山や海というフィールドに出ることはあっても、
「プライベート」かつ、費用は「自腹」という形でツアーに参加するというのは、
唯一「知床エクスペディション」および「知床シーカヤックシンポジウム」だけ。
それだけの価値がある体験ができるのは間違いなく、
周囲の人すべてに、いつもいつも薦めている「体験」なのであります。

ところで、漕ぎ出す前に、僕はいつもの「儀式」をしました。
その儀式とは‥‥。
Img_1627a
こいつはカヌービルダーの松原秀尚さん(インディアンカヌークラフト)
作ってもらったマイ・パドルで、通常はワンピース(全体が1本の木)なのだけど、
持ち運びのことを考えて、2ピース(2分割)にしてもらったもの。
カヤックのルーツであるアリューシャンのパドルを忠実に再現しつつ、
オーナーが使いやすい長さ、太さ、ブレードの形などをアレンジしてくれ、
(僕の2ピースというスタイルも、そのなかのひとつ)
じつに使い心地がよく、しかも使う喜びがある、そんなパドルなのであります。

だけど、2ピースにしてもらったことで、
使用する前に1本につなぎなおす必要があるんです。
そのためには継ぎ手の部分に専用の木の板をあてがい、
そのうえで、太めのコットンの糸で強く巻いていかねばならず、
これがけっこう気を使う作業。
しかし、漕ぎ出す前にゆっくりとひとりで糸を巻いていくという「儀式」を行っていると
心が落ち着き、同時にやる気もみなぎってくるというわけ。

松原さんはマッシャー(犬ぞり使い)としても有名で、
そのあたりのことは松原さんのブログを見ると、よくわかります。
興味のある方は、ぜひ。

そんなわけで、接続し終わったパドルが、こちら。
Aa
これがもう、芸術品のような美しさ。
いや、芸術的ではあるのだけど、それ以上にすばらしい実用品。
もっときちんと写真を撮っておけば、この絶品さをもっと伝えられたのに。
これももちろん、すべてが僕好みのオーダーメイド。
とはいえ、僕はそれほどカヤックの技術に自信があるわけではないので、
使いこなせているかというと、そのあたりは微妙なのですが。
とにかく、このパドルを使うのも、知床での喜びのひとつなのです。

出発前の話が長くなりすぎました。
さて、今回の参加者はベテランからカヤックが初めてという初心者まで、計10名。
Img_1393a
晴天のもと、出発は西海岸のウトロから。

日程は1週間で、そのうち無人の海岸で野営するのは通常4泊。
日本国内でもトップといえるほど気象条件が厳しい知床なので、
日程には余裕を持たせているのです。

知床は日本有数の厳しい気象条件だと、先に書きましたが、
今回は「これが知床?」と思うほど好天で、海はベタなぎ。
Rimg0032a
羅臼岳から続く硫黄岳を見ながら、のんびり漕ぐだけで、
どんどん先に進んでしまいます。

初日のキャンプ風景。
Img_1402a
知床では夏でもダウンがほしくなるほど、夏でも寒いことが多いのに、
夕方になってもTシャツで問題なし。

翌日は早朝から行動を開始し、難所で知られるルシャ川を楽々通過。
川に沿って吹き出す台風以上の突風で、
カヤックが横倒しにされるような場所なのだけど、相変わらずベタなぎ。
Rimg0069a
この写真の真正面に見えるのが、知床岳。
そう、いつも海から見ていたからこそ行ってみたかったのだけど、
結局、いまだ登れていない知床岳。
いうまでもなく、つい数日前に登りきれなかった知床岳であります。
一見ゆるやかに見えるけど、周囲のほとんどは崖で囲まれているんです。
この山頂へは、また挑戦しないといけないなあ。

海辺にはヒグマがうろうろ。この写真は母が子を連れた2頭です。
Rimg0092a
こんな感じで、今回はたしか15~16頭のヒグマを海から見ました。
毎回のことなので、ヒグマ慣れしてきた僕でも、やはり感動。
とはいっても、陸上ではあまり会いたくはないですが。

新谷さんの作るメシは、いつもながらの「男メシ」。
Img_1425a
今回は10人分なので、量としての迫力はそれほどでもありませんが、
ニンニクたっぷり、一口では噛み切れないほどデカいニンジン、
そして巨大なキクラゲなどに、さらにゴツい豚肉の塊を使い、
すさまじくうまいカレーなどを作ってくれます。

メシの量は食いきれないほど。
Img_1434a
太い流木を2本並べて火をおこし、
環境に配慮するために、その下に鉄板を敷いた焚き火の仕方も参考になるはず。
炭の上じかに鍋を置いて熱の調整をする方法は、まるでダッヂオーブンのようです。

2日目のキャンプ地は、いつもすばらしい夕日を眺められる場所に。
Img_1449a
いまだベタなぎの海に、夕日が光り輝いています。

こちらはいつも写真に撮ってしまう、カシュニの滝。
Rimg0114a
海に直接降り注いでくる滝の真下までカヤックでいけますが、
その頭上からの水圧のために、脱出できなくなる人も。

3日目、あまりにもスムーズに岬先端部に到着。
Rd9nd3aaa
上陸して、だだっ広い草原を眺めます。
本当はこの写真でも小さく写っている灯台まで歩いていけるのだけど、
今回は近くにヒグマが居ついているらしく、やめておきました。
昨年、ここまで海岸線を歩いてきたなあ。

再び漕ぎ出して、最先端部を通過。
Rimg0154a
先端部だけあって風の影響を受けやすく、
このあたりはものすごく荒れていることが多いのだけど、
今回はいまだベタなぎ続き。
いつもはパドルを動かすのに必死で写真を撮る余裕もないほどなのに、
いくらでも撮影できちゃって、拍子抜けするほどでした。

そして、岬を羅臼側にまわりこんでも青い空。
Rimg0171a
この写真でいうと崖上の草原で、昨年はものすごくカッコいい写真が撮れました。
『PEAKS 7月号』に掲載された見開きのカット
(ブログでは2枚目の写真)のことです。
同じ場所の陸上からと、海上からのカット、見比べてみると面白いかも。

こちらも難所で知られるペキンノ鼻。
Rimg0198a
ベタベタの凪ぎのなかを、簡単にスルー。
反対側にまわってから上陸し、丘の上にある鳥居に参拝しました。
で、その付近から撮影したのが、今回のブログのいちばん最初のカットというわけ。

その後、すぐ近くのペキン川の河口付近で、3泊目。
というか、これまであまりにも順調に進みすぎているために、
そこにはあえて4泊目もして、ゆったりと知床の自然を楽しむことに。
要するに、“好天続きゆえの停滞”。知床とは思えない、贅沢な時間です。

そんなわけなので、参加者は冷たい沢の水で体を清めたり、
人によっては水中眼鏡でオショロコマ(エゾイワナ)の観察をしたり。
Img_1581a
潜らなくても、オショロコマが群泳する姿は、陸上から確認できるほどです。

昼寝したり、酒を飲んだりしてダラダラしていると、天候が悪くなってきたような。
Img_1604a
この後、雨が降り始め、風もそこそこ強くなってきました。
冗談半分で、「真の知床を知るために、悪天候を待つ停滞」などと
一部の参加者は話していましたが、たしかに僕もそんな気分でした。
少しくらいは天気が悪く、漕ぐときに緊張感がないと知床っぽくなくて。
本当のことをいうと、冗談でも「悪天候を待つ」などとはいえないくらい
荒れ狂ったときの知床は恐ろしいのですが‥‥。
僕が海ではじめて沈(転覆すること)をしたのも、悪天候下の知床だったし。

最終日、小雨のなかを出発。
少しすると、1週間ほど前に見た、懐かしい風景が。
僕は今回、海を漕ぐ前に山も歩きましたが、
そのときに海岸線でキャンプをした場所です。
Rimg0213a
中央の岩の左に、ヤーマンたちとテントを張ったんですねえ。
これも見比べてもらうと、面白そう。

さらに漕いでいくと、2つにわかれたウナキベツ川の河口と、観音岩(写真右)。
Rimg0232a
この大岩の影でも3人でキャンプをし、翌日からこの川に沿って標高を上げ、
知床岳を目指したのでした。登りはじめのタイミングでいえば、
わずか10日程度前のことなのに、はやくも懐かしい気がするから不思議。

海はそこそこの荒れ具合のまま。ゴール地点の相泊に近づいていきます。
Rimg0235a
さすがに凪ぎとはいえないけれど、
ひどいときの知床を知っていると、これくらいはぜんぜん。

相泊にかなり近づいたころ、陸上を見ると、引率の大人に連れられた
おおぜいの子どもたちの姿が。
Rimg0257a
これ、以前から噂に聞いていた「ふるさと少年探検隊」のご一行。
羅臼の子どもたちが岬まで徒歩で歩いていくという地元の恒例行事で、
その様子は関屋敏隆さんによる絵本『ぼくらは知床探検隊』にも描かれています。
このこどもたちの探検隊、いつか取材してみたいものです。

そういえば、僕たちのツアー一行の参加者のなかで、
ペキン川、それも水中でカメラをなくした人がおり、発見はすでに諦めていたのですが、
なんとこの少年探検隊が偶然発見してくれ、後日手元に戻るという奇跡が。
少年探検隊、遺失物発見隊としても、すごいものです。

かすかに赤く小さい灯台が見えてきて、やっと相泊の港へ。
Rimg0276a
順調すぎた知床のシーカヤックの旅が、これにて終了。

この旅のこと、知床のことは、いくらでも書こうと思えば書けるのですが、
それにはかなりの気合が必要なので、このくらいにしておきます。

やっぱり知床は、僕にとって日本で一番の場所。
また来年も、僕は知床に間違いなく行くことでしょう。

| | コメント (3)