川(かわ)

2013年1月26日 (土)

北関東/久慈川、いろいろなフネで川の旅

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このところ、年に1回ほどになってしまった川下り。
2012年には3月に西表島遠征があったものの、
実際には川をさかのぼってから山を歩き、その後に川を下るという特殊なもの。
この11月末に行なった川下りらしい川下りは、那珂川以来となりました。
5~6年前までは、多いときには年に10回は川に行っていたというのに、
最近はもの足りない感じがしております。

今回はなんとか時間を作って、茨城県の久慈川で1泊2日。
しかし初日は大雨で漕ぐこともできず、
気田川のときと同じように橋の下にテントを張って、キャンプをするのみ。
だけど、翌朝にはすっかりと晴れ上がっていました。
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ハイカーズデポの店主、ツッチー。
ウルトラライトの男には珍しく、タープでもハンモックでもなく、
テントを使用しているというレアなカット。
とはいえ、ブラックダイヤモンドの超軽量のシェルターですけれど。

それに対して、僕はニーモのタニ2P.、
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昨年、非常によく売れたテントであります。
だけど今回、僕が使ったのは、ちょっとフライが違うんですよ。
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2012年モデルは大きなベンチレーターをベルクロでとめる用になっていましたが、
強風にさらされると、ここが開いてしまうという弱点を持っていました。
だけど、2013年モデルからは、さらにファスナーもつき、
より風に強い仕組みになるんですね。
簡単にいえば、フライに当たった風が内部に入らなくなり、
風の力を受け流せるのであります。

このあたりのことはすでに「ビーパル2月号」に書きましたが、
じつはこれ、僕の意見を採用してリニューアルしてくれた面もあり、
そこで発売前に使うことができたわけなのでした。

ついでに、こちらもニーモの「ノクターン」という新型スリーピングバッグ。
本国のHPでは昨年には公開され、限定発売されていたもの。
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足元のほうが丸く広がっているという、ユニークな形状。
これについては、また近いうちに詳しく紹介したいと思っております。

で、話を戻し、出発。
今回のメンツは、先のツッチー以外に、
以前はICI石井スポーツのカヌーの担当だった大内くん。
今は某アウトドア会社に勤務している男です。
大内くんとは今年、北海道の知床でいっしょに海を漕ぎ、
その後、硫黄岳~羅臼岳も縦走しております。
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それにしても、3人ともまったく違うフネ。
ツッチーは西表島でも使った膨らませて使う、パックラフト。
大内くんは、サーフカヤック。海で波乗りするときのものですね。
そして僕は、ライターの先輩のホーボージュンさんから買い取って、
1年以上も使わずに眠らせておいた大型のシーカヤック。
僕が今年、クルマを買い換えるまでは運ぶことができず、
今まで乗ることができずにいたんです。
だから、今回はなんとしてもこいつを自分のものとして
再デビューさせたかったのでした。
とはいえ、なぜか海ではなく川にしちゃったのですけれど、まあいいのです。

出発。
サーフカヤック、パックラフト、シーカヤックという、不思議な3人編成。
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しかし安全で楽しければ、フネの種類やスタイルなんて、どうでもいいこと。

橋の上には、やたらと多い人の影。思いっきり、平日なんですが。
そして、みんなカメラを持っています。
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こういう場所は他にもあり、共通点は「線路の近く」なのでありました。
ちなみに、久慈川に沿って走っているのは、JR水郡線。

少しすると、甲高い汽笛が聞こえてきて……。
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ちょうどこのころ、水郡線に蒸気機関車を走らせるイベントが
行なわれていたんですね。ついでに、写真コンテストも。
事前に知っていたら、川の上からSLを見るという貴重なシチュエーションで
橋の上の人とは違う写真がきれいに撮れたはずなんだけど、
今回は、これが精一杯。カメラもダメなやつだったしなあ。

普通に漕いでいると、目的地まであっという間に
到着してしまうので、適当にお遊び。
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僕のフネの半分もない大内くんのサーフカヤックに、牽引してもらったり。
大内くんはインストラクターでもあって、さすがにグイグイ引っ張ってくれます。

沈下橋の下では、写真を撮りながら、のんびり。
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だけど晩秋だけあって、漕がない、つまり体を動かさないと、
けっこう寒さを感じてしまいます。本当は夏がいいのだけど、
この川は鮎釣り師が多く、いい時期にはとても下ることなどできはしません。

途中には堰があり、それぞれポーテージ。
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ツッチーのパックラフトは、さすがにラクラク。

僕のカヤックは魚道を利用して、滑り落としていく感じ。
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それほど面倒でもなく、この程度のポーテージでよかった。

激流を見事に下った大内くん。
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いや、そうではなく、たんなるお遊びのイメージカット。
川だから「消波」ブロックという名前が合わないけれど、
要するにテトラポッドが折り重なり、先ほどの堰を作っているわけです。
こういう人工物は自然の岩よりもよほど危険なので、
大内くんといえども、実際にはこんな場所を漕ぐはずもありません。

クルマをデポしておいた目的に近づきつつ、あくまでもゆったり。
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この時期は水がきれいなのが、いいところ。
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しかし、いっしょに漕いでいるとは思えないほど、ぜんぜん違うフネ。
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こんな感じで1泊2日、実際に漕いだのは1日だけという川の旅が終了。
僕は新しいシーカヤック、POINT65の“シークルーザー”を
やっと漕ぐことができて、非常に満足しました。
とはいえ、名前がシークルーザーだからなあ……。
次はやっぱり海を漕がないと。

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2012年9月14日 (金)

『ビーパル10月号』と 四国での川遊びの話

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今月10日に『ビーパル10月号』が発売されております。
で、僕はこの号ではなにも仕事をしていないのですが、
なぜか創刊から続いているビーパルの看板ともいえる
野田知佑さんの連載『のんびり行こうぜ』には登場しているのです。
というのも、ライター仲間の森山伸也くんたちとともに
このところ毎年、徳島の野田さんの家には遊びに行っており
今回は僕たちが7月末にお邪魔したときのことを取り上げてもらったから。
その内容はビーパルを見ていただきたいとは思いつつ、
野田さんと僕の記憶の違いからか、
僕が妙にいい感じに書かれていて恥ずかしくなります。
いやはや。

と、そんなわけで7月に遊びにいってきたときのことを、
写真多め、文章少なめで紹介いたします。

到着後は、腰を落ち着ける間もなく、野田さん宅の池でひと遊び。
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水は温水のようで、ときどき魚が足にぶつかってきます。

しかし僕は出発までに仕事が終わらなかったので、
野田さんの家のガレージで、ひっそりと作業をする時間も。
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上半身は裸で、ショートパンツは池の水で濡れたまま。

その日のうちに内妻海岸にも遊びに行き、犬たちは大喜び。
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いつか沖にある島までカヤックで行きたいと思いながら、はや数年たちました。

メシのあとは川に出て、テナガエビ撃ち。
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あっという間に夜が更けていくのであります。

翌日は日和佐川へ。
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大胆にも水中にテーブルを配し、昼飯はソーメン。

気持ちがよい風が吹き、野田さんは昼寝。
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その間も僕たちはひたすら遊んでおりました。

さらにその翌日。
野田さんが用事を済ませているあいだ、僕たちだけでまた川へ。
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水に潜ったり、魚を採ったりして遊んでいる僕以外のみんな。

そんなときに、僕がしていたことといえば……。
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まさかの川中での原稿書き。
いや~、こうでもしないと終わらなかったんですよ。
ちなみに、このときに書いていたのは
『PEAKS 9月号』の「両俣~北岳~池山吊尾根」という山行ルポ
これを読んでくださった方がいたとしても、
こんな場所で書いた原稿だとは思いもよらないはず。
夏でも寒い日本第2位の山の話を、
こんな気持ちのよい場所で書いていたとは、我ながら不思議です。

このとき、他のみんなが遊んでいるのが当初は悔しかったのですが、
途中からだんだん、この状況が面白くなってきて、
最後にはむしろいい気分になってしまいました。
その昔、野田さんもユーコン川で、こんな状況で原稿を書いていたことを思い出し、
原稿の質はまったく及ばないながら、
やっていることだけは昔の野田さんに似ているという現在の自分のことが
これまた不思議に思われて。なんだか、お恥ずかしいけれど。

川の中で原稿を書きつつも、セルビンを仕掛けておくことは忘れず、
気分転換がてらカワムツを大量に捕獲。
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こいつらの一部は東京まで持ち帰り、現在、僕の自宅で飼われております。

しかし、そうやって遊んでいると、川のなかに設置したテーブルから
別途作業しなければならなかった紙資料が風で吹き飛ばされ……。
あえなく水中に。オレはこれほどバカなのか……。
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せっかくカラーでプリントアウトした校了紙が無残にも水浸しになり、
あわてて天日に干して乾かしました。
こいつは『山と渓谷9月号』で書いた
「ニュージーランド、ワカティプ湖周辺のトランピング」
のページですね。
原稿といい、校了紙といい、僕がどんなタイミングで、どんな仕事をしていたのかが、
計らずもわかってしまう、何枚かの写真でありました。

夕方には今回の成人男性2人、つまり僕と森山くんとで、
野田さんの家まで続いている未舗装路の補修作業。
大きくえぐれた場所に石とコンクリートを混ぜたものを流し込むというか
上に載せるというか、そんな作業をして、いくらかマシな道にするのが
僕たちのミッションでありました。
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だけど、森山くんがつまらない凡ミス。
水の分量をなんと1桁多く間違えてしまい、
10倍量の水によってコンクリートがユルユルに。
こういう男なので、これから書かれる彼の原稿の内容も、
ときどき10倍くらい薄いものになるかもしれません。

ともあれ、極度に一部とはいえ、道を補修。
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3泊もさせてもらって、わずか2㎡程度の補修しか貢献できない僕たち。
これでいいのかと思いながらも、こうして毎年恒例の四国への旅は終了したのでした。
次回はもっと役立つ男として、徳島に行きたいと思っております。

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2012年6月26日 (火)

八重山諸島/西表島-5(無人の海岸から山を越えて川、海へ)後編

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ある方に指摘されて気づきました。
「八重山諸島/西表島-4(前編)」というものを書いてから、
後編をアップすることをすっかり忘れていたことを。
興味のある方は、前編を見てもらってからこちらを見てもらうとよいでしょう。

さて、前編で何を書いたか自分でも曖昧になっていますが、
ともあれここは2連泊した鹿川の浜。
人が住んでいる場所までは1日かかる、西表島の無人地帯です。

出発して3日後の朝、僕たちは海岸から谷伝いに山を越え、
再び川に沿って裏側にある海を目指しました。

朝メシには、昨夜にとったテナガエビを入れたラーメン。
持っていたトムヤム味のスープにクンを入れたわけで、
立派なトムヤムクンラーメンになりました。
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いい湯だな。

鹿川から昨日までエビを採っていた沢に入り、標高を上げていきます。
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ヤブのなかにはトゲがある植物があって、素足で歩いていた僕は、痛いのなんの。
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イノシシのヌタ場を通り、分水嶺を越え、反対側にあるウダラ川から
今度は一気に標高下げていくと……。
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ほぼ標高0mになり、マングローブの森のなかに突入。

この後、僕たちはどう進めばよいのかわからなくなり、まさに右往左往。
ウダラ川の右岸のほうが歩きやすいものの、進むべき方向は左岸側にあり、
だけど左岸側で歩ける場所を探しても、途中で行く手を阻まれます。
足元はドロドロだし、どうすればいいのか?

しかし、ツッチーが「正解」を見つけてくれました。
正解というか、「強行突破」みたいなものですが。
その方法は……、マングローブの森を両手の方向に見ながら、
川のなかを歩いてしまうこと。
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右岸でも左岸でもなく、このときの答えは「川の中」なのでした。
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潮がこれ以上満ちていたら、大変でしたよ。

そして予定通り、右岸側にあたる海岸に上陸。
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ここから浜辺を延々と歩いていきます。
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砂浜が露出している場所は、もちろん陸を歩いて。

しかし……。
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岩場では海の中へ。
山を歩き、川のなかを歩いたあとは、海のなかを歩くことになってしまいました。
なんだか妙にうれしくなり、我々のテンションも上がります。
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深いところでは、お尻まで水中に。
水がきれいだし、温かかったので、なかなかの気持ちよさ。

一部の岬はわざわざ海辺をまわることはせず、再び陸地へ。
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踏み跡を探して岬を巻き、反対側の海辺へショートカットしました。

マングローブのなかから抜け出してきたヤーマン。
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川から流れ込んだ砂などで浅くなっているので、このまま小さな湾を突っ切ります。
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日傘を差している優雅な男も1名おりました。

こんな感じで歩いていくと、どこからか人の声が。
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西表島には船でしかいけない船浮という集落があるのですが、
その裏にあるイダの浜まで、とうとう僕たちはやってきたのです。
あの浜まで歩けば、あとはもう、いつもの人間の世界。

人類との遭遇を果たすツッチー。
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なにかのツアーなのか、授業の一環なのか、よくわかりませんが、
たくさんの子どもがいて、我々に「こんにちは」と挨拶してくれました。

今回はひさびさに心から面白かったので、記念に写真を撮ってもらったりして。
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僕の足は日焼けで真っ赤になっておりました。

ところで、この船浮という場所は、以前は日本軍の秘密基地があった場所。
とくに観光化はしていませんが、要塞の跡は今も保存されています。
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特攻艇が、このきれいな場所から出て行ったなんて‥‥。
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こんな格納庫や弾薬庫が、海から見えない岩壁にいくつも掘られており、
なんだか神妙な気持ちにさせられます。

ひさしぶりの集落で僕たちはコーラなぞを数本飲み、あとは船に乗るだけ。
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行き先は、西表島を半周している道路の一方の端にある白浜という集落です。
こうして僕たちは、島の道路がない部分を歩き、無事に戻ることができました。
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最後に船のなかで余韻にひたる同行の2名。

このあとも、もう少し旅は続いたのですが、とりあえず紹介はこれで終了。

僕は7月19日にザ・ノース・フェイス原宿店で
「日本のウィルダネス」というタイトルでスライドショー的なことを行いますが、
そのときはこの西表島の話をもっと詳しく紹介する予定です。
ご来場される方は、お楽しみに。

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2012年5月 9日 (水)

八重山諸島/西表島-4(無人の海岸から山を越えて川、海へ)前編

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旅から帰ってきてからは、すでに1ヵ月以上、
前回の「八重山諸島/西表島-3(古見岳~ユツンの滝)」からも
かなり経ってしまいましたが、西表島の話の続きです。
自分自身、前に何を書いたのか忘れつつあるので、適当に書き進めていきます。
パックラフトを使った島横断と古見岳は取材でしたが、ここからはプライベート。
カメラマンのカメちゃんは、ここで一足先に帰っていきました。

この時点で、旅の日程はまだ半分。
残りの時間を使って、僕たちは西表島の無人地帯である南海岸を歩き、
その後、山に入って分水嶺を越え、川から反対側の海に出て、
すべて徒歩で人間の世界に戻るという、
人力で「海、山、川」を移動していく旅を企てておりました。

そんなわけで、前日のうちに移動しておいた南風見田のキャンプ場から出発。
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ヤーマンのバックパックには、モリ先をつけた長い竹。
結局、邪魔になって途中で外してしまうのですが、
道中に獲物がいれば、すかさず捕まえてしまおうという心意気が現れております。

この日の目的地は、鹿川という場所。
じつは昨年、僕はひとりで行ってみようとしたものの、難所を越えることができず、
敗退しております。つまり、今回はリベンジの意味もあったのです。
ともあれ、今回も出発してから当分のあいだは昨年と同じ道なので、
この海岸歩きに興味がある方は、昨年にアップしている西表の話を見てください。

昨年と同じ場所なので、説明は簡略化して、写真集的に進めます。
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下の場所は、昨年、僕がビバークした付近。
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正式名称は別にありますが、ごく一部では
「庄太郎ビーチ」としても知られる浜であります。
昨年よりも水量は少ないですが流水があり、ここで飲み水を補充。

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数時間歩いているうちに潮が引き始め、
ときには太腿までつかりながら海の中を歩いていきます。
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砂地や岩の上よりも、このほうが圧倒的にラクなんです。

歩きやすくなると同時に「獲物」も獲得しやすくなります。
僕の手の上にあるのは、タコの足。
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このときはタコが岩の隙間に入り込んでしまい、
手元に残ったのはちぎれた足が数本だけ。
上の写真ではかがみこんだツッチーが
執拗に「本体」のほうを捕まえようと、まだ頑張っております。
僕はこのときも右手が腫れて巨大化したままだったので、思うように手を使えず、
もろもろの採集は2人のほうが楽しそうにやっておりました……。

このタコの足はそのまま口に入れ、吸盤が口内に吸い付くのを面白がりながら咀嚼。
ちょっとかわいそうな気もしますが、足を数本食べられるのと、
丸ごとすべて食べられてしまうのとでは、どっちのほうがタコにとってよいことなのか。

そのうち現れたのが、昨年僕が越えることができなかった「ナーピャ」という難所。
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リーフの切れ目で、サメが泳いでいるのがよく見られる(らしい)場所であります。
しかも獰猛なことでしられるシュモクザメだったりして。
だから、あまり泳いでは渡りたくないんですね。

この後、3人で道を探すこと1時間以上。
1度山に入ってから乗り越える「巻き道」があるはずなのですが、
地図を元に地形の弱点を探したりしても、まったくどこにあるのかわかりません。
またしても、僕はここで敗退しなければならないのか……。

下の写真のような海岸を3人バラバラになりながら、途方に暮れる我々。
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南風見田からの道中ですれ違った人がいたのですが、
その人も鹿川まで行こうとしたけれど、巻き道が見つけられず断念したとのこと。
なにしろ地図にも載っていない道で、営林所の方やヤマネコ調査の人以外、
こんな場所を歩くのはよほどの西表島好きの者くらいなので、明確ではないのです。

しかし、今回は3人がかりで、とうとう見つけました。
ナーピャから戻ること数百m、僕たちが違う場所に続いていると思っていた踏み跡が
途中で分岐していて、一方が目的地の鹿川方面に続いていることを発見したのです。
海岸から持ってきたブイが目印になっていた分岐はかなり山奥で、
海岸からは数十mも上だったので、それからもまた大変。
再び海岸に戻ってバックパックを背負いなおし、もう一度山の中へ入り、
ものすごく滑る地面、トゲのある植物になんとか対処しながら標高を上げていき、
いったん分水嶺まで登ってから、不明瞭な踏み跡をたどって西に進みます。
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上の写真でヤーマンのバックパックについている白いものはレジ袋。
海岸で集めていた数種の貝やシャコエビなんかが入っております。Img_6160a

ヤブのなかを延々と進んでいき、間違って一度は崖の上へ。
しかし、そこからはちょうど難所の一端が確認できました。
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上の写真の左側ですね。ここから見ると、ぜんぜん難所には見えませんが。

そして再び海岸に下り立ち、あとは鹿川の浜まで歩くのみ。
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だんだん日没が近づいてきて、日光がオレンジ色になってきました。

太陽が島影に隠れるのとほぼ同時期に、鹿川の浜の一端に到着。
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それから海岸をウロウロしてすごしやすい場所を探し、テントの設営を行いました。

夜は焚き火。
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この場所までは、いくらか歩いてくる人はいるようなので、
何ヵ所かに焚き火の跡があり、野営した形跡も残されていました。

翌朝。この日は、予定通り、各自フリータイム。
この浜で何もせず、ただただボーっとしていました。
釣りをしたり、海岸で獲物を探したり、酒を飲んだり。
僕が昼寝しているうちに、2人は次の日のルートを偵察にも行ってくれました。
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この日、僕がいちばん気持ちよかったのは、
海岸の大きな岩の上に横たわって昼寝をしていたとき。
その場所からは、鹿川の浜が上の写真のように見えました。
中心あたりに、かすかにブルーとグリーンの異物があるのがわかるでしょうか?

ズームしてみると、下のような感じ。
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2人は座ったり、寝転んだりして、本でも読んでいるようでした。

違う方向から同じ野営地を見ると、下の写真になります。
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貸しきりの浜。まるでプライベートビーチのようであります。
テントは2つだけで、ツッチーは今回ハンモックを使っていました。

この浜でも発見できたイリオモテヤマネコのものと思われる足跡。
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昨年見たものはたぶん本物だと思うのですが、今回の足跡はちょっと自信なし。
でも、ほかにこういう足跡をつける哺乳類って、西表島にはいないはずなんだけど。

以前、この鹿川には集落がありましたが、今はほとんど痕跡が残っていません。
しかし、こんな小さな洞窟があり、誰かが泊まったような跡も。
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でも、この洞窟って、鹿川が廃村になった後、
少し前までは頭蓋骨などが転がっていたというんです。
ここでは詳しいストーリーは省きますが、かつて西表島に流れ着いた朝鮮半島の人を
この島にあった炭鉱で強制的に働かせ、
体が衰弱したあとは鹿川まで連れて行き、この洞窟に放置したらしいのです。
今は人骨はすべて回収して供養したようですが、
きれいな浜にも暗い歴史が潜んでいたりもするわけです。

話は変わり、僕たちのテントの近くにあった沢。
僕たちはこの水を汲んで、ほとんど煮沸すらせずに飲み水にしていました。
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この沢は小さいのに、僕が大好きな「獲物」がいっぱい。
夜になると「パトロール」と称して、2晩とも数時間おきに狩りに出かけました。

その獲物とは、テナガエビであります。
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テナガエビは基本的に夜行性で、夜になるとエサを探すために
岩影から出てきますが、なぜか行動は日中よりもボンヤリしているんですね、通常は。
だけど、ここのテナガエビは僕のエビ人生のなかで最も敏捷なヤツらで、
わずかな光が当たっただけでビンビンと水上にまで飛び跳ねて逃げていくんです。
採集がものすごく難しく、時間のわりになかなか手に入りませんでした。
ウナギもいたのですが、モリが刺さらず、悔しい思いをいたしました。
しかし、デカい海が目の前なのに、川でばかり猟をしているという不思議さ。

海ではヤーマンが、カニもゲット。
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こちらも焚き火で焼いたヤーマンが採ってきた貝。
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貝は種類によって殻がものすごく硬く、全力で石で割ろうとしても難しいものも。
結局、巻貝は面倒なので、こういう貝ばかり食っていました。

最後に、クッカーのハンドルの新しい使い方。
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こうして焼きたてをつかんでから、しょう油を垂らすと、
ジュワっと香ばしい匂いが漂ってきます。

というのが、海岸歩きの1~2日目。いずれ「後編」もアップしたいと思いますが、
その3日目が今回の西表島の旅でいちばん面白かった日なのでした。

(続く)

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2012年4月12日 (木)

八重山諸島/西表島-2 (漕ぐ~歩く~漕ぐ、の島縦断・後編)

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八重山諸島/西表島(漕ぐ~歩く~漕ぐ、の島縦断)の後編であります。
できれば、前編から見てもらったほうが、話がよくわかります。

そんなわけで、一度は行ってみたかった「マヤグスクの滝」に到着した我々。
岩が見事に段々になっていて、なかなか見ごたえがあります。
でも、僕が適当に撮った上の写真からは、その大きさがよくわからないはず。

しかし、プロのカメラマンであるカメちゃんがしっかり撮影すると……。
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左上端に写っているのが、僕たち。
マヤグスクの滝は20m以上もあり、けっこうデカいんです。

で、あの滝の上までは、写真の右側から少しずつ登っていきます。
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けっこう滑りますが、普通の人でも問題なく登れる程度。

面白いのは、滝の上にのぼってからの状況。
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一枚岩で平坦な場所になっていて、大きめの家が建てられるほどなんですね。
これもまた、僕の写真では伝えられないくらい、とにかく広くてびっくりします。

しかも、その岩盤の上への水の流れ出しは、こんなゴルジュ。
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幅は1m程度なので、雨が降っていたら爆発的に水が噴出し、
ものすごく恐ろしい光景のはず。

だけど、このときは水が少なかったので、少しだけさかのぼってみたりして。
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手がかりが少なく、危ういところで流されそうにもなりかねませんが、
とりあえず今回ならば岩盤上で止まるはずなので、安全。
カメちゃんは探検部時代に、このゴルジュをそのまま上っていき、
ヤブこぎも繰り返して、長い期間、島内探検をし続けていたらしいです。

ひとしきり遊んだ後は、滝の上でソーメンを茹で、昼ごはん。
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茹で方がイマイチで、味もイマイチながら、
シチュエーションの力で、無理にうまいと感じさせてくれました。

その後、滝を下り……。Img_5844a
一息ついてからキャンプ地へ戻るはずが、なかなか先に進みません。
というのも、この日は時間に余裕があり、適当に遊んでもよかったから。

なので、途中にある深みでは、水の中に飛び込んだり、ボルダリングをしてみたり。
落ちたところで水中なので、気楽なものです。
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この岩にはみんな挑戦していましたが、結局誰も登れませんでした。

こんな3人の様子を、僕はぼんやりと見るばかり。
なにせ、正体不明の何かに刺された腕がパンパンで、
岩などつかんでいる力もなければ、気力さえもなく。
しかし最後には我慢しきれず、水中には飛び込んでしまいましたが。

ずぶ濡れの姿のまま、やっとキャンプ地へ戻る我々。
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だけど、このあともキャンプ地前の川で泳いだり、
テナガエビを採ってみたりと、夜まで遊んでおりました。

そして3日目。
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昨日までほど天気はよくないとはいえ、気温はちょうどよく、
川の中を歩いてさらに上流を目指します。
もっとも、この写真のルートは間違っていて、
この後、ヤブをこいでトレイルに戻りました。

やみくもに続いている亜熱帯のジャングル。
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前を行くヤーマンのパドルを見て、僕が思うのは、現在の腫れあがった
自分の手でパドルを持ち、水をかいで下っていけるのか、ということ。
しかしまあ、腫れちゃっているものは仕方ありません。

次第に分水嶺が近づき、浦内川はか細くなっていきます。
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しかし、まだまだ続くジャングル地帯。

こうしているうちに分水嶺を越え、水系は浦内川から仲間川へ。
やっと林道に出て、展望台から蛇行して流れる仲間川を眺めます。
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あとはこの川の河岸まで下り、再びパックラフトを膨らませ、下り始めるわけです。

川岸までたどりつくと、それまで背負っていた荷物を下ろし、
山中を一生懸命運んできたパックラフトに空気を注入。
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これから最後の船出。
川をさかのぼっていった初日に比べれば、下りなんてラクなものです。
だけど、僕の手はやはりパンパンのまま。
途中までしか指が曲がらないのです。

しかし。
なんと好都合なことに、その途中まで曲がらない指で作れる「握り」が、
パドルのシャフトの直径とほぼ同一。力も入れることができ、
まったく支障なくパドルを扱えるので、顔がニヤけました。

満潮時を狙っていた初日とは違い、この日の潮は引いており、
仲間川にはそこかしこに干潟が現れていました。

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その上をカニが歩いていたり、トビハゼの仲間がジタバタしていたり。

ただし僕はパドルを握れたとはいえ、腕の動きはスムーズではなく、
左右の腕の力のバランスも悪くて、ひどく疲れることに。

こちらは遠くから僕たちの漕ぎっぷりを撮影しようと、
一行からは離れていたカメちゃん。
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夏場はラフティングのガイドもやっている水に強い男だけに、
放っておいても安心です。

若干グロテスクに見えるほどのマングローブの森。
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まさか数日後に、こんな森のなかを歩くことになるとは、
このときは思ってもいませんでした……。

漕ぎ進めること、しばらく。
とうとう大富の港と集落の一角が見えてきました。
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天気がいまひとつだと、ツッチーの赤いウェアとパックラフトが映えて見えます。

というわけで、浦内川をパックラフトでさかのぼり、
自分の足でジャングルの中を歩き、
パックラフトで仲間川を下って集落まで出るという
「漕ぐ→歩く→漕ぐ」という旅が終了。
Img_6036aa
後日、天気がいい空いた時間に、パックラフトを干してやりました。
あ、この写真、以前ここで書いたソーラー充電器のときのものと同じですね。
トリミングしているか、していないかの違いだけで。

これが今回の島縦断のダイジェスト的な話。
詳しいことは、いずれ雑誌で。

それにしても西表島の旅は、これでもまだ半分も終わっていません。

(島縦断編/終わり)

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2012年4月10日 (火)

八重山諸島/西表島-1 (漕ぐ~歩く~漕ぐ、の島縦断・前編)

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自分の本を書き上げ、残りの仕事も片付けた後の3月後半、11日にもわたって、
沖縄県のなかでもさらに南の八重山諸島・西表島に行ってきました。

西表島には、僕はほぼ毎年通っており、昨年は2月にひとりで。
しかし、今回は4人。
ハイカーズデポのオーナー、土屋智哉(ツッチー)、
ライター仲間の森山伸也(ヤーマン)もいっしょなのです。
最近は、このメンツで四国の石鎚山を歩いたり静岡の気田川に行ったり
茨城の那珂川を下ったりしていましたが、
じつは気田川と那珂川は、この西表島遠征の予行だったんです。
今回はそこにカメラマンとして亀田正人(カメちゃん)に加わってもらいました。

さて、西表島ではいろいろなことをして遊んだのですが、まずは「島横断」の話を。
それもかなり特殊な方法なんですよ。
まずは「パックラフト」という折りたたみ式のボートで
マングローブが生い茂る川をさかのぼって行けるところまで漕ぎ進む。
その後、畳んだボートを背負い、徒歩でジャングルの奥へ。
最後には再びボートで反対側の川を漕ぎ下って人間の世界に戻る、という方法。
たぶん、西表島でこんなことをやった連中はいないでしょう。

この西表島横断については、いずれ雑誌で詳しく書く予定なので、
ここでは写真を中心にして、話は簡単に。あとは雑誌の発行をお楽しみに。

というわけで、到着翌日の早朝、キャンプ場から島の北西にある浦内川へ。
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バスが走っていない時間なので、ヘッドライトをつけて1時間弱ほど歩いていきます。

観光船が出る船着場。
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まだお客さんが来る時間ではないので、デッキの上を借り、
日の出とともにパックラフトを膨らませて、川に漕ぎ出る準備。
けっこう明るく見えますが、これは写真を加工したからで、本当は薄暗い時間帯です。

 

そして出発。
「大潮の満潮時」という川をさかのぼるには最適のタイミングを選びました。
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西表島は一応、「亜熱帯」ということになっていますが、
九州よりもフィリピンに近いくらいで、実際はほとんど熱帯気候。
両サイドがマングローブに覆われていて、中流~下流はゆったりと流れています。
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キャンプ用具、歩くための装備などは、パックラフトの上に。
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途中で支流に入り、こんな滝も見物。
西表島はすでにかなり暑さ。さすがに滝に打たれると寒いんですが。
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赤いパックラフトがツッチー、青がカメちゃん、グリーンがヤーマン。
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考えてみれば、僕以外のこいつらは、みんな大学では探険部。
かなり無茶なことでも、安心していっしょに楽しめて、気楽です。Rimg0774a
8キロくらい流れのなかをさかのぼって、やっと上陸。Rimg0777a

小さく畳んだパックラフトをバックパックの上に固定し、パドルもサイドに。Img_5729a
このまま背負って、島の中心部のジャングルを歩いていくわけですね。
これは今回、僕が使ったバックパック。
ひさしぶりに使ったゴーライトのピナクルです。

少し歩くと、カンピレーの滝で、
西表島のなかでも、僕が好きな場所のひとつ。
なにやら、ツッチーとヤーマンが岩場を覗き込んでおります。
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たぶん「ポットホール」といわれる穴でしょう。
で、カメちゃんがカメラをかまえていたりして。

まるで風呂のようにポットホールに入る2人。Img_5737a
男2人で楽しそうだけど、にこやか過ぎてなんだか気持ち悪いような気も。
ここには僕も入りましたが、穴の面積は直径1mもないのに、
驚くほどの深さで足が下につかないんです。おそらく2mはあるはず。
手を離したら頭まで入ってしまい、一瞬あせりました。

このポットホールというのは、岩盤のくぼみの中で
小さな石が水の流れで回転しているうちに、
いつのまにか大きな穴にしてしまった特殊な地形のこと。
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別の場所のこういう写真をみると、なんとなくわかるでしょうか?

カンピレーの滝を出て、ジャングルを行くヤーマン。
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半袖、ショートパンツでも暑いくらい。夏を先取りしていて、気分よし。

なのですが、キャンプ予定地まであと3分というところで、アクシデント発生!
歩いているときに、僕が近くの木の枝に手をかけたところ、
小さなカミナリで打たれたかのような激痛が走り、手の甲2カ所から出血が!

姿は見えませんでしたが、なにかに刺されたか、かまれてしまったのです。
急いで口を当て、血ごと毒を吸い取り、吐き出すことを繰り返しながら、
なんとかキャンプ地へ到着。急いでポイズンリムーバーを取り出して、
さらに得体の知れぬ毒液を吸い出していったのですが……。
30分もしないうちに、こんな状態に。
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赤ん坊の手のようにプクプクしていて、我ながらなんだかかわいらしいですね。

しかし、その後、腫れはもっともっとひどくなり、
手を心臓よりも低い位置にすると激痛が走り、モノをまともに持つこともできません。
そして、かまれた場所に近い小指から動かなくなっていき、最後には親指まで激太に。
翌日の朝には、手の甲と指のあいだに1センチもの段差ができました。
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しかも腕までどんどん腫れてきて、肩の近くにも
腫れている部分と腫れていない部分とのあいだに1センチ弱の段差が……。

そんな状態に僕の手と腕はなってしまったのですが、誰もいない山中はいいものです。
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夜は無数のホタルが現れて、なかなか幻想的。
人によっては、ちょっとばかりロマンティックな夜だと感じるかもしれません。
しかし、ここにはむさくるしい男4人しかいないんですよね。

翌日は、次のキャンプ地まで短い移動。
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すでに渓流となった浦内川に沿って、さらに奥地へ。
僕は片手が効かないので、スリップしそうな場所は苦労しました。
手はただ下に下げているだけでも、ものすごく痛いので、
右腕は胸のあたりに上げたまま、おかしな格好で歩かねばならないんですよ。
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ヤブがひどい場所も多く、パックラフトやパドルが引っかかって大変。
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この日はわずか30分程度しか移動せず、早くもテントを設営。
今回、僕はニーモの「タニ2P」という発売前のテントのサンプルを借りて、
この西表島に持ってきていました。いずれ、このテントについても、ここで書くかも。

テントを張ってから、身軽になってイタジキ川という支流へ。
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多くの場所が、岩の上よりも水のなかを歩いたほうがラク。
ただし、ものすごく滑りやすいので、腕が使えないと厳しかったです。

手には激痛が走るけれど、気分のよさは格別。
調子に乗って、歩いても行ける場所を泳いでいったり。
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この時期、東京では寒かったらしいのですが、さすが亜熱帯・西表島。

少しすると、今回の目的地が見えてきました。
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“ヤマネコの城”という意味を持つ、「マヤグスクの滝」。
僕はこの西表島横断トレイルを以前も2度、歩いたことがありましたが、
マヤグスクの滝に立ち寄るのは初めて。やっと念願がかなうときがきたのでした。

(続く)

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2011年12月30日 (金)

男4人と女1人で川の上、北関東/那珂川

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11月終わりの気田川遠征で、僕たちは川を一切下ることなく、
ただ橋の下で2泊もするというすさまじく無為な時を過ごしました。
あまりの無念さに、その帰りのクルマのなかでリベンジとなる計画を立て、
今回は場所を変えて、北関東・茨城県/栃木県の那珂川へ行くことに。

メンツは前回と同じく、
土屋智哉(ツッチー/ハイカーズデポ店主)
・森山伸也(ヤーマン/ライター仲間)
・そして僕(ライター)

ライターの麻生くんはスケジュールの関係で今回はこられなくなり、その代わりに
・大内直紀(オオウチくん/ICI石井スポーツ カヌー&カヤック担当)
・大森千歳(ちーちゃん/ライター兼モデル?)
という2人が加わりました。なので、今回は男4人に女1人という構成に。

余裕がある日にスケジュールを組んでいたはずなのに、
なぜか僕は丸2日も徹夜したあげくに、家を出発。
朦朧を通り越して、むしろハイになりかけているという精神状態でした。

食材を買出し、クルマを下流に配置しておいてから、
烏山市街地の付近でフネを組み立てていきます。
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僕とツッチー、ヤーマンは「パックラフト」。
収納時には一抱えほどの大きさで、重量は2キロ程度と、
超軽量のインフレータブルなボートです。
ツッチーは自艇になりますが、僕とヤーマンは、
日本での取り扱い会社である「サニーエモーション」さんからの借り物。
僕らは来年、このパックラフトを使った面白い遠征を企てており、
そのために試乗して、乗り心地を試そうと思っていたのでした。

その他、ちーちゃんはアルフェックのカヤックに。
ひとりで乗るのは初めてということで、
昨年の気田川のようなドラマが期待できます。
一方、オオウチくんは、僕ならばとても乗りこなせない、小さなプレイボート。
この男はカヤックのインストラクターでもあり、
ホワイトウォーターならともかく、那珂川の中流なんて余裕すぎ。
でも、『カヌーライフ』という雑誌では、本人曰く「ドブ川」のような川を旅する
「あの川紀行」という、ユルい連載も持っており、
どんな川でも面白がれる人なのです。

さて、昼過ぎにやっと出発。
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初めて乗ったパックラフトは予想以上に快調で、
試しに上流方向に逆走してみても、けっこう進めてしまいます。
いつもの細長いカヤックになじんでいると、パドルの操作はちょっと戸惑うのですが。
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那珂川にはほとんど毎年遊びに行っているけれど、
冬になると水は透明度を増し、気分も上々。
一昨年は秋に漕ぎましたが、そのときは鮭が遡上する真っ最中で、
船の下をグイグイ泳いでいるのが見えて、ものすごく面白かった記憶があります。
しかし、さすがに12月になると鮭はほとんど泳いでなくて、たまにあるのは死体くらい。
それでもまだ動いているのを数匹は見つけられました。

パックラフトはカヤックに比べるとスピードは落ち、
気がつくと、ちーちゃんが乗ったカヤックは我々よりもかなり先に。
ゆっくり漕ぐか、ときどき停まってくれればいいのだけど、
よく考えてみれば、初心者過ぎて、そういうこともできなかったのかもしれません。

ともあれ、安全度が高い川とはいえ、初心者なのにひとりで先に行くと危ないよ、
などと説明しなくてはいけなかったのですが‥‥。
漕ぎ始めて30分ほど経ったころ、前方を見ると、なぜかひっくり返ったカヤックが。
それが冒頭の写真なのです。

みんなで追いつき、レスキュー開始。
といいつつも、僕は面白がって写真を撮るばかり。
こういうときは本職のオオウチくんに任せるのが、いちばん安全なのですから。
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小さなプレイボートに、ちーちゃんをつかまらせ、カヤックごと牽引。

そのまま河原まで引っ張っていくオオウチくん。頼りになる男だね。
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この後、無事に上陸。
ちーちゃんはジャケットの下にウェットスーツを着ていたとはいえ、
水温の低さは嫌になるほど。いやはや、気の毒ですね。それも昨年に引き続き。
しかも、こんなブログで紹介されちゃうし。

上陸したのはいいけれど、問題はこれで終わりません。
ちーちゃんは転覆したときにパドルから手を離してしまい、
パドルが行方不明になってしまったんです。
パドルが流れたのではないかと、オオウチくんはひとり下流へ探しにいき、
僕たちはどこかに引っかかっているのではないかと、岸辺をチェックしました。
すると、川の中に倒れこんでいる竹にパドルが引っかかっているのを発見。
流れがけっこうある場所で、竹がフネに引っかかると危ない場所でしたが、
ツッチーがパックラフトで回収に出て行きました。
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右のほうに小さく見える赤いフネを漕いでいるのが、ツッチー。
その姿をヤーマンが眺めています。
ツッチーが失敗したら、次にヤーマンが出て行くために、待機しているのでした。

しかし‥‥。
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パドルはガッチリと竹のなかにはまり込み、
それを力ずくで取ろうとしているしているうちに、ツッチーまで沈。
だから、赤いパックラフトが竹の裏で直立しているんです。
この難しい状況では、失敗も仕方ないですね。

本人は再び乗艇し、僕たちの元へ戻ってきましたが、いまだパドルは川の中。
ヤーマンは取りに出るのをやめてしまい、
僕らはオオウチくんが戻ってくるのを待ちました。
こういうときは、技術が高い人に任せるのが、間違いない方法。
いやホントにいいんですよ、できる男がいると。
だから僕はハナから回収しに出ようなんて思いもせず、ラクをさせてもらいます。

というわけで、オオウチくんがパドル目指して出艇。
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みんなの期待が背中から伝わってきますね。

流れのなか、倒れこんだ竹からパドルを引っこ抜くオオウチくん。
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しかし次の瞬間、あのオオウチくんが、まさかの沈。
一瞬、黄色いカヤックの船底しか見えない状態に。
だけど、そのまま簡単にロールで体勢を立て直し、
なにごともなかったように、再び水面へ。
しかもキッチリ、ちーちゃんのパドルまで手に持っていたのでした。
本人はどういう状況であれ、沈をするのはカッコ悪いと思っているようですが、
ハタから見ていると、「さすが」というしかないカッコよさであります。

気を取り直して、再び出発。
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ツッチー、オオウチくんは水の中に一度は浸かっているけれど、
防水性のウェアをしっかり着ていたので、あまり寒くはない様子。
ウェットのみのちーちゃんもそれほどは凍えていないようで、
僕らはゆったりと遊びながら川を下っていきました。

夕方前に目的地に到着。
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まだ漕ぎ足りなくて、みんな他の人のフネを借りて、
キャンプ地の前でも遊んでいました。
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その後、薪となるものを周囲から集め、
出発地点に置いてきたlクルマを回収し、やっと焚き火で夜メシという時間に。
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写真を撮り忘れたけれど、今回もナベ。
作るのが簡単で、確実に体が温まり、焚き火との相性もよし。
だから、川の料理はいつも同じなんです。
以前の川旅のとき、僕は1週間ずっとナベを食い続けたことがあります。
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ナベを食い終わっても、ベーコンを焙ったり、シシャモを焼いたりして、
酒を飲み続けるのみ。

この日は風もあまりなく、焚き火の熱がしっかりと体に伝わってきました。

しかし、遠くにおいてあったパックラフトを見ると、こんな状態に。
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いつのまにか気温は0℃近くになり、霜が下りてガリガリに。
この場所まで持ってきておいたクルマも真っ白になってしまいました。

2日間徹夜をしていながらも23時くらいまで飲み食いしていた僕は、
さすがに眠気に襲われてきて、みんなよりも先にテントへ。
ダウン入りのマットと分厚い寝袋の心地よさに、そのまま意識を失いました。

翌朝。
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いや、気づくと「昼」。
なんと僕は13時間近くも寝続けていたようで、すでに時間は12時過ぎ。
仕事があるオオウチくんは朝のうちに帰っており、
残りの3人が焚き火を囲んでいました。

僕のせいで出発できず、朝から時間をつぶしていたのだな、と
申し訳なく思っていたのですが、みんなもけっこうゆっくり起きだしていたようで。
パックラフトのお試しも完了したし、この日は天気が下り坂ということもあり、
なんとなく「もうこれで終わりにしてもいいのでは?」という雰囲気に。

そんなわけで2日目は漕ぐこともなく、このまま終了。
なんだか山と比べると、川の旅はいつもダラダラです。
確実に自力で下山しなければならない山の緊張感とは違い、
川は適当なところで切り上げて上陸できるし、人家は近くにあるし、
計画の変更もラクなもの。食糧や装備もたっぷり持てるんですから。
こういうユルい感じがまたいいんです。
いつも山ばかりに行っている反動なのかもしれないけれど。

ともあれ、これで全然漕げなかった気田川の悔しさは一掃され、 かなりの満足感。
山もいいけど、川や海もすばらしいものです。

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2011年12月18日 (日)

男4人で橋の下、気田川&狩野川

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11月の終わり、男4人で天竜川の支流、静岡県の気田川に向かいました。
昨年の同じような時期に下ったときに、
キャンプをしたら気持ちがよさそうな河原を数ヵ所発見しており、
今回は川を下りつつ、焚き火&テント泊の夜を楽しむ計画だったんですね。
いや、まあ、それが、しかし‥‥

ちなみに、今回のメンバー紹介
土屋智哉(ツッチー/ハイカーズデポ店主。著書あり)
麻生弘毅(アソー/ライター。著書あり)
・森山伸也(ヤーマン/ライター。いつもの遊び&仕事仲間)
・そして僕(ライター)

平日でも都合がつけられるカタギの仕事ではない面々です。
いや、自分のお店を持っているツッチーだけはマトモかな。
いずれにせよ仕事ではなく遊びでも、平日に動こうと思えば動ける男ばかり。

どうしてこういうメンツなのかというと、きっかけは四国/石鎚山の山歩き
登山口に行く途中で寄った吉野川を見ているうちに、
ツッチー、ヤーマン、僕のあいだで「川も下りたいね」と盛り上がってしまい、
その場で、アラスカ・マッケンジー川の本を出版したばかりのアソーに電話。
ほとんどその場で日程と場所を決めてしまったのでありました。

さて、こちらは早朝に家を出て、途中で立ち寄ったPAから撮った富士山、
そして右に愛鷹連峰という風景。
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愛鷹連峰は今年の1月にひとりで歩きに行った山ですが、
この時点では、今年はまだ雪が積もっていないようでした。

大量の食材をスーパーで買出し、気田川のさらに支流である熊切川に到着。
しかし‥‥、ものの見事に、川の水は濁流に。
水が透明で美しかった昨年とはえらい違いです。
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じつはここまでクルマで走ってくる途中からも、
このグレーの濁りは目に入っていましたが、
実際に目の当たりにしてしまうと、がっかりもいいところ。
昨年はあんなにきれいだったのに。
なんでも秋の台風で周囲の山や崖がものすごく崩れ、
その影響でこんなに荒れ果ててしまったのだとか。
たしかにここに至る道中でもデカい杉の木が恐ろしいほど倒れていて、
台風のすさまじさを感じました。

呆然としながら、河原を歩く我々。

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仕事でもないので下調べをみんな怠っており、こんな事態になってしまいました。
本当はこの日のうちに漕ぎ出す予定でしたが、
この濁りでは隠れ岩がどこにあるのかすら見当がつかず、
そもそも気持ちがよい川下りなぞできるはずもなく‥‥。
しかし、いまさら計画を変更して違う川に移動するほどの時間もないし、
小雨が降っていたこともあり、この日の行動はさっさと終わりにして、
橋の下にテントを張り、メシでも食いながら明日からの予定を考えることに。
で、冒頭の写真のような味気ないキャンプが行なわれたのでした。

夜になると風が強くなり、ビールの缶が飛ばされて、カランカラン。
物悲しい音が聞こえます。そんな音を聞きながらと眠ると、翌朝。
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晴れてはいますが、濁りが取れるわけもなく、恨めしく川面を眺めるばかり。
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ああ、ホントにドロドロですよ。
やはり僕たちは気田川をあきらめて、どこかへ移動することに。
しかし、僕たちは移動すればいいだけですが、地元の人は大変です。
今年は紀伊半島の熊野川あたりも台風によって被災しましたが、
日本中、荒れてしまった川が多いようです。

それにしても、どこに移動すればいいのか。
天竜川の本流をチェックしたり、長野の川なども考えましたが、
結局思い切って、川ではなく、西伊豆の海に転進することにしました。

東名高速道路にのって、PAで休憩。再び富士山と愛鷹連峰が見えます。
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おや、富士山の様子が昨日とはぜんぜん違うような。
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一晩のうちに雪が積もってしまったようで、このような光景に。
美しさが数倍パワーアップ。
下の写真は昨日の富士山なのですが、ぜんぜん違いますね。Rimg0433a

熊切川の橋の下で強烈に吹いていた風は、海辺に出ても変わらず。
晴れてはいるけれど、強さはもっと増していました。
しかも西伊豆に行こうとしているのに、風をもろに受ける西風。
この風の中でカヤックを漕ぐのは不可能ではないのか?
しかもツッチーは、パックラフトというインフレータブルのフネ。
じつはこのパックラフトを借りて乗ってみることも、この旅の目的だったのですが、
こいつは風にはめっぽう弱いんです。

そこで、アソーが知り合いのシーカヤックガイドさんに電話してみたところ、
「今年いちばんの西風。カヤックでも漕ぐのは無理」という情報が。

この時点で、この日も漕ぎ出せないことを悟った僕たちは、
なんとか海岸でのキャンプだけでも行ないたいと思いました。
だが、これほどの風を避けてキャンプができる海岸は、
西伊豆にはないだろうというのが、ガイドさんの話。
我々はなにをやってもうまくいかず、もう絶望的です。

この時点で昼過ぎなっており、僕たちは沼津漁港に行って、
とりあえずメシを食い、作戦の練り直しをすることにしました。
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強風のなかをウロウロ。
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13時を過ぎており、すでに閉まっているお店ばかりでしたが、
なんとか丼ものを扱っている店に入り、ネギトロ丼なんかをいただきました。

もはや漕ぐどころではなく、とりあえずこの日に寝る場所を探すのが
目先の目的となった我々は、伊豆半島の根本を流れる狩野川へ。
海辺よりも河原のほうが、風を避けやすいという判断でした。
しかし、いったん修善寺あたりまで南下してもよい場所が見つからず、、
再び北上して土手を走ってみるなど迷走を極めます。
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最終的にはクライミングで有名な城山(上の写真)に近い、とある橋の下へ。
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今回、日程は3泊4日を予定していましたが、
この時点で「今回、いまさらもう漕ぐことはないだろう」とみんな思っており、
2泊3日で帰宅することが決定。
1日早く帰るために用意しておいた食材が余り、野菜はともかく
日もちしないものをせっせと食わねばならなくなってしまいました。

3日目の朝。
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気持ちのよい河原でテントを張って過ごす数日になるはすだったのに、
なぜかこの日も目を覚ましたのは、無粋な橋の下。

この日はもう帰るだけなので、いつまでも僕は寝ていましたが、
他のみんなは早めに起きていた模様。
地元のおじさんと話す声や、焚き火で食事を作る音が僕のテントまで聞こえました。
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僕もやっと起きだしてみんなのもとに行くと、
焚き火の上には「食材を食いつくそう」という意思を感じる
たっぷりのうどんと、そしてなぜか鮎の姿が! Rimg0470a
早朝から釣りに来ていた地元のおじさんが
立派な落ち鮎を10匹近く、分けてくれたらしいんです。

見れば、僕たちがテントを張った橋の下の真ん前で、釣りをしている人が数人。
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この後もさらに鮎をいただいてしまい、
僕たちは思いがけないご馳走をたらふく食ってしまいました。

考えてみれば、平日の朝からいい歳をした男が焚き火をしながら
ぼんやりとたたずんでいるのですから、怪しさ満点。
だけど、連日の焚き火で汚れ、かわいそうになるほどみすぼらしく、
せっかく釣った鮎をあげたくなったのかもしれません。
それにしても、狩野川の釣り師は親切ですね。
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僕たちはいただいた鮎を焼きながら、
「酔いがさめてから帰ろうか」と、朝から酒を飲み始め、昼過ぎまでこの河原に滞在。
その後、勢いでホーボージュンさんの家に遊びに行くなどテキトウに行動して、
橋の下に寝泊りした2泊3日のよくわからない旅を終えました。

だけど、おさまりがつかないのが、川を下りたいという気持ち。
なんとか年内にリベンジを果たそうと、新たな計画を立て、
次は1泊2日でよいから、確実に川を下ろうと決めたのでした。
いやはや。

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2011年10月29日 (土)

野田知佑さんと遊んだ、徳島の川と海

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カヌーイスト/作家の野田知佑さんの家へ、仲間たちと遊びに行ってきました。
この四国へのプライベート旅は毎年恒例となっていて、
数えてみたところ、今年で連続7年目。
仕事でお邪魔したときも数えると、もう10回以上、野田さんにはお世話になっています。
いつもありがとうございます!

その様子は昨年もここで紹介しましたが、今年もまた改めて。
いちばん上の写真は、到着してまだ20分程度のとき。
早くも庭で焚き火が始まり、大きな池にカヌーを浮かべて遊んでおります。
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野田家の愛犬、アレックスとハナも、いつものようにカヌーへ。

翌日は朝から、日和佐川の野田さんお気に入りのポイントへ行きました。
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すでに10月に入っていたので水は少なく、水温も冷たくなっていますが、
少し我慢すれば、十分に遊べるくらい。

チェックのシャツを着ているのが野田さんで、その左には写真家の佐藤秀明さん。
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秀明さんは野田さんが若いときから世界中をコンビで旅していて、
ユーコン川などでも何度も撮影を重ねている、アウトドア界の超有名カメラマン。
秀明さんは僕たちと同じ日に、野田さんの家に突然遊びにきたそうで、
夜はいっしょに宴会に。博識なのにバカ話を繰り返し、ものすごく面白かったです。
その大御所お二人が、魚を採るセルビンをいっしょに仕掛けていました。

アレックスとハナの相手をする者はおらず、みんな勝手に遊ぶばかり。
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人間ばかり遊びやがって‥‥と、犬たちはなんだかつまらなさそう。

カヌーに乗った野田さんはカニカゴを仕掛け、
他の者はエビタモでテナガエビを捕獲してみたり。
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シュノーケルをつけて、川の中をのぞいてみたり。Rimg0114a

浅瀬をカヌーで何往復もしてみたり。Rimg0105a

そして野田さんは、念入りにカニカゴを仕掛け続けています。
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ところで、野田さんが徳島の日和佐に移り住んだ大きな理由が、
この日和佐川の美しさ。
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通称・クジラ岩の横の淵も、底まで透き通って見えています。
夏だったら、もっと魚が泳いでいるのだけど、水温が低いので、この日はイマイチ。
だけど、その淵は飛び込んで遊ぶには、秋でも絶好の場所なんですね。
水がきれいなので浅く見えますが、深さはたっぷりあるんです。

で‥‥。
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川に飛び込んでから、浮上するまで数秒。
勢い余って鼻から水が入ったらしく、この後、数十秒はゴホゴホいっておりました。
だけど、笑顔で。

寒さが苦手で、ウェットスーツも持っていかなかった僕は、今回は飛び込まず、
とはいえ腰までは水につかり、エビを採ったり、魚の写真を撮ってみたり。
だけど、浅いところに大きな魚はいないので、撮影できたのはこんな程度で。
そもそも、潜りもしないで、よい写真が撮れるわけないんだけど。
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この魚はカワムツでしょうね。
僕は今回、新しく買った防水カメラ「RICOH PX」を持ってきていて、
その性能を試そうと思っていたのですが、予想以上に写りがよくて満足しました。

翌日も午前中は日和佐川に行き、夕方前からは内妻海岸へ。
この浜にも何度きたことか。
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海岸には少し前の台風の影響で大量の流木が流れついており、
地元の人がわざわざ集めて、海岸で燃やしているくらい。

当然ながら、僕たちも焚き火を開始します。
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火の番をするアレックス。
いや、火の番ではなく、彼は火の粉が舞うのを待っているんですね。
で、火の粉が空中に漂えば、ジャンプしてパクリ。
なんで、ボーダーコリーっていう犬種は、みんな火の粉が好きなんだろう。
アルミホイルで巻いて入れたジャガイモやサツマイモは、後のお楽しみ。

ハーモニカを吹く野田さん。
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この光景、少しするとDVDで見られることになっています。
じつは、この日の夕方にビーパル編集部の編集者が到着し、
12月号「焚き火特集」の付録DVDとなるらしい映像をとっていたのです。
その方は僕たちもよく知っている人ということもあり、
焚き火の前でも、家に帰ってからも、再び気楽な宴会状態に。
この日もバカ話と知的な話とが、随時、交錯しておりました。
昼も夜も、まあ楽しいことばかり。

僕たちはあくまでもプライベートだったので、
この野田さんの焚き火の映像がどのようにまとめられているのかわかりませんが、
きっと面白いものになっているはず。
あと10日ほどで発売されるビーパル12月号が楽しみです。

他にもいろいろと面白いことがあり、そんなこんなで3泊4日。
しかし僕たちの一部はまだ東京には戻らず、四国の旅は続くのでした。

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2010年12月22日 (水)

気田川カヤック旅

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ずっと漕いでみたかった静岡県の気田川に行ってまいりました。
この川は天竜川の支流で、水質とともに風景の美しさでも知られ、
カヤックツーリング好きの者なら一度は下ってみたい場所なのであります。

正確に言えば、下り始めは、気田川のさらに支流の熊切川。
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メンバーは、オレンジ色のドライスーツを着た麻生弘毅(アソーくん)、
ブルーのジャケットを着た森山伸也(ヤーマン)、
そして、ここには写っていませんが、大森千歳(ちーちゃん)、そして僕。
男は全員、雑誌で原稿を書いているライターで、
ちーちゃんも本職ではないけれど、最近PEAKSで記事を書いていたりもします。
本当はさらにホーボージュンさんも来る予定だったし、
とにかく、仕事じゃない遊びなのに、ライターだらけ。
なんなんだろう、このメンツ。誰も働かなくてよいのでしょうか?

初日のキャンプ地からこぎ始めると、すぐにお目当ての気田川に。

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アソーくんが乗っているのは、僕が貸した「ゆず号」。
ちなみに、僕のうちにはこのフェザークラフトの”カフナ”というモデルが2艇あり、
僕自身が乗ったグリーンのものは「エビ号」という名前。
ヤーマンの持っているブルーのカヤックは、名前をつけているのか不明です。
このあたりはまだ人家が見えて、普通の川っぽいですね。
漕ぐのもわりと簡単で、のんびりと下っていきます。

ところが‥‥、なぜかほとんどなんでもない瀬で
一艇のカヤックが沈(転覆すること)し、漕ぎ手は川のなかへ水没。
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引き上げたカヤックとともに、全身が濡れて凍え、呆然とするちーちゃん。
いっしょに漕いでいたヤーマンによれば、
「ちょっと泳ぎたかったんですよ」とのこと。

それもそのはず。
上の写真をズームしていくと、植木で作ったこんな文字が。
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「日本一・きれいな川」なので、12月下旬の冷たい水でも泳ぎたくなるんですね。
さすがだなあ、ヤーマン。

沈したカヤックは大きめだったので、食料をダンボールごと
積んでいましたが、こんな悲惨な状況に。
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でも、大切な超特大魚肉ソーセージが流されていなくてよかった。

この日は、沈のダメージが大きく、さっさと漕ぐのを終了。
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流木を拾ってきて、河原で焚き火をいたします。
夕食のメインは鍋ですが、中央には特大魚肉ソーセージ。
ちーちゃんが念入りに焼いてくれたのですが、
炭火のパワーを持ってしても、あまりおいしくはなく‥‥
僕が買ったものとはいえ、はっきりいってまずかったです。

翌日は、ほとんど人工物が見えない川を進んでいきます。
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さすが、美しいという話を聞かされ続けてきた気田川。
フネでしか行けない河原も多く、そういう場所でキャンプして
もぐったり、魚やエビを獲って食ったら楽しそう。
そう考えると、やっぱり本当は冬ではなく、夏に来るべきなんですよね。

気持ちよさそうに漕いでいるアソーくん。
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彼はアラスカ・マッケンジー川を何十日もかけてカヤックで下った話を
1冊の本にまとめている最中。来年春の刊行予定なので、お楽しみに。

最終キャンプ地は、気田川と天竜川との合流地点。

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ヤーマンは今回、テント本体とポールの組み合わせを間違えるという失態を犯し、
周囲が凍りつく厳寒のなか、カヤック2艇のあいだに
無理やり張ったタープだけを屋根に寝ていたのでした。
あえて12月の川で泳ぐヤツなのですから、まあ平気なのでしょう。

あとはもう帰るのみ、という最後の朝。

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3泊4日にわたって焚き火をし続けたので、
全員のウェアは焚き火くさく、ひどいものになってしまいました。

しかし、楽しかったですよ!
とはいえ、次回は冬ではないときに。
暖かいときなら、僕も川で泳ごうと思います。

そして、この翌日から、僕は雪山へ行くことに。

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